第七話
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「みーずーほ!」
 甲高い女の子の声に、瑞穂と緋ヶ崎が顔を上げると、廊下の先で3、4人の女生徒が固まってこちらに歩いて来るのが見えた。瑞穂の様子を見るまでもなく、クラスメイトか何からしい。
 黄色い声の女生徒たちは、口々に笑いさざめきながら二人の所までやって来ると、時折、興味津々の眼差しで緋ヶ崎の姿に目をやりつつ黄色い声でお喋りを開始した。
「なーに喋ってんの?」
「それより、だぁれ、この人?」
「なぁに、彼氏ぃ?」
「きゃははははは」
 瑞穂は勝手に喋る友人らに向かって、再び顔を赤らめ、慌てた様に両手を振った。
「ちょ、ちょっと、違うわよぉ!」
 慌てる瑞穂を横目で見ながら、緋ヶ崎はそっと助け舟を出した。
「あー、この建物の調査をしてるだけです。ただのアルバイトなんで。建物のヒビとか、そんなので、気付いたこととか合ったら、聞かせて貰えます? あ、別に真面目に応えて貰わなくても、いいです。一応、形式通り済めば、そ れでいいっすから」
 我ながら、本当に不真面目なアルバイターみたいだと思いながら緋ヶ崎がそう言うと、その不真面目さ加減が女生徒達の共感を得たらしく、彼女らは聞いてもいない事までぺちゃくちゃと喋り始めた。その中には、教員の悪口や親への不満、おいしいアイスクリームの話題から、緋ヶ崎の『アルバイト』が何時に終わるのか、という問い掛けまで、彼の質問とは全く無関係の話題も混じっていた。無論、その殆どを緋ヶ崎が聞き流した事は言うまでもない。
 彼女らのお喋りに費やされるパワーに少々たじろぎ、辟易しながら、緋ヶ崎はそっと本題を話題の中に滑り込ませる事にした。
「……それって、デートのお誘い? 嬉しいけどまた今度にしてくれるかな。俺のバイトは夜までかかるんで。夜中の学校で肝試ししたいってんなら、話は別だけど」
 緋ヶ崎が冗談めかしてそう言うと、女生徒達はわざとらしい恐怖の声を上げて笑いさざめいた。一人、瑞穂だけが瞳に真剣な光を浮かべて緋ヶ崎の顔を見ていたが、緋ヶ崎はそれには気付かないふりをして話を続けた。怖がるふりをして楽しんでいる女生徒の話題に合わせて、彼はこう言った。
「やっぱり、出るの? お化けとか、幽霊とか。夜中の学校なんて、行くもんじゃないよね。俺、小学校の頃にやっぱり暗くなってからダチと忍び込んだことあるんだけどさ。こんな年になって、まさか行く羽目になるなんてね。何か あんなら教えてよ。そういう怖い所には、明るいうちに行っておくからさ」
 女生徒たちは口々に学園の七不思議について喋りまくり、緋ヶ崎は話題を振ったことを微かに後悔しながらその全てに一応耳を傾けた。話題の殆どがありきたりの不思議話だった。図書室や生物室、音楽室に出るお化けや、夜中に校庭を走るお化けの話に、自殺した生徒の幽霊話やトイレで起きる怪事件。みんな何処かで聞いたような話ばかりだ。七不思議と言っていながら八つや九つの話題が出るあたりも、よくあることだった。
 女生徒たちは喋るだけ喋ったあと、怪談話が始まる前に話題に登った『おいしいアイスクリーム』の店が閉まってしまう事に気付いて慌てたように別れを告げ、時計を見ながら慌しく走り去って行った。瑞穂も何か言いたそうな顔付きをしていたのだが、その何かを言い出せないまま、まるで引き摺られるように彼女らと共に去って行った。
 正に、嵐のよう、という形容詞に相応しい有様だった。



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