蜘蛛と蝿 篇

2002/02/23

 可憐。キャラクター的には地味なんだが、妹萌えに対する最初の兵器、二人称「お兄ちゃん」を使用することを唯一許された妹だけに、人気は高いようである。異様に兄のことが好きらしいし。兄が必ず「かわいい」妹という接頭語をつけるように、可憐は必ず「大好きな」お兄ちゃん、という接頭語をつける。そんなにお兄ちゃんが好きかァァ――――ッ!! とギンガナム御大将でなくても疑問に思うところだ。まあそんなことを言い出したら他の妹もそうなのだが。

 帰り道、可憐と夢の話をした。昨晩可憐が見た夢は、可憐が困っているときに、僕がまるでスーパーマンのように駆けつけて助ける夢だったそうで。「スーパーマンよりかっこよかったかも」とまで言われた。今時の娘がスーパーマンを素直にかっこいいと思うもんだろうか。あの全身タイツのナイスガイよりかっこいいといわれてもなあ。ひょっとして可憐てアメコミマニア? 「ステキな夢でしょ?」と同意を求められたが、素直には肯んじ難いものがある。もちろん、僕は妹には逆らえないので、口先では多いに同意したが。

 可憐から、お兄ちゃんの写真がほしいと言われた。何に使うのか聞きたかったが、可憐は特になにも言わなかった。

 1:写真を使って呪いをかける
 2:僕の素行調査をするため、探偵に見せるのに必要
 3:ダーツの的にする

 実際のところ、その要求には邪悪な意図が隠れているような気がしてならない。とはいえ断るわけにも行かず、僕の写真なら四葉がたくさん持ってるはずだよ、と教えてあげた。が、すでにかけあっていたらしい。でも全部ピンぼけだったから改めて僕のところに来たそうだ。なるほど、ターゲットがよりくっきり鮮明なほうが、ダーツが命中した時の喜びもひとしおってわけなんだね可憐?

 公園を突っ切りながら帰宅する。途中、可憐は「この公園は大好き」と言ったので、僕も「僕も可憐と同じ位公園が大好きだよ」と受け答えたら「わしゃ公園と同レベルかーい!」と泣き出した。あわ、あわわ。いつぞ、雛子に「ブランコはおにいたまと同じくらいダイダイダーイ好き」と言われたのと逆パターンだ。バカだなあ公園と可憐を比べるわけがないだろう? 可憐が公園を好きなくらい僕も公園が好きなんだよ、と速攻で謝った。日本語は難しい。

 日ごろからの感謝のしるしに、ということで可憐から手作りクッキーを手渡された。家に帰りつく前にひとかけ食べてみたのだが――
 たとえるならば、蚊取り線香の味がした。
 いや、僕は蚊取り線香なんて食べたことがないが、もし蚊取り線香を食べたならきっとこんな味がするだろう、という味がした。即ち、まずい。この小さな欠片に、どうしてここまでの破壊力を持たせることができるのだろう。隠し味は悪魔の足ですか?

 さらに恐ろしいことには、このクッキーの味の感想を求める可憐からのメールが来たことだ。「ライヘンバッハを落ちていくモリアーティー教授の幻覚が見えた」と真実を語るわけにも行かず、さりとて「ほっぺたが落ちるほどうまかったッス」と嘘をつくのも間違っている。困り果てたそのとき、僕はFF9の料理イベントを思い出した。そうだ、こんなときはジタンの手に習おうじゃないか。「とても個性的な味だったよ」と書いて返信した。真実を語り、かつ一見して誉めているように思える内容だ。この曖昧さこそ日本語の粋。ビバ! 日本語!
 ビバはイタリア語で日本語は日本語だ。

(註1)悪魔の足:シャーロック・ホームズ最後の挨拶」内「悪魔の足」に出てくるアフリカ産の毒草。これを燃やした煙を吸うと、幻覚症状を引き起こしやがて死に至る。

(註2)ライヘンバッハを落ちていくモリアーティー教授の幻覚が見えた:グラナダTVドラマ版では、ホームズが悪魔の足の威力を確かめるべく煙を吸い、そんな幻覚を見ていた。あのシーンは飛びきり愉快なので必見。

(註3)料理イベント:たしか、住処にやってきたジタンを歓待するために、エーコが料理を作るイベントがあった。まずい料理を作ってしまうと、ジタンは「ユニークな味だな!」といって誤魔化す。賢明。

2002/02/24

 校門で可憐を待っていたのだが、なかなかやってこない。何事か、と教室まで迎えに行ったら、可憐が一人で泣いているところに出くわした。話を聞くと、クラスメイトに掃除当番を押しつけられ、ワックスがけをする羽目になったとのこと。なんか最近毎日のように強いられているらしい。兄として、こいつはメチャ許せんよなァァ〜〜ッ! 当然、可憐に掃除を押し付けた奴のところに怒鳴り込みに行った。おまえなんかが可憐のモップに手を触れる資格はないんだッ! 謝れッ! 可憐に謝れェェ――――ッ!!
 …………
 間違えた。

 可憐の両親が家をあけるというので、留守番役として可憐宅に泊まりに行く。夕食の最中、昔話に花を咲かせてみた。二人で留守番するというのは、以前にもあった。あの時は、父さんが咲耶を、母さんが花穂を連れて出かけたのだった。雛子が家にいなかった頃だから、かなり前の話だが……って、昔僕たちは同じ家に住んでいたのか? なんとなく野望の王国を思い出した。父さん、仕事は外交官というけれど、実はそっち系の仕事をする人だったりして。貿易業を営む梧桐のアニキ(註1)の例もある。

