第10話 SPIRAL KNIGHTS
「こうなったら、京都御苑の中を突っ切っていくのが一番でしょう」
と若菜は進言した。
「理由はいろいろあります。第一に、御苑なら視界が開けているから、敵の不意打ちを食らいにくいです。第二に、戦いになった場合でも、広いから他人を巻き込まずにすみます。第三に……」
「いやいや」僕は手を振って若菜の言葉を遮った。「どうもなにも、若菜に任せるよ。地元の人間の判断が一番頼りになるから」
僕がそういうと、真奈美も同意を示した。
「そうですね……烏丸通りも今出川通りも、5人で行くには狭すぎるから……」
御苑は、簡単に言ってしまうと、今出川通り、烏丸通り、寺町通り、丸太町通りに囲まれた、南北に長い長方形である。烏丸通りは御苑の西側の通り、今出川通りは北側の通りだが、両方とも車道が広い割には歩道が狭く歩きにくい。目的地の同志社大は今出川通りを挟んだ北側で、僕たちの現在地は河原町丸太町、御苑の南東側だ。ここから同志社に行くには烏丸通りか今出川通りのいずれかを通らねばならない――御苑というコースを考慮しないのであれば。というわけで、僕たちは御苑を通り抜けて大学に向かうことにした。
言うまでもないことではあるが、御苑とは、かつてさるやんごとなきお方がお住まいになっていた場所である。御苑はむやみに広かった。林立する桜や梅を全て切り払わなくても、十分野球ができる。だが、そんなことをしたらMIBが飛んできて拉致されそうな、微妙に重苦しい雰囲気も持ち合わせている場所である。
若菜は立ち止まり、無限に広がるかのような御苑全体を油断無く見回した。
「十分に警戒する必要があります。この広さなら、敵としても戦いやすいでしょうから」
「は〜い☆ えみりゅんにアイデアがあるよぉっ」
緊張感をぶちこわす声をえみるは発し、リュックの中から、以前に見たことのある、針金で組んだ物体を取り出した。
「えみりゅん特製のアダムスキー9号改を使えばぁ、敵を探知することができるよっ」
「9号改……? ということは……さっき使っていたものとは違うんですか……? 形も違うみたいだけど……」
前のものは四角錐だったが、今えみるが取り出したのは、平べったい三角錐を2つくっつけたような六面体である。真奈美が問うと、えみるは嬉々として説明を始めた。
「この9号改は生物探知機なんだよ〜。人間、動物の呼吸や、物体の動く気配をフーチパターンの乱れで感知するりゅん。スタンドのエネルギーの動きもわかるはずだからぁ、これを見ながら歩けば大丈夫だよっ」
フーチパターンとは初めて聞く言葉である。だが、アダムスキー8号はピラミッドパワーと天行力で動くといっていた。きっとそれらに類する怪しげなエネルギーに近いのだろう。僕は敢えて尋ねてみる勇気はなかった。
アダムスキー9号改を両手で持ち、えみるは歩き始めた。僕たちはえみるの前後左右を固める形で陣形を組んだ。
「あ、反応してるよっ」
数十歩も歩かないうちに、えみるは叫んだ。確かに、六面体の中央に糸でつり下げられた振り子が、激しく揺れている。
「左前方に何かいるりゅん!」
先頭を歩いていた真奈美が鼻をひくつかせはじめた。まるで、においの元を探す犬のように。
「バード・メイデン!」
そして、左前方の茂みに向かい、小鳥を3羽打ち込んだ。
「うッぎゃあーッ!?」
悲鳴が上がったかと思うと、茂みから何者かが飛び出してきた。そいつの胸にバード・メイデンの小鳥がくちばしを突き立てている。3羽の小鳥はポンプのように脈動していて、あたかも生命エネルギーを奪い取っているかのようだった。被害者は皮膚がすこしずつ透明になっていた。唇の下で閉じられた歯並びがはっきりと見えるほどだ。透明な範囲はじわじわと広がっていった。が、それが何者であるか判別できないほどではなかった。
「……山本紅一じゃないか!?」
山本るりかの双子の兄、ミソニウム3−1−0というスタンドを操り、河原町のあたりで僕たちを襲ったスタンド使いだ。
「バード・メイデンにつつき殺されたんじゃなかったのか?」
「いや……、あんたらに危害を加える気はもうないがや……頼むからこのスタンドを引っ込めてくれんか……?」
見るからに紅一は衰弱していた。これならば放置してもさほど問題はないだろう。僕は真奈美に目線を送った。真奈美は僕の意図を理解し、バード・メイデンを引っ込めた。真奈美は心なしか、顔の血色が良くなっているように見えた。
「ひょっとして、新しい能力か?」
尋ねると、真奈美は頬を赤らめた。
