漂流者の日々第5部

異境迷走編

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夜の闇の中へ

3月17日

 朝起きたら、激しく晴れていた。昨日の雪は降り積もったままだが、空はまるで3月みたいに晴れ渡り、陽光が降り注いでいる。陽光が雪に反射して眩しいのなんの。晴れた日のゲレンデを想像していただきたい。あんな感じ。
 今日は母の車に乗り、町中に抛っぽり出してもらった。本来の目的は犬猫病院の付き添いにだったのだが、予想外にも休診日だった。で、来るべきオフ会にそなえDDRのリハビリを行ってみたのだが、雪道のためスノーシューズをはいてきたのがまずかった。踊っている途中に足の裏のゴムがはがれてきやがったのである。というわけで無難な曲を選ばざるをえなかった。駅前のゲーセンはいつのまにか100円5曲になっていたので、UPSIDE DOWN、THE RACE、DO IT ALL NIGHT、OH NICK NOT SO QUICK と踊って最後にLUV TO MEで撃沈。16分連打のさばき方がいまだにわからない。
 本屋に寄って「シュロック・ホームズの迷推理」(ロバート・L・フィッシュ、光文社文庫)ゲット。内容は、早川文庫で出ている2冊の短編集の冒頭の短編を1つずつ、それに未収録の短編が9つ、あとは非シュロック・ホームズの短編がいくつか。シュロック・ホームズはこの3冊でコンプリートできる模様。相変わらず爆発的にアホらしい話ばっかりだ。
 あとマガジンのスキー漫画に「カテゴリF」なる単語が使われている。懐かしい。読んだり読まなかったりで前後関係がよく分からないのだが、カテゴリFは「このカテゴリF!」とか「カテゴリFの分際で!」とか、蔑称として使われるべきである。愛馬が狂暴なカテゴリFの人を、皆さんは覚えていますか。
 帰りはさすがにバスに乗ってきた。あのような愚行は二度とすまい。

 4時頃、空が晴れているにもかかわらず雪が降ってきた。しばらく眩しい西日と舞う降雪とが同居した奇妙な天気雪が続いたのだが、やがて暗雲が立ち込め、またしても雪景色になってしまった。今日は彼岸の入りだというのに、この天気はなんなんだ。啓蟄で這い出てきた虫ケラどもは全部凍死の憂き目を見ていることだろう。明日は晴れてくれればいいのだが。

 さて。とうとう田舎を去る日がやってきた。2週間なんてあっという間ね。クソ寒かったことを除けば、申し分ない休暇だったといえる。爆発的に暇だった割には、日記の量は多かった。下宿に居ると、暇で暇で日記に書くネタに詰まるということが多かったのだが。これは説明可能である。ここ、一関市舞川は最寄りのコンビニまで車で15分、民放は2つしか映らない、と情報から隔離された環境である。とすれば、暇をつぶすためには自力でなんとかしなければならない。ワタクシとしては思索にふけらざるをえない。とりとめない思索は、文章という形になって日記にのっかる。ゆえに日記量が増える、ということになる。いくら暇だ暇だといっても、下宿にはチャンネル争いを行う必要のないテレビがあり、ゲーム機があり、パソコンがある。考えること無しに暇をつぶすことができる。ゆえに日記に書くことに詰まる。ということだ。情報の氾濫による害というものは実際にあるらしい、ということを感じた。我々は知らず知らずのうちに害毒に犯されている。
 この日記でなんだかんだと書いたけれども、ワタクシはこの田舎が好きなのですよ。オレは郷土愛というものを信じる最後の大学生なのだ。

 次の更新は早ければ19日。だがマイマザーが大阪に来るので日記を書く暇があるかどうか。今言えるのは、明日18日は東京にいるので更新不可能、という一点。あと、この日記をアップロードし次第、日記制作に使っていたフォルダとIEの履歴を抹消する。家族にこの日記を発見されるという危険を犯すわけにはいかない。

激しい雪が電波を狂わせる

3月16日

 ニュースによると、今日九州南部で春一番が吹いたんですって。つまり、昨日のアレは単なる北風だったということだ。む〜。春だなんてとんでもない。本日、一関市には激しい雪が降っている。現在形。我が家の広い庭はすっかり雪景色であり、ととも3月の風景とは思えない。どうやら2年ぶりの大雪、らしい。今年は雪がほとんど降らず、1月までさっぱり積もらなかったと親は言っている。やはりオレは災厄の運び手なのだろうか。20時現在雪は小降りになっているが、しかし既に20センチくらい積もっている。雪の重みでアンテナが下を向き、テレビが映らなくなるほどだ。もう彼岸だというのに、この天気は何だろう。「思い出の中を、真っ白い雪が埋め尽くしていた。」という文句を書くのも飽きるほどだ。この環境のもと、野外でアイスを平気で平らげる人物は尊敬するに値する。おそらく、オレが大阪に帰った途端に天気は快方に向かうに違いない。それはマーフィーの法則で証明されている。
 まあいいや。ここにいるのも明日までと思えば、むしろ今のうちに雪を楽しまなくては、という気にもなる。野外でアイスを食う気には決してならないが。風邪を引いて、死ぬ。体が自己防衛機能を発揮させているのが自分でわかるほどに、ここは寒い。たとえば鼻。こっちに来てからというもの、ワタクシの鼻は常にぐずぐずいっている。空気が乾燥し、かつあまりに冷たいので、鼻孔内を守るために常に粘液を出し続けているのだろう。人間の体は偉大だ。ちなみに、はじめて京都に住むようになった頃は、異常な速度で鼻毛が伸び出して困ったものでした。

 それ以外には何もない一日だった。退屈なので「エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件」(J・D・カー、国書刊行会)を読了。面白い物は何回読んでも面白い。

