第四話「1000の選択肢と1の決断」
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遥かな空の高みから、ひとひらの白い何かが舞い降りてきた。
それは、『私』の『鼻先』にふわりと落ち、瞬時に消え失せる。
雪が、また降り出したようだった。
シュネッケL.L.精製工場への攻撃を開始してからかなりの時間が経過し、『身体』の熱はかなり高まってきている。ひとひらの雪片など、あっという間に蒸発してしまう。
シュネッケL.L.精製工場とラドゥーリア首都カルナグを結ぶベルトウェイを破壊するための小隊は、すでに工場内部へと突入を果たしているはずだった。
近隣のラドゥーリア正規軍基地から、急報を受けた正規兵部隊が増援に向かってきているらしいが、それは既に計算の内にある。
私は、《レッドキャップ》を指揮官とする小隊におり、その《レッドキャップ》小隊は、今まさにその正規軍増援部隊と交戦中であった。
走り出すために身を低くした『私』の上を、ミサイルが尾を引いて通り抜けて行った。
「《メイデン》ッ! 八時方向を突破された! 一旦退いて、《ヴァリー》と合流しよう!」
最前線で暴れまわっていた《レッドキャップ》が胸部の機銃を乱射しながら後退し、私に向かってそう怒鳴った。両手に一丁ずつアサルトライフルを構え、DOLLの頭部を赤く塗った姿は、古いどこかの伝説に出てくる残酷な精霊レッドキャップの名にひどく似合っている。
「了解。信号弾は……」
「いらん。《紫電》が先行した。あいつの速さは『レイブン』随一だからな」
《レッドキャップ》の言葉どおり、《紫電》は機動性及び速度を重視した機体を好む人物で、その技術も注目に値するだけのものを持っていた。もっとも、その機動性と速度は、我々傭兵団『レイブン』が求めているレベルをかなり行き過ぎている。持てる全ての力を一点に注ぎ込んだ結果であろう。
私は苦笑したが、何も言わなかった。
《レッドキャップ》は右手のアサルトライフルを振って後退を命じた。
「《インディ》、《ウーフ》、撤退するぞ!」
その時、通信が割り込んできた。
「……《レッドキャップ》小隊、応答せよ。《レッドキャップ》小隊……」
「こちら《レッドキャップ》」
「こちら《カイル》。《レッドキャップ》小隊は、ポイント6−2を死守せよ」
《カイル》は、私たち《レッドキャップ》小隊を含む、正規軍迎撃部隊を率いる指揮官だった。
「そんな無茶な!」
新米の《ウーフ》が悲鳴のような声を上げた。《レッドキャップ》はそれを遮る。
「こちらは既に限界だ。それ相応の理由を聞かせてもらおう」
「今そこを突破されるわけにはいかん。繰り返す、《レッドキャップ》小隊はポイント六ー二を死守せよ。以上だ」
「……了解」
通信は切れた。《レッドキャップ》が渋々返答をしたのが、《カイル》に届いたのかは不明だった。
「命令じゃ仕方ねぇ。《メイデン》、《インディ》、《ウーフ》、《クロノス》。もう少しばかり、気張ってもらうぞ!」
《レッドキャップ》は、この事態に似合わぬさっぱりとした口調でそう言った。
もちろん、それが《レッドキャップ》なりの気遣いなのは判っていた。
モニターの上に展開される状況は、悪夢のようだった。
私たちは、完全に孤立していた。ここを維持することは、間違いなく死を意味している。
《レッドキャップ》は弾薬の切れたアサルトライフルを一丁投げ捨て、鋼のサーベルを引き抜いた。
もう武装の方も限界にきている。
私は《レッドキャップ》の隣に並び、管制A.I.ペルソナのシモンに周囲の警戒をさせつつ言った。
「小隊長、限界です。引き上げましょう」
「さぞかし《カイル》は怒り狂うだろうな」
《レッドキャップ》は私の進言に、皮肉な口調で応えた。
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう」
私はそう言いながら、《レッドキャップ》の向こう側に見える、ラドゥーリア正規軍のDOLLに向かってアサルトライフルの弾丸をバースト射撃で撃ち放つよう、ペルソナのシモンに思考で命令した。
シモンは忠実にその意思を遂行し、そのラドゥーリアのネイビーブルーのDOLLは慌てふためいて後退する。
その時、
「小隊長ッ! 九時方向新手です!」
《クロノス》の絶叫が私たちの耳を貫いた。
九時方向から高速で近付く五機のラドゥーリア正規軍のDOLLが、モニターの上に赤い光点となって現れる。
視界の隅に、低空で飛行しながら近付くそのシルエットが映った。
