第六話
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行く当ての無い二人は、人気のない児童公園の白い街頭の下に落ち着いた。彼女をベンチ
に座らせて、慎二は街頭にもたれかかった。
家まで送ると申し出たのだが、彼女は首を振るだけで応えなかったのだ。
こんな所に落ち着いたのには訳はある。コーヒーショップやレストランの類が見つからな
かったと言う訳ではない。人気の多い場所で、髪や瞳の色がころころ変わる彼女を連れ回せ
ば、大騒ぎになりかねないからだ。
「アンタ……、変な人だね」
彼女の静かな問い掛けに、慎二は苦笑した。
「よく言われてる」
「何で、何にも言わないの?」
「何も、って何を?」
きょとんとした顔で訊き返す慎二に、彼女は微かに呆れたような表情を浮かべて言った。
「普通……じゃないでしょ、アタシ。もっと、気味悪がったりとか……しないの?」
「……他人は外見じゃ判断しないことにしてるんだ」
まじめくさった物言いに、彼女は疲れたような笑みを漏らした。
「それ、フォローにも何にもなってないわ。だって、アタシ、あんな連中に追われてるのよ。アンタ
だって、殺されかけたじゃない。危ない女だと思うのが普通だわ」
「……そう?」
彼はふと、路地で出会った四人の男を思い返しながら応えた。
「でも、あんた。あのサラリーマンが別状ないって判るまで、ひどくツラそうな顔してたぜ。
あんな連中に囲まれても、たった一人であの男を庇ってやってたじゃないか。あんたは
いたってマトモだと思うよ」
彼女は、それを慰めと受け取ったようだった。
「そう……。ありがと」
二人はしばらく黙り込んだ。互いに、話題の糸口を掴むのに困っているのは明らかだった。
やけに静かな夜だった。
先にその沈黙を破ったのは慎二だった。
「……どんな事情があるかは知らないけどさ。帰るところとか、あんの? できれば、帰った方
がいいと思うけど」
――俺の言えた事じゃないけどな。
心の中でそっと彼は付け加えた。
目の前で、微かに首を横に振る彼女の淡い金色の髪が深みを増した。まるで本物の金のよう
な濃い輝きを持った髪を指先でいじりながら、彼女はもう一度首を横に強く振った。
「……帰れないの」
軽い微笑みを、痛々しいほど無理に浮かべて彼女は顔を上げ、慎二の顔を見た。瞳の色は
深い深い紫色に染まっている。
「帰れないの」
彼女は繰り返した。
「アタシ、落っこちちゃったの。あそこから」
彼女が寂しそうに呟いて、白く細い指で指差したのは、星の瞬く空だった。つられて見上げた
慎二の耳に、空から落ちたと語る彼女がぽつりぽつりと話し始めるのが聞こえてきた。
「アタシね、天使なの。でも、天使の仕事がバカらしくなっちゃってね。……だって、もう誰も
神サマなんか信じてないのよ? そんな人間のために働くなんて、バカみたいじゃない。だから、
アタシ……、逃げちゃった」
まるで懐かしむような目で、彼女は夜空を見上げた。
「それで、帰れない、か……」
慎二は、遠い夜空を見上げる天使の横顔をそっとみながら呟いた。
帰れない。
――それは、まるで――
「帰りゃあいいじゃん。帰りたければ、意地張らないで、帰ればいい。あんなヘンな連中に追い
駆け回されて逃げ回るより、ずっといいだろ?」
慎二のその言葉を聞いて、天使は不意に顔を歪めて泣き出しそうな顔をした。慎二は、自分が
何かマズい事でも言ったのかと、大慌てをした。
天使は首を振った。
「違うの。本当に、帰れないの。帰りたくたって、帰れないの。アタシ、飛べないの!」
彼女は叩きつけるように言って、彼の顔を真っ直ぐに仰ぎ見た。堕ちた天使の抱いている
悲痛な叫びが、黒に近いブルーの双眸にあふれている。
――ああ、綺麗だな。
不謹慎にも、慎二はそう思った。
天使は、彼を見詰めながら、まるで訴えるように言葉を続けた。
「何度も飛ぼうとした。飛べれば、アイツらなんて怖くない。でも、飛べなかったの。アタシ、もう、
空には帰れない……。だから」
不意に、彼女の声が震えた。慎二の顔から目を逸らし俯いて、まるで凍えるように身体を丸め、
自分の肩を抱く。
「アタシ、殺されるしか、ない……」
「殺される……って、さっきの連中にか?!」
もたれていた該当から思わず背を浮かせた慎二の問い掛けに、天使は微かに無言で頷いた。
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