第三話「戦場に咲く花」
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「……ファス》、《マルファス》、聞こえるか? 《エリック》だ。もう引くぞ!」
砂だらけのノイズに混じって、切れ切れの通信が届いた。ざらざらした声になってはいるが、それは我々傭兵団『レイブン』の団長、エリック・ランダースのものに間違いはなかった。
あちこちが損壊し、煙を吹き上げる基地の中で、量産型のDOLLが右往左往しているのが、滑稽だった。
首都カルナグから約六五〇キロほど離れた、ラドゥーリア正規軍トラシェトラ基地である。
「こちら《マルファス》。了解した、団長」
私たち《マルファス分隊》の分隊長はノイズを意識した大声で怒鳴り返し、右手を上げて二度振った。
今回、バックアップを務めていた私は、隊の後方でその合図を見た。
前衛を務める分隊長と、《ワイト》、《レッドキャップ》が機体を反転させて急速離脱にかかる。私は、置き土産としてその基地にミサイルを撃ちこんだ。
その弾頭が弾けると同時に、分隊長らを追撃にかかった正規軍の青いDOLLが一機、同じように弾け飛んだ。他の正規軍DOLLが、爆炎を大きく迂回している隙に、私たち《マルファス分隊》は、追っ手を大きく引き離して無事にトラシェトラを離脱した。
「おう、《メイデン》。派手にいったなぁ」
楽しげな分隊長の声が通信に乗って私の耳に届く。
『私』が『首』を巡らせて右を見ると、『耳』を赤く塗った分隊長のDOLLが追い付いてくるところだった。
「すみません」
私は思わず謝った。
今回の作戦はあちこちの正規軍基地を奇襲し続け、もうひとつの傭兵団『ヘルハウンド』がスタクリーベン基地を奇襲する、その本命の作戦から正規軍の目を逸らせるというものだ。
その為には、あまり無駄弾を使用することは許されない。『ヘルハウンド』が所定の配置に着くまで、息切れをすることは許されないのだ。
だが、分隊長は快活に笑っただけだった。
「構わんよぉ。ちっとは派手にしねぇと、陽動だってことがバレちまうだろ。特に最初はドカーンとでかい被害を叩きつけて、ヤツらのケツに火ィ点けてやんねぇとな」
その時、再度の通信が届いた。
「《マルファス》、次の標的は235。お前たちは南から入れ。開始は2420カウント後だ」
「こちら《マルファス》。了解した。これより235へ向かう」
分隊長が復唱する。同時に、ヘッドマウンド・ディスプレイの上にポイント235周辺の拡大地図が転送されて来た。
「《マルファス》、一番手だ。よろしく頼むぞ」
「了解、団長」
ランダース団長からの通信は切れ、分隊長のやや緊張した声が《マルファス分隊》各機に呼び掛けた。
『一番手』は最も華々しい戦果を上げることのできるポジションだが、それに伴うように責務も危険度も大きい役処だ。分隊長の声が硬くなるのも当然だった。
「聞いてたな。予定ルートはここをとる」
分隊長の説明と同時に、各機に転送されたマップの上にグリーンの矢印が浮かび上がった。矢印の先には、トラシェトラよりも一回り大きい基地が広がっている。
ラ・ミアンド基地、と表示が出ていた。
ラドゥーリア正規軍ラ・ミアンド基地はトラシェトラから100キロほど離れている。
途中に小規模ながらも山岳地帯が横たわっており、実際の距離は数値上の距離よりも遠い。
(だが、そんな事は計算済みだ)
今回の作戦の最重要項目のひとつが機動性である。追っ手を振り切るのももちろんだが、短時間で長距離を走破し、様々な拠点に奇襲をかけねばならないのだ。この程度でてこずるようでは、最初からこの作戦は失敗しているも同然だった。
今回《マルファス分隊》は、ほとんどが高機動型の機体で構成されている。バックアップを務める私は、搭載量を優先して高機動型の機体を使ってはいなかったが、山岳適性の高い機体を選んでいる。
山越えには最も適していた。
私たちは予定より二時間早く、ラ・ミアンド基地を見下ろす渓谷に到着した。
「早く着き過ぎたな。四キロ戻って小休止しよう」
ラ・ミアンド基地の様子をつぶさに見ていた分隊長は、そう言って全員に下がるよう指示を下した。
