第二話「あたりまえの狂気」
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ミサイルの砲弾が、『髪の毛』をかすめた。
背後で爆発があがり、背中にかすかな衝撃が走った。
カスラーヌ星系ラドゥーリア、リヴン山地。深い緑の森林と、赤茶けた岩のごろごろする山脈の、ふたつの色が織り成すコントラストの美しい高地である。
私は今、その戦場に立っている。
人型兵器『DOLL』のものと思われる熱源は、正面の木立の奥と、四時方向にそれぞれふたつ。
「《メイデン》。後ろの二機に構うな。正面を突破する」
分隊長の通信が聞こえた。
「了解」
私は応え、『首』を巡らせて、同じ部隊メンバーの位置を『目』で確認した。
DOLL、DOLL、DOLL……。
揃いの黒いカラスのエンブレムを入れた、様々な機体が様々な兵装を携えてそこに在る。
同じ傭兵団『レイブン』に所属する仲間達だ。そして、同じ『マルファス分隊』に配置されている仲間達でもある。
私の身体も、DOLLそのものだ。
DOLLの駆動システムの中枢を担うV.A.T.S.(Virtual Active Trace System)は、コクピットのセンサーベッドに固定されたパイロットの動きをトレース(及び予測)して機体を制御する。
私の意識した動きが、私の身体を無意識の内に動かし、その動作をV.A.T.S.が読み取ってDOLLを動かしている。
だから、私は今、全高5メートルの人型兵器となって、戦場を駆けているも同然だった。
私は、頭の中で兵装の選択と標的の選別を行った。
[シモン、主武器をサーベルに変更。標的、正面二機]
[了解]
私の脳波や思考パターン、人格から作り出されたペルソナ(機体管制A.I.。擬似人格を有し、パイロットのサポートを全面的に行う)は、僅かのタイムラグもなく、私の意思を実行に移す。
『私』は手に構えたアサルトライフルをサーベルに持ち替えた。
『私』の『肩』を掠めるように、背後から一体のDOLLが飛び出す。そのDOLLの『耳』につけられた赤いマーキングを見るまでもなく、それが分隊長のものであることは判っている。
私は分隊長に続いて走り出した。
正面の二機は、ミサイルを撃ち放した直後で、兵装の交換を行わねばならないはずだ。その僅かな機会を掴めないようでは、戦場で生き残ることは難しい。
木立の奥に『人影』が揺れた。
DOLLが二機。胸部に、ハンマーを象ったラドゥーリア軍の記章がついているのが見えた。
ラドゥーリア軍正規兵だ。
今のラドゥーリア軍の正規兵は、新兵ばかりと聞いている。
(大丈夫、大したことはない)
そう自分に言い聞かせ、私は小刻みに回避運動を繰り返しながら速度を上げた。
私の視界を覆う、ヘッド・マウント・ディスプレイの上の距離表示が、みるみるうちにゼロに近付く。
ALERT!
至近距離のDOLLを感知して、機体が警告を発する。ディスプレイの上に目を刺すような赤い文字が明滅する。
「……判っているわ」
私は我知らず、愛機に向かって呟いた。
――ウセロ、軍人――
無意識のうちに、『私』は鋼のサーベルを、ラドゥーリアのDOLLに叩き付けた。
私の右腕に手応えが跳ね返ってくる。相手のどこを斬ったのか判らないが、当たってはいる。
だが、そのDOLLは生きていた。
仕留め損なった。
全身から血の気が引いた。こめかみがチリチリする。
――死・死・死――
「《メイデン》、そのまま走り抜けろ!」
分隊長の声が耳を打ち、私は答えるより前に弾かれたように走り出した。
「了解ッ!」
背後で、火器の掃射音が響き渡った。
「《メイデン》、シナリオは間違っちゃいないが、キャストが違うぞ。……無茶をするな」
「すみません、分隊長」
私は素直に謝った。
