番外編「悪意に満ちた鎮魂歌」
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カスラーヌ星系ラドゥーリア、シェヘゲナ。
極点に近いこの都市は、一年のほとんどを雪に閉ざされた山間に開かれた町である。普通ならば、人が住もうとは思わないこの地域も、この星の重要産業であるL.L.の原料となる鉱石が地表近くにまで露出している事によって、まるで炎が蛾を吸い寄せるかのごとく、労働者を引き寄せていた。
今では露天掘りで採集できる鉱石は少なくなり、この地方の風物詩であったその採掘方法は採算が合わずに廃止されていたが、山の地下に隠された貯蔵量は未だ衰えを見せず、従ってこの地域に集う人の数も決して少なくはない。
このシェヘゲナの南端、鉱山からは遠く離れた区域には、公営の共同墓地がある。ここには、このシェヘゲナで眠ることを選んだ者のほか、鉱山の事故で亡くなった者も数多く葬られていた。毎年一定の時期には、鉱山関係者や市の役員が慰霊祭を開いているが、すでに常世に旅立ってしまった者がこの現世で行われている儀礼に興味を惹かれるとは思えない。馬鹿げた慣習だった。
私はその公営墓地の管理事務所にいた。狭い部屋の壁の一面は、広い墓地を監視するためのモニターで埋め尽くされており、その画像は一定のリズムで規則正しく切り替わっていた。
管理人は六〇を超えたかの白髪の老人で、皺だらけの口元に偏屈そうな表情を浮かべながらも居眠りをしている最中だった。私がここを訪れる前から、彼は居眠りをしていたが、わざわざ起こす必要はなかったし、そんなことをするのも気の毒だったので、私は彼を放っておいて、そっと監視モニターに注意を凝らすことにした。
慰霊祭は一週間程前に終わり、そのどさくさに紛れて墓参の義務を終えた者は多いらしく、今この時期に墓に詣でる者はほぼ皆無だった。その人気のない墓地の中、D-36区と銘打たれた監視モニターにたった一人だけ人物が映っていることに、私はすぐに気が付いた。
D-36区は、地下に作られた共同墓地のひとつで、地上に見目よい墓碑を建てるだけのゆとりのない者が選ぶ墓場だった。一目で模造品と判る大理石に覆われた廊下の片側は無機質で画一な墓碑で覆われ、妙に白々しく寒々しい蛍光灯の光に照らされている。
その男は、その中の一枚の碑を静かに見詰めていた。
白い厚手のセーターとキャメルブラウンのパンツに、不似合いなスノートレッキングブーツ。片手には、地味でありふれたデザインながらもしっかりとした厚手の防寒コートと、何のひねりもない白い百合の花が一輪。ファッションセンスの欠如は、長い間そういった煩わしさに無縁であったことを示している。
ゆるやかなウェーブを描く金色の髪は無造作に背中に流れ、痩身ながらもしっかりとした双肩にもその一房が被さっている。表情は穏やかで、死者へ対する畏敬の念も後悔の念も沈痛の念も窺い知ることはできなかったが、アイスブルーの瞳には紛れもない苦渋の光が宿っていた。年の頃は三〇代に見えるが、実際はその一回り以上年老いていることを、私は知っていた。
念の為に、私が来訪者リストに目を走らせると、思ったとおりの名をそこに見出すことができた。
監視カメラのモニターの中で、その男は空いた片手をゆっくりと上げ、躊躇いがちにその墓石に手を伸ばした。まるで、その石が焼けた鋼ででも出来ているかのような仕草だった。
私は、彼の様子をもっとそばで知るために、D-36区へ下りる事にした。
彼は指先を碑銘に触れさせ、しばらくそのまま動かなかった。冷え切った墓石の冷たい感触が、そこに眠る者の肉体のものであるかのように、そしてその触れ合いによって僅かでもその魂を暖めてやれるかのように。
――実に下らない。
私がこうやって、彼に気付かれないように潜んでいる身でなければ、鼻を鳴らしているところだ。
その墓碑の裏には、碑に刻まれた名の持ち主の肉体など一片たりとも納められてはいない。魂の存在など私は信じていないし、百歩譲って魂なるものが存在するとしても、『それ』はあのリヴン山の赤茶けた土塊と木々の合間を漂っているはずで、こんな極点近い田舎町に都合よく辿り付くはずはない。人間は渡り鳥ではないのだ。帰巣本能などないのだから、故郷に帰るなどという都合のいい話があるわけが無い。
そこに納められているのは、死屍累々たるリヴン山で見つかった、焼け焦げて鎖の千切れた認識票と、その持ち主が使っていたゲリラ兵宿舎の個室にあった僅かばかりの私物だけだ。物は物。魂など宿りはしないし、肉体の代わりにもなりはしない。まして、『遺品』。生者の残りカスに他ならない。
その残滓を未練がましく撫で回したところで、死んだ者は喜びはしない。何故なら、その行為が死者に伝わる刻など永劫に訪れないからだ。