「一時間だけ休憩だ。カウント305までだな。人形に不調があるなら、今の内に見ておけ。……《ワイト》、《紫電》、前半三〇分は警戒にあたれ。後半は《レッドキャップ》、《ロイ》だ。それから、《メイデン》」
「はい」
「兵装交換だ。俺のミサイルをお前のに移す」
「えっ?」
私は思わず訊き返していた。同じ隊とは言え、その兵装は全て個人の所有物だ。ましてミサイルなど、砲弾そのものが値の張る代物である。砲弾を撃った後に残るのは空の容器だけ、と言っても過言ではない。
「今、ラ・ミアンドを見ていたが、DOLLの動きがいつもより頻繁だ。おそらく、トラシェトラ襲撃の報が伝わってるんだろう。俺たちが今いるこの渓谷から……」
分隊長の説明とほぼ同時に、私の目の前のディスプレイにラ・ミアンド周辺の拡大地図が展開された。
私たちの潜む渓谷に緑のマーカーが光り、ラ・ミアンド基地が赤く明滅している。《マルファス分隊》を示す緑のマーカーから、基地を示す赤いマーカーまでを、緑の矢印が大雑把につなぐ。
「……連中の基地まで遮蔽物はほぼ皆無だ。警戒も強化されているに違いない。ある程度はジャマーでごまかせるだろうが、限界ってもんがある。だから、だ」
(そうか)
バックアップの私たちが弾幕を張らねば、隊は基地に取り付くことができない。それにミサイルポッドを下ろせば、分隊長の機体はそれだけ軽くなり、機動性も増すというものだ。
「判りました」
私は応え、ただちに作業に取りかかった。
ラ・ミアンド基地の張り詰めた気は、離れて様子をうかがう私たちにも感じることができた。
ヘッドマウント・ディスプレイの端に表示されている数値がオレンジ色の光を放ちながら、約八秒ごとにカウントダウンしていく。突撃開始まであと十カウントを切っていた。
赤い耳の分隊長のDOLLが、アサルトライフルを構え、潜んでいた山裾から一歩踏み出した。
「さぁて、斬り込むとするかい」
その後に《ワイト》と《レッドキャップ》が続く。今作戦のアタッカーは分隊長を含んだ彼ら三人である。
まず最初にアタッカーが斬り込み、敵部隊を混乱させた後、バックアップを除く全てのDOLLが敵機をひとつずつ潰して行くのが《マルファス分隊》のやり方だった。
「《リッカー》はバックアップに回れ。《紫電》、サポートを頼む。《メイデン》、《リッカー》、《シュトルム》、バックアップは任せるぞ」
「了解」
「OK」
分隊長の指示に、私たちは口々に叫び返した。
全身が、かっ、と熱くなった。そして急激に寒気を感じた。これは戦場に赴く直前にいつも感じるものだった。
(私は緊張しているのだ)
この感じが好きだと言う仲間もいる。そんなものを感じるのは新人の証拠だと嘲笑う者もいる。逆に、どんなベテランでもその感覚は拭い去れないと言う先輩もいた。
(私は、嫌いだ)
(私は、怖れている。この戦場で死ぬかもしれないことを)
死を意識したこの瞬間に、生きていることを実感できるという、ひね曲がった連中もいると聞くが、私には到底理解できなさそうだった。
私は無意識に首を振った。おそらく、私のDOLLも同じように『首』を振ったに違いない。
「いくぞ!」
分隊長の怒鳴り声で、私は気を引き締めた。
分隊長の赤い耳のDOLLを先頭に、《ワイト》の濃い灰色の細身のDOLLと、《レッドキャップ》の頭部を赤く塗ったDOLLが一斉に飛び出した。
その後ろに十機余りのDOLLが続く。
[シモン、このまま真っ直ぐ!]
滅多にやらないことだが、私はサポートA.I.であるペルソナのシモンに機体の制御を任せた。
通常、ペルソナは火器管制に用いられる。ペルソナに機体制御を任せていると、とっさの場合にどうしても対応が遅れてしまうからだ。コンマ何秒が明暗を分ける戦場では、それは自殺行為にも似ている。
しかし、今の私はもっと別の事に神経を集中したかった。
[了解だ、マリア]
ペルソナ=シモンは私の意を汲んでそう応えた。
身体にかかる負荷が微かに軽減した。自分の脚を動かさずとも、機体はそのまま走り続けた。
私は、先頭を走る分隊長らの先、基地内部に慎重に照準を合わせた。その推定着弾ポイントは、リアルタイムでアタッカー部隊のディスプレイにも転送されているはずだ。
[撃て!]
