第一話「汚れた英雄」
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「おい、マリア。また、出てるぜ、お前宛の手紙」
 そう言って、彼が投げて寄越したのは、一冊の雑誌だった。
『ARMS』。
 傭兵向けの情報誌だ。
 特に面白いとも思えないが、愛読者は多い。現に、傭兵の訓練学校である『バイパーズ・ギルド』にいた時から、誰かしら周囲の人間が読んでいた。
『雑誌』というメディアが届かない地域であっても、星間ネットワークを通じて規定の料金さえ支払えば、掲載データをダウンロードできるという、ご丁寧なシステムを持っている。そのお陰で、結局、一号も欠かさずに目を通す羽目になっていた。その継続記録は、不本意ながら、今まさに更新されようとしているところだ。
 その『ARMS』の読者投稿欄に、『マリア』に向けたメッセージが載っている、というのが、彼の台詞の背景にある。
 それが始まったのは、二号か三号くらい前からのことだ。
「……何度言わせれば気が済むんですか。それは私ではありません。マリアなんて名前は、珍しいものじゃないでしょう」
 私はそう言って、スチール製の簡易テーブルの上に放り出された『ARMS』を彼の方へと押し戻した。
「まぁ、いいから見てみろって。俺達『レイブン』のことだって、出てるんだぜ」
 彼は押し戻された『ARMS』を再び私の方へと押しやった。
『レイブン』とは、伝説的に有名な傭兵だったデイヴ・ランダースの創設した傭兵団で、団長を五代に渡って交替し、なおも存続していることでも有名である。そして、言うまでもなく、私の所属している傭兵団であった。
 さっきから、私の目の前で『ARMS』を行ったり来たりさせていた彼は、どうにも記事を開こうとしない私に業を煮やしたのか、とうとう自分でページを開いて巻頭の記事を私に見せた。確かに、そこにはカスラーヌ星系の惑星ラドゥーリアで発生している内乱の話と、大規模は傭兵募集の話題、そして、ほんの一行程度に過ぎないけれども、傭兵団『レイブン』の目撃談が載っている。
「……この『ARMS』の記者、どこにでも出没するようですね。まさか、こんな辺境の話題まで拾ってるなんて」
 私は素直な感想を述べた。
 惑星ラドゥーリアは、中央から離れた辺境の小惑星に過ぎない。この『ARMS』という冊子は、どちらかといえばアングラな匂いのする代物で、発行人の素性は不明とされていた。 大手の出版社ならいざ知らず、このように出版元も不明瞭なあやふやなグループが、こんなにも早くラドゥーリアの噂を掴んでいるのは驚異と言えた。
「そうだろ? ま、だから俺達の御同業が大勢読んでんだろーけどな」
 彼はそう言いながらパラパラとページをめくり、問題のページを開いた。
「ほれ、お前宛て」
 私宛てではない、といくら言っても、この人は言葉を改めない。私は諦めたように、そのページに目を落とした。

『マリアへ。まだ戻ってくる気はないのかい? T』

 陳腐な台詞。お定まりの文句。出て行った人間に戻ってきて欲しいのに、自分では何もできない情けない人間の言葉。
(まったく、あの男らしい)
「な、お前宛てだろ?」
 そう言う彼の顔がにやついているのは、見ないでも判る。私は繰り返した。
「ですから、これは私宛てではありません」
「へいへい。……でもな、マリア。身を案じてくれる人がいるんなら、便りぐらい出してやれって。家出は構わんが、親不孝はいかんぜ」
(親不孝? ……とんでもない)
 彼の台詞は鋭いようで、見当外れだ。
分隊長(サージェント)。私をからかっているのですか?」
 私が生真面目な口調でそう聞き返すと、彼は大げさな仕草で肩を竦めた。
「とんでもない。俺は可愛い部下のことを案じているだけさ」
 そう言って、お節介な分隊長は片目をつぶり、『ARMS』を残したまま立ち上がった。
 ページは開いたままだった。

『マリアへ。まだ戻ってくる気はないのかい? T』
(帰る気など、無論……、ない)

 父は、軍人だった。
 父は、英雄だった。
(……何が『英雄』だ。家族を見殺しにしてまで、掴んだ肩書きに、価値なんてない)
 母も、同じ軍人だった。職場結婚というヤツだ。
 父と結婚して軍を辞め、大戦の終結を、父の帰りを待っていた。
 しかし、戦火は容赦なく、平和を待つ母の元まで押し寄せ、容易くその生命を奪って行った。
『英雄』である、父の目の前で。
『英雄』が必ずしも、いついかなる場合にも『英雄』ではないことを、私は知っている。
(……何が『英雄』だ。一人の人間すら守れない男が)
『英雄』など、軍や国家の作り上げた幻想に他ならないことを、私は知っている。
(……何が『英雄』だ。そんな男が何故、祭り上げられ、特別視される?)

