竜崎さんがこわいので 篇

2002/03/19

 空高くそびえるマラソン大会へも
 藺草(いぐさ)におおわれたプロムパーティーへも
 だれもチア部として行く勇気はない
 竜崎さんががこわいので

 ――ウェールズの童謡

 花穂は、ひたすらにドジな娘である。紹介には「意外にちょっとドジっぽいところもあるみたい」とあるが、この表現は生ぬるいというものだ。むしろドジという単語を体現するかのごとき少女であり、用意された罠にはことごとくひっかかる。用意されていない罠にも自らひっかかりに行く。下を見るなといわれたら思わず下を見てしまうようなタイプ。生まれながらにしてドリフ発生装置を内蔵しているに違いない。一人にしておけば世間の荒波にすごい勢いでさらわれてしまうことだろう。兄たる僕には、彼女を庇護する義務がある。

 バレンタインの日、夜中だというのに花穂はチア部のユニフォーム姿でチョコレートを届けにきた。お兄ちゃまは別段コスチュームプレイなど好きではないので普通の格好できなさい。二月にその格好はクソタレ寒かろうに。
 だが、少なくともチョコレートは普通の味だったようだ。花穂のことだからどうすればここまでまずくすることができるのかというくらいの恐ろしいヤツを持って来ると思ったが。あるいは持って来る途中で落っことすとか、持って来たはいいものの実は箱の中身は空っぽでした、とか。ドリフ発生装置にも限界はあるらしい。今こうして僕が花穂のチョコレートを普通に食べているということは、一つの奇蹟なのだ。

 昼休み、校庭でチア部が練習しているのが見えた。そのなかに花穂もいる。だが、ただ一人だけ動作がかみ合っていない。ずれている。相変わらず花穂はどんくさい。部長の竜崎さんは花穂のダメっぷりに業を煮やして練習を中止した。
 あまりにも哀れだったので声をかけてみた。落ち込んでいた花穂を慰めるのには成功したが、直後、何もない場所で突然こけやがった。はー……。なんつうか、金だらい落下ポイントへ向かう志村けんを見るみたいな感じではらはらさせられる。なにがアレって、志村けんのそれはあくまで舞台上のものであるのに対し、花穂はまったくナチュラルに災厄を呼び寄せるということだ。そして僕は見ていることしかできないのだ。ああ。

 
2002/03/24

 登下校を付き合ったのだが、花穂はたった一日で三回も転んだ。多過ぎだ! 幸い怪我はないようだが。まあ、何回も転んでいれば、怪我しないように転ぶ術も勝手に身につくだろう。関東以西で雪が降って路面凍結して転んで怪我人が何人も出たというニュースがたまにある。これを聞いて雪国の人間は腹を抱えて大笑いするわけだが、これは別に東北人は転ばないわけではない。転ぶけれども、転んだときに怪我しないような体勢をとることを幼児の時から学んでいるのだ。まあそういうことなのだろう。しかし凍結もしていない道路でこけるのはどんなものだろう。三半規管が未発達なのか?

 帰宅後町に出てみたら団子を買ってくるおつかいの途上の花穂と遭遇。親も何を考えているのやら。和菓子が原型のまま家にたどり着く可能性は果てしなく低いぞ。まあそこを鑑みて、比較的形の崩れにくい団子を買ってこいとたのんだのだろうが。花穂にケーキは持たせられんなあ。

「今日もいっぱい転んじゃった」
 とメールで報告するのはよせ。あとあといちいち「花穂のこと、見捨てないでね」と言うのもよせ! 見捨てないから! かようにドジな妹を、どうして見捨てることができようか。

 花穂に、買い物に付き合ってほしいので公園で待ち合わせ、と言われたので行ってみる。ベンチに座って待っていたが、なかなか来ない。花穂のことだから事故に遭って内かどうか心配である。ひょっとして誘拐されてるかも、と不安は募る。ドリフ発生装置がいつ発動するかわかったものではないからね。なんかキャプテン・ラブにもこんなシチュエーションあったよなあとか思っている内に、花穂はやってきた。走ってこけて服が破けたので一旦家に戻っていたらしい。なるほどな。
 その後デパートに行ったのだが、花穂は買い物の内容をかなり忘れていた。頭打ったのか……?

 たまたま通りかかったので教室をのぞいてみると、花穂が友達に教えられながら編物を編んでいた。二本の編み棒にくっついているシュマゴラスのような物体を編物と呼べるのなら、の話だが。友達も「これって手袋だったの!?」と言い出す始末だし大丈夫か。さすがにお兄ちゃまも、花穂の為とはいえ六本目の指を生やすのは不可能だ。

