アトランタのマルタバス+ちょっと電車<1996>のページ
(各写真をクリックして、大きい画像もお楽しみください。)

1996年、アトランタでオリンピックが開かれた頃の、マルタバスの様子です。これが、オリジナルの2700番台バス、New Flyer製の部分低床バスです。このバスは、天然ガスで走るようになっていて、屋根上の大きなガスタンクがポイントです。我が家では「ガスバス」と呼ばれていました。
マルタバス140番は、ジョージア400号線、アルファレッタ/ロズウェル近くのパーク&ライドから、(当時)地下鉄のメディカルセンター駅までを結んでいました。途中、停留所は全くなく、純粋に両地点の連絡を行なっていました。朝ラッシュ時は、当時10分間隔で発車し、かなりのピストン輸送を行なっていました。
その後、地下鉄がノーススプリングス(GA400号線上)まで延伸し、このバスは、GA400から直接同駅に入るように改められた、とのことです。
で、話をオリンピックに戻し、当時はこれほどの全面広告バスが走っていました。



有名スポーツ用品メーカー、不動産屋、牛乳協会などが、このようなバスを走らせていました。不動産屋のバスは、実は「市電」に見せていて、裾近くに台車まで書いてありました。



これも、某スポーツ用品メーカーの広告バスですが、ご丁寧にこんなにたくさんの色違いのバスが走っていました。
ちなみに、屋上に屋根のないバスは2000番台、普通のディーゼル燃料で走るバスで、2700番台に先駆けて登場しました。今では台数的には、2700番台(とっくに2800番台に突入)が多くなっています。


オリンピック期間中は多くの路線で二十四時間バスが運行され、運転手も、バスも、かなり無理をしていました。迷子になっちゃうバス(主に、大会観客輸送用)が続出する一方で、このように、タイヤがバーストし、立ち往生するものも現れました。
実は、小生はこのバスに乗っていたのですが、急に焦げ臭くなると同時に、車体が大きく傾き、外に出てみるとこのような惨状でした。幸い、怪我人等はいませんでしたが。
で、満を持して、地下鉄の写真^^


野暮用があって、地下鉄の検車区に入れて頂きました。そこで撮ったのが、これ。電車、特に手前のものは、綺麗に化粧直しされていました。どちらも、アルミのフランス連合製です。
台車職場では、ご覧のような内側台枠式台車を目の当たりにすることが出来ました。これも、フランス製の台車ですが、日立製の車輌にも、似た作りの内側台枠式台車が使われています。
なお、アトランタのマルタ地下鉄の写真は、
小生のHPの、ここにもあります。また、アトランタオリンピックの時の、選手村の様子は、
ここ(1)や、
ここ(2)、
ここ(3)、さらに
ここ(4)も、併せてお楽しみくださいませ。
長々とお付き合いいただき、有り難うございました。
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