「人を捕まえて、エネルギーを吸い取ることができるみたいです……。おまけに、私自身も微妙なにおいをかぎ分けられるようになりました……」
真奈美の体が病弱であるという事実が、スタンドの能力を伸ばしたようである。紅一は両手を地面につき、肩で息をしていた。紅一の様子が落ち着くのを待ってから、僕は質問した。
「どうしてこんなところにいる」
「……病院から抜け出してきたがや。るりかが近くにいるっちゅう気がしたもんで」
紅一はいかにも病院のものらしい地味なパジャマを着ていた。言われてみれば、入院患者のように見える。
「気がする? 気がするというだけで病院を抜け出してきたのですか? それはあまりよろしくありませんわね」
親戚が病院を経営しているとかいう若菜は、脱走行為に眉をひそめた。
「気がするということは、本当に近くにいるんじゃないのかな。双子の間には不思議なつながりがあるっていうから」
一方、七瀬は紅一の行動に妥当性を認めるような発言をした。その指摘に、真奈美はっと息をのんだ。
「ということは……新手のスタンド使いが迫っているということですか……!?」
「ねえねえ、ちゃんとたんちできたんだからぁ、誰かえみりゅんのことほめてよぉっ」
一人、えみるは右手を桜の木にかけ、アダムスキー9号改を脇に抱えるというポーズで、口をとがらせていた。が、ふとその表情が変わった。桜の幹に何かを見つけたようだった。そこには小刀で書いたとおぼしき文字が彫られていた。
「このラクガキを見て うしろをふり向いたとき おまえらは」
その続きは、えみるの親指によって隠されていた。
しばし逡巡した後、えみるは指をのけた。
「名古屋にいる」
という文字が現れた。面食らったえみるは、その文字をしげしげと見つめた。次にアダムスキー9号に目をやって、近くに何の生命反応もないことを確かめた。さらに、念のためかと思ってか、うしろをふり向いた。
それはいきなり現れた。直径1メートルくらいの球体が宙に浮かび、うごめいていた。
「みんな! 危ないりゅん!!」
えみるは自分の腕とスタンドとを使って、その場にいた全員を殴った。不意の一撃に、僕たちは軽く吹き飛ばされた。
次の瞬間、謎の球体がえみるを体ごと飲み込んだ。
状況を飲み込むのに少し時間がかかった。えみるが僕たちを突然殴り飛ばすなど全く予想していなかったのである。その事実を認識し、改めて身を起こしたときには、えみるの姿は消え去っていた。唯一、アダムスキー9号改が地面の上に転がっているだけだった。
「なんですか……今のは……?」
頭を押さえながら真奈美が呟く。
えみるが手をかけていた桜の木が、音を立てて倒れた。敵の攻撃によるものには違いない。奇妙なのは、切断面がコルクを切り抜いたかのように滑らかに、丸くなっているという点である。
えみるのいた場所に、さっきの球体が再び出現した。その中央部分には、巨大なカタツムリの殻のようなものが浮かんでいた。大きさを考えれば、カタツムリというより、アンモナイトの外殻といった方がいいかもしれない。
アンモナイトという単語を思い浮かべた途端、連鎖的に、僕の脳裏にある女の子の姿が閃いた。
「るりか! るりかだな!?」
僕が名古屋に住んでいたときの話だ。理科の授業でアンモナイトの化石標本を使用したときがあった。授業で使用する教材の運搬は日直が行うことになっていて、その日はたまたま僕とるりかが日直だった。アンモナイトの化石を準備室に返す段になり、本来ならば男の僕が重いものを持つべきであるところを、るりかは「自分がアンモナイトを持っていく」といってきかなかった。どういう意図があったのかはわからない。きっとるりかは化石マニアで、アンモナイトを抱くことで心の平安を保つことができる人種なのかもしれないと僕はそのとき思い、るりかにまかせることにした。しかし所詮は女の細腕、準備室にたどり着くかつかないかのあたりで、るりかは化石を取り落としてしまった。哀れアンモナイトはまっぷたつに割れ、るりかもまた哀れなまでにうろたえた。僕は一人の人間として、然るべき行動をとった。さしあたりアンモナイトを接着剤でくっつけて応急処置を施し、次に涙目になっているるりかをやさしくなだめ、家に帰してやった。
それから職員室に行き、「るりかがアンモナイトを割りました」と先生に事実を報告した。
翌日から、るりかは学校に来なくなった。なにがあったのかは、わからない。僕の方も、るりかに会えないまま名古屋を去ることになったので、それっきりである。
……何か最近、己の犯した過去の罪と直面する機会が多いのは、どういうことだろう。