いつもの癖で叫びながら、私はミサイルのトリガースイッチを『押した』。
もっとも、実際にスイッチがコクピット内にあるわけではない。私の思考の中でのことである。
DOLLのシステム上、トリガーを引くなどの作業のほとんどは、ペルソナが代行するか、パイロットの脳波(思考)を管制機器に読み取らせて行う。(携帯火器などの場合は、実際にパイロットの指を曲げるなどの行為で、DOLLの指を動かし、トリガーを引くこともあるのだが)
私の場合、イメージの仕方がそれだというだけで、結果は同じにしろ、思考の送り方はパイロットの数だけあると言っても過言ではなかった。
ミサイルは着弾予想点を僅かにそれて、ラ・ミアンド基地に突き刺さった。
[シモン、もういい]
私は機体の制御をペルソナ=シモンから取り戻し、徐々に速度を緩めた。
《リッカー》と《シュトルム》が、基地から迎撃に出ようとする正規軍DOLLを牽制すべく、小型ミサイルとロングライフルによる援護射撃を開始する。
先頭のアタッカーが基地に迫る。『耳』に赤いマーキングを施した分隊長のDOLLが、左手を上げた。
「《メイデン》、ぶっ放せッ!」
同時に分隊長の声が通信機を通じて飛び込んでくる。
「了解ッ!」
分隊長らアタッカーの正面、ラ・ミアンド基地南面の外壁に向かって、私は分隊長から預かった方のミサイルを撃ち放った。
一発、二発と着弾する度に、ごっそりとコンクリートがえぐれ落ち、五発目に至って外壁は崩壊した。
それから僅かに遅れて、基地の北側で爆炎があがる。北側から回り込んだ『レイブン』の他部隊だ。
「《マルファス》! こちら《エリック》だ! ごくろうさん。そっちはもういい、引き上げろ!」
ノイズに混じって団長の声が届いた。
「こちら《マルファス》。了解した。だが、高くつくぜぇ、団長!」
『レイブン』の挟撃によって混乱しているとはいえ、数だけは多いラドゥーリア正規軍の迎撃をしのぎながら、分隊長は軽口を叩いた。『レイブン』本隊がラ・ミアンド基地に接近できたのは、《マルファス分隊》の陽動のおかげだと冗談混じりに主張しているのだ。働きに見合った報酬があるからこそ、傭兵などという因果な商売をしていられるようなものだ。その気持ちはランダース団長もよく心得ている。団長は分隊長と似たような冗談混じりの口調でそれに応えた。
「わぁったよ、《マルファス》。次は楽なとこに回してやっから!」
「へっ。期待しねぇで待ってるよ、団長!」
ランダース団長と分隊長の応酬はそれで終わり、私はもう一度分隊長が左手を上げるのを見た。
私は、《リッカー》、《シュトルム》とタイミングを合わせ、基地への攻撃の手を強めた。意識的に、広範囲にミサイルをばら撒き、追っ手の意欲を殺ぎ落とす。ミサイルの雨に怯み、歩調を緩めた正規軍DOLLを、まるで狙撃するように《シュトルム》のライフルが火を吹く。
私たちの脇を《マルファス分隊》の本隊が通り抜けていく。
「もういい、《メイデン》。引き上げるぞ!」
視界の正面で、分隊長のDOLLが左手を二度振った。
だから、私にはその光景がはっきりと見えた。
分隊長のその手が、弾け飛んだ。
[マリア、敵機接近中]
ペルソナ=シモンの声が、憎らしいほど冷静に事実を告げた。
私たちバックアップの援護射撃を潜り抜けて、肉薄する正規軍の中隊がある。今まで無様にうろたえていたDOLL共とは、動きが格段に違う。この基地攻撃が陽動と気付いてか気付かずか、数の多い本隊よりも、少数であるこちらの分隊を殲滅に出たのだろう。
[緊急回避]
シモンが呟いて、私の機体を右へと『引っ張った』。私は逆らわずに意識的に右へ『跳んだ』。
私の右にいた《リッカー》機は左に跳んだが、間に合わなかったようだった。降り注ぐ小型ミサイルの弾頭の洗礼を受け、機体のあちこちから火を噴き出して後ろ向きに倒れ始める。
《リッカー》は地面に倒れ込む前に爆炎を上げて四散した。
「分隊長! 急いで下さい!」
私は、迫る正規軍DOLLに向かって、残りのミサイルを向けた。
「《ワイト》、《レッドキャップ》、先に行け! 俺たちの本隊を援護しろ!! 《シュトルム》、《メイデン》、全速後退!」
分隊長の緊迫した声が矢継ぎ早に指示を下した。
私は、迫る正規軍DOLLに向かって、残りのミサイルを全て放った。隣の《シュトルム》が援護射撃をしつつ、後退に移る。
と、その機体に、白熱した輝きが突き刺さった。ビームだ。《シュトルム》機の胸部が溶解し、爆ぜる。
分隊長が咆えた。
「《メイデン》、先に行けッ!」
「分隊長!」
ディスプレイの上に表示された現状は、そんなことは自殺行為だと告げていた。
迫る追っ手は六機。《シュトルム》が死に、私と分隊長はたった二機で《マルファス分隊》から取り残された形になっている。このままではいい餌食だ。
「お前の足じゃ、逃げ切れねぇ。ミサイルは捨てちまえ。どうせ空だろうが。俺が時間を稼ぐ」
確かに、私のDOLLと分隊長のDOLLでは、飛行形態を取れる分隊長のDOLLの方が足は速い。
(しかし)
先ほど左腕を吹き飛ばされた分隊長のDOLLが飛行形態を取れる訳もない。空中での機動を計算にいれて設計されたDOLLは意外と繊細で、機体に欠損が出れば著しくバランスが崩れてまともな機動など行えなくなる。飛び立った瞬間に地面に叩きつけられることもありうるのだ。
(死ぬ気ですかっ!)