田舎を切り裂く狂気の爪

3月15日

 3月も半ばとなり、春一番の吹き荒れる時節となった。しかしながら、岩手県では3月でも油断すると雪が降る。本日も母の車で街に出かけたのだが、これがまた寒いこと寒いこと。雪交じりの風を春一番と呼んでよいものかどうか謎ではあるが、何にせよ容赦なく冷たい風が吹いてくる。たまんねえ。毎晩空気が冷たいから鼻が痛くて仕方ないのじゃよ〜。ワタクシの鼻はひときわ高いゆえ。田舎の生活、暇なのには耐えられるが、寒いのには耐え難いものがある。我々は好きで寒い場所に住んでいるわけではないのである。

 ↑ロシア人はもっと切実な調子で訴えるだろう。ニュースでロシア軍がミスコンを開催した、という話をやっていた。審査基準に、見た目やスピーチといった一般的な物に加え、空手の演舞とか迷彩メイクアップ技術ってのがあるんですって。さすが軍隊。たしかに、ミスコンの審査に職業技術の腕前の上手下手を加えるというのは、ミスコンをバラエティ豊かにするのに役立つすばらしいアイデアである。ミス銀行なら簿記の書き方の速さと正確さを競う。ミス小売店ならレジ打ちの速さと正確さを競う。ミスりんごなら収穫したりんごの仕分け、品質の見わけ方の優劣を競う。ミスイスラエル軍なら、ミスコンの最終審査と称して砂漠におっぽり出し、一番たくさんアラブ人を殺した人に栄冠を与える。
 ……俺は同じ人間同士が武器を取って殺しあうことの虚しさを訴えているだけであって、別にイスラエルとかアラブ人とかに怨恨を抱いているわけではないですよ。日記で世界平和を訴えて何が悪い。

 気がつくとまたジョジョを読んでいる。プロシュート兄貴はかっこいいなあ。人生の範とするに値する。兄貴の登場するところだけ、コミックス大阪に持ってかえろうかしら。
 あとブチャラティは初登場の頃は全く性格が違うというのはよく知られた事実であるが、今読み返すとジョルノもかなり性格違う。やや陽気、ややマヌケ。パッショーネに入団した途端ゴッドファーザーのドン・ヴィトー・コルレオーネ的性格になったような感じ。

 今背後で家族がニワトリの話をしている。我が家ではニワトリを飼っているのだ。新鮮な卵には事欠かないと思われるだろうが、一つ困った問題がある。ウチのニワトリは、卵を産むと自分で卵を食ってしまうのだ。ゆえに卵を産む瞬間を見極めないと、卵を回収することができない。ウチのニワトリは子殺しを趣味とするファナティックチキンなのだ。恐ろしい。ときおり、母親が子育てを放棄したので動物園の飼育員が子供の世話をしているというニュースが流れるが、深刻さでは我が家の方がはるかに上である。環境に対するストレスがそういった現象を引き起こすとか聞いたことがあるような気もするが、一体何が不満なのだろう、ニワトリの分際で。

どっちを向いても田んぼ どっちを向いても田舎

3月14日

 今日も姉の車に乗り動物病院へ。で、その帰り道にスーパーによったので今週は無事ジャンプを読むことに成功した。そのスーパーはまたしてもオレの知らない、かつ巨大な店だった。つい先週末にはでっけえ店が2つ立て続けに開店した。一方はホームセンター、一方は電機屋。むむむ。大店立地法が施行されたら大型店の出店はなくなるのではなかったのか。施行まだだっけ? ともかく、オレが京都に住むようになって以降、それを待っていたかのように大型店舗が一関市とその周辺に出店してきているのだ。まあ、大都市に比してでっけえ店を出しやすいのは確かである。田んぼの上に建てればいいから。前に建っていた建物を取り壊す必要はない。そして、田舎に田んぼはまだまだたくさんある。よって駐車場スペースも取り放題、無意味なまでに広い。立体駐車場にする必要なんて全くない。どうやら、かような田舎にもまだまだ発展する余地はある模様。まがりなりにも新幹線が通ってるだけましなのか。市の人口も増えちゃいないが減ってもいない。
 我が家は中心街から10キロ離れているという事実に変わりはないのだが。街は北上川と遊水地の向こう側だけに、発展の手がここまで及んでくることはまずもって考えられない。

 腰を据えて「驚異の超科学が実証された」の読破にチャレンジしてみた。
 この本はオレに少なからぬ衝撃を与えた。昨日挙げた「浜田マキ子議員は1550年前の私の母である」とか「初孫の第一声は『私はスサノオノミコトである』だった」とかいうトピックスは、氷山の一角に過ぎなかった。「前世はアトランティス人だった」とか「人間の体には『生命体』というものが宿っていて、これはフーチパターンという診断法で善し悪しを判定できる」とか「13番テーブルに突然観音像が出現した」とか「戦時中の阪大で電気ギターを発明した」とか、一つ一つをとってみても「こんなとんでもないことをどうして思い付けるのだろう」と思わざるをえない与太話が次から次へと出てくるのである。200ページのすべてが驚愕の連続。以下第1章より引用。
「ある夏の暑い日、数人でお茶をのみに行ったとき、全員上着を置いてきて、支払い時にだれもお金の持ち合わせがなかったことがありました。その時に一万円札が飛来し、それで支払って戻りましたが、帰宅して一万円札をテーブルにおいて合掌すると札は消滅しました。これは、脳波がシータ派になったときに時間が変化し、一年間の三六五日が三〇〇分の一秒となるためです。その日の一〇分間は一六〇〇万分の一秒以内の出来事ですから、一六〇〇万分の一秒ぐらい、どちらが先でも後でもよいことになります」
 そ、そおだったのか! こりゃ、トンデモ本シリーズのどれかで紹介されているに違いない。
 この著者、かつては阪大で学生にものを教えていた模様。肩書きははっきりしないが、ひとかどの研究者だったようだ。能力の高い学者が突然超常現象の世界にのめり込むってのは、よくあるパターンだわな。50代の時にかぶれたらしく、近所に住んでいた小学生と一緒に実験していたらしい。すなわち、この小学生がこの先生をかついだと思われる。子供の無邪気ないたずらだって、他人の人生を狂わせることはできる。いやはや。
 とりあえず、第一声に「私はスサノオノミコトである」としゃべる赤ん坊は、石で打ち殺すべきだと思う。中国だったら間違いなく間引きの対象となろう。生かすのであれば、コメディアンとして育てるしかない。

