第五話「0と1の計算式」
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「……以上で報告を終わります」
「判った。ご苦労だった」
敬礼をし、私は団長室から退出した。
私は大きく息を吐き出した。
珍しく苦い表情を見せているランダース団長の顔が、脳裏にこびりついて離れない。
団長の表情は当然だった。
私の属していた小隊は、前作戦においてほぼ壊滅状態だった。小隊長は戦死し、その後の追撃によって、帰還できたのは私を含めて二人だけだったのだ。
団長の表情は当然だった。
扉の前から離れようとしたとき、閉まった扉の向こうから団長の怒鳴り声が聞こえ、驚いた私は飛び上がった。
「マリア! マリア・W! 忘れてた!」
私が振り返って扉を開くのと、団長が飛び出してくるのはほぼ同時だった。鉢合わせしそうになりながら、ランダース団長は私の姿を見て安堵の表情を見せた。
「ああ、まだいたか」
「なんでしょうか、団長」
「お前、次から分隊指揮官だ」
団長の思いもかけぬ言葉に、私は言葉を失った。
「私は……」
(私は、大きな犠牲を出しました。その私が)
「お前は、二度同じ過ちは繰り返さない。数を抱えれば、それだけ視野を広げることができる」
団長は、真顔でそう言い、私の肩を叩いた。
「《マルファス》がそう言っていた。あいつの目は確かだからな」
(マルファス)
痛。
私の心の中を、喪失の痛みが走り抜けた。
《マルファス》はもう三ヶ月も前に死んでしまった上官のコールサインだ。
《マルファス》。分隊長。私を生き長らえさせるために、死んでいった人。私を好きだと言った男。
(『生き延びろ』と言った、彼の最期の命令を、私は辛うじてまだ守ることができている)
私の心の痛みに気付くはずもなく、団長は言葉を続けた。
「配属人員のリストは部屋の方に届けさせる。分隊名は《メイデン分隊》でいいな」
「……はい」
「では、マリア・W曹長。以後よろしく頼む」
ランダース団長は改まった口調でそう言って敬礼した。私は背筋を伸ばして最敬礼でそれに応えた。
「了解しました」
私のその様子を見ていた団長は、不意に表情を和らげ、くだけた口調で笑いかけた。
「ところでな、マリア。ずーっと気になってたんだが」
「なんでしょうか」
「マリア・Wの《W》は、何の《W》なんだ? 『レイブン』入団のファイルを見ても《W》しか書いてねぇ。バイパーズ・ギルドに問い合わせりゃいいのかもしれねぇが、大したことじゃねぇしな」
彼は、自分の言っていることの子供っぽさを恥じるように頭を掻いて笑った。が、追求はやめなかった。
「……で、何の《W》なんだ?」
それは、余り触れられたくない話題だった。
(《W》。ファミリー・ネーム。私が、あの男の血縁であることを表すもの。否応無く思い出させるもの)
しかし、応えない訳にもいかない。
「ウィ……、勝利の《W》です」
私は硬い微笑みを浮かべて、そう応えた。
「勝利、か。縁起のいい名前だな」
ランダース団長は笑って頷き、ふざけて私の頬をつついた。
「その名にふさわしく、勝って帰ってくることを期待する。……な?」
団長室の置かれた司令部から出ると、外は群青色の夜の色に染まり始めていた。
今夜の哨戒にあたる漆黒のDOLLが二機、首を巡らせて周囲を警戒している。
漆黒のDOLLの腕部に、闇に紛れて楯型のエンブレムが辛うじて確認できる。三つ首のケルベロスをモチーフにしたそのエンブレムは、私たち『レイブン』と同じように雇われた別の傭兵団『ヘルハウンド』のものだ。
DOLLのセンサーアイが私の上で止まり、通り過ぎるのが肌で判った。
婦人兵専用の兵舎は、四棟向こうだった。私は歩き出した。
『レイブン』に割り当てられたDOLL格納庫の前を通りかかったとき、一人の痩せた人影が中から出てきて、私 を見て足を止めた。
「マリア・W曹長」
やや乾いた男の声が、私の名を堅苦しく呼んだ。私は立ち止まって、痩身のその人物を見た。
格納庫内の照明が逆光になって、顔は定かに見えなかったが、私はその影と声に憶えがあった。
「シュタウト中尉」
私は敬礼をして挨拶をした。
フォグス・シュタウト中尉。
傭兵団『レイブン』のエースの一人だ。
傭兵育成所のバイパーズ・ギルド出身の私と違って、生粋の軍人上がりだという話を聞いている。
派手な戦果こそないものの、齢五〇を過ぎて未だに人形使いとして戦場に身を置きながらも生き残っているのだから、実力の程は知れよう。
「何かご用でしょうか」
正直言って、私はこの人があまり好きではなかった。
この人からは、軍人である父と同じ匂いがした。
《父》であることよりも、《軍人》であることを選び、私の母を見殺しにしたあの男と同じ匂いがした。
だから、私はこの人があまり好きではなかった。
「今度、分隊指揮官になるそうだな」
「……ご存知なのですか?」
「ランダース大尉が、そう言っていた」
シュタウト中尉は骨張った顔に、仮面のような無表情を浮かべ生真面目な口調で言った。