私は努めて冷静を装いながら言った。
「分隊長こそ、先へ行って下さい。耐久性はこっちの方が上です」
しかし、分隊長は微かに『首』を振って、右手のアサルトライフルを投げて寄越した。
「《メイデン》、……じゃねぇな、マリア。お前がここで死んじまったら、俺は後々後悔する。そんな気がする。後悔すんのは性分じゃねぇし、あとどんだけ残ってるか知らねぇが、残りの一生を後悔したまんま暮らしたくはねぇんだ。だから、いいんだ。早く行け!」
そして、サーベルを引き抜き、追っ手の方へと向き直った。
(……あの人を一生後悔させる訳にはいかない……それに……)
(……残りの一生を後悔して暮らしたくはない……)
ふと、脳裏にそんな台詞がよぎった。
あれは誰の台詞だったか?
「なぁ、頼むぜ、マリア。ここまで言わせて、お前が死んじまったら、カッコつかねぇじゃねぇか。カッコつけさせてくれよな」
銃撃に混じって、分隊長のいつも通りのふざけた口調が聞こえた。
痛。
(心に走った痛み。それが悲しみなのか、怒りなのか、私には判らない)
「分隊長」
何かを言い返そうとした私に、分隊長は言葉をかぶせた。それもまた、彼のいつも通りの厳しい口調だった。
「《メイデン》、先に行け。生き延びろ。これは命令だッ!」
「……りょ、了解ッ!」
分隊長の気迫に呑まれ、私が反射的に叫び返すと、分隊長の赤い耳のDOLLはまるで安心したように、そのまま正規軍部隊の中へと飛び込んで行った。
分隊長の捨て身の行動に、正規軍部隊の足並みが乱れる。
今が好機だ。
私は、命令に従うべく身を翻そうとして、身体が強張っていることに気付いた。
(彼を見捨てることなど、できない)
その想いが、身体を強張らせているのだ。
(彼を見捨てることなど、できない)
しかし、
(彼の命令と好意を、命を、無駄にすることなど、できない……)
[……シモン、……全速撤退]
私は血を吐く様な思いで、ペルソナに命令した。
[……了解だ、マリア]
シモンの声が、いつもの冷徹さを欠いた響きでそう応えた。
分隊指揮官を失い、また思わぬ苦戦によってこうむった被害により、《マルファス分隊》は、ランダース団長の判断で、作戦からの離脱を認められた。
(いや、《マルファス分隊》はもうない)
分隊長は、戻って来なかった。
分隊長のコールサインである《マルファス》の名を取って付けられた分隊名である。《マルファス》がいなくなればその名は捨てられ、新しい分隊長の名を冠した分隊に変わるだけだ。
戦場では、死者を留めておけるのは、生き残った者の記憶の中だけだ。
しかし、死んだ者にいつまでも囚われていては、生きぬいていくことなどできはしない。
私はそっとため息をついた。
(『生き延びろ』)
私は彼の命令を、いつまで守ることができるだろうか。
思い出など、荒れ果てた戦場に咲く、花のようなものだ。
ひととき心を慰められても、私たちは生き抜くために、可憐なその花びらを踏みしだかざるを得ない。
私も、いつか、死んだ時、そうやって踏み散らされていくのだろう。
いつか、きっと……。
to be continue……
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