 今日の給食がニンジンシチューで大ピンチらしい。おめえはニンジンも食えねえのかよ某0083の主人公じゃあるまいし、と思ったがそこはそれ、偏食を正してやるのも家族の務めの一つだ。というわけで千影から習った「ウサギになるおまじない」を花穂にかけてみる。ウサギはニンジン大好物だから。だが昼休みに様子を見に行ったところ、花穂はやはりニンジンが食べられないと泣いていた。目が真っ赤なところだけはウサギだね、と思った。全然効いてないよ千影! だが千影本人に出てきてもらった日には花穂を本物のウサギにしかねない。彼女、オカルト研究のためなら平気で姉妹を売りそうな気がするし。実際のところ僕をいい実験台だと思っているような節があるし。しかしこんなにあらゆる方面にダメだったら、ウサギとなって一生人に飼われて過ごすのが彼女にとって幸せなのかもしれないと思わないでもない。

 謎のフォークロア、グリーンフィンガーとかいう生物の話をされた。クライテンのお手手自律歩行メカみたいなものか? と思っていたら、お兄ちゃまにも宿ってたらいいなあとか言われた。
 読めたッ! そのグリーンフィンガーとやらは六本指なのだな! だから六本指の手袋を編んだりなんかしちゃったりして。なるほどな。

「植物園につれていってください」というメールをもらった。さりげなくマンドラゴラを育てているあの植物園か! あそこなら謎の生物グリーンフィンガーもいるかもしれない。よォしとっつかまえて一躍有名人になっちゃうぞ〜とか思ったので承諾のメールを花穂に返信。どうなるかしら。

 
2002/03/25

 花穂と一緒に植物園にいく。グリーンフィンガー捕獲のため、僕は寝る間も惜しんで用意を行った。トリモチセミ取り網ゴキブリホイホイ、果ては地球破壊爆弾まで用意は万端だッ! と勇んでいったはいいものの植物園は平和で動くものといえば花に群がる虫どもしかいない。さてどこから捜索したものカシラ、と悩んでいたのだが、気がついたら花穂の姿が消えていた。はぁぁッ! きっと、ドリフ発生装置が発動してグリーンフィンガーに襲われているに違いない。よォしとっつかまえて一躍有名人になっちゃうぞ〜と慌てて僕は花穂の姿を探した――が、実のところ花穂は花に見とれ、浮かれて僕の元を離れただけだった。
 チッ。ああもう帰るぞ帰るぞ。

 白いチューリップは花穂の誕生花なの、と教えられた。ところがその花言葉については度忘れした模様。まさか……こけるたびに記憶がボロボロ抜け落ちていっている?

 公園で、花穂が鉄棒に取りついていた。話を聞くと、クラスで一人だけ逆上がりができないとのこと。まったくダメな子だよ。とはいえ逆上がりができるようになるまで僕もかなり苦労したからなあ、と過去を思い出したので、ここは一念発起して花穂の特訓に付き合うことにした。訓練の甲斐あってか、花穂はすごい勢いで逆上がりができるようになったのだが……貴様ッ! スカートをはいているなッ!? なんという考えなしな行為であろう。そんなことしてたら金がなくてコミケに行けなかった二人組みのお兄さんに攫われるだろォがッ! こういう点で、花穂は根本的に抜けてるんだよねえ。

 ひな祭りの日。花穂は四葉とビーチバレーで対決していた。当然、花穂は四葉にいいように打ちこまれている。まったくダメな子だよ。というわけで正しいボールの打ち返し方を教授してみる。するとすぐにコツを飲みこんだのか、花穂も互角に打ち返せるようになってきた。決して運動能力が著しく劣るわけではないのだが、いったいなにが花穂をここまでドジにさせるのだろう。
 そして、花穂にサーブを打ち返された四葉はへこんでいた。あちらを立てればこちらが立たず。

 とゆうか見捨てないでね見捨てないでねってうるせェんだよ! こけては「花穂のこと、見捨てないでね」、太ったと嘆いては「花穂のこと、見捨てないでね」、人のラーメンにこしょう瓶の中身全部ぶちまけては「花穂のこと、見捨てないでね」。おまえは見捨てないでネ星人か。しかし……年端も行かぬ少女がこのような言葉を連呼するとはかなり尋常でないと思うのだが。以前に信頼していた人から見捨てられたトラウマでもあるのだろうか。そう考えるとますます見捨てるわけにはいかんのう。

 
2002/03/27

 話に夢中になりすぎると転ぶから危ないよ、と教えてやったのだが花穂はなにやら自信ありげな模様。最近は足元をしっかり見て歩いているから心配御無用、と言いきったが、直後街灯に激突した。君は、その年で、なんで体を張ってまでお約束なことをするのだ。将来、天然系アイドルでデビューを狙ってみるのはどうかね?

