第一話
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非常に険悪な雰囲気が漂っていた。
妙に白っぽい照明の灯った薄汚いクラブのフロア、一触即発の空気の中には、殺気立った連中が50人ばかりいて、ふたつのグループに分かれて睨み合いを続けている。
片方のグループは、カミソリの刃をモチーフにした揃いのマークを、衣服のどこかしらに着けた一団であった。もう片方のグループには、そういった揃いのカラーは無かったが、似たようなストリートファッションをしており、先のグループを揃って睨み付けている。
カミソリのマークの一団は『レイザー』という名のチームで、東京渋谷近辺を根城にしている、いわゆる不良集団である。もうひとつは『アルファ・ボム』という名のチームで、同じく渋谷を活動範囲にしている、同じような集団であった。
同じようなグループは他にもたくさんあるが、中でも『レイザー』は最近急に台頭してきた勢力のひとつで、背後に何らかの犯罪組織がいると噂されている注目株だった。
「……あのさ、もう少しリラックスできないかな? こっちは話し合いに来てるんだし」
ふたつの対立するチームの真中で、この場の雰囲気に全くそぐわぬ気楽な口調で、そんな言葉をのほほんと吐いた人間がいた。
その人物は正にふたつのチームの間にいた。
身長は2m、体重は3桁はありそうな巨漢で、洗いざらしのシャツとジーンズといういでたち。ペンダントやチョーカー、リングやピアスなどの装飾品は一切身に着けておらず、まるで身を飾るということを知らないようなスタイルだが、唯一、真っ白に色を落とした頭髪と、その白い髪をまとめている真紅のバンダナだけが、彼なりの自己主張の表れであるようだった。
年の頃は二十代に見える、まだ若い青年である。体躯に似合わず整った顔立ちをしているものの、どこかしら軽薄そうな雰囲気があるのは否めない。
その軽薄そうな彼の台詞を聞いて、『レイザー』の一人が険悪な表情で立ち上がった。
「こっちには、話すことなんかねぇんだよ。ぞろぞろ引き連れて来やがって、目障りなんだよ、てめぇらはよォ!」
白い髪の巨漢は、わざとびっくりしたような表情を作って、立ち上がった『レイザー』の男を見た。
「あ、俺は『アルファ』じゃないから。仲裁役……、っていうの? そういう訳だから」
刺々しい『レイザー』の視線を気にもせず、彼は笑いを浮かべてそう言い繕った。言い繕うどころか、相手が逆上しそうな言い回しであるが。
当然、その男は目を剥いて鋭く息を吸い込んだ。しかし、男が何か罵声を叩き付けようとした時、低く落ちついた声がそれを遮った。
「部外者が口を挟むことじゃねえ。帰れ」
『レイザー』一団の真中でスツールに腰掛けたままの男が眼光鋭く、自称仲裁役の彼を睨んでいた。
「やっぱ、あんたが『レイザー』のリーダー? 悪いな、あんまり詳しくないからさ、分かんなかった」
「聞こえなかったのか? 部外者は帰れと言ったんだ。お節介野郎」
『レイザー』のリーダーはスツールから降り、お節介な自称仲裁役の彼の台詞を頭から無視して繰り返した。
流石に2mとはいかないが、180cm近くの長身の男で、黒いノースリーヴシャツとレザーのパンツにバイカーズブーツという、それっぽいファッションに身を固めている。一見スマートな外見だが、こんな荒っぽい連中を束ねているだけの事はあり、引き締まったしなやかな身体をしていた。
荒々しい気が全身から放たれている。腕に自信があるのか、2mの巨漢を相手に少しも物怖じする気配はない。
が、2mの巨漢の方も、少しも動じることはなかった。
「あ、悪い。俺、部外者じゃないんだよね。『アルファ』の真藤、俺のダチなんだ」
「……それで、助っ人気取りか?」
『レイザー』のリーダーは白い髪の男の正面2mのところで立ち止まり、じっと彼を睨み付けた。
「だから、仲裁役だって、何度言や分かるかな」
彼はそう言って愛想笑いを浮かべたが、リーダーの尖った視線から目をそらすことはなかった。
こういった輩にお決まりの、最初の手合わせ、即ち、ガンつけだ。睨み合いながらも、白い髪の巨漢は、緊迫感の無い声で話し続ける。
「……『レイザー』っていや、最近急成長の注目株だろ? 下手にもめるなんて似合わないんじゃないのかな?」
「余計なお世話だ。俺に指図するんじゃねえ」
「『アルファ・ボム』はここいらじゃ穏健派だ。それを潰したら、もっと過激な他の連中が牙を剥くぜ。『レイザー』は忙しくなる。そうなったら、あんたの後ろにいる人が、困るだろ?」
仲裁役の男の台詞を聞いて、リーダーの頬がぴくりと動いた。
お節介男の顔は未だに軽薄そうな愛想笑いを浮かべていたが、その視線にはそんな気配は微塵もない。その瞳に宿っているのは、別の光だ。その光を宿したまま、彼は続けた。
「そういう訳だよ、リーダー。ここらのチームの後ろにも、いろいろ絡んでる連中がいる。そこらをまとめて相手に回すのは、得策じゃない。そうだろ?」
この白髪のお節介野郎は、ただの世話好き野次馬ではない。この近辺のパワーバランスと事情を知っているし、度胸もある。自称仲裁役というのは、あながち外れではないのかもしれない。
なら、他にも切り札を持っている、か?
