2001年、マルタの風景
アトランタで飛行機を乗り継いだ時に、短い時間で精いっぱい観察したマルタですゥゥ。路線図は、こちら(マルタHP内)をご参照ください。
ファイブポインツを除く全ての駅には、方角を示すアルファベットと、ファイブポインツから振られた番号が付けられています。この番号は、駅構内、路線図などあらゆる場所に使われており、初めて乗車される方には、非常に便利な道しるべになります。
* マルタの高速鉄道・東西線系統


ファイブポインツから東西に伸びる路線。途中、アシュビー駅(W3)からバンクヘッド(P5)への分岐線、プロクター・クリーク支線があります。将来、西線の延長が計画されているようです。
運用的には、H. E. Holmes(W5) - Indian Creek(E9)間の列車と、Bankhead(P4) - King Memorial(E2)間の列車が交互に設定されています。左の画像は、区間列車の終点にもなるKing Memorial駅にて撮影しました。屋根の構造(ジャングルジムみたい)がユニークですが、その頃開業されたいくつかの駅で、同じような構造を見ることが出来ます。
車輌は100型。フランス連合製造(1979年〜)で、アルミ車体ですが、側板腰にはコルゲートがあります。欧米でよく見かける、「発車時に音が連続的に変化する^^」チョッパ制御。少数ですが、両運転台の500型もあります。
右の画像は、プロクター・クリーク線への分岐駅、Ashby駅にて撮影しました。分岐点であることもあって、この駅は上下2層構造になっています。

マルタ車輌の室内は、こんな感じ。バスと同等の「プラスチック・シート」に、カーペット敷きの床の組み合わせです。椅子はかなり密度濃くアレンジされており、場所によっては脚の置き場に困ることもあります。袖仕切りは、オリジナルの「コルク模様(ちょうど国鉄185系登場時のような)」ですが、最近では更新改造も行われ、同じ色調の「岩石模様(ぉぃ)」に変化しています。
さらに、最新の600型(2000年登場・VVVF)では、色合いを始めとして、かなり室内も変更されているようです。
*南北線系統


ハーツフィールド空港から北へ伸びる路線です。最初に「北線」がドラビルまで順次開業し(そうです、ドラビルは、昔「N10」だったんです)、1996年のアトランタオリンピック直前に途中から分岐して「現在北線と呼ばれている路線」が開業、その北線は2000年にはNorth Springs(N11) まで延長されました。オリジナルの「北線」は、今では「北東線」と改称されました。
北東線は、マルタ加盟郡の境界にあり、その先の郡(グイネット郡)がマルタに加盟しない限りはこれ以上の延長はありえませんが、北線については、ジョージア州道(高速道路)400号線に沿って、さらに北にある街、アルファレッタ辺りまでの延長計画があります。
左の画像は、北東線の終点、ドラビル駅にて撮影しました。すぐ横にはGMの組立工場もあり、プラットフォームから貨物列車を観察するのも、結構楽しいです。
車輌は200型(1984年〜)。日立製作所製のステンレス製で、4象限チョッパ制御ですが、近々インバータ制御に改造されそうです。室内は、100型とほぼ同じです。
北線の開業に伴い、北線・北東線系統がマルタの主力路線になりつつあります。そんな訳で、アルミの100型と500型は両系統(南北線、東西線)で見られるのに対し、ステンレスの200型は主に南北線(北東線含む)系統で見ることが出来ます。
右の画像は、北線と北東線の分岐駅、Lindbergh Center(N6)駅に停車中の100型。この駅の屋根には、最近の改装で色付きガラスが張られ、晴れた日など、その色が車輌に色を添えてくれます(車輌自体は、他の画像と同じカラーリングです^^)。この駅自体は、ただの島式ホーム1面で、本当の分岐点は、駅から約1マイル北(北東)に行ったところにあります。

車掌側に設けられた、スイッチボードです。マルタはATOを持っており、通常の運転はボタンを押すだけで行われます。オペレーター(当然、1人乗務)が島式ホーム(車掌側)での客扱いを終わった後(上下に並んだ、丸い、青い、ボタン使用)は、左下の緑のボタン(ATO STARTと書いてあります)を押すと、オペレーターが運転席に戻る前に、車輌は動き出します。慣れるまでちょっと怖いですが、慣れれば、普通です^^
<なお、文中の路線情報は、ホームページ http://www.nycsubway.org/us/atlanta/marta-facts.htmlにある内容を引用させていただきました。>
お付き合いいただき、有り難うございました。
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