第五話
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 手近の医院に、倒れていたサラリーマンを放り込み、無事を確認してから、慎二はこっそり と立ち去ろうとしている女を呼び止めた。
「待てよ」
 女は苛立たしそうな表情で振り返り、慎二を睨みつけ、刺々しい口調で応えた。
「何よ。助けてなんて頼んだ憶えはないわよ」
 流暢な日本語だった。
 慎二は少し困ったように頭を掻きながら、ぶつぶつと呟いた。
「……そりゃ、頼まれた憶えもねぇけどよ……。あの男についていなくていいのかよ?」
 医院の方へ顎をしゃくる慎二を見て、女は意外そうな表情を見せた。
「何で? あの人はアンタみたいに余計な口出ししてきて、勝手に殴り倒されただけよ。アタシ の知ったことじゃないわ」
「そのわりには、随分心配してたじゃんかよ」
 そう言いながら慎二は、女を引き戻すべく、手を伸ばして彼女の腕を掴んだ。掴んだ瞬間、 違和感を覚え、違和感の正体に気付いて彼は凍りついた。
「何すんのよ、やめ……」
 振り払おうとした女の方も、慎二のその表情の変化に気付いて言葉を途切らせた。

 女の腕には温かみというものがまるで存在していなかった。

「……てよ……」
 女は深いブラウンの瞳に不安げな色を浮かべ、微かに震える声でそう言いながら慎二の手 を振り払った。
 ――ブラウンの瞳?
 慎二はもう一度、女の顔を見詰め直した。
 昨夜はよく見えなかったが、そんな暗い色の瞳じゃなかった気がする。少なくとも、さっきは そんな色をしていなかった筈だ。どんな色だったか憶えてはいないが、もっと明るい燃え立つ ような色だったのは確かだ。
「な、何よ。バカみたいに人の顔ジロジロ見ないで頂戴」
 口ごもりながら彼女は強がった風に言い、顔を逸らした。その彼女の瞳の色が深いブルー に変化するさまを、慎二は見逃さなかった。
「あんた……、もしかして」
 慎二が呟いた瞬間、彼女は顔色を変えて身を翻し、脱兎の如く走り出した。
「あ、待てってば!」
 ほんの三、四歩の追い駆けっこで彼女の腕を再び捕らえ、慎二はまともな神経では決して 口には出来ないような台詞を口にした。

「あんた、人間じゃないだろ?」

 女はその台詞に怒ったようだった。プラチナブロンドの髪を振り立て、空いている右手で、 自分の腕を捕らえている男の横っ面を引っ叩く。
 見ている方が身体を竦めたくなるような音が響いた。
「アンタ、何言ってんの? 頭大丈夫?」
 加減の無い平手打ちと嘲りの言葉浴びせられた慎二は、それでも女の腕を離さなかった。
「一応、大丈夫だと思ってる。あんたの髪がさっきまで金髪だったのを忘れるほど壊れちゃ いねぇよ。……何で、今は銀髪なんだ、あんた? それに……」
 慎二のその言葉に、はっと息を呑んで自らの髪を掴む彼女の目を覗き込みながら、彼は冗談 混じりのような口調で微笑んだ。
「今のあんたの瞳は赤い色してるぜ。そんなにころころ色を変えちゃ、身体に毒かもよ?」



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