 寝る段になって、パジャマを忘れてきたことに気がついた。可憐の前で下着姿になるわけにもいかないし、申し訳ないがこのままの格好で寝させてもらおう、と思っていたら、「これをどうぞ」と可憐から紙袋を手渡された。こんなこともあろうかと僕用のパジャマを買っておいてくれたらしい。用意周到だ。よォーしよォーしよしよしよしよしッ! だが、次の一言で僕は絶望のどん底に突き落とされた。
「わたしとおそろいのを買っておきました」
 ……えーと、全体がピンク色でかつ胸の所に赤いリボンのついたフリフリとした感じのパジャマを、僕に着ろと? う、うああーーーっ! 羞恥プレイだーっ! だが僕には可憐の厚意を無下にすることなんてとてもできなかったので、従容としてピンクパジャマを着用したのだった。屈辱だ。しかも翌朝、
「今日のことは可憐の心のアルバムの一番大事なところにしまっておくね」
「毎日でも泊まりにきてほしい」
 とまで言われた。あわ、あわわ。それは体のいい脅迫じゃあないのか!? 寝てるあいだに証拠写真とか撮られていたら、僕の人生はおしまいだ……

 クソタレ冷え込むと思ったら、雪が降ってきた。ロマンチック、と可憐はうれしそうに言った。たわけ――――ッ!! 貴様は北国に住んだことがないからそんなことが言えるのだッ! 北国の人間にとって雪は死の象徴であるッ!! と思ったが、特になにも言わなかった。雪が積もった程度で電車が止まるような地域の住人には、何を言ってもわかるまい。

 突然、千影に「やあ兄くん……泊まりにこないか……」と誘われた。他の妹みたいに、親が出かけたからとかいった説明一切なし。というか千影が親と一緒に住んでいるとは思えない(少なくとも父親は実際そうなんだが)。出された手料理はうまかったが、どんな食材を使ったの、と聞くと
「聞かないほうがいい……食べられなくなるから……」
 と答えられた。まあ……この町はダチョウの卵を平気で売っているような町だからね……しかしそういわれると知りたくなるのが人の情。一体なにカシラ、と想像力を逞しくしてみる。
 1:子猫
 2:コンビニの売れ残りの廃棄物
 3:千影の尿
 しまった……食ってる最中にこんなことを考えるべきではなかった……ええい何をためらうかオレ! 少なくとも小便は毒ではない!
 勝手に苦悩してみた。僕の妄想癖は如何ともしがたいレベルにまで達している。

「一緒に寝てほしい」といわれたので、ベッドで一緒に寝た。ベッドというか、正確には千影愛用の、棺桶で。普通夫婦でも棺桶は別だと思うのだが……

(註1)梧桐のアニキ:18禁ゲー「Phantom of Inferno」に登場する暴力団梧桐組の跡取。カタギの世界で暮らしている妹、美緒に対しては「貿易商を営む叔父」として通している。というかあの白スーツと志賀の縦じまスーツは明らかにカタギの人間の着用するものではないのだが。
2002/02/26

 夜中、いきなりパジャマ姿の可憐がやってきた。どうしてもお兄ちゃんに会いたくて我慢できなかったので走ってきたらしい。突っ込みたいのを必死に耐え、「こんな夜中に一人で出歩いちゃ危ないよ」とさとしたら、「はぁい」と言って可憐は帰ってしまった。
 ……何しに来たの? というか夢遊病だろうか。まあ、姉妹が12人もいるという環境にあれば、ストレスから精神的な負担をこうむることもあるだろう。鞠絵みたいに。

 可憐から、夕食を食べにきてくださいと誘われた。そうか僕に隠れるようにしてこっそり食材を買いこんでいたのは、謎の関取河馬錦を歓待するためではなかったのか……! 脳裡によみがえるのは、手作りクッキー悪魔の足風味の記憶。あの小さなクッキーに絶大な破壊力をこめることのできる可憐のことだ、夕食なんか作った日には動物園の動物を三回くらい全滅させるほどの事態になるに違いない。助けて河馬錦! だが、河馬錦とは実のところ僕の妄想の産物なので、頼ることはかなわない。兄たる僕に拒絶の二文字はありえないのだ。運命に向かって僕は突き進んだ……

 ……のだが、決定的な事態になる前に可憐の母(ノットイコールみんなの母)から電話があった。おそらく可憐は夕食なんて作れないだろうから、それを見越して店を予約しておいてくれたんだって。ありがとう、ありがとう……! この日ほど、人の思いやりというものに痛切に感謝した日はない。可憐には悪いが。事実とはいえ、お母さんも自分の娘に情け容赦ない評価を下しますね。
 だがその晩、「この次は頑張るね」というメールが届いた。この世に神はいないのか。助けて河馬錦!

 たまたま、校舎裏で可憐が男子生徒から告白を受けているところに出くわしてしまった。明らかに可憐は迷惑そうだったので、兄として僕はしゃしゃり出ることにした。おまえなんかに可憐を食べる資格はないんだッ! あやまれッ! 可憐に謝れェェ――――ッ!! 普段妹たちに虐げられているだけに、こういう機会はしっかり捕まえてストレス発散しなくちゃね。

 クリア。やはり血は繋がっていなかった。
 どうだろう。決して奇行に走らないという点では衛といい勝負だが、決して衛ほどさっぱりしていない。そこに秘めているものがあるというか、なんというか。最小限の言動で兄に揺さぶりをかけてくるあたりかなりの策士な感じである。蜘蛛が自分の巣に蝿がひっかかるのを微妙な振動で感じ取るように、可憐も兄の微妙な動揺をつかまえてピンポイントで攻撃を仕掛けてくる、というかなんというか。よく泣くんだが、泣くことで兄の反応を伺ってるような感じがする……

 次、鈴凛。何故かHDDでは大人気。