第1話 BIRD MAIDEN


 今、僕は京都はJR二条駅前のロータリー付近に立っている。東京の高校に通っている僕が何故今こんな場所に立っているのか、理由は以下の通りだ。
 高校で2度目の、そして最後の春休みを目前にしたある日、僕の元へ1通の手紙が届いた。差出人不明の手紙には、ただ一言「あなたに逢いたい」そう書かれていた。高校にはいるまでの9年間、ぼくは日本各地を転々としてきた。だから、手紙の差出人は各地で知り合った女の子の1人に違いない。どの子かまではわからない。だが、手紙からは、僕を必要としているひしひしとした想いが伝わってくるように思われた。ならば、名前くらい書いてくれよとも思うのだが、それはそれ。春休みを利用して探しに出かけよう、と思い立ち、僕は旅に出かけることにした。
「そうだ、京都に行こう」
 まっさきに僕は京都のことを思い出していた。かつて僕は小学6年の時、半年だけ京の都に住んでいて、そこで綾崎若菜という女の子と知り合った。旧家の娘で、彼女の自宅はやたらでかく、お蔵まであったことを覚えている。この手紙の差出人は若菜じゃないだろうか、という気が、なんとなく、した。理由は全くない。だが、差出人を特定する手がかりがない以上、過去に住んでいた12の場所を虱潰しに探して行くより他に手はない。どこかから手をつけなければならないのだ。というわけで、僕はまず京都から手をつけることにした。
 ところが。JR京都駅についたまでは良かったが、綾先の家が何処にあったか、という肝心なことが思い出せない。京都市中、しかもいわゆる洛内であることはわかっているのだが。しばらく地図とにらめっこしたあと、僕は妥協案を打ち出した。適当に京都中を歩いていれば、いずれかつて見た覚えのある場所に行き当たるに違いない。僕は特に目的地も決めず電車に飛び乗った。ところが、その電車は山陰本線の電車で、舞鶴から鳥取に抜けていくということに乗ってから気づいたので、二駅ほどで飛び降りざるを得なかった。その飛び降りた駅が二条駅だった、というわけである。
 二条駅そのものは立派な建物なのだが、周辺は荒涼としていて、工事中の黄色と黒の立て看板やら雑草のぼうぼう生えた空き地が散見された。ブルドーザーが区画の整地をやってはいるが、その数は少ない。バブル期の計画が頓挫はしたが細々と続けられているのだなあ、と感心する。僕はベンチに座り込み、これからの作戦計画を練ることにした。
 その時だった、声が聞こえてきたのは。
「何処に目ェつけとんのじゃワレェ」
 ロータリーの向こう側、千本通側のところにガラの悪そうな高校生が3人立っていた。そのすぐそばには女の子が1人倒れている。どうやら、女の子が不注意で学生に体当たりしてしまったらしかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 一喝されただけでビビってしまったのだろう、学生に気圧され、女の子は半泣きで謝っている。2本の三つ編みを胸に垂らした、髪の長い女の子だ。
 おや、と思った。
 あの姿には何となく見覚えがある。だが綾崎ではない。彼女が髪型を変えてしまった可能性はなきにしもあらずだが、なにか雰囲気が違う。では誰だろう。
「ごめんですんだら警察はいらへんねや。ちょっとクリーニング代払ってもらおうか」
 やたらと古典的な手口だなあ、と思いつつも、僕はベンチから腰を浮かせた。暴挙が目の前で行われるのを無視するわけにはいかない。それに、デジャ・ヴュの正体を確かめておきたかった。
「だって、ぶつかってきたのはあなた達じゃないですか……」
 よほどの勇気を振り絞っているのだろう、女の子の声は細く、小さい。
 真奈美だ!
 思い出した。中3の時、半年だけいた高松で知り合った杉原真奈美だ。白く透き通った肌、いかにも病弱そうな儚げな雰囲気。間違いない。なんで彼女が京都にいるんだろう、と反射的に思ったが、それよりも彼女を助ける方が先決だ。僕は走り出した。
 が、その必要はなかった。
「とっとと金出せや! はよせんとその長い三つ編みぶっちぎったんぞオラァ」
 ぐずる真奈美に学生は怒鳴り、上着のポケットからカッターナイフをちらつかせた。
 その時だった。
 真奈美の様子が変わった。
「あんた……」彼女の体の震えがぴたりと止まる。「オレの髪型のこと今何つった!?」
 男のような太い声で、真奈美は叫んだ。
 間髪を入れず真奈美のパンチが飛ぶ。
 正面にいた学生はそれをまともに食らい、もんどり打って地面に倒れた。真奈美の豹変ぶりに面食らい、他の2人はその場に立ちつくしている。真奈美は大股で3歩ばかり歩き、たった今殴り倒した学生のすぐそばに立った。
「……オレの髪型がエネルギー補給中の獅子王凱みてぇだとぉ……!?」
 地獄の鬼もかくやと思われる殺人的な視線で、男の顔をのぞきこむ。
「えっ……そんなこと誰も言って……!」
「確かに聞いたぞコラァー!!」
 真奈美は学生の顔を思い切り踏んづた。「ブゲェ」と学生は情けない悲鳴を上げる。
 その悲鳴で、やっと残り2人の学生は我に返ったようだった。それを合図にしたかのように、足蹴にされている仲間を救うべく、真奈美に飛びかかる。
「やめろッ!」
 僕は叫んだ。
 それより早く真奈美が、僕より大きな声で叫んでいた。
「バード・メイデンッ!!」
 瞬間、真奈美の周辺に雲がわき上がったように見えた。
 その正体を理解するのに5秒くらいかかった。
 鳥だ。
 無数の鳥が真奈美の周辺で渦を巻いていた。ゲェゲェと奇怪な鳴き声を上げながら、学生どもの顔を、目を、肌をつつき、肉を食らい、血をすする。端から見るとまるで学生達は踊っているようだった。もっとも、鳥の声に負けないくらいの勢いで悲鳴を上げているので、これっぽっちも楽しそうには見えないが。2人はその痛みに耐えかね、悲鳴を上げて逃げ出した。
 一部始終を目の当たりにした僕は愕然としていた。
 3年の間に何があったんだ真奈美……!?
 あまりのことに時間が止まったようだった。
 真奈美はため息をつくとこちらを振り返り、……そして僕を見つけた。硬直している僕を。
 ちょっとの間、「何見とんのじゃボケェ」とでも言いたげなあの殺人的な目つきで僕のことを睨んでいたが、それはやがて驚きの表情へと変わっていった。彼女の中の僕の記憶と、今ここにいる僕が一致しつつあるようだった。
「も、もしかして……あなたは……」
 ついさっきまでのブチ切れぶりを微塵も感じさせない、可愛い声だった。
「坂崎……人頭税さん……?」
 しばらく何も言えずにいたが、やっとの事で僕は声を振り絞り、彼女に伝えた。
「……ああ……坂崎だよ……」