「なんなんですこれは? どこから現れたんです? なぜアダムスキー9号改にも真奈美さんの鼻にも引っかからなかったんです……?」
矢継ぎ早に若菜が疑問を口にする。突然のことに動揺しているようだ。
「……どこにいったんです!? えみるさんッ」
「……永倉えみるは……」
呼びかけに、アンモナイトが答えた。アンモナイトの渦巻きの奥から2本の腕、人間の裸の腕が出てきて、アダムスキー9号改を拾い上げた。
「名古屋にブッ飛んでいったぎゃあ」
女の声、るりかの声で、そいつは言った。
「このアンモナイトの口は暗黒名古屋空間に通じている……。吹っ飛ばしてやったぎゃあ。次はおまえらだぎゃ……ガブリエル様を倒そうなどという思い上がった考えは正さねばならんから……」
2本の腕が、アダムスキーをアンモナイトの口に放り込んだ。ガオン! と音がして、それは消滅した。
「ひとりひとり、順番に順番に、この『スパイラル・ナイト』の暗黒名古屋空間にバラまいてやるぎゃあ」
殻の奥から、るりかはゆっくりとその顔を現した。アンモナイトからるりかが顔だけ出しているという姿は、はたから見るとこの上なくマヌケだった。が、るりかは真剣そのものだ。
「るりか! ワシだ、紅一だがや!」
瀕死の淵にいる紅一が声を振り絞った。
「こんなアホな事しとらんと、ワシと一緒に名古屋に帰ろう! なあ?」
必死の説得に、るりかはしばしの沈黙をもって答えた。
その沈黙を肯定と受け取り、紅一は一歩這い進んだ。
途端、アンモナイトは暗黒名古屋空間に姿を消した。
咄嗟に紅一はミソニウムを発現させた。が、あらゆる物体を名古屋に転送するというスパイラル・ナイトの能力の前に、防御姿勢は無意味だった。空中のミソニウムにぽっかりと丸い穴があき、次の瞬間紅一の右腕上腕部の肉がえぐり取られた。
「ぐああッ! なにするがや、るりか……!?」
紅一の背後に立つ梅の木の幹までが丸くくりぬかれた。急に支えを失った梅の木はまず垂直に落ち、少し間をおいてから一方向に傾き、ゆっくりと倒れた。そうして新たに生まれた空間に、るりかは再出現した。
「ここは京都だぎゃあ……本物の紅一兄さんは名古屋にいるぎゃあ! 本物の紅一兄さんが京都にいるはずがないぎゃあ! わたしを油断させて、背後から肩胛骨をブチ割って、上半身を腰寛骨まで鰺の開きのように裂いてやるつもりでいたなッ!?」
妙に人体に詳しそうな発言だった。るりかは標本マニアなのかもしれない。
「よくも! このクソ野郎がッ! わたしに兄さんの姿を攻撃させたなァああ――ッ!!」
「いや待て! 別にスタンド能力じゃなくて、そこにいるのは君の本物の兄さん――」
制止しようとしたが、遅かった。るりかのナックルパンチが紅一の顔面にヒットした。
「よりによってこのわたしに、よくもッ! スタンド能力の偽物だろうと、紅一兄さんをよくも私に攻撃させたなァ――ッ!! 蹴り殺してやるッ! このクソ野郎がァ――ッ」
スパイラル・ナイトを解除し、大声でがなりながら、るりかは紅一をぼこぼこと蹴り続けた。つい最近この光景を見たことがあるような気がする、と思いつつも、僕は戦慄を覚えずにはいられなかった。まともじゃないと思った。紅一の姿を自分で攻撃したことを怒っているのだ。異常だった。かつ、目の前の紅一を偽物と信じ込んでいる点も異常だった。そろそろ気づいてもいいようなものだが。
「暗黒名古屋空間に飲み込むのは一瞬だぎゃあ! それではわたしの怒りがおさまらんぎゃ! 貴様が悪いんだ貴様が! わたしを怒らせたのは貴様だッ! 貴様が悪いんだッ! 思い知れッ! どうだッ! 思い知れッ! どうだッ!」
歪んだ兄弟愛としか言いようがない。あるいは、歪んだ兄妹SMプレイ。ほっとくと本当に紅一が死んでしまうと思ったので、僕はもう一度制止の叫び声をあげた。
「やめろォォ――ッ! 山本るりか!」
名前を呼ばれて正気に返ったか、るりかはぐるりとこっちを向いた。
紅一はぐったりしていた。あれで息があったら奇跡としか言いようがない。
「ハアアア――ッ……ケリをつけてやるッ」
るりかは空中に飛び上がると、その姿をスパイラル・ナイトのなかにすっぽり収めた。アンモナイトの姿はまたしても消失、見えなくなった。
紅一への攻撃をやめさせたのはよかったが、問題は、スパイラル・ナイトの迎撃方法を思いついていないことだった。
「……ヤツのアンモナイトの口の中が暗黒名古屋空間になっているだと!? どんな空間か想像もつかないが、しかしどうやってヤツをブッ倒せばいいんだ!?」