 真奈美の奇妙な冒険第9話修正。といっても、妙子に台詞を一つ付け加えただけ。

いけないカントリーロード

3月13日

 朝から動物病院に行ってきた。昨晩帰ってきた別の猫が顔にケガをしていたため、その治療に。いつもなら姉が独りで行くところだが、妊娠中ゆえにワタクシが猫を詰めた檻を運搬する役目を仰せつかった。それにしても、妊婦が猫と戯れてていいのだろうか。アレルギーがどうとかで胎児に悪い影響を与えるとかなんとかいう話があったようななかったような。まあ、部外者たるワタクシに口を差し挟む権利はない。妊娠したことのない人間が、妊娠についてどうこう言うことはできない。そしてオレは産婦人科医ではない。
 猫の傷は、皮膚に1センチくらいの穴があいたような具合である。いずれかさぶたに覆われ、傷は治るということだが、完治する前に猫自身が引っかいてはいけない、ということで予防措置が取られた。すなわち、シャンプーハットみたいなものを首周りに装着する。パラボラアンテナの真ん中に猫の顔がある、という図を想像していただければ結構。やや残酷な仕打ちではあるが、仕方がない。というか笑える。体を舐めようとしてもカサに邪魔される。顔を洗おうとしても、カサの外側を足で撫で、カサの内側を舐める、という結果に終わる。これを自業自得と受け取り、これ以降できるだけよその猫と喧嘩しないようにする、と反省するだけの知能があればよいのだが。

 真奈美の奇妙な冒険第9話完成。更新状況はトップページで告知すべきであろうが、現在の環境ではあまり手がつけられない。メモリが4メガってたまらんなあ。田舎からの特別企画として、一関市舞川地区がいかに荒涼とした土地であるかを写真を載せて解説する、ということをぼんやりと考えていたのだが、このPC9821では写真を1枚アップロードするのにおそらく3ヶ月くらいかかる。まあ仕方ない。ネットに接続できるだけマシと思わねば。立派なマシンを買えないのは、大学生を2人も抱えているからに違いない。はわわわわ。がんばって稼ぐから許してください。

 手元に一冊の本がある。「驚異の超科学が実証された」なる本が。裏表紙にはこんな紹介文が載っている。「前世の不思議な縁によって作詞・作曲が瞬時に出来上がり、ピアノの即興演奏ができた著者の眼前には、観音像、恵比寿・大黒像が出現し、三つ葉のクローバーが四つ葉になるという超常現象も起こっている」。ひ、ひぐう〜! 中をちらっと見てみると、「浜田マキ子議員は1550年前の私の母である」とか「初孫の第一声は『私はスサノオノミコトである』だった」とかいう話が延々と続いている。ひ、ひぐう〜! なんじゃこのトンデモ本はっ。平成5年初版って書いてあるから、トンデモ本の世界のシリーズで既に紹介されてるかもな。
 しかし何より恐ろしいのは、この本を買ってきたのは父親だ、という事実である。ひ、ひぐう〜! これがいわゆる「せっぽうとかいっていた。どんな字をかくかはわからない。」状態なのかーッ!? とかなり焦ったものの、様子を見ると、どうやらマイファーザーもこれをトンデモ本と認識している模様。やれやれ。理性的な父をもって息子は幸せだ。

死のワナの地下迷宮

3月12日

 昔「輝く季節へ」プレイしていたら、家から飼い猫の訃報が届いたという話を日記に書いたはずだ。家族はその悲しみを癒すべく新たな猫を一匹連れてきた。オレは今回の帰省で初顔合わせした。その猫がここしばらく行方不明になっていたのだが、本日遺体となって発見された。マイマザーの分析によると、冷たい水の流れる側溝にはまって心臓麻痺を起こした模様。悲しい。2、3日顔を合わせただけとはいえ。家族は「2匹とも3月生まれだったから、次は3月生まれ以外の猫を飼おう」といっている。異存はないが……
 この地上に生きている限り、人はリフレインブルーを避けることはできない、ということなのか。むぅ……

 本日はよく晴れた暖かい日だった。かような辺境の地にだって春は来る。

ETERNAL PUNISHMENT

3月11日

 仕事に向かうマイマザーの車に乗っかり、本日は駅周辺の方に出かけた。大学3回の夏に帰省したときはその没落ぶりに驚いたものだが、今回はあまり眺めが変わってなく、したがって驚きもあまりなかった。中心街の地盤沈下は思ったよりスピードが遅い模様。以前と変わった点といえば、かつてゲーセンがあった場所が貸し店舗になっていて、ミスタードーナツがあった場所がゲーセンになっていた程度。で、そのゲーセンでDDRを踊ってみる。10日ぶりくらいのプレイだったためか、3曲目のBoom Boom Dollerで失敗。油断しているとがくっと腕が落ちる。そのあと何の気無しにSSRのルーレットをやってみたら、1曲目でダイナマイトレイヴを引き当てた。奇跡的にクリアできたものの、そこで体力を使いきり、2曲目のFollow the Sunで失敗。ワタクシのルーレット運は悪い。前にやったときは1曲目にラ・セニョリータを引き当てていきなり撃沈。SSRでクリアできる曲は5分の3程度であるからして、4曲のうちにクリアできない曲が出てくる可能性は非常に高いわけだが、それにしてもなんで1曲目で引き当ててしまうのやら。ノーマルモードだと最初の2曲がベーシックであまりにタルくてやってられんしなあ。

 駅近くの本屋をめぐってみる。ゲーム雑誌等が発売されるのは土曜である。ほんの発売日は都市圏より1日遅いのだ。ジャンプは火曜発売、ファミ通は土曜発売。やや悲しいが、どうにもならない。
 あと久しぶりにエースネクストを発見した。京都の下宿の近所の本屋ではなぜか売ってなかったのである。久しぶりに立ち読みしたら、田丸浩史がダイ・ガードのギャグマンガを書いていた。不覚。