「マリア・W曹長。貴官は自分が分隊指揮を取れると思うかね」
それは、私自身も抱いていた懸念であった。しかし、命令を受けた以上、私は何が何でもやり遂げねばならない。私は背筋を伸ばしてそれに応えた。
「……死力を尽くします」
「死力など尽くしても、指揮が取れるとは限らない。……正直に言わせて貰えば、貴官はその才に乏しいと、私は思っている」
まるで氷のように冷たい言葉と視線だった。彼は容赦なく続けた。
「貴官には指揮官の思考ができていない。……前作戦における、貴官の動きが、それを裏付けている」
(私は、間違えた、のだろうか)
(私の指揮下で三人の戦死者を出したことは、やはり私の無能さを意味するのだろうか)
しかし、シュタウト中尉が言いたかったのは、全く別の事だった。
「現場の判断を責めるつもりはない。あれが精一杯だったことも理解している。だが、あそこは死守すべきだった」
(死守? その命令を守って、私たちの指揮官は死んだ)
前作戦において、私たちの小隊に下された命令は、あるポイントに留まってその場を死守せよというものだっだ。状況から言って、その命令は無謀の一言に尽きた。留まれば私たちの死は確定していた。事実、戦況が最悪になる前に戦域を離脱した一人を除いて、無事に生還したのは私だけだったのだ。
こめかみの部分が圧迫されたような感じがして、微かに顔が熱くなった。
私は無意識の内に中尉を睨み、挑むような口調で言い返した。
「それでは、中尉は私たちに死ねとおっしゃるつもりですか。あの場所にこだわれば、我々は全滅していました。それを避けるため、私は撤退命令を下しました。確かに、結果的には、ほぼ全滅したと言ってもいいでしょう。その場に留まったとしても同じ結果だったかもしれません。しかし……!」
シュタウト中尉は、眉ひとつ動かさずに私の言葉を遮った。
「無論、全滅したとしても、だ。所詮、傭兵など、補充の利く使い捨て要員なのだからな。そんなことも判らないのなら、貴官は傭兵を辞めるべきだ」
私は言葉を失い、強張った表情のまま、凍りついた。
シュタウト中尉は私の表情を見つめながら、気遣う様子も見せずに更に続けた。
「お前の小隊があそこで全滅させられたとしても、その間に二個中隊が無傷で帰還できたはずだ。簡単な計算式だろう」
(そんなことは、考えたこともなかった)
私は半ば麻痺した頭の隅で、果たしてそれが私の犯した過ちであるのかどうか思いを巡らせたが、まるで頭の中に砂でも詰まっているかのように、答えを見つけ出すことはできなかった。
(『それ』が、私のせいだと?)
中尉の言葉はまだ続いていた。
「そして、その二個中隊の損耗を回復するまで、我々は苦戦を強いられるというわけだ。結果的に、一個小隊を失うよりも大きな損害が、我々に出る」
(……無事であることを選べば、結果として敵軍によって多くの兵が犠牲になる……)
ふと、そんな言葉が頭の端をかすめた。だいぶ前にそんな台詞を聞いたことがあったが、誰が言ったものだったか、私は憶えていなかった。
「……これが指揮官の思考だよ。憶えておきたまえ、マリア・W」
シュタウト中尉は感情の無かった顔に、微かな哀れみのような表情を浮かべた。
「お前の父は、その計算のできる男だった。だから、英雄になった。……お前が、どういうつもりで父と同じ戦場に身を置くのかは知らん。父を追っているのか、父を憎んでいるのか、そんなことは私には関係のないことだ。しかし、お前も隊を預る身になったのなら、理解しなければならないことがある。それぞれが死力を尽くしたかどうかなど、結果の前には無意味だと言うこと。戦争には、勝利と敗北だけしかない。勝利が得られなければ、いくら『死力を尽くした』ところで、何もしなかったのと同じ。一でなければそれは〇、つまり無だ。
目の前の犠牲に囚われるな。戦場全てを見渡す目を持て。英雄とは、その目を持った者のことだ。そして、いつの世も人は『それ』を求めている。お前の部下になる人間も、それは同じだ」
シュタウト中尉は、疲れたように言葉を切った。
「耳に障ることを言ったのは、判っている。だが、いつか知らねばならんことだ。……目の前の犠牲に囚われず、最良の選択をするというのは、辛いことだ。もしも、その選択ができないなら、シェヘゲナに帰るといい。あの辺りは今の時期、まだ雪に埋もれているだろうが、まだ戦禍には見舞われていないはずだ」
そう言うと、彼は私に背を向けて、格納庫の中へと戻って行った。
私は、その背に問おうとして、問い掛けられなかった。
(私の父を……あの男のことを知っているのですか)
返事が怖かった。だから聞けなかった。
それに、中尉の言った言葉を理解するのにも精一杯だった。
それから二日後。
フォグス・シュタウト中尉は戦死した。
私は何も聞けなかった。
to be continue……
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