最終話「My Sweet Home」
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 左腕に衝撃が走った。かなり強い。試しに腕を上げてみたが、DOLLの腕は私が思い描いた30%程度しか上がらなかった。
 カスラーヌ星系ラドゥーリア、リヴン山中。私たち傭兵団『レイブン』は、ラドゥーリア正規軍と交戦中であった。我々『レイブン』ともうひとつの傭兵団『ヘルハウンド』を雇い入れたゲリラ組織の拠点を突き止めたラドゥーリア軍により、総攻撃を受けているのである。
 私は舌打ちして、右手のサーベルをまっすぐに突き出した。鋼の切っ先が敵DOLLの腰部装甲に突き刺さり、そのDOLLは糸が切れたように動きを止めた。
 片足を上げて力任せにそのDOLLを蹴り放し、私はDOLLの爆発に備えて僅かに後退した。
「中隊長っ、申し訳ありませんッ!」
 部下の《コリン》の声が震えている。《コリン》が仕留め損なった敵機の、苦し紛れの一撃が私を襲ったからであった。私は極力落ち着いた声音で《コリン》に言った。
「気にしないでいい。ここで死なれたら、後々もっと犠牲が増えるだろう。私の腕一本で安全が買えるなら、それでいいんだ。それに……私は、誰かを見殺しにしてまで任務を遂行するような、忠実な人間ではない」
(それでは、私はあの男と変わらなくなってしまう)
 脳裏にふと浮かんだ父の顔を、私は憎しみをこめて睨み付けた。
 軍の機密を守るために、囚われた母を見殺しにした父。
(何故、父は母を見殺しにしてまで任務を遂行したのだろう?)
 何度も心に渦を巻いた疑問が、もう一度頭をもたげた。
(何故何故何故)
(……たったひとりの人間すら救えない、汚れた英雄)
(何故、あの時母を助けてくれなかったの?)
(……戦場にいるのは狂気に侵された英雄たち)
(何故、あなたは母を殺したの?)
(……追憶の果てに想い出の花は散り)
(そのことすら、あなたは忘れてしまったの?)
(……数多の犠牲の中にしか光明を見出せず)
(何故、あの時母を助けてくれなかったの?)
(……0ではなく1だけを追い求めて)
(何故、あなたは母を殺したの?)
 その時、閃光のように私の脳裏を切り裂いたものがあった。

(……これは私の選択なの。元気で生きてちょうだい、マリア)

 突如甦ったその言葉に、私は痛みに近い感情を覚えた。あまりに強烈に鮮明に、その台詞は甦ってきた。
 微かに私は呻いていたかもしれない。
 それは、母の声だった。
 父に殺された、母の声だった。

(違う!)

 今甦った台詞は、理不尽に殺された者の台詞ではない。
(そうじゃない)
(母が死んだのは……)
 風景が霞み、古い映画の様に、色あせた風景が甦った。
 かつて私は、家の裏手の物陰に隠れて、それを見ていた。
 敵軍のDOLLが五機。私の家に来た理由は知らなかった。
「あの人に、そんな辛い選択をさせる訳にはいかないの」
 母はそう言っていた。そのDOLL達が来た訳に気付いている様子だった。
 その時は知らなかったが、彼らは軍人である私の父の部隊を切りぬけるために、母を人質として捕らえに来たのだった。
 私と兄のシモンは、素直に出て行こうとする母を必死で止めた。それでも母の決意は変わらなかった。
「私が無事であることを選べば、結果として敵軍によって多くの兵が犠牲になる。あの人は優しい人だから、きっと苦しむでしょう。あの人を一生後悔させる訳にはいかないわ。それに私だって、そんな大きな犠牲を払って生き延びても嬉しくない。残りの一生を後悔して暮らしたくはないもの」
 死ぬつもりなのだと、その頃の私には理解できなかった。
「誰を恨んでも駄目よ、これは私の選択なの。元気で生きてちょうだい、マリア」
(結局、私は恨んでしまった。父と、軍を)
 母は敵軍の部隊にその身を引き渡し、父の部隊の到着を待って、自ら死を選んだ。
 私は、見ていた。母の言いつけを守らず、母の後をこっそりと追って、私はそれを見た。
 耳を聾せんばかりのDOLLの駆動音。かすかに上がった赤い血煙。残らなかった母の遺骸……。
(何故、忘れていたのだろう)
 その瞬間、私は父の叫びを聞いた。悲痛な叫び。《軍人》ではない、《父》の声が、母の名を叫んでいた……。
(何故、忘れていたのだろう)
(否、私は忘れたかったのだ。私は誰かを恨まずにはいられなかったのだ)