「やつらが新人で助かったが……」
分隊長の呟きが示す通り、新兵の使うペルソナは実戦経験が乏しく、様々な局面での状況判断がまだ甘い。
ミサイルを積んでいたラドゥーリアの二機のDOLLは、最初に突っ込んで来た私のDOLLを標的と定めたらしく、私が駆け抜けた後を追おうと反応したのだ。
正規兵パイロットの方もまた、そのペルソナの反応に対処するのが遅れ、控えていた分隊長らの掃射をかわすことができなかったのだ。
(だから、私はまだ生きている)
本当なら、囮の役目は分隊長が務めることになっていた。
あの時、何故自分が飛び出したのか、よく判らない。
「分隊長、敵機の反応があります! 距離2034。数は十七」
最新の索敵機材を積んだDOLLを使っている、《アウル》の声が告げた。同時に、《アウル》機から転送されたデータがディスプレイの上に表示される。
味方機を示す緑の光点は九つ。それを挟み打つように、八つの赤い点と九つの赤い点が迫っていた。
「多いな……。どっか隣の部隊、やられたか?」
分隊長は苦い呟きを漏らした後、指示を下す。
「《マルファス》分隊は、これより十時方向の八機を突破、本隊に合流する。ルートは今、転送した通りだ」
ディスプレイ上に青い矢印が、進むべき道を描き出した。
「いいか、戦うより、逃げる方が優先だ。俺達の任務は、時間稼ぎだってこと、忘れるな!」
分隊長の覇気を含んだ言葉に、私達は叫び返した。
「了解!」
今度の敵は正規兵ではなかった。
吼える白い獅子のエンブレム。
ラドゥーリア軍の外人部隊……、つまり、傭兵部隊の『ラウド・リオン』だ。
戦い慣れた傭兵で構成された『ラウド・リオン』の彼らは、容易に私達を突破させはしなかった。
背後で起こった爆発に、思わず首を巡らせると、《アウル》が擱坐する姿が目に入った。片足が微塵に破壊され、胸部には歪な弾痕が開いている。
[マリア、誘爆に気を付けろ]
ペルソナ=シモンの冷静な声が注意を促す。
私は前へ走った。《アウル》機の胸部に穿たれた弾痕から、赤茶けたライフ・リキッドが流れ出し、あっと言う間に引火した。
DOLLの血液の役目を果たすライフ・リキッドは、同じく筋肉の役目を果たすライフ・アクチュエーターに必要な酸素を運ぶために必要不可欠なものであるが、その反面、元は液体爆薬から改良された代物でもあり、容易に誘爆を引き起こす。
今までの長時間に渡る戦闘で、稼動し続けたDOLLのライフ・アクチュエーターは恐ろしいほど加熱されているはずだ。今被弾すれば、リキッドへの引火、即ち機体の誘爆は免れないだろう。
《アウル》機は派手に爆発四散し、ディスプレイの上の緑の光点がひとつ消えた。
おそらく、パイロットは助かるまい。
だが、感傷にひたる暇など、なかった。
現在、味方機は六機までその数を減らし、敵機は四機まで減っていた。しかし、一度は引き離したはずの九機が再び迫りつつある。
「くそ、『ヘルハウンド』のヤツら、何やってやがる!」
分隊長が毒づいた。
今ごろ、私達と同じ反政府勢力に雇われた別の傭兵部隊『ヘルハウンド』が、正規軍のベースに奇襲をかけているはずである。その奇襲が成功すれば、ラドゥーリア軍は撤退に移らざるを得ない。それまでの時間稼ぎが、私達傭兵団『レイブン』の任務であった。
だが、『ラウド・リオン』に撤退の気配は未だ見えない。
「失敗する要因なんざ、無いはずだぞ!」
『ヘルハウンド』は銀河に数ある傭兵部隊の中でもトップクラスの実力を持つ部隊だ。この程度の作戦がこなせないはずがない。
「分隊長、敵機増援、視認しましたッ!」
同部隊の《ニコル》のうわずった叫び声が耳を切り裂く。
「《マルファス》各機。ポイント2−4に集中攻撃。《リッカー》、《ニコル》、先に抜けろ。《ワイト》、《メイデン》、《レッドキャップ》はその次だ。いいな!」