「話を聞いたんです……今、京都で鳥が矢でうたれる事件が起きてるって」
 何故真奈美が京都にいるの、という僕の質問に彼女は答えて言った。
「ああ……そうらしいね」
 僕は相づちを打った。それは最近ワイドショーの話題を独占している事件だった。何者かが面白半分に弓矢(しかもボウガンではなく弓道で使う日本古来の弓だ)を乱射し、京都中に第二第三の矢ガモを量産しているのだ。地元では「京都御苑のウィリアム・テル」と呼ばれ、その標的が人間へと向かうのではないかと恐れられているそうだ。
「真奈美は鳥が好きだったものね」
 と言うと、真奈美はほんの少し微笑んだ。僕が昔のことを覚えていたのをうれしがったのだろう。だが、鳥のことを思ってか、すぐに表情を曇らせる。
「毎日毎日鳥さんが矢で撃たれ、苦しんでいるかと思うといてもたってもいられなくて、来ちゃんったんです。それに……スタンドが呼ぶんです」
「スタンド」
「スタンド使い同士は引かれ合うって言うじゃないですか。京都からスタンドの呼ぶ声が強烈にするんです。だから私は、この矢ガモ騒動にはスタンド使いが絡んでいると直感したんです。あなたも……スタンドに呼ばれてここに来たんでしょう?」
 そう訴える真奈美の眼差しは真剣なことこの上ない。
 僕はしどろもどろに返答した。
「いや……僕はスタンド使いじゃないし……」
「でも、私の『バード・メイデン』が見えたんじゃないですか?」
「世の中には人の目に見えるスタンドだってたくさんあるさ」
 こころなしか、真奈美が肩を落としたように見えた。
「あ……ごめんなさい……急にこんなこと言われても迷惑ですよね……」
 うつむいて涙ぐむ。僕は焦った。道のど真ん中で女の子を泣かせるというのは猛烈に体裁が悪い。「まったく不愉快な女だぜ」とほぉぉぉぉんの一瞬だけ思ったが、そんな邪悪な考えはすぐさま頭を振って追い出した。またキレられたらコトだ、とフォローを入れる。
「あ、いや、僕は別にスタンド使いじゃないけど、君が鳥を救いに京都に来たっていうのなら喜んでお手伝いするよ」
「え……本当ですか……」
「本当だとも」
 実際問題、学生達が鳥につつかれたのを目の当たりにした直後では、真奈美に逆らう勇気はない。
 すると、真奈美は実にコンシューマ機的な不自然な赤い色に頬を染め、
「……嬉しい……」
 一言つぶやいた。
 これが、杉原真奈美との再会だった。懐かしい顔に会えてうれしさを感じる反面、思い出は思い出のままそっとしておくべきだったかも、と僕は考えていた。


スタンド名-バード・メイデン
本体−杉原真奈美

破壊力−B スピード−B 射程距離−A
持続力−D 精密動作性−D 成長性−B

能力−88羽の鳥の姿をしたスタンドで相手をつつき殺す。

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