第13話 BLACK HEAVEN BA-BANG BANG
「やったッ! 信じられねえッシャ七瀬ェェェェ」
半死半生の体だったミユキ人形が、七瀬の腕の中で歓喜の声をあげた。
舞い上がる激しい粉塵の中、夏穂の体は半分瓦礫の山の中に埋もれていた。白目を剥き、ぴくりとも動かない。
が、七瀬はオペレーション・スターダストを引っ込めようとしなかった。
「いらない心配かもしれないけど……確か、森井夏穂っていったっけか……ひょっとすると君、死んだふりをしているな……ッ!?」
夏穂の体は、微動だにしない。呼吸をしているのかどうかすら怪しいところだ。
夏穂が何の反応も示さないのを少しも気にせず、七瀬は話し続けた。
「そして君は考えている……私がそこに行くより早く、その辺で燃えている屋台の陰に飛びこめば逃れることができる。青ノリを再発動、勝利は自分の方だ……と。たしかに、正直言って、私はさっきのストーブ攻撃で発生した青ノリに体力を吸われている。それに、今しがた三階の高さから落っこちたから体中が痛い。そこまで素早く近寄れるかどうか怪しい……だが、私のスタンドは『オペレーション・スターダスト』」
オペレーション・スターダストが右手にバズーカを構えた。
「ここからバズーカ砲をねじ込めば、確実に止めを刺すことができる」
「死んでるっシャ! 七瀬!」ミユキ人形が叫んだ。「隕石をいっぱい食らったんだぜ!」
「かもね……」
ミユキ人形の指摘はどこ吹く風、で語り続ける。
「そのままじっとしていれば、戦闘不能にはなってもらうが、命までは取らないと約束しよう。一つの選択だ……どうする? 今からそこに行くよ」
七瀬が一歩踏み出した。
途端、がば、と夏穂は身を起こした。
「近づくんじゃねェッ! そっちを見ぃやァ――ッ! このアホンダラがァああああ――ッ!!」
「ああッ!」
ミユキ人形が悲鳴を上げた。
瓦礫の山から少し離れた場所に、ぐったりとして伏せている若菜の姿があった。倒壊時の衝撃であそこまで投げ飛ばされたようだ。そして、その喉元には、夏穂の左腕が食らいついていた。
「とったでッ! 若菜を人質にッ! このアホンダラが、しゃべってたのは自分のドジや! 自分がべらべらやっとるウチに陰から左腕をぐるっと回りこませたのに気づかんかったよォやなぁぁぁぁ――ッ!」
左腕がひとりでに動き、若菜の喉元に指先を突きたてた。
「これから若菜の喉を掻っ切るッ! ウチを追跡したら若菜を病院に連れてくことはでけへんでェッ! やはりウチの勝利やッ! くらえ……ッ」
その瞬間、遅れて飛んできた隕石が夏穂の脳天を直撃した。
「ごべばッ」
意味不明のうめき声を上げ、夏穂は悶絶した。
「確かに」冷ややかな目で、七瀬は夏穂を見つめた。「しゃべったのは時間が欲しかったからさ。とどめの一発を食らわせる隕石が落ちてくるのを待つ時間が、ね。君が生きていようが死んでいようが、君の止めを確実に刺すためさ……」
「さ……さっき自分……じっとしてればなにもしないゆうた癖に……」
「自分を知ることだね。そんなオイシイ話があると思うのかい? 君のような人間に」
「なんて酷い野郎や……!」
瓦礫の山から体を抜き出して飛びあがり、死に物狂いで夏穂は七瀬に襲いかかった。
だが、七瀬は既にバズーカの照準を合わせていた。轟音とともにバズーカから発射された隕石は、確実に夏穂の頭部を捉え、遥か遠くへと吹き飛ばした。
「……それより気になるのは……坂崎君の方だ……どこへ行ったんだ……?」
くるり、と七瀬は背を向けた。その背後で、着弾とともに大爆発が起きた。
吹き飛んだ明日香を追い、僕と真奈美は外に飛び出た。