「下がってくださいッ!」
僕たちを押し戻すように、若菜が左腕を伸ばした。
「紅一! おまえのミソがヒントになって、ヤツの動きを読む方法を思いついたっシャー!」
ミユキ人形、ブラック・ギオン・サバスが地上に降りた。その両手には、普段のM17ではなく、古くさい銃剣が握られていた。ミユキ人形は、めちゃめちゃに銃剣を振り回し、地面にべちゃりと広がっていたミソニウムを空中へと舞い上がらせた。ミソは宙に浮かんでは雨のように降り、浮かんでは降りを繰り返した。
「……ミソまみれになっちゃうじゃないですか……」
ミソの雨をまともに喰らって、真奈美が不満の声をあげた。が、効果は一目瞭然だった。ミソの雨を飲み込みながら移動するアンモナイトの軌跡が、はっきりと確認できる。
「スパイラル・ナイトの弱点は、私たちから暗黒名古屋空間を見ることができないように、暗黒名古屋空間から私たちを見ることができないということです! 私たちがどこにいるか確認しようと暗黒名古屋空間から姿を現したときがッ」
「てめーが崩れ落ちるときだッシャーッ!!」
ミユキ人形は軌跡を追った。スパイラル・ナイトが通常空間に出現しようとする瞬間を狙ってとびあがり、アンモナイトの口の中に銃剣の先端を思い切り突きこんだ。
「ゲボッ」
銃剣はるりかの口の中に深く突き刺さった。
「しゃぶるっシャーッ! オレの剣をしゃぶるっシャーッ! このドグサレがッ!!」
明らかに致命傷だった。しかしそれでも、るりかが吸血鬼化している可能性を考えてか、ミユキ人形は銃剣をグリグリとかき回した。さらに後頭部に突き抜けた銃剣の先をつかんでごりっとひねり、首の骨をへし折った。
るりかはもんどり打って地面に転がった。
誰もがるりかの死を確信した。が。
「わたしは死なんぎゃあ……」るりかは尋常ならざる生命力を発揮した。「苦痛を意に介している暇もない……必ず貴様らをしとめる……!」
少し間をおいて、るりかはゆっくりと身を起こした。
すごみのあるるりかの言葉に、しかし若菜は無表情だった。
「地獄でやってください」
ミユキ人形がるりかの足を払った。るりかはあっさりとバランスを崩し、後方に倒れた。背中が地面につく前に、激しい銃声が轟き、無数の銃弾がるりかの体を貫いた。不屈の闘志をもって迫ってきたるりかも、これには虚をつかれたらしく、地に体を這わせたあとも、自分の身に何が起こったのか理解できていないようだった。
「な……なんだって……?」
「あなた、御苑内の木を切り倒したでしょう」若菜は説明した。「御苑内には、監視カメラと機関銃が隠されているんです……御所の破壊を企む者を事前に探し出し、消去することができるように。全てを切り取るあなたの能力が仇になったのですよ……!」
「……マジなのか!?」
僕が声を荒らげると、若菜はにっこりと笑った。
「ええ。先ほど言いそびれましたけど、これが御苑内を突っ切るルートを提案した理由の第三です。これは敵を倒すのに利用できると思いまして。京都に住んでない人はほとんど知らないことなんですけどね」
「……なんで、そんなことを? ここは、武装する必要があるほどの重要地域なのか?」
「だって、御所は天皇陛下の住む場所なのですよ。大逆罪には死刑が適用されるのが普通です」
若菜はさらりと言ってのけた。京都人には京都人の誇りがあるようだ。
機関銃を喰らったのはさすがにきいたらしく、るりかは指一本すら動かす気配はなかった。るりかとて吸血鬼ではないのだ。そして、それは紅一も同様だった。2つの体が、そこに力無く横たわっていた。
「……とにかく」僕は一人ごちた。「これから僕たちは、御苑を突き抜けて同志社へ行かなくてはならない……今の僕たちには、悲しみで泣いている時間なんか、ない」
というわけで、2人の死体はその場に放置していくことにした。
その日、名古屋ではミソやら木の幹やら包帯ぐるぐる巻きの女の子が空から降ってくるという異常気象が観測されたという。
僕たちは御苑の北側の門をくぐり抜けた。今出川通りを挟んだ向こう側には、赤煉瓦づくりの同志社大学の偉容が、僕たちに覆い被さってくるかのようにそびえていた。僕たちは、とうとうたどり着いたのだ。
スタンド名-スパイラル・ナイト
本体−山本るりか
| 破壊力−A | スピード−C | 射程距離−E |
| 持続力−C | 精密動作性−E | <成長性−D |
能力−アンモナイトの殻のような姿を取るスタンド。
その口は「暗黒名古屋空間」を経由し、実際の名古屋市へと通じている。