第12話 GREEN POWDER
若菜と優は、クラーク館の階段を上り、隅の一室に飛びこんだ。
教室の机は、展示用に並べ直されていた。古本販売を行っていたのだろう、テーブルの上に文庫本が山と詰まれていた。もっとも、売り子を勤めていたであろう人々は、既にびっしりと青海苔に覆われ、お好み焼き化して床に倒れていた。
そして、部屋の中央には夏穂がいた。
カーテンで窓が隠された薄暗い教室。部屋の隅には、恐らくクラーク館の鐘楼に続くであろう階段が天井へと伸びている。テーブルとテーブルの合間の空いたスペースに一人、ポツリと立っていた。その双眸は不気味な光をたたえ、視線はどこか宙を漂っている。
「あなたッ! 今まで一体何人の人間をお好み焼きにしたんです!?」
若菜は思わず声を荒らげていた。
夏穂は嘲るような笑いを浮かべた。
「自分……今までに食ったお好み焼きの枚数を覚えとるんか?」
夏穂のそばに、スタンドビジョンがゆっくりと形作られていった。その姿は、関西人なら誰もが知っている食い倒れ人形そのものだった。ドコドコドコと両手のバチで腰に装着した太鼓を叩き、騒々しい音をたてる。よどんだ空気を書きまわすような、不快な騒音だった。
「ああ〜……、それとも、ミヤコビト様はナニワの食い物なんて汚らわしくて口にでけへんか?」
怒りに駆られ、若菜は一歩部屋へ踏み込もうとした。
が、優が肩に手をかけ、若菜を制する。
「落ち着くんだ、若菜――何故あいつは二対一という不利な状況だっていうのに、部屋のど真ん中に突っ立っているんだと思う? 明らかに、罠だ」
「罠だろうなんだろうが知ったことではありませんッ」若菜は手を思いきり振り払った。「あの人をほっといたら、大学一円どころか京都の住人が全滅してしまうかもしれないんですよッ」
「京都市民が全員お好み焼きになるっシャー!」
ミユキ人形もそれに和し、若菜と歩調を合わせ部屋に踏み込んでいった。
「私の生まれた街を守るためにはあなたを倒さねばならない……その点に関して私は必死ですッ」
「街を守る、やて……?」
呼応するように、夏穂も二歩三歩と距離を詰めてきた。
「そんな心配はもうせんでええ。自分が心配するのは、ウチのスタンド、グリーンパウダーで青海苔まみれになってお好み焼きになってもォたあとのことだけや」
ス、と夏穂は右手を持ち上げた。
「かかってこいや」
ミユキ人形が飛びはね、銃剣による無数の突きを繰り出した。グリーンパウダーは右手に持ったバチで攻撃を受け流し、左手に持ったバチで切り返す。若菜は大型山戦車を盾にこれを食いとめ、鉾戦車ミサイルを撃ち返した。さらに山戦車で体当たりをかける。手数の圧倒的な差は、グリーンパウダーを防戦一方にした。
「はやッ……うおおおぉッ」
幾度目かの体当たりを受け、夏穂はたまらず部屋の隅に吹き飛んだ。鐘楼への階段にもたれるような具合に倒れる。
「どうも、心配しなければならないのは貴方の方みたいですね……」
夏穂が立っていた場所に、若菜が進み出る。
むくりと起きあがり、夏穂は四つん這いになった。息も絶え絶え。実につらそうな様子だった。
「確かに……早いわ……!」
しかし、その顔に張りついた笑みは、消えてはいなかった。
「自分のスタンド……『ブラック・ギオン・サバス』やったか……。明らかにそっちのスタンドの方がパワースピードともに上のよォやな……。やけど、ンなことは最初からわかっとることや。ウチのスタンドは青ノリをばら撒くことにパワーをつかっとるからな」
危機的状況にありながら余裕を見せる夏穂の様子に、若菜は警戒心を抱いた。なにか策でも隠しているのか、という疑惑の目を向ける。