 帰り道。なんとなく10キロの道のりを歩いて帰ろうとしてみた。560円も払うのがシャク故に。中3のときに30キロの道程を歩かされたことがある。ならば10キロ程度何の苦労があろう、と考えワタクシは愚行にチャレンジした。しかし8年という年月は人を腐らせるのに十分。10キロのうち半分は上り坂であり、しかも進めば進むほど坂道は勾配がきつく、距離も長くなっていく。道半ばあたりで両足と腿が痛くなり、3分の2をすぎたあたりからは痛みのあまり膝が上がらなくなった。そして歩道は雪が解けかけていて靴が濡れる濡れる。このまま行き倒れしてしまうかもとも思ったが、所用時間1時間50分くらいでなんとか帰宅。結論、560円を払うだけの価値はある。これだから僻地は……

 買ったのは電撃PS。ペルソナ2罰はなんとしてもプレイしなければならない。夏発売が待ち遠しい。

月宮あゆの正体は蛋白質(AFTTO氏談)

3月10日

 今朝は早く目が覚めた。理由はいろいろある。昨晩は10時に寝たというのが1つ。東北地方は日の出が早いというのが1つ。しかも雪が積もっていると光が反射してかえって外が明るくなるというのが1つ。だが最大の理由は寒さだろう。今朝目が覚めて気が付くと、鼻から白い物が出ていた。それはキルリアン写真のエクトプラズムにも似ていたものの、オレは寝ぼけてエクトプラズムを出すほど器用じゃあない。その正体はなんのことはない、白い息だった。室内で白い息が出るほどに、今朝は気温が冷え込んでいたのだ。道理で鼻が痛いわけである。洗面所に行って顔を洗おうとしたら、昨晩風呂で使った手ぬぐいが凍っていたので、凍傷の危険を冒しつつ顔を洗わざるをえなかった。こんな目にあったのは久しぶりだ。恐らく4年ぶり。もう3月だってえのに。やはりオレは災厄を呼ぶ男なのか。

 今日は金曜日。岩手めんこいテレビがほんの少々映ったのだが、ターンエーは「ターンX起動」の話だった。関西よりも遅れてるじゃないかッ。黒歴史の衝撃が伝わるのは来週の模様。これだから地方局はよぉ。既に見た話であり、かつ猛烈にテレビ映りが悪いので、仙台放送のポンキッキーズを見た。そうしたら、爆チュー問題がバナナで釘を打つネタをやっていた。これも関西テレビでかなり前に見たぞ!? 放送が遅れているのはターンエーだけではなかったのだ。これだから地方局はよお。
 あとテレビ欄を見ると、本日の岩手朝日放送の探偵ナイトスクープはフォークダンスを1000曲踊れるおっさんの話をやる模様。これだから地方局はよお。

 ポンキッキーズではリトルリーグvsアリクイの野球の試合をやっていた。大人がアリクイのきぐるみを着ているのである。結果はアリクイの勝ち。あんなきぐるみを着てよく野球できるなあ、と思ったものであるが、裏に秘められた真の意義を見落としてはいけない。野球は9人でやるものであり、従ってアリクイも9人。これは次代のガチャピンの座争奪の試金石ではなかったのだろうか。ガチャピンの中に入っている人がいかにグレートな運動神経を持っていようと、いずれの日にか老い、その能力が落ちることは当然予想されることである。しかし、ガチャピンはさまざまなスポーツに挑戦していかねばならないという宿命を背負っている。スノボを乗りこなし、スカイダイビングやスキューバダイビングに挑戦し、ジャッキー・チェン指導の下カンフーアクションさえやってしまったガチャピンに、これ以上征服できる山などもうないような気がするが。伝説の水中カバディか、あるいはあの短い足でセパタクローか。ともあれ、次にガチャピンに入る人が選ばれなければならない。そこでアリクイきぐるみ野球という面白企画を編み出したのではなかろうか。で、MVP選手を次のガチャピンと決定する。子供たちとの親交は深まるし視聴率は取れるし、と一石三鳥の企画といえましょう。
 もっとも、これはガチャピンはきぐるみである、という前提に基づいた妄想である。まさかそんなはずはない。ガチャピンはガチャピンという個体であり、オレが幼稚園児の頃に見ていたガチャピンと今のガチャピンは、もちろん同一人物に違いない。よね〜!

 ローカルニュースin宮城。仙台市泉区で幼女に「痛くない座薬を入れてあげる」とかなんとかいいつつせまる痴漢が出没しているらしい。「幼女」かつ「後ろ」とは二重の意味でマニアック。世の中にはどんなマニアがいるかわからないものだ。しかもその目的を達成するために解熱剤を持ち出すとは自然にして全く無理のない流れ。お〜そ〜ろ〜し〜い〜。
 ローカルニュースin岩手。岩手県の新しい教育委員長に合田武なる人物が選ばれたとか。ゴーダタケシ! かつて京都に赤い嵐が吹き荒れたように、岩手にジャイアニズム旋風が吹き荒れるというのか!? 明日はどっちだ……

今にも落ちてきそうな空の下で

3月9日

 本日は仕事が休みのマイマザーの車に乗って街に出かけた。マイマザーはオレがまったく知らないルートをとって街に向かった。一関市の駅周辺が没落の極みを晒しているのは、その一回り外側の地域が開発されているからである。人口6万の小都市でも、いっちょ前にドーナツ化現象は起きているのだ。かつての田んぼに巨大なチェーン店舗が建てられ、あぜ道は4車線の舗装道路となっていく。今日はガストでメシ食ってきましたよ。今日母上が通ったのはかつて田んぼのあぜ道だった(と思われる)ルートである。かような絶望の地にあっても、人々はより文化的な生活を求めるというわけか。我が家は街から10キロほど離れているため、あまり恩恵を受けることはできないが。中心街と我が家のある舞川地区は分けて考えねばならない。中心街は変わっていくが、3000人ほどの集落である舞川地区は変わらない。多分100年たってもこの光景は変わらないだろう。かつてこの地を評してワタクシは「黄昏の大地」と書いたことがあるが、あれは間違いだ。黄昏とは日没のことである。だが、舞川地区に日が昇っていたためしはない。ドラクエ3のアレフガルドに、黄昏などという概念はあるまい。老人たちはゆっくりと老いぼれて棺桶に入り、バスは1時間1本で、何もない場所に「コンビニまであと600メートル」という看板が立ち、そして市議会はズーズー弁丸出しだ。余生を静かに過ごすには適した場所かもしれないが、ナウでトレンディなヤングは17日で発狂する。ワタクシのようなネイティヴでない限り、このような場所には住めますまい。

