第三話
目次へ戻る



 翌日。似たような緑地公園の芝生の上で茜色に染まる空を、本を枕に眺めていた慎二は、再び 似たような気配が近付いてくるのに気付いて、大袈裟に溜息をついて起き上がった。
「昨日といい今日といい、何やってんだお前?」
「昨日も今日も、相変わらずヒマだな。いつまでふらふらしてるつもりなんだよ?」
 約二十二時間ぶりに再会を果たした兄弟は、ほぼ同時に同じような呆れた口調でそう挨拶を 交わした。
「あ? ふらふらしてる、たぁ何だ。俺サマは今日は仕事だ、バカ」
 誠一は憤慨したような口調で弟の非難を一蹴し、言葉だけでなく実際に、起き上がったその背を 蹴り飛ばした。遠慮のカケラもないあたり、仲が悪いのか、それとも日常茶飯事なのか、この程度 大した事は無いと知っているのか、よく判らない。
「いて。……アマチュアバンドは仕事たぁ言わねぇっての」
 大して痛そうでもなく、慎二は言葉を漏らして立ち上がり、身体についた芝を払い落とした。その、 かったるそうな仕草を見ながら誠一は、心なしか馬鹿にしたような声で言った。
「家出してるんだって、お前? いい歳こいて、何ガキみてぇなことやってんだ?」
「うるせぇな」
 慎二はようやく振り返って、まだ居たのか、とばかりに自分の兄を睨みつけた。
 今日の誠一は昨日とうってかわって、白いゆったりめのジャケットにジーンズという、ラフな ファッションに身を包んでいた。肩にはエレキベースの入った合皮のケースを担いでいる。 仕事(ライヴ)と言うのは本当らしい。
「……仕事なんだろ、兄貴。俺に構いに来たワケじゃねぇだろ」
 迷惑そうな表情を浮かべて、追い払うように慎二がそう言うと、、誠一はあっけらかんとした 仕草で頷いた。
「ああ。たまたまどっかで見たようなデカブツが昼寝してるから、踏み付けに来ただけだ。 んじゃな」
 彼はそう言って片手を振りながらくるりと背を向けた。そして、背を向けてから思い出した様に 振り返る。
「あ、そうだ。お前の彼女から伝言。連絡くれってさ。ついでに同じ内容の伝言が、お前ンとこ の社長から」
「ふーん。……事務所、行ったのか?」
 慎二は無関心を装いながらも、好奇心に負けて訊き返した。
「いんや。お前ン家に行った。昼飯でも奢らせようと思って。……ん? お前、住み込みだから、 事務所も家も同じか」
 続いて、誠一は人を小馬鹿にするような表情を浮かべた。
「呆れたことに、まだクビになっちゃいねぇぞ、お前。揃いも揃って心配してやがる。おめでたい 職場だな」
「――まさか、俺がここらに居ること、喋っちまったか?」
 微かに気まずそうな表情で恐る恐る尋ねる慎二に向かって、誠一は片眉を撥ね上げた。
「ここらに居ますから、どうぞ迎えに行ってやって下さい、ってか? ……何で俺サマがお前の 面倒みにゃならん? ふざけたコト抜かすな。言いたきゃ自分で言え」
 そう言って突っぱねた後、彼は胸ポケットからふたつに折り畳んだ紙切れを指先でつまみ出し、 慎二に向かってひらひらと振り回した。瞳には微かにずる賢そうな笑みが浮かび始めている。
「何だよ」
 その瞳の色に僅かな警戒心を抱きつつ、慎二はひらひらと踊りまくるその紙片を目で追いな がら、誠一の意図を汲みきれずに呟いた。
「俺サマの今日の仕事。お前、一度も来たことねぇだろ。『特別に』くれてやる」
「……チケットが売れ残ってるだけだろ」
 恩着せがましい誠一の台詞に、ムッとした慎二が言い返すと、誠一はムカついたように大股 で引き返してきて、慎二の頭を拳で殴って言い直した。
「……特別料金二万円。支払は後でいいから。んじゃな」
 チケットに記載されている額面を遥かに上回る金額であることは言うまでもない。
 しかし、誠一がどういう風の吹き回しでライヴチケットを譲ったのかは知らないが、多少なりと も気分が晴れたのは確かだった。折角の機会なのだから、無駄にすることもないだろう。彼は 言った。
「ボリ過ぎだ、ボケ。アマチュアのクセに」
 慎二は立ち去ろうとする兄の後を追って公園を出た。
 誠一は二万円というチケット代金の正当性について有ること無いこと(いや、無いことの方が 多分に多い)まくし立てながら、慎二は適当にそれを聞き流しながら、兄弟は公園を出て繁華街 へ入り、その外れに向かって並んで歩いて行った。



第四話へ
蔵書室へ戻る
目次へ戻る