分隊長の指示が下る。私は言った。
「分隊長。こちら《アイアンメイデン》。私もしんがりに回ります」
「駄目だ」
分隊長は素っ気無く、私の提案を却下した。私は尚も言い募った。
「こちらの機体損傷は7.85%。追加装甲は剥げましたが、大丈夫です」
「……残弾はあるのか」
「あります」
私は即答した。
(大丈夫、この場を切り抜ける程度には残っている)
分隊長は僅かな沈黙の後に言った。
「……判った。《メイデン》は俺の右に回れ。さっきから右腕の調子が悪い。そっちは任せる」
「了解しました」
「《リッカー》は抜けたかッ?」
「判りません……!」
「こ…ら、《レッドキャ……》。《リッカー》なら無事…。包囲…は抜け…のを確認…た」
ノイズだらけの《レッドキャップ》の声が、《リッカー》の無事を報告する。
さっきから、新手の『ラウド・リオン』がジャマーを使用しているらしく、レーダーがほぼ効かない。敵機の位置は当然として、味方機の位置すら視認しなければ判らないありさまだった。
「了解だ、《レッドキャップ》。お前も抜けろ」
「了解……」
「《メイデン》! ポイント変更、3−8! 俺達も抜ける!」
「了解!」
分隊長の指示に、私は右足を軸に急旋回をかけた。私の正面にいた青錆色の『ラウド・リオン』のDOLLが、腕部に取り付けられた合金製のクローを振り上げたのが、視界の隅に飛び込んできた。
(あれを食らえば、腕か脚か、頭か胸か、抉り取られる)
――痛――
私は右腕を振ってアサルトライフルの銃口をそいつに向け、ペルソナ=シモンに指示を下した。
[シモン、撃つな!]
[了解]
『私』は撃たなかった。しかし、その『ラウド・リオン』の傭兵は、銃口が向けられたのを見て咄嗟に回避運動に移り、私はその隙に駆け抜けた。
「《メイデン》ッ! 三時方向、敵機!」
分隊長の切羽詰った声がガンガン響く。私は咄嗟にアサルトライフルを振り、三時方向に機体を向けながら弾丸をばら撒いた。
[撃て!]
[了解]
私は火器管制をペルソナ=シモンに一任し、機体を走らせることだけに集中した。
シモンの掃射によって、迫りつつあった『ラウド・リオン』のDOLLが一機、蜂の巣になって爆発炎上する。
――撃墜数一――
――歓喜――
私は構わず走り続けた。
その時、私の前を疾駆する分隊長の赤い耳のDOLLと、『私』との間に、右側から新たなDOLLが割り込んだ。
その『ラウド・リオン』のDOLLは、分隊長のDOLLにマシンガンの銃口を向ける。
右腕が不調のために左手にライフルを持ち換えた分隊長のDOLLには、反撃のために充分旋回する時間があるとは思えなかった。
「分隊長ォッ!」
私は警告を発し、『ラウド・リオン』のDOLLに向かって突っ込んだ。
視界にその『ラウド・リオン』のDOLLが一杯に広がり、強い衝撃が私の全身を襲った。
DOLL同士の激突の衝撃と、V.A.T.S.が自機の損傷をパイロットに伝えるために起こす擬似衝撃だ。
視界が霞む。気分が緩む。このまま目を閉じてしまいたい。だが、そんな暇はない。
――怒・撃・壊・殺――
私は右腕を引き戻し、そのDOLLにライフルの照準を定め、引き金を引いた。
「っつぅ……」
まるで思い出したように、胸部に激痛が走る。左の肋骨が折れたか何かしたに違いない。どっと汗が滲み出た。
[マリア、鎮痛剤を投与する]
シモンがそう伝えてきた。
――イラナイ。意識ガ濁ル――
同時に、耳障りな警告音が脳髄に響き渡る。
ALERT! ALERT! ALERT!
不快な音だ。
(弾切れ! 敵はッ?)
生きていた。
そのDOLLは、この乱戦の中にあって、被害らしい被害を受けているようには見えなかった。
(《ドール・マスター》か?)