 本日は真冬のような天気だった。降雪、北風、曇天、鼻水。ぎゃぎゃ〜ん。母に「あんたが来た途端急に天気が悪くなった」といわれた。オレが災厄を運んできた、とでも言うつもりか。否定できない。大学2回の夏に帰省したときは、岩手県内陸地方はしばらく天候不順に見舞われた。大学3回の夏に帰省したときは、岩手山が噴火し、東北地方を台風が直撃、北上川は氾濫、一関市は水没した。そして今回は、午後4時の時点で室内気温が4度という寒波到来。オレは嵐を呼ぶナイスガイなのか。あるいは岩手旋風マイトガイ。小林旭は正気だろうか。クソ寒くて死にそうだ。雪の降り積もる駅前ベンチで2時間待ち続けるなどとは気違い沙汰である。もれなく死ねる。この苦しみ、悲しみ、怒りは、到底雪中行軍プレイ程度で癒されるものではない。これを缶コーヒー1本で許してしまった裕一は心が広いというか、120円で買収されるほどの安っぽい男というか。でも名雪もイチゴサンデー7つで体を許したのだからいい勝負か。
 幼なじみ同士っていいなあ。
 KANONのお話は、実は全部凍死寸前の裕一の妄想だったりして。死に瀕して、人は美しい幻を見るものである。八甲田山を参照せよ。KANONのシナリオに考察を加えるサイトは数あれど、かような斬新な解釈を採っているところはまずあるまい。うわあい。ボクちゃん頭いい。問題は、あまりに斬新すぎるので誰も信じないという点だ。オレも信じない。
 あと、今日は読売系と朝日系のテレビ局が比較的まともに見られる。原因は、この天候くらいしか思い付かない。何がどうなっているのやら。
 そして、どうあがいてもテレ東は見られない。

 家に帰ってきたら、卒業決定の通知が届いていた。うわあい。封筒がやたらに簡素でお悔やみの手紙に似ていたため、見た瞬間いやな予感はしたのだが。これで無事社会人になれそうだ。最後のテストからほぼ1ヶ月、やっと本当に春休みになったという気がする。この1ヶ月いろんな事があったなあ。

 無事ジャンプを読めました。この流れだと承太郎さん、殺されるかよくても再起不能になるか、ってな感じっスね。

君の人生は脱線していないか

3月8日

 落ち着かぬ。卒業決定者の発表は昨日の晩なのだが、父母への郵送は本日だそうであり、京都から岩手に到着するのにタイムラグは必至。宙に浮いているようで気持ちが悪い。言ってしまえば、テストが終わった時点からず〜っと宙ぶらりんなのだが。きっと卒業が決定しているに違いないとは思うが、なんらかの形で確認しない限り予断は許されない。良心にあふるる親切な人、商学部の掲示板をチェックして事実をここの掲示板に書き込んでくれないかしら。
 しかし万が一卒業できなかったらどうするよ。
 泣くか笑うか。いずれかだ。
 落着かないがゆえに本日はたいしたことはしていない。いつもたいしたことをしていないが。午前中は営団地下鉄の事故報道を見、午後は昼寝。気が付いたら3時間も寝ていて驚いた。今日も雪が降ったので外に出たいとは思わなかった。ここは寒いよ。喉が痛い。
 あと、ワンダフルの時間まで夜更かしするという野望ははかなく潰え去った。ここの夕方6時の静けさは大阪の深夜12時に匹敵する。日没も早いし。時差があるのかもしれない。

 昨日も書いたとおり我が家においてリヴァイアス鑑賞は不可能である。朝刊の朝日新聞にはテレ東の番組表が載っているのだが。見られもしない局の番組表を載せるなアホウ。朝日新聞は宮城県のテレビ局をおまけ程度にしか思っていないらしく、掲載スペースが小さい。宮城のテレビ局の方が映るのに。特に我が家で鑑賞可能な仙台放送の番組表は、ない。地方の実状を無視した愁うべき事態である。うちじゃあ岩手めんこいテレビはみられへんのじゃあっ。ターンAは岩手めんこいテレビでは放送しているらしいからこの問題は深刻だ。多分関西と話数あってないと思うけど。
 なお番組欄の表記は「リバイアス」だ。ここの掲示板にリバイアスと書くのは結構だが、報道の正確さを期待される新聞がそんな適当なことを書くな。ヴァがバになるだけで単語の持つカッコよさが損なわれてしまうのだ。エバンゲリオンとか、S・S・バン・ダインとか、バンダイクとか。でもケヴィン・コスナーよりはケビン・コスナー。

 TBCで、5時半からオーフェンを放映している模様。オーフェンなどこれっぽっちも見ちゃあいねえのだが、すべての希望がついえるこの絶望の大地にあっては、妥協を強いられざるをえない。というわけで待っていたのだが、地下鉄事故の特番で、潰れた。神はワタクシに試練を与えようとしているのか。
 しかたないのでスージーちゃんとマービーを見る。教育テレビ。脱線事故はもう飽きた。