「今、お互い打ち合って、100メートル全力で走ったみたいにスタンドのエネルギーを使ったから、お互い体力を消耗してる……。自分はそれを理解しないで動き回った。これがどーゆーことか、頭のええ自分ならわかるやろ? 馬力のある車ほどボディがあったまるんやで……!」
人差し指で、若菜は自分の頬をなぞった。ボロボロと青い粉が落ちていく感触があった。
「…………ッ!」
急激に、若菜は脱力感に襲われた。ぷつぷつと全身に青ノリが浮きでていた。青ノリの一つ一つが若菜の体力を吸い取っているかのようだった。膝がガクガクと震えている。
「若菜ッ」
異常に気づき、優が駆け寄ってきた。片手にアイスのてんぷらを持っている。クラーク館に突入する寸前、出店から略奪してきたものだ。
「コレを食べて体を冷やすんだ……!」
「今やァァ――――ッ」
自分の手とスタンドとを使い、夏穂は南側と西側のカーテンを引き剥がした。
その下から出てきたのは、電気ストーブだった。ちょうど十字砲火で部屋の中央に温風を送るように配置されている。
そして今、部屋の中央にいるのは、若菜と優。
自分から罠に飛び込んだことに、二人が気づいたときには、熱く乾いた風が吹きつけていた。
「…………!」
「……どうしたんですか?」
僕のおかしな様子に気づいて、真奈美が声をかけてくれた。
「見える……見えるんだ。二人の姿が」
僕には、若菜と優たちの様子が見えていた。二人が夏穂と対峙する様子が、はっきりと見えた。
本能的に僕は理解した。これが僕のスタンド、サムホェア・ファー・ビヨンドの力なのだ、と。
「ついに……能力が目覚めたんですね……? 坂崎さん……!」
まるで我がことのように、真奈美は顔をほころばせた。
能力、遠隔地の映像を直接見ること。まるで僕がその場に居合せているかのように、脳の中で映像が再構成される。
能力がやっと発現したのはとてもうれしいことだ。が、
「ま……見てるだけだけどね……」
見ていることしかできないというのはかえって自分の無力さを思い知らされているようでもあった。結局のところ、僕は見ているだけしかできないのだ。
「坂崎さん……」
僕の顔色を見てか、真奈美は一瞬憂いの表情を見せた。だが急にはっと表情をこわばらせると、唇に人差し指を当て、「黙れ」というジェスチャーをした。
ぺたり。
ぺたり。
足音が聞こえる。弘風館一階の十字路の向こう側から、誰かが忍び足でせまっている。
静かに真奈美はバード・メイデンを発現させた。明日香が角から顔を出した瞬間、バード・メイデンでつつき殺す心積もりだ。
ぺたり。
ぺたり。
すぐそばにまで足音が近寄ってきたその時、
「真奈美ッ!」
僕は真奈美を抱きかかえ、前に飛んだ。
直後、背後から飛んできた明日香の拳が空を切った。明日香は僕らの後方から近寄っていたのだ。
真奈美はすぐさま事態を把握するとバード・メイデンを明日香へと差し向けた。
明日香は床から「ぺたり」という文字を回収した。手の中で文字はマイクの形へと変形していく。そのマイクにすぐさま明日香は「ドジュゥゥゥゥ」という言葉を吹きこんだ。熱を発する文字に構成し直し、放り投げてくる。真奈美はバード・メイデンで壁を作り、なんとか文字を弾き返した。逆に数羽の鳥が明日香に襲いかかり、額をつついた。バゴム、という音を立て、鉄仮面は縦真っ二つに割れ砕けた。
文字は壁にぶつかり、張りついていた。ドジュゥゥゥゥと壁を溶かし始める、ということはなかったが、そこに手を触れた瞬間火にあぶられたかのような感覚に襲われることだろう。
「助かりました……坂崎さん……見るだけの能力でも十分役に立つじゃないですか……!」