飛来する銃弾すら知覚でき、またそれに反応できるだけの反射神経をも兼ね備えた者。DOLLに搭乗し、戦う者ならば、誰もが(自分が生き残るために)そうありたいと思う人種。
シモンの判断で投与された鎮痛剤が効いたのか、思考を鈍らせる痛みは感じなかった。
「……ァッツ!」
私は何かを叫びながら、唯一残された兵装であるサーベルをラッチから引き抜いた。
相手が《ドール・マスター》だということに恐怖は感じなかった。射撃兵装が失われたことにも恐怖を感じる事はなかった。
――敵ヲ殺スタメノ武器ハ在リ、機体ハ動ク――
(そうだ、まだ)
――歓喜――
私は、目の前のDOLLに襲い掛かった。
「《メイデン》ッ! 戻れッ!」
分隊長の声が遠くで聞こえた。
(『戻る』? 何処へ? 『敵』は『ここ』にいる!)
私は、『ラウド・リオン』のDOLLに襲い掛かった。敵は機体を半身にずらせて私の突撃を回避した。
(敵は後ろ)
「《メイデン》ッ!」
――ウルサイ――
私は脚を踏みしめて機体の勢いを殺し、振り返った。
(敵はそこにいる)
振り返った視界は、まるで霧の中のように霞んで見えた。白く輝くものが揺れている。さらに何かの影が私と敵の間を遮った。
――邪魔――
小爆発、続いて銃撃音。
「《メイデン》、下がれ!」
鋭い声が耳朶を打ち、私は我に返った。
(分……隊長?)
私の目の前にいるのが、分隊長の赤い耳のDOLLだということに気付くのに、数瞬を要した。
分隊長は、私と敵機の間に立ち塞がり、アサルトライフルを乱射している。
敵のDOLLは高速で後退しながら、分隊長の射撃を回避しつつ遠ざかった。
「《メイデン》、早く下がれ!」
「りょ、了解……」
(私は、何をしていたんだろう……)
私は、半ば呆然としたまま、分隊長の指示に従い、後退を始めた。
『ラウド・リオン』の追撃は、……無かった。
生き残ったのは、私と分隊長の他には、《リッカー》と《ワイト》、《レッドキャップ》の三名だけだった。
みな、惨憺たる有様だった。
分隊長の機体など、右肩から先が欠落している。
私が我を忘れて敵に突っ込んだ時、私をかばって負った被害だった。
「応急処置済だ。誘爆の心配はない」
分隊長はそう言ったが、彼がそれを行った時に状況を考えると、私はどうしようもなく居たたまれない気持ちになる。
あの『ラウド・リオン』のDOLLのビームサーベル(恥ずべきことに、私は今の今まで、敵がどんな兵装をしていたのか、気付かなかった)の一撃を右腕で受け止めると同時に、ライフ・リキッドの右腕部循環停止と、右肩部関節の切り離しを行うなど、危険極まりない行為である。
循環機能の停止が早過ぎれば、右腕の駆動が停止し、攻撃を受け止めることなどできなかっただろうし、逆に僅かでも遅ければ、引火したリキッドがDOLL本体をも誘爆させていただろう。
そんな危険な行為を分隊長に強いたのは、紛れも無く私なのだ。
「《メイデン》、功を焦りすぎだぞ」
それでも、怒っている風でもない、分隊長の声が聞こえた。
「申し訳ありません、分隊長」
(でも、私はあのとき、功を焦っていたワケではなかった……)
「ま、傭兵稼業なんざ、一機墜としてナンボの商売だからな。その気持ちも判らんでもない。だがな、死んじまったら折角稼いだ金も使えねぇってこた、憶えとけよ」
「……申し訳ありません」
(違う、金のためでもなかった)
「……私は……」
「なんだ、《メイデン》?」
訊き返されて、私は自分が言葉を漏らしたことに気が付いた。まだ、私は動揺しているのだろうか。
「……いえ。なんでもありません」
正気と狂気が危うい均衡を保つ戦場から、私はひとまず帰って来られた。
私にとり憑いていた狂気。
私を襲った衝動。
撃ち、壊し、殺す。ただそれ『だけ』の衝動。
何を求めるわけでもなく、何を望むだけでもない。当然、義務感などではなく、誰かに強いられたわけでもなく……。
――歓喜――
狂気の中で私が何を感じたのか、私はもう憶えていない。
『あれ』は、私の中に、奥深くに眠るものなのだろうか。
それとも、戦場という環境が生み出す悪夢なのだろうか。
私には、判らなかった。
――歓喜――
(あの男も、同じ狂気を知っているのだろうか?)
いつか、私は……。
to be continue……
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