絶望の白い檻

3月7日

 朝起きたら、窓の外を真っ白い結晶が埋め尽くしていた。これでもかといわんばかりに降る雪雪雪。これを見た瞬間、ワタクシは市内サイクリングツアーを中止にした。この天候を無視して自転車に乗ったら、確実に市内にたどり着く前に遭難する。映画の八甲田山には含蓄深い教訓が込められていたはずだ。オレは学習能力を持つ、英知に溢れる人類の一員であることを証明しなければならない。ジャンプが読めないのは我慢する。これによってオレが忍耐力を持ち合わせる人間であることも証明され一石二鳥。
 爆発的に退屈だ。このクソ寒い気候のもとサイクリング20キロを本気で画策するほどに。それ以外に行く場所はどこにもない。寒いので一歩たりと外に出る気も起きない。こたつに入っていると、猫に乗っかられてますます動きづらくなる。奴等は油断していると膝の上、胸の上に乗っかってくる。いずれ顔の上に乗っかられて窒息死するかもしれない。キャッチ=22のハングリー・ジョーのように。ネコジャラシを目の前に突きつけて猫をばたばたさせるのも、一時の退屈しのぎにはなるが、抜本的な問題解決には程遠い。いいかげん本を読むのにも飽きてきた。青春爆発ファイヤーな16才から19才までの4年間を、こんななにもない所に閉じこもっていてよく発狂せずにすんだものである。いや、既に発狂しているのかもしれない。オレ自身が気づいていないだけで。
 ダイ・ガードが見られない。リヴァイアスも見られない。というかテレ東系と朝日系と読売系が見られない。悲しすぎる。関西ではやっていないワンダフルが見られるようだが、我が家の深夜12時は下宿の朝5時に匹敵しておりスリーパーには耐えられない。起きていられない。今晩あたり根性入れて12時まで夜更かししようと思うのだが。ここではそんな時間でもものすごい夜更かしをしているように錯覚させられる。ワタクシの心を癒してくれるのは、夕方やっているビーストウォーズメタルスと、コレクターユイの再放送だけだ。イググ。本放送を全部見たということで義理は果たしたつもりだが、すべての希望がついえるこの地にあっては、妥協せざるをえない。わしゃメダロットが見たいんじゃあ。4月からコレクターユイの新シリーズが始まるという話があるからこの問題は深刻である。

 朝ははなまるマーケットのあとどうーなってるの!? を見ている。これも関西ではやっていない番組の一つだ。ワタクシとしては「どうーなってるの」という表記には大いに異を唱えたいところであるが、そんなことはどうでもいい。ちょっと面白い話をやっていた。とある一家で、朝起きたら妻の顔に謎の引っ掻き傷ができていた、というのがメインの話題なのだが、この夫婦が夜の営みを行う際のサインというやつが傑作だった。そういうときは子供のおもちゃの新幹線を走らせるんですって。「駅を飛ばす→液を飛ばす」という意味だとか。ひ、ひぐぅ〜! トンチ夫婦に乾杯。

這い出せ! 虫ケラ

3月6日

 ↑啓蟄とはつまりこういう事だ。昨日だけど。

 ゴッドファーザー読了。面白い面白い。映画にはなかったエピソードが多々あって実に面白い。カポネが送り込んできた2人のガンマンを逆にとっ捕まえて処刑して死体を送り返す話とか。1人を輪切りにしたら、もう1人は恐怖のあまりさるぐつわのタオルを自ら飲み込んで窒息死。ってそれはソルベとジェラート。あとミスタがパッショーネに入団するエピソードに似たくだりがある。ジョジョの第5部ってこんなにいろいろパクってたのね。別にいいけど。あと映画でわからなかったことがいろいろ解明された。この間テレビで見たやつは放送時間の都合で一部カットされていたようだが。その1、コルレオーネのもとに魚が送られてくるエピソード。コルレオーネの面々は、これを見て、部下のルカ・プラージが殺されたことを悟る。海の底にいる、という意味合いを持つらしいのだが、なぜ全員が魚を見ただけでそれと悟ることができたのか疑問に思ったものだった。が、小説にはこの疑問が瞬時に氷解する台詞が一個添えられていた。「シシリーの古い挨拶なんだよ」。さすがシシリー島。その2、ソロッツォとマクなんとか警部を殺したマイケルがやたらあっさり帰ってきて「判事か誰かを買収したのだろうか」と思ったのだが、どうやらニューヨークの別のファミリーと取り引きし、別件で死刑を宣告されたファミリーの一員が警官殺しの罪を引っかぶったらしい。死刑囚の家族を援助するという条件で。ちなみに、そのファミリーの名はボッキッキオ一族。このような名前ではとてもオンエアできまいね。納得。それにしても小さいッの入った名前が多いこと。小説だとソロッツォがソッロッツォと表記されている。著者がマリオ・プーヅォという表記なのは、どうも訳者が小さい「ッ」マニアであるかららしい。世の中にはいろいろなマニアがいるものだ。三山木には自転車のサドルマニアがいたし。油断大敵。

 あまりに退屈なので、ジョジョの第4部を読み返した。杜王町は人口5万人の分際で3人の殺人鬼を輩出した超犯罪都市ではあるが、第5部に比べるとまことに平和。特にそれを感じたのは仗助と億泰と重ちーが宝くじで当てた500万円をめぐって醜い争いをするエピソード。平和だ。ジョルノは15才にしてポルポの遺産6億円を巡り殺し合いを行ったというのに。これが日本と、魚で挨拶する国との違いですか。

 リアルバウト餓狼伝説で望月双角を使い鬼門陣で投げまくるという野望は、テレビ出力用のRGB端子が見当たらないという致命的な事実の前に崩れ去った。ますますもってプレステを持ってくればよかったという後悔が強まった。むむ〜。

 ずっと家の中でじっとしているがゆえに、油断していると太ってしまいそうだ。よって明日あたり自転車で街に出かけてみようかと思ってみたり。10キロの坂道を1時間かけて下り、1時間かけてのぼる。死にそうな思いをするのはわかっているが、さりとてたった10キロのためにバス代560円を払うのもアホらしい。ひょっとしたら更に値上げしているかも。560円もあれば、阪急だったら京都から大阪を突っ切り神戸まで行けるのに。ジャンプ読まなきゃ。
 ということを帰ってきた母に話したら「明日は雪が降るから止めた方がいい」といわれた。そりゃまずい。スリップは死を意味する。どうしよう。