 昼間は毎日花穂のチア部での練習を見に行ってるのだが。花穂の話によると、毎日行くものだから、チア部の中で僕は有名人になってしまっているらしい。はぁぁッ! ひょっとして、少女の躍動する肉体を隅から隅までじっとり眺める変態野郎とでも思われてますか? 心外な……。だが無用の疑惑を抱かれるのもアレなので、練習風景を見に行くのは控えようかなあと思った。兄妹愛を他人に理解してもらえないとは、悲しいことだ。

 白雪がこけて弁当をひっくり返してしまったのですきっ腹を抱える羽目になった。が、そこにいいタイミングで花穂が「お兄ちゃまご飯食べた?」とやってきた。調理実習で作った料理を食べてもらいに来たという。都合がいいが、しかし花穂にまともな料理が作れるのだろうか。この間お泊りに行ったときも外食だったし。まあ、空腹にまずいものなしともいうしここはアタックあるのみと覚悟を決めて食してみた。
 …………
 なんか、石鹸でフライドポテトを作ったような味がした。だが、花穂に現実を突きつけるのは酷というものだ。最後の理性を振り絞り、「……お、おいしいよ……」と言ってあげた。すると花穂はそれを真に受けた。
「明日花穂がお弁当作ってこようか」
 う、うああーーーっ! 墓穴を掘るとはこのことかッ! いつだったか白雪の弁当を勝手に食ったクラスメイトを呼ばねば……こないだのことは謝るからこれを食ってくれ〜!

 さらにその晩、「お料理特訓してま〜す」というメールまで届いた。今ッ! 僕の運命は下り坂にあるッ! ジャンケン小僧並に下り坂だッ! 料理特訓の結果花穂の料理の腕前が急激に伸びるという奇跡を信じるよりほかにない。だが起きないから奇跡というのだしなあ。オレたちの乗る列車は途中下車できませんか?

 校門を出た途端、雪が降ってきた。すると花穂がやってきて、傘を差し出した。
 ……なんだこれは? なんで雪ごときで傘さす必要があるんだああ〜ん? クソッ。これだから半端な雪の降る地域は嫌いなんだ。しかし花穂だったら雪が降ったら死ぬまでこけ続けるだろうな、と思ったのでしっかり監視しておいた。その日の晩にメールで花穂は「雪の日はいっぱい転んじゃうから嫌い」と告白していた。さもありなん。

 春歌の老婆撲殺イベントを見る。
「これは兄君さまの分!」ボグチャ
 和むなあ。なんか花穂と一緒にいると気持ちが殺伐としてくるのよねえ。

 運命の時は来た。
 手作り弁当を持っていくので公園で一緒に食べよう、という花穂のメールを受け取ったのだ。胃薬持っていこうかなあ。いや決してあてつけなんかじゃなくて、実際に胃にダメージが来た時のことを考えて。神様お願いですどうか花穂にうまい料理を作らせてください。

 祈りを済ませ、そして思いきり空腹にして公園に行く。この間の一件で「空腹にまずいものなし」という格言は嘘だったと証明されたわけだが、まあ奇跡を信じようじゃないか。だが、ちょっと遅れて公園にやってきた花穂はいきなり強烈な先制パンチを繰り出してきた。
「あんまりうまくいかなくって……てへへへ……ど、どうしよう……」
 いきなりそういうこと言うデスかアナタ。自信なさげに差し出された花穂の弁当は、とりあえず、食い物に見えなかった。
 ……ど、どうしよう……
 暗示だッ! 人は暗示にかかると刃物で切られたとき実際に血が出るとゆう!(当たり前だ)オレは河馬錦だッ! 一人で十人前を平気で食らう大食らいの関取だッ!
 って別に大食いだからってまずいものがうまくなるわけじゃないのよね。
 …………
 なにはともあれ、僕は花穂の弁当を食いきった。僕の顔色が土気色になっていたのを悟られてなきゃいいのだが。この世に神はいないのか。

 クラスメイトからクラス対抗のバスケ大会に出てくれと言われた。花穂がお兄ちゃまのこと応援してあげる、といってくれたのだが、そこに突然竜崎先輩がわいて出た。チア部のリーダーで常に花穂をしかっている人だ。「あらあら花穂みたいなイモ娘に応援ができるのカシラ?」とかいう調子で言ってきたので当然兄としてはすぐブチキレですよ。あやまれ! 花穂に謝れェェ――ッ! その尻馬に乗ってか、普段は竜崎先輩に叱られてばかりの花穂も、「先輩がなんと言おうが花穂はお兄ちゃまを応援する」と言いきった。途端竜崎先輩は「その言葉を待っていた――ッ!」と態度を翻した。アストロ球団の金田監督みたいな奴だな。

 というわけで花穂と竜崎先輩の二人の応援を受けながらバスケに出ることになったのだが。花穂ッ! その両手で持っている「お兄ちゃまラブ」と文字があっておまけに巨大なハートマークまで描いてあるその旗はなんだッ!? そんなものいつのまに用意した! あまりのこっぱずかしさに全然ゲームに集中できなかったのだが、なんとかうちのクラスは勝利することができた。はあ……

 非血縁エンド。なんつうか、オモロいのとウザイのが半々だ。でも兄弟ってこんなもんだよなあ。ウザさの質はまったく別種だが、その存在がありがたくもありめんどくさくもあり、というところはいい線を行っていると思った。しかしオレはこんな妹はいらん。

 トリは銀河激震亞里亞・パイ嬢。親指、ぱあ! 親指、ぱあ! 親指、ぱあ!