明日香から目を離さぬまま、真奈美は礼を言った。
どうやら、床に予め「ぺたり」という文字を張っておいて、明日香は僕らを罠にはめようとしたらしい。真奈美を前方に投げたのは反射的な行動だったが、どうやら好判断だったようだ。あの瞬間、背後からこっそり近づいてくる明日香のビジョンが見えた。弘風館は十字路の先、四方向全てから外に出ることができるので、後ろから回り込むことは容易なのだ。
そう、見ていることしかできなくても、僕にはできることがある。真奈美の言葉に勇気付けられる思いだった。
「おかしい……おまえの体……」
外気に顔をさらした明日香が低い声を唸らせた。
「『ドジュゥゥゥゥ』の文字で火傷するような熱を受けてるはずじゃぁぁん……」
明日香が困惑するのも無理はない。夏穂のグリーン・パウダーは生あるもの、熱を帯びるものに青ノリを発生させるのだ。だが、真奈美の体は既に死者のものなのだ。なんらかの奇跡が真奈美の体を動かしているに過ぎない。
「まあ……いいけどね……だったら……動かなくなるまで『アイドル・レジェンド』でグズグズの挽肉にしてやるだけだしィ……」
たらり、と明日香の眉間から血が流れ、鼻梁を伝って落ちた。
しかし、状況が厳しいことに変わりはない。真奈美と僕は改めて身構えた。
「全弾発射ァァァァ――――ッ!!」
日本人形60体に山戦車7台鉾戦車4台。ブラック・ギオン・サバスの全軍が、同時に一斉掃射した。盲滅法に発射された銃弾、ミサイル、その他の爆発物は情け容赦なく壁を蜂の巣にし、窓ガラスを打ち破り、天井をなぎ払い、床に穴を穿った。
「な……なんてことしよんねやァァ――――ッ」
予想外の事態に、夏穂は一瞬反応が遅れた。グリーン・パウダーで一発二発とミサイルを叩き落す。が、迫りくるミサイル群全てを防御し切るのは無理と判断した。尻から追いたてられながらも、階段を駆け登り、ドアを破って鐘楼へと姿を消す。
窓と壁に開いた穴から、十一月の冷たい風が吹きこんできた。こうなってはヒーターの温風などそよ風ほどの力もない。一気に青ノリまみれになる事態だけは避けられた。だが、若菜はそれまでに体力を奪い取られていた。青ノリまみれの膝を折り、がくりと床にひざまずく。
「……クラーク館は重要文化財だというのに……壊さなきゃならなかったじゃありませんかッ!」
それでも、その両目はまったく闘志を失っていなかった。
少し置いて、優が立ちあがる(全弾発射を回避すべく若菜の足元に丸まっていたのだ)。
「じゃあ……止めを刺しに行こうか。鐘楼なんて狭い場所に追い詰められたら、奴も終わりだ」
天を仰いで、若菜はミユキ人形を階段に放り投げた。
「いいえッ! 相手に何発かミサイルを叩きこんだ手応えがありますッ。ミユキ人形だけで十分ッ! 殺ってきなさいッ」
「殺るッシャァァーッ!」
足の裏からジェット噴射でもしているかのような勢いで、ミユキ人形は跳んでいった。
「イヤッハ――!」
ミユキ人形の叫び声とともに、銃剣から放たれる発砲音が轟いた(ミユキ人形だけは全弾発射に参加していなかったのだ)。若菜も優も、勝利を確信した。
が――
「はッ! 奴がいないッシャ!?」
聞こえてきたのはミユキ人形の戸惑いの呟きだった。
「どこだッシャ!? こんな狭いところに隠れ場所なんて――――ウワァァァァァァァァッ」
ミユキ人形の絶叫と同時に、若菜の体から凄まじい量の噴血がほとばしった。
「若菜! ミユキ人形を戻すんだッ」
「ダメ……です……」ぐらりとバランスを崩しながら、若菜は声を絞り出した。「ミユキ人形が攻撃を受けたあと捕獲されているようです……甘く見ていました……なにをされたんです……!?」
