第九話
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 誰かが突っ込んでくる。
 その勢いにまるで突き飛ばされるように後ろに下がろうとした足が、何かに掴まれた。その 何かを振り払おうとする一瞬に、突っ込んで来た人物が見えた。
 リーダー格の男だ。
 ――つまり、そいつが今持っているのは……。
 咄嗟に身を捻り、男の槍の穂先を避ける。脇腹を何かが掠め、痛みが燃え上がった。
 だが、痛がっているヒマがあるワケもない。慎二は足を掴んでいる男の顔面を容赦なく蹴り 飛ばしてその手を振りほどくと、槍男の次なる一撃に備えて体勢を整えた。
 息をつく間も無く、焼け付くような敵意の波が、右背後から押し寄せる。
 振り向きつつ左へ身体を退いた慎二に向かって上から降り掛かる鉈の刃が、頭を包んだ バンダナを掠めて空を切る。
 ずり下がったバンダナをむしり取るように投げ捨て、慎二は、鉈を持った男の右側から突き 掛かって来ようとする刀剣持ちの男に向かって、逆に一歩踏み込んだ。そのまま相手の膝を 踏み抜くように蹴り付けると、呆気なくその男は崩れ落ちた。砕かれた膝を抱えて、その男は のた打ち回った。
 慎二はその男を放って、鉈を持った男の脇へ身体を退いた。危険だとしても、東屋の傍を離 れるワケにはいかなかった。
「もういいから、逃げて!」
 金切り声で叫ぶ天使に向かい、襲撃者を率いる男は鋭い視線を投げかけて言った。
「堕天使よ。お前を庇ってこの小僧が死ねば、お前は我欲のために人間を死なせた罪によって 穢れ、魔王(ルシファ)の門をくぐることになる。翼も無しにそこから飛び立てば、落ちて死ぬだけ。そこに 留まれば、我らが狩る。いずれにしても結果は同じだ。おとなしくそこから降りて来い」
 慎二は男の台詞に押し被せるように、天使に向かって怒鳴り声を上げた。
「馬鹿野郎、見てるヒマがあんなら、さっさと飛べッ! あんたが飛びゃ、俺は逃げるよ!」
 あと、五人。鉄棒持ちは顔面を殴られ蹴り付けられて朱に染め、既に戦意を喪失している。 鉈持ちは左膝を砕かれて立ち上がることすらできない。
 あと五人。天使が無事に飛び立てるまで、耐えられるだろうか?
 慎二はワザと声を荒げて天使を叱咤した。
「いいから、飛べ! どうせ死ぬなら、同じコトだろうがッ!!」
「――小僧、自分の命が惜しくないのか」
 男の淡々とした声が尋ねた。突き刺すような視線でじっと見詰める男の目を、挑むような目 つきで睨み返し、慎二は応えた。
「……惜しいよ。死にたくもねぇよ。けど、目の前でこんな目に遭わされてる娘を放っておくのは 俺の性分じゃないんでね。見捨てて逃げたりしちゃ、後で絶対に後悔する。だから、俺はここに 残ってる。それに、望みがゼロってワケでもねぇ。あの娘が飛ぶか、俺があんたらぶちのめす か、ふたつだけ望みが残ってんだよ」
「呆れた小僧だ。……止むを得ん。小僧、後悔するなよ」
 男はそう言って、槍を構えたまま前へ進み出た。
「へ。逃げちまった方が、よっぽど後悔すると思うね」
 慎二は強張った顔で強がりの様に笑い、東屋の上の天使に聞こえるように声を張り上げた。
「俺は諦めてねぇ。お前も最後まで諦めんなよ!」



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