 父は部隊を率いる立場の人間だった。
 終戦期のことだ。
 父の率いる部隊は、ある激戦区に配属された。そこに、母の住む衛星があったことは、偶然に過ぎなかった。
 父の部隊とぶつかったのは、敵軍の外人部隊だった。
 彼らは、戦力的には大したことのない部隊だったが、情報収集能力に長けていた。最前線で敵軍の機密を掴み、本国へ持ち帰るのが、彼らの仕事だった。
 当然、父は彼らを見逃しはしなかった。
 父に追い詰められた彼らは、掴んだ機密を無事に持ち帰る為に、取引を持ちかけた。
 つまり、母を人質に取ったのだ。

 この時、父は『父』であることより『軍人』であることを選んだ。

 母は殺され、軍の機密は守られた。
 今、母は墓の下にいるが、そこに母の遺骸は納められていない。
 四〜五メートル級の人型兵器DOLL同士の戦闘に巻き込まれた生身の人間の身体など、破片すら残らない。
 私が憶えているのは、耳を聾せんばかりのDOLLの駆動音と、かすかに上がった赤い血煙だけだ。
 次に気付いた時、私は父の軍の兵舎に保護されていた。
 同じ部屋に、父がいたことを憶えている。
 だが、あの男も私も、互いに語りかける言葉を持っていなかった。
(あの男はあの時、『父』であることを辞めた。だから、今の私に『父』はいない……)

「おい、マリア」
 随分と永い間、物思いに耽っていたに違いない。
 声に目を上げると、案の定、分隊長の彼だった。
「そろそろ格納庫に行ったほうがいいぞ。ここに来てから初仕事だ。『人形』の再チェックは入念にな」
「……了解」
 私は立ち上がった。この惑星ラドゥーリアに来てから、初めてのミッションが迫っている。
 愛機のメンテナンスは万全だが、長距離輸送後のトラブルは何が起きるか予想がつかない。特にDOLL戦は損耗率が高い。用心に用心を重ねて、重ね過ぎということはなかった。
 今から三時間もすれば、私は、銃弾の飛び交う戦場の只中にいるだろう。
 おそらく、今の私は強張った顔をしているに違いない。
 それを見て取ったのだろう、彼は言った。
「気負うな。相手はあの『荒武者』だって言うがな、そういった大物が俺達の所に回ってくるこた、まず無いからよ。そこらへんは団長達に任せときゃいーってことさ」
 彼は笑って私の肩を叩くと、また別の隊員に声を掛ける為に立ち去った。
 彼が立ち去った向こうで、分隊長の笑い声が上がった。いつでも隊員の気分を和らげようとしてくれている。
 いい人だった。

 私は、格納庫へと向かいながら、彼の台詞を思い返していた。
『荒武者』。
 ラドゥーリアの守護神とまで謳われた男が、敵になる。
 ラドゥーリアの『英雄』、トマス・ウィンチェスター大佐。
(……何が『英雄』だ。『英雄』の正体など、どれもたかだか知れている)
 格納庫には、様々な形式のDOLLがあった。辛うじて共通することは、機体のどこかに黒いカラスを描いた『レイブン』のエンブレムが入っていることだけだ。
 私は、乗り慣れた自分の愛機に近付いた。
 私の愛機は何も応えない。ただ、そこに在るだけだ。
 しかし、ひとたびV.A.T.S.(ヴァーチャル・アクティブ・トレース・システム=DOLLとパイロットをリンクさせ、四肢を動かすのと同じ感覚で、DOLLの操縦を可能にする機能)を作動させれば、私の愛機は私と一体となって戦場を駆け抜けるだろう。
 私の思うまま、望むまま、数多くの『汚れた英雄』の待ち受ける戦場を駆け抜けるだろう。
 生と死が同じ価値をもち、正気と狂気が危うい均衡を保っている世界。
 所詮、『英雄』など、その世界の住人に他ならない。
(もしも、私が『ラドゥーリアの英雄』を殺したら、あの男は何と言うだろう?)

『マリアへ。まだ戻ってくる気はないのかい? T』

 嘆くだろうか?

 それとも……。
to be continue……




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