おかしくはない。
『レイザー』のリーダーは目を細め、探るような視線で白い髪の巨漢の顔を見た。
「……要件を言え」
「仲裁役の用事なんか、ひとつっきゃないって」
自称仲裁役の彼はそう言ってひらひらと片手を振り、愛想笑いではない笑顔を見せた。
「『アルファ』に喧嘩を売るのは、もうオシマイ。別に縄張り荒らしたとか、荒らされたとか言う訳じゃないんだろ? 抗争続けてさっき俺が言ったみたいな苦労するより、話の通じる男って評判得た方がカッコいいじゃん?」
「……」
『レイザー』のリーダーは苦笑を漏らし、口唇を歪めた。この近辺の情勢を知っていることを利用して取引でも持ちかけてくるかと思えば、冗談混じりに面子の問題を吹っかけてくる。下手をすると本当に何か切り札を握っているのかもしれない。
リーダーは挨拶代わりに敵意を緩め、言った。
「……判った。ここはお前の話に乗ろう」
「城谷さん!」
承服しかねると言った風に声を荒げたのは、最初に怒りあらわに立ち上がった『レイザー』の男だった。
「こんな図体ばっかデカい薄ら馬鹿の言うことなんか聞く必要ないじゃないですか! 『アルファ』の連中だってそうだ。こいつを連れてくりゃ俺たちがビビると思ってる、ただの腰抜け集団じゃないすか!」
この台詞に『アルファ・ボム』がいきり立った。
「てめ、黙ってりゃあ、いい気になりやがって!」
ニ、三人がほぼ同時に、『レイザー』の男に掴みかかろうと前へ出る。
「真藤! やめろ!」
真っ先に動いた金髪の男を、身体ごと割って入って押し止め、白い髪の男は油断なく『レイザー』を見回した。
一触即発の空気は更に高まっている。
「真藤よぉ。仲裁に入った俺の立場、潰す気か? オイ」
ワザと作った泣き笑いの表情で彼は訊いた。彼に押し止められた金髪の男……『アルファ・ボム』の真藤は、険のある視線で『レイザー』の男を睨み続けながら吼えた。
「ナメられて黙ってられっほど、俺はデキちゃいねぇ! お前だって、あんな風に言われて腹立たねぇのかよ、慎二ッ!」
自称仲裁役の白い髪の巨漢……どうやら慎二という名前らしい……は、真藤の身体を肩で遮りながら、苦笑いを浮かべた。
「この程度じゃ、別に……。図体デカいのは見ての通りだし、頭いい方じゃねぇし」
「はん、怒る度胸もねぇってか。大した見掛け倒しサンだな!」
『レイザー』の男が慎二を挑発する。
「慎二! いつまで言わせとく気だよ!」
「いいから、お前は黙ってろ、真藤! お前、何しにここに来たのか思い出せ! 『レイザー』とやり合うために来たわけじゃねえだろッ!」
いきり立つ真藤を一喝し、慎二は彼を挑発する『レイザー』の男を一瞥した。
「おい、あんた。あんたんトコのリーダーが一度決めたことを、あんたの勝手で覆していいと思ってんのか? 自分トコの頭に恥かかすな!」
そして、真藤を軽く肩で後ろに押しやり、彼は『レイザー』の男に向き直る。
「……それとも、あんたが俺に喧嘩売ってんのか?」
「屁理屈こねてんじゃねぇッ!」
『レイザー』の男は一言吠えるや慎二に殴りかかった。慎二は冷めた目でそれを見ているだけで、少しも避ける仕草を見せなかった。
男の固めた拳は、正確に慎二の顎を捕らえた。
「痛う……」
慎二はわざとらしく呟いて、自然な動きで拳を引き上げ身構えたかと思うと、目にも止まらぬスピードで右の拳を打ち出した。蛇のようにしなる腕が伸び、『レイザー』の男の胸を捕らえる。
『レイザー』の男には、一瞬何が起きたのか判らなかった。
衝撃が胸を捕らえ、肺から空気が絞り出されたように息が詰まる。
「断っとくがな、お前が俺に喧嘩を売ったんだ。こいつは俺とお前の問題だ。……他の連中も、判ってんだろうな!」
そう吼えて『レイザー』と『アルファ・ボム』双方を睨み渡す慎二の顔に、さっきまでの軽さは微塵もない。油断なく構えたまま、動こうとする者を片端から威圧する。
その姿に、『レイザー』のリーダー、城谷は見覚えがあった。
正確には、その構え方に見覚えがあった。
妙な構え方だった。
右が前に出るサウスポースタイルが珍しいわけではない。右脇を締め、内腕を内側に向けてやや拳を前に突き出している。空手やボクシングなどの構えとは全く違う。
そんな構え方をする男を、城谷は一人だけ知っていた。
「……緋ヶ崎、か?」
誰にとも無く問いかけた城谷のその言葉を聞きつけ、慎二が鋭く城谷を見る。
「……」
慎二は応えずに、じっと城谷の出方を覗っている。城谷は『レイザー』の連中の前へ出て、更に慎二との間を詰めた。
「緋ヶ崎慎二。そうだろ?」
慎二は城谷の言葉に何の敵意も無いことに、戸惑いを覚えて眉を寄せた。
「俺だよ。城谷尚志、判んねえか?」
城谷はそういって、両手を広げた。さっきまでの敵意は跡形も無い。
「じょーやひさし?」
間の抜けたオウムのように訊き返した慎二に、城谷は苦笑して助け舟を出した。
「ちょっと会わないと、もう忘れちまうのか? 卒業してから3ヶ月しか経ってねぇぞ!」
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