 親と一緒にいると、オレにしては珍しく水戸黄門を見たりするのである。ここはテレビ特捜部も月下の棋士も見られぬ厳しい環境であるがゆえ、チャンネル争いをしたくてもどうにもならない。それにしても、水戸黄門がマンネリであることはオレが指摘するまでもない周知の事実である。ドイツ語で言うとゼアー・マンネリーク。多分。なんかこう、どうにかして水戸黄門に新しい風を持ち込むことはできないだろうか。「新シリーズの第1話のタイトルを「水戸黄門、暁に死す!」としてみるとか。あとワタクシにはいまだに助さんと格さんの区別がつかないので、なんらかの形でキャラ性能に差を持たせる。ごく安直に、スケさんを女にしてしまうのもいい。あの顔と体で実は女ってのは恐ろしい限りだが。で、うっかり八兵衛が堺に(うまい物を一人占めしたいという理由で)独立国家を樹立しようと陰謀を巡らすのを黄門が戒めに行くというストーリーにする。光圀は死んだふりをしつつ最後の旅に出る。最終的にはうっかり八兵衛は倒されるものの徳川家吉に憑依、将軍はうっかり光圀を殺してしまう。うっかりイデが発動してしまい徳川幕府はうっかり因果地平の彼方へ飛んでいく。
 ……我ながら妄想を炸裂させすぎた。ともかく、水戸黄門は思索の対象としていい題材であると思われる。君もアナタもレッツ妄想。

凍土高原

3月5日

 昨晩は、ただでさえクソ重い布団の上に我が家の飼い猫が乗っかったのでますますもって苦しかった。金縛り以上の苦しさである。何を隠そうこのワタクシ、昔はたびたび金縛りに陥ったものである。正確に言うなれば、一般的に「金縛り」と呼ばれる状況に。睡眠中、意識だけは覚醒しているが、体を動かす神経だけは睡眠中のまんまで動けない、という状態が金縛りなのであり、そこに超自然的な力の介入する余地はない。と思う。昔は昼寝するたびに金縛りになって非常に困ったものでした。

 帰省3日目にして、いいかげん寒さには慣れてきたのだが、今度は暇になってきた。日曜である今日は母の相手をすることによってそれなりに気を紛らわすことができたが、平日である明日からはどうしたものか。選択肢はただ3つ。テレビを見る、本を読む、自転車に乗って1時間かけて街に出る。残念なことにここで見られるテレビ局は実に少ない。前にも日記内で書いたこともあるような気もするが、家の東側にあるちょっとした山が邪魔で電波が届かないのである。この地区一帯すべての世帯が見られないのでなく、我が家とその周辺ごく一部の家だけが見られないってんだからますますもって悔しい。岩手県と宮城県の両方のテレビを見られるという地域にいるってのに。この状況を打破するのはサテライトの力を使う以外にありえない。すなわち、サテライトキャノンで邪魔な山をつぶす。いずれ岩手県に帰ってきて暮らす、という可能性もある以上、なんらかの形でこの問題を解決しておきたいものだが。
 
あと、TVチャンピオンはやはり1時間番組のままだった。なぜこのような不可思議なことが起こっているのだろうか。しかし局が違うから探偵ナイトスクープに捜査依頼するわけにもいくまいね。地方税なのだろうか。自治体の台所事情は全国どこも芳しくないと聞くが、ここまでひどいとは。

 何が問題かといえば、我が家にゲーム機が存在しないということである。こんなことなら、ヴァルキリープロファイル2周目プレイのためにプレステ持ってくればよかったかしら。2周目プレイというのは実に生産性の低い行為だが、ただ何もなく無為に耐えるよりははるかにましだ。かつて我が家にあったサターンとスーパーファミコンは、姉が嫁入り道具として向こうに持っていった模様。「最近サターンばっかりやっている」とかいってたっけ。昨晩姉の部屋に入る機会があったのだが、そこには「下級生」の女の子のプライズ人形がぶら下がっていた。瑞穂と、みこと、愛。ムムム。
 しかし奥の間を探してみたらネオジオCD発見。うわあい。リアルバウト餓狼伝説でバリバリ遊ぶぞ。文句は言っていられない。読み込みが遅いとか読み込みが遅いとか読み込みが遅いとか。マーヴルVSカプコン2が出ようとしているこの御時勢にリアルバウトってのもアレだが、背に腹は変えられない。鬼門陣でバリバリ投げるぞ。

 あと、やや時期を逸した話題ではあるが、KANONがNECインターチャネルからドリームキャストで出るんですって。ワタクシが望むのはただ一つ、佐祐理先輩シナリオであり、仮にそれが追加されるというのであれば買わねばなるまい。DCを買う理由がまた一つ。

スライミー・トゥー・ザ・ムーン

3月4日

 夜は布団4枚にくるまって寝た。ワタクシが寝たのは広さ10畳でむやみに天井の高い部屋であり寒い空気が更に寒くなるってものである。久しぶりに着た布団4枚は重くてつぶされるかと思った。
 
起床したら9時半。朝早くから姉が来ていた。嫁ぎ先は市内なもので、週末になるとたびたび泊りに来るらしい。妊娠中だけに寝てばっかりいたけれど。俺はというとずーっと本ばかり読んでいた。最寄りのコンビニまで車で15分という環境である以上、やることがない。姉が持ってきた「ラシャーヌ!」を読んでみるとか、ジョジョを読み返すとか。しかし中でも面白かったのは久しぶりに読み返したトレース・シリーズ。我が心の師たるデヴリン・トレーシー氏の活躍を読むのは、いい。実にいい。
 以下「のら犬は一生懸命」より抜粋。