「くそ」
《レッドキャップ》が毒づき、残弾少ない残りのライフルを空へ向けた。
それが、一瞬の判断ミスだった。
[六時方向、熱源高速飛来。ミサイル多数。回避する]
ペルソナ=シモンの冷静な声が私を引っ張った。
「駄目だ、迎撃しろ!」
私は叫んで踏み止まり、私たちに向かって飛んでくるミサイルの群れに向かって、振り返りざまマシンガンと肩部機銃による掃射を開始した。
ミサイルの雨を何とかしなければ、《レッドキャップ》が巻き込まれる。指揮官を失えば、隊は死ぬ。
一発、二発と、鉛弾を食らって爆発する弾頭に、その余波をくって誘爆する弾頭。私は超常知覚反射神経保持者、いわゆる《ドール・マスター》ではなかったが、やけにはっきりと見えた。まるで意思があるかのようにその爆炎をかいくぐり、吸い寄せられるように《レッドキャップ》の機体に着弾する一発の弾頭まで。
「……しくじったッ!」
《レッドキャップ》の罵声が聞こえ、左脚部を吹き飛ばされて転倒する彼の『身体』が見えた。
「小隊長ッ!」
私は機体を旋回させた。
その目の前で、急降下をかけてきた五機編成の可変DOLLが、《レッドキャップ》の『身体』に機銃を浴びせて再び離脱してゆく。
極めて残酷なことに、通信機器は最後の最後まで生きていた。
私たちの『耳』に《レッドキャップ》の断末魔の絶叫がねじ込まれ、私は思わず呻いていた。
嫌。聞キタクナイ。嫌。
だが、現状はそれすらも許してはくれなかった。
「《レッドキャップ》小隊ッ! 全機撤退する。《クロノス》、四時方向にミサイル。《インディ》、十二時の敵機にスモーク射出。《ウーフ》、チャフ散布。全機、八カウント後、八時方向を突破せよッ!」
私は絶叫にも近い声で命令を叫んだ。《レッドキャップ》の亡き今、私に指揮権があった。
私は、私の部下の命を守らねばならない。
《インディ》の射出したスモークを突き破って突出してきた正規軍DOLLに、私はサーベルの刃を突き立てた。
胸部に吸い込まれた刃を引き抜きながら、私はそのDOLLの右手からアサルトライフルを奪い取り、そして機体を蹴り離す。仰向けに倒れたDOLLは誘爆こそしなかったものの、そのまま動きを停止した。
[シモン! 八時方向に全速後退!]
[了解]
私の命令に応じて、私の『身体』は私が舌を噛みそうな勢いで後退を開始した。
私は全神経を正規軍部隊の動きに集中させた。胴部に設置した機銃を乱射して追手である正規軍の足を怯ませつつ、一機ずつ狙い澄ませたバースト射撃を浴びせる。
「……隊…、《レッドキャップ》小隊ッ! 何をやっている、6−2を死守せよと言ったはずだ!」
《カイル》の癇に障る通信が雑音そのものの様に聞こえてきた。わたしは怒鳴り返した。
「こちら《アイアンメイデン》。《レッドキャップ》は戦死した!」
(そう、あんたのバカな命令を守って、死んだんだ!)
「こちらは壊滅状態にあります。これ以上の維持は不可能と判断。撤退します!」
私は《カイル》の返事を聞かずに通信を閉ざした。
無線の向こうの《カイル》の顔は、いったいどんな表情を浮かべているのだろうか。
この日、私たち《レッドキャップ》小隊は六機で出撃し、生還したのはたった二機だけであった。
指揮官である《レッドキャップ》が死に、撤退に移った私たち四機(《アイアンメイデン》、《クロノス》、《インディ》、《ウーフ》)は、ラドゥーリア正規軍の追撃によって次々とその数を減らされていった。しつこい追撃をようやくの思いで振り切った時、私はたった一人になっていた。
通信兵として先に戦場を抜けた《紫電》が、満身創痍の『私』を出迎えてくれた。
私はコクピットハッチを開けたところで、力尽きたらしく、気付いた時は病棟のベッドの上だった。
激しい後悔の念が、次々と押し寄せる。
(あの時、私が取った行動は本当に正しかったのだろうか)
下した指示は。
撤退の手際は。
(もしかしたら、私のミスで、他の三人は死んだのかもしれない)
もっとよい手段が、あったに違いない。
(誰も死なせずに済む方法があったに違いない)
頭の中で無数の選択肢が渦を巻く。
過ぎたことを悔やんでも、また、最良の選択肢を思いついたとしても、失われたものは戻ってこない。
生き残った私には、また別の選択肢が示されるだけだ。
その時、最良の選択肢を、私は選べるだろうか?
to be continue……
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