「父さん……」

 唇に言葉が上る。
(とり返しのつかないことを、したのかもしれない)
 父に反発して、傭兵部隊に身を投じた。それは、全くの無意味であったのかもしれない。
(いや、違う)
 私は、戦場に身を置いて、初めて両親を理解できた。
(幾多の狂気を潜り抜けて来たからこそ、選択できること。その勇気)
 無駄なことは多かったが、全てが無駄であったわけではない。
(父も母も、戦場に渦を巻く狂気を知っているからこそ、そして、その狂気に囚われずに還って来たからこそ、血を流すことを怖れず、受け入れることができたのだ)
 両親の全てを理解できたわけではないが、両親の全てを無視してきたという過ちは正すことができた。

「父さん」

(帰ろう。この作戦が終わったら、傭兵を辞めて家に帰ろう。契約違反になるが、違約金ぐらいは蓄えがある。だから、家に帰ろう。帰って……)
「……隊長! 中隊長ッ! 敵が……っ!」
 耳をつんざく《コリン》の声に、私は追憶の我が家から戦場に引き戻された。
 ヘッドマウントディスプレイの上に、自分たちが進まねばならない進路と、その進路を塞ぐように展開する敵機のアイコンが映っている。
 私はDOLLの『目』を上げた。
 ラドゥーリア正規軍の、ハンマーを握る手の紋章が目に入った。しかし、正規軍と言うには不揃いなDOLLの数々は、彼らが傭兵部隊であることを示していた。
 目を凝らすと、吼える獅子のエンブレムや赤いユニコーンのエンブレムが見て取れる。
 そして、その後ろに控えている一際目立つ赤銅色の機体。ラウド・リオンの紋章が左の肩に描かれている。
 そして、ラドゥーリア正規軍の風習に習って、指揮官機を示す二重線が右の肩に入っていた。
 どんなに無知なDOLL乗りでも、そのDOLLのスペックは見ただけで想像できるだろう。装甲厚、機動性、出力どれを取っても並のDOLLでは太刀打ちできそうにない。
 それに、私はその機体とそのドール・マスターを知っていた。
 機体名、素佐乃雄。
 そして、その乗り手は《荒武者》。ラドゥーリアの守護神。ラドゥーリアの《英雄》トマス・ウィンチェスター大佐。
 私たちは、ラドゥーリア軍本隊にぶつかったのだ。
 私は叫んだ。
「全機撤退! 《コリン》! 本隊に連絡、正規軍本隊はα245地点に展開、と!」
 その間も、私は目の前の大部隊を指揮する《荒武者》のDOLLから目を放せなかった。
 彼の手が振られ、敵部隊前衛のDOLLが一斉にロングライフルを構えるのが見えた。

(父さん。私、帰れないかもしれないね)

 私はラドゥーリアの英雄のDOLLを凝視したまま、そう呟いた。
 数え切れないほどのライフルが火を吹いた。
 閃光。

(ごめんね、父さん)

 身体が痛い。銃弾の雨は容赦なく、『私』の『身体』を抉り取って行く。
 みんなは無事に逃げただろうか?

(ごめんね……、父さん……)

 涙が、あふれた。視界の中で、そのDOLLの姿がぼやけてにじんだ。
 ディスプレイにノイズが走り、やがて暗転する。

(さよなら……、父さん……)

 私は呟き……

 黒いカラスのエンブレムを入れた、一台のDOLLが、銃弾の雨の中で爆発した。
 そのDOLLに率いられていた中隊は撤退に移っていたが、それは遅過ぎた。
 同じ銃弾の雨の中で、同じように転倒し、同じように撃墜されていく。
「こんなところで遭遇戦とはな。行軍ルートを変更する」
 苦笑いの混じったような声で《荒武者》は呟き、新たなルート設定を友軍機に転送し始めた。
 作業を行いながら彼は、今掃討した『レイブン』の中隊に、微かな哀れみを覚えた。
 主義や主張、様々な欲望、想い……。
 彼らが何を抱いていようと、戦場はその全てを飽くことなく呑みこんで無へ返してしまう。
(別れて大分経つ自分の娘も、それに気付いたであろうか?)


     バイパーズ・ギルド 卒業生ファイル
     ……MARIA WINCHESTER……
     ……傭兵団レイブン所属……
     ……ラドゥーリア歴一五四年九月……
     ……戦死により登録抹消……

                    ……プリントアウトしますか?
                                 ……NO……
                    ……FILE CLOSE……

                                ……END……



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あとがき

ここまでの完読ありがとうございました。
これは、私が編集している隔月同人誌『Village』で一昨年の一年間掲載していたものの、再録でございます。
この『Village』上の読者参加企画(メイルゲーム)『DOLL MASTER』を下敷きとしたショートストーリーとして、本編で展開された内容を使いつつ、書きました。
(興味のある方は、宣伝サイトの方へどうぞ。旧ログがこっそり上がっております)
この後に続く『番外編』は、『Village』には収録していない、再編集後の作品で、視点を変えたものです。