それが判っていても、その行為を繰り返すのが人間の愚かしいところなのだろう。『守護神』とまで謳われた男にも、それが等しく根付いているのが滑稽で、私は思わず冷笑を浮かべた。
彼は私の視界の中で、やがて諦めたように墓碑銘に触れていた指先を離すと、供花を供えるためのボックスに、携えていた百合の花を差し入れ、もう一度名残惜しそうな瞳を死者の碑に遣った。微かに唇が動いたが、何と言ったか聞き取ることはできなかった。
彼はゆっくりと白い廊下を歩き出した。湿ったトレッキングブーツが模造大理石の床で嫌な軋みを上げる。私は大急ぎで管理室へと引き返した。
管理人はまだ眠っていた。私は管理室の隅でこっそりとモニターを眺めながら、地下の死者と死者との間から帰って来ようとするその男をじっと待った。別に、今日はその男を追うことが目的ではなかったが、『英雄』の末路を垣間見る機会など、そう滅多にあるものではない。
管理室からそう遠くないエレベーターの到着を告げるチャイムが聞こえ、管理人の老人が身じろぎをして目を覚ました。
管理人と来訪者が顔を合わせる小さな窓口に人影が立ち、男の手から管理人の手へ、来訪者の出入りを管理するためのパスカードが手渡された。管理人の老人がそのパスカードを、薄汚れた装置のスリットに走らせると、先程私が目を走らせた来訪者リストの最新欄に退出済のマークが追加される。
私は、影になって見え難い来訪者の表情に目を凝らした。穏やかな表情は変わることなくそこにあり、瞳の苦悩は依然としてそこに残っていた。彼は静かに管理人に頭を下げた。老人は僅かに同情するような表情を浮かべて彼に頷きかけた。彼は一瞬だけ不意を突かれたような表情を浮かべたが、もう一度老人に向かって頭を下げるとそのまま墓所を後にした。
管理人の老人はその背を見送り、その背が見えなくなると、居眠りを再開した。私は管理室を立ち去った。
面白い。反吐が出るほど、滑稽な寸劇だった。
管理人の老人は、誤解をしている。
『英雄』の娘が死んだのは、『英雄』の責任であることを、老人は知らない。この国の内乱が仮初の終結を見たあの日、リヴン山中で呆気なく死んだその娘が、誰に殺されたのか。
だが、当の『英雄』は知っている。そうでなければ、自分に向けられた同情に怯む筈はない。
そう、自分の手が実の娘を殺したことを、彼は知っている。彼は《ドール・マスター》だという話だから、娘の乗るDOLLのコクピットハッチが弾け跳んだ瞬間を、見ることができたのかもしれない。その僅かな刹那に、彼は愛娘の顔をそこに見出したのだろうか? 痛みに歪む苦渋の顔、そして彼女が最期の瞬間に吐き出した無意識の言葉。
彼女のDOLLの通信機器を媒介して広大なネットワークを過ぎったその言葉は、今私の手元に残っている。
戦場に打ち捨てられた残骸を回収して生計を立てているジャンク屋に金を掴ませて、回収した彼女の機体の残骸の中には焼け焦げた認識票が残っていた。ゲリラの基地に残されていた遺品は、送付データを書き換えて廃棄処分寸前に掠め取ることが出来た。この二つの品物は、とっくの昔にバイパーズギルド宛に送り付けている。
戦争が終わり、家に戻ったとき、そこにバイパーズギルドから届けられた、焼け焦げた認識票と僅かばかりの生活用品を見出して、彼は何を思っただろう。
――何も、思わなかったに違いない。
後悔の念は、もう充分にしただろう。彼が、自分の娘の名をゲリラ兵の中に見出した時、すでに彼の覚悟が決まっていたことぐらい、判っている。自分の放った弾丸が直接愛娘の命を奪わなくとも、ゲリラ殲滅の指揮官たる彼は、敵も味方も全ての死んだ者たちの業を負って、これからも生きていくのだ。
それが、『英雄』と呼ばれることの代償なのだから。
『I love you,Dad』
Maria Winchesterの最期の言葉を、当の父親に送り付けるべきか否か、私はまだ迷っていた。
エイミー・マクエイル
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あとがき
完読ありがとうございました。
最後に出てくる“エイミー・マクエイル”と言う人物が何者なのか。
それはこの『Maria』を掲載していた『Village』誌の方にヒントがありましたが、結局はっきりとは明らかにされずに終わっていました(笑)。
宣伝サイトの方をご覧になっても、答えはございませんので、悪しからず。
このエイミー嬢、当屋敷の地下に、密かに居たりしますけれどね。当サイトの隠しページ等を発見されている方には、少々ヒントがあるかもしれません。
この作品の後も、『DOLL MASTER』シリーズが続きます。
(『DOLL MASTER』に興味のある方は、宣伝サイトの方へどうぞ)