 一度ノーブランド煙草を吸ったことがある。あの時のことは永遠に忘れられないだろう。一服つけると同時に、それまで抱えていた大問題が氷解したのだ。すなわち、競馬場の馬の糞の有効利用について。馬の糞がよい肥料になるとしたら、どうして競馬場のとなりに汚物再生工場ができないのか。それまでは単にそこまで知恵が回らないからだろうと思っていた。だが、ノーブランド煙草を吸ってみて、そうではなかったことがわかった。馬の糞には別の使い道があったのだ。競馬場は馬の糞をノーブランド煙草会社に売っていたのだ。

 ひるがえって考えるなら、戦艦だってもはやグレイである必要はない。それはすべてを肉眼に頼っていた時代の名残にすぎない。今はレーダーの時代なのだ。ハングライダーですらレーダーを備えている。としたら、もっとハデハデにすればいいのだ。極彩色とかパステルカラーに。ピンクとかレッドとかパープルに。藤色でもいい。好きな色だ。藤色の船をつくったら、海軍の再入隊率は飛躍的にアップするだろう。ピンクやパープルやエンジやライム・グリーンの合衆国艦隊が、霧の中からぬうっと現れたら、敵は度肝を抜かすだろう。

 別れた女房の名前はリストに入れないことにした。なにしろ最後の言葉が「核の事故で、溶けてしまいなさい」なのだ。

 すばらしい。さすがは、思索することによって核廃棄物問題すら解決してしまう男。俺の性格形成の大部分はこの人に拠っている。

 日が落ちると何やら絶望的な気分に陥る。ここは日が暮れるとともにあたりが真っ暗になる土地なのだ。隣家の明かりはほとんど見えない。一番近い家でも100メートルくらい離れているので。最寄り駅は10キロばかり西、バスの最終は6時半。10時半には家族の誰も彼も寝てしまう。とすればこのワタクシも寝ざるを得ない。ザ・スリーパーというワタクシの体質形成はこの環境に拠っている。昨日11時以降に接続しても何の苦労もなくつながったしなあ。マシンがヘボいので、転送速度等でその恩恵を受けることはできなかったが。フロントページエクスプレスのみをダウンロードしたのに50分くらいかかったしぃ。よって俺も寝る。

 あと家族に聞いたところによるとかの有名な飲料「桃とカルピス」「レモンとカルピス」がこの辺では売っていないらしい。なんたること。

ここは地の果て流されて、俺

3月3日

 寝たのは2時半だったが朝起きたら7時半。スリーパーの異名をとるこのワタクシが5時間睡眠で済ませてしまったというのは「決して新幹線に遅れてはならない」という強迫観念がなした業であり神経の細さをまたしても露呈する結果となった。仕方ないのではなまるマーケットを最初から鑑賞。そこで衝撃の事実を知ってしまった。今日はパセリがテーマに取り上げられていたのだが、実はパセリはセリの一種だというのだ。すなわち、マ=クベであるようにパ=セリなんだって。なんということだ。パセリという単語の中にセリという言葉が織り込まれていたなどとはこれまでこれっぽっちも考えたことがなく、足元をすくわれたような思いである。ショッキン。
 10時半に下宿を出て11時ころ新大阪に到着、チケットを買ったら11時半発ということだったので土産物を買いにキオスクによる。しかしそこでハタと気が付いた。常に食べ物を買って帰ることにしているのだが、大阪名物で買って帰るような食い物が思い当たらない。店をぐるりと回って見たものの何一つぴんと来ない。タコヤキやお好み焼きまで置いてあったりした。両者ともに大阪名物としては申し分ないが、しかし「大阪名物」と断る必要もないくらいにメジャーな食い物でありそのような物をお土産として買っていくのは気が引ける。京都にいたときは生八つ橋(皮のみ)さえ買っていけばそれでよかった。姉と俺とで、あるいは俺一人でひょいぱくひょいぱくと食べたものだ。悩んだ挙げ句、千枚漬と赤福を購入。どっちも大阪名物じゃない。でも赤福はうまかった。
 あと、偶然ながら西川のりおに出くわした。
 大阪から東京が3時間、東京で30分ばかり待った後そこから一関市まで2時間半。総計で6時間着席である。5時間睡眠で6時間着席。窓の外にみえる空はずーっと青かった。本日は日本中が快晴の模様。一関に着く頃にはもう日没していたけれど。特に東北新幹線では窓際に乗れていい感じ。ゴッドファーザーを読むのに飽きたあとは窓の外をぼんやりと眺めていた。一番強く印象づけられたのは仙台だった。駅周辺が不気味なくらいにまっ平らなのである。さすがに駅の至近には高層ビルが立ち並んでいるが、その一回り外側には一戸建てが絨毯を敷き詰めたかのごとく地平線のかなたまで続いているのである。一戸建てそれぞれの高さは似たり寄ったりであり、結果まっ平らなように見えるのだ。更にもう一回り外側にいくと田んぼになるのだが、田んぼの向こう側に唐突に高いビルが立っていたりしてこれもまたシュールな眺め。
 一ノ関駅に到着した途端、私は足元に絡み付くすさんだ風に震え上がらずにはいられなかった。予想していたことだが、一関はクソ寒かった。今日は全国的に穏やかな天気じゃなかったの!? しかし母に言わせると「これでも今日は暖かい方」だって。家に着いたら、庭にはまだたくさん雪が残っていた。19才までこんな環境でよく生きてこられたなあ俺。我が肉体が完全に関西ナイズドされている、ということを改めて確認してしまった。
 ずっと気になっていたのは我が家のインターネット環境であるが、これはさしたる問題はなかった。真の問題はインターフェースである。PC9821-Na7というマシンを操るのは初めての体験でありNFERとかXFERはともかくNUMとかGRPHって一体何!? あとHTML作成ツールが入ってないのでこの文章はメモ帳で作っているのだがこれがまたうろんなブツで、ちいさな「つ」が「こ」と表記されたり「う」が「げ」になってたりするのである。漢字変換等は正しくなされるため、内部的には問題なさそうなのだが、俺が猛烈に混乱させられる。「うろん」が「げろん」になってるんですよ。そしてこの文章もまた「げろんがげろん」。なんらかのテキスト作成ツールを拾ってくることが至上命題かと思われる。