べたり、と自分が作った血だまりと青ノリの海に若菜は倒れ伏した。意識は既にない。
「どうやら……」優もまた、天を仰いだ。「登って行って直接闘わなくてはダメな相手みたいだね……」
優のそばに、人間大の姿が静かに現れた。見た目、ガンダムのようだった。それも、巨大なシールド、バーニアの生えた巨大な肩パッド、そして右手にはバズーカ、とGP-02の姿をとっている。優は「オペレーション・スターダスト」のスタンドビジョンを発現させたのだ。
十分に警戒しながら、階段を一歩一歩上る。階段の最上段には、お好み焼きのコテが置いてあった。場違いなことこの上なく、しかもその表面には血がべっとりと付着していた。
階段を上りきった先、鐘楼からは大学周辺の景色が一望できた。三メートル四方ほどの空間が広がり、屋根の中央には巨大な鐘がぶら下がっている。
そしてその鐘の真下に、ミユキ人形は伏せていた。
「アウウウウ」
意味不明の喘ぎ声。人形は顔を砕かれ、右半面を失っていた。若菜が鮮血を噴出した場所と一致する。
「こっちにくるんだ……ミユキ……」
咄嗟に優は手を差し伸べた。
ミユキ人形は、最後の力を振り絞って叫んだ。
「近づくな優……罠ッシャーッ!」
「キエエエエ」
奇声とともに、夏穂の右拳が七瀬の後頭部を襲った。が、一瞬早く七瀬は反応、逆にパンチを夏穂にねじ込んだ。
異変に気づいたのは、そのあとだった。
夏穂の体には、下半身がなかった。
「…………!?」
よく見ると、左腕もない。腰があるべき部分からは尻尾のようなものが生えている。いや、背骨だ。骨盤を持たない背骨が露出している。
夏穂は奇声を上げながら、右手に持ったコテを器用に操り、七瀬に殴られた部分の肉を抉り取った。そして、右手でかさかさと床を移動、元居た場所へと戻る――屋根から吊り下げられた鐘の中へ。
自分の見たものが信じられず、七瀬は言葉を失うほどのショックを受けた。だから、どこからともなく這い出てきた夏穂の左腕による一撃から逃げることができなかった。
左腕は、肩から上がなかった。
「陸上競技の事故で見慣れとるからな……」
鐘の中にぶら下がった夏穂の上半身が、七瀬を覗きこんでいた。
「どこの血管を閉じれば出血しないですむか知っとるんや。切断面をグリーン・パウダーの青ノリで包めば細切れになっても自由に動けるし、狭いところに隠れることもできんねや」
「仕留めるのは……おまえからじゃん……杉原……真奈美」
血まみれの顔で、明日香は真奈美をねめつけていた。
「さっきはよくも……不意打ちだったのに……ググ……よくもやってくれたよなああああ……うぶな事を」
十字路の真ん中に、側頭部から血を滴らせつつも背筋を伸ばした格好で、明日香は立っている。アイドルだけに、とりあえず姿勢はよいようだ。
その明日香が、頭に片手を当て、考え込むような格好をした。
「……じゃなくて……野暮な事……鯔な事……は違う……鯖な事……」
アイドルだけに、頭は良くないらしい。
「……味な事、ですか……?」
真奈美は控えめに突っ込んだ。
「知ってんだよォォォォ!」明日香は一拍おいてから叫んだ。「国語の教師か……うう……おめぇはよォッ! 教師みてえな……地味な髪型……しやがって……ッ」
ぷっつう〜ん
時折僕は思うのだ。この調子では、真奈美は脳溢血で死んでしまうのでは無かろうか、と。
今回も例によって、真奈美を制止するヒマなどなかった。
「バード・メイデンッ!!」
トリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリ
通常であれば、ケリは5秒でついているはずだった。
驚くべきことに、明日香はパンチのラッシュで応戦していた。5秒後、真奈美がバード・メイデンを引っ込めたとき、明日香にはほとんどダメージがないように見えた。真奈美の繰り出す鳥のほぼすべてを、明日香は叩き落としていた。
「反動だ……!」床に「ボヨヨン」という書き文字が張り付いているのを認めたとき、僕は思わず呟いていた。「肘で地面を打っている! こいつは地面を弾力あるものにし、その反動を利用してパワーを増幅している! だから早い!」
「アイドル・レジェェェェンドッ!!」
今度は明日香が仕掛けた。あらゆる角度から飛んでくるパンチに、真奈美は防戦を余儀なくされた。前面に広く「バード・メイデン」を展開し、2、3発のパンチをもらいつつも、大きく後退して間合いを広げる。
キレた真奈美が、苦戦を強いられている。これは初めてのことだ。
一方、明日香は不気味な冷静さを保っていた。
「やはり……おまえ……青ノリが生えない……」
両の拳を確かめるようにみつめる。そこには「ドジュウウウウ」という書き文字がはりついている。
「夏穂の『グリーン・パウダー』は生きる者なら絶対殺すのに……なんなんだおまえの体……」
「てめえ――オレの髪型が如月未緒みてえだとォォォ――――ッ!?」
対照的に真奈美はキれっぱなしだった。
「真奈美ッ!」僕は叫んだ。「落ち着くんだ! ここは一旦引いて体勢を立て直すんだ……!」
「落ち着けだとォォ〜〜ッ!? いいやッ! このオレは冷静だねッ! 今のオレの心は波紋一つ立たない水面のように澄み渡っているッ!」
異常なまでに目を血走らせておいて冷静もクソもないと思うのだが、キレた真奈美を止められる人間はこの世にはいない。僕は口を閉じるしかなかった。
再度、真奈美と明日香は向き直った。今の激突を見るに、同じ近距離パワー型スタンドでありながら、パワースピードともにアイドル・レジェンドの方が上回っていることは明白だった。文字によるアドバンテージを封じることができれば、まだしも真奈美にも勝機があるのだろうが。
真奈美は、策も講じず真正面から突っ込んだ。
「バァド・メイデェェ――――ンッ!!」
「アイドル・レジェェェェンドッ!!」
再度の打ち合い。はじめ互角に見えたものの、やがて手数に差が出てきた。明日香が壁を背後にしている分、不利であるように見えた。が、壁にはボヨヨンという文字が張りつけてあった。壁にひじを打ちつけ、反動を得ることによって真奈美より素早いラッシュを繰り出している。右拳で鳥を叩き落しつつ左拳で真奈美を狙う。真奈美がそれをガードした直後には左拳が襲ってくる。真奈美はよく持ちこたえたが、ついにアイドル・レジェンドがガードを突きぬけ、真奈美の鳩尾を捕らえた。
真奈美の体は軽く十メートルほど吹き飛んだ。
「真奈美ィィ――――ッ」
「…………これで……」
意外にも真奈美は穏やかな顔をしていた。痛みを感じない体になっているのだということを改めて痛感する。
「これで……いい……わたしの勝ちです……!」
「なに」
真奈美は自分のスタンドのうち、一羽を指差した。スズメと思われるその鳥は、嘴に何かをくわえたまま、宙を旋回していた。
向こう側では、明日香が口元からすさまじい量の血を垂れ流していた。
スズメがくわえているのは、明日香から引き千切った舌だった。
「声をマイクに吹きこむことで能力を行使するのなら……声を出せないようにすればいいだけのことです……!」
言われてみれば、真奈美は最初から明日香の頭部ばかりを狙っていた。はじめから、明日香の舌を引き千切ることを狙っていたのだ。
なんというエグい……!
口元から流れ落ちる血を、明日香は何度も何度もぬぐった。そして、自分が一体何をされたのかを悟った。声にならない声を、明日香は上げた。それは怒りだったのか、声を失ったことへの悲しみだったのか、それとも……
再びブチ切れた真奈美への恐怖だったのか。
「では改めて……」真奈美は、明日香の前に仁王立ちした。「オレの髪型がッ! 如月未緒み・て・ぇ・だ・とォォ〜〜〜〜ッ!?」
トリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリ
これが、決着だった。
「ホンマに幸せを感じる瞬間ってあるやんか……七瀬優……幸せには二つの場合がある思うねんけどな……」
鐘にぶら下がりながら、夏穂は語りかけた。
「ひとつは、絶望が希望に変わったとき、幸せを感じる。若菜が全弾発射をかましたときはマジでやばい思ったわ……この建物が文化財っちゅうことに気兼ねして派手な攻撃はためらうって踏んどったからな……だが、ウチは切りぬけた。自分の経験と精神力で絶望を逆転したんや。それって幸せって感じるんやって……ホンマに」
どごどごどごどご、とグリーン・パウダーが楽しそうに太鼓を打つ。
不意に七瀬が飛び出した。
「オペレーション・スター……!」
「寄ってくんねやァァ――――ッッ!!」
しかし一瞬早く、物陰から夏穂の下半身が飛び出し、七瀬の胸板を捉えた。オペレーション・スターダストの一撃は、夏穂に届くはるか以前で妨げられる。
「ウチの両足がまだ物陰に隠れとったのを忘れたんかい! そして幸せやと感じる二つ目の状況はッ!」
夏穂は全身を再合体した。再構成されたグリーン・パウダーで、無数の突きを七瀬にかました。
「絶望した奴を見下ろすときやァァ――――ッ!!」
たまらず、七瀬の体は鐘楼の外へとはみ出た。バランスを失い、地上へと落ちていく。真下には、青ノリをばら撒かれた影響で、壊れた屋台が激しく炎上している。そこに落ちれば、一瞬で青ノリにとり殺される。
落ちる寸前、七瀬の腕がミユキ人形を攫いとっていた。それも夏穂にとっては好都合だった。二人まとめてお好み焼き化だ。
「やったッ! 見せェや! 表情を! 希望が尽きて命を終える瞬間の顔をよぉーく見せるんや! 絶望をウチの方に見せながら落ちてきやァァァァッ」
最期の瞬間、夏穂には見えた。七瀬の顔に浮き上がる、発疹のようなブツブツを。
直後、直径二十センチ大の隕石が五十個ほど、鐘楼を襲った。
轟音とともにクラーク館は倒壊した。
七瀬は燃え盛る屋台に落っこちたが、すぐさま地面に転がって火が服に燃え移るのを防いだ。熱い思いはしたものの、青ノリが生えてくる気配はない。
「よし」七瀬は呟いた。「実は私、小太鼓の音も苦手でね……。隕石が落ちる前にミユキ人形を回収できてよかったよかった」
やや遅れて落ちてきた隕石が一個、七瀬を狙って飛んできた。が、隕石がオペレーション・スターダストに触れた瞬間、隕石はドシュンと音を立てて消滅した。
「ところで、『今までに食ったお好み焼きの枚数を覚えとるんか?』とか言っていたけど……私は七六三枚さ。主に広島風だけどね」
倒壊したクラーク館に向かって、七瀬は話しかけていた。当然、返事は返ってこなかった。
スタンド名-グリーン・パウダー
本体−森井夏穂
| 破壊力−C | スピード−C | 射程距離−A |
| 持続力−B | 精密動作性−C | 成長性−B |
能力−見た目は某食い倒れ人形そのまんま。
一定以上の熱を帯びた生物に青ノリを生やすことができる。
青ノリが生えた人間から次々と感染していくため射程距離は広い。