大学のキャンパス一面が青ノリの海だった。見た目に凄まじい惨状ではあったが、どうやら被害の拡大は食い止められたようだ。出火しているいくつかの出店も、鎮火の方向に向かいつつある。
運良く青ノリの被害を免れたごく少数の人たちが大騒ぎしている。いずれパトカーや救急車が大挙して押し寄せることになるだろう。夏穂がえらい勢いで青ノリの勢力を広げていたことを考えると、事態の収拾には結構な時間がかかるだろうが。
明日香は、弘風館真向かいの出店のテントやら机やらに巻きこまれる形で伸びていた。バード・メイデンによる攻撃で多大なダメージを食らってはいたが、少なくともまだ生きているようだ。
その姿を視界に捉えた瞬間、真奈美は駆け出した。距離を詰めつつ、バード・メイデンを発現させる。
だが、明日香の方にツキがあったのか――
偶然、ギターを抱いて、帽子をかぶった一人の少女がふらりと現れた。運良く青ノリ化は免れたものの、何が起こっているのか分からずさまよっているようだ。
気づいたときには、明日香はその少女の背後に回りこみ、がっちりと捕まえていた。
真奈美は急停止した。
「……人質の……つもりですか……?」
ふごーっとかうがーっとか、意味を為さない唸り声を明日香は上げた。舌を切り取られているのだ、発音できないのは当然だ。
「これ以上しゃべらないでください……話がかみ合いません」
バード・メイデンの小鳥たちが左右に展開していった。人質を完全に無視し、明日香にとどめを刺すつもりだ。
「やめろよ真奈美! ちょっとは落ち着いて――」
その時、
「不意打ちで仕留めるつもりだったが――仕方がねェなァァ――ッ」
言葉とともに、明日香の体が白く明るく輝いた。
あまりのまぶしさに、僕も真奈美も思わず顔を覆う。この光には見覚えがある――
光が収まると同時に、痙攣を続けていた明日香の体がピタリと動かなくなった。ベタリとその場に崩れ落ちる。
代わりに、子供の恐竜のような姿をしたスタンドが立っていた。
保坂美由紀の命を一瞬で奪った、あのスタンドだ。
「ついに姿を現しましたね――あなたが電気スタンドの使い手!」
真奈美がびし、と人差し指を突きつける。
答える代わりに、少女はぎょいい〜んとギターを鳴らした。
「イエエ〜ス。名前はガブリエル松岡。久しぶりじゃねえか、坂崎」
そう――僕が福岡に住んでいた頃、仲が良かった女の子、松岡千恵が目の前にいた。もっとも、主従関係を「仲が良かった」と表現するのが正しいかどうか、微妙なところではある。
彼女は、中学生でありながら、大陸から渡ってくる麻薬の流れを一手に取り仕切る犯罪組織、インフェルノ福岡支部の幹部だった。たまたま同じ中学校、同じクラスに転校した僕はなぜか彼女に気に入られ、気がついたらボディガードにされていた。彼女が仕掛けた陰謀劇のすったもんだで僕は地元ヤクザに命を狙われる羽目になったが、なんとか逃げ切ったのだった。千恵は、陰謀が組織にばれて処刑されたと聞いていたが――
「処刑される寸前、若菜の矢に刺されてこのスタンド能力に目覚めたのさ。『ブラック・ヘブン・ババン・バン』になァ!」
がいぃぃ〜ん、と景気付けに千恵はギターをかき鳴らした。
「千恵! 弓と矢を使って何をするつもりなんだ!」
僕の問いかけに、千恵は鼻でフフンと笑って見せ――
「なにがしたいってワケじゃねえがなあ。ただ、人とは違う能力を手に入れたんだ、おもしろおかしい人生を送った方が得だよなァーッ。オレは、弓と矢を使って同志を探しているってワケさ」
「そのために――そのために美由紀さんを殺したっていうんですか!」
責めるような真奈美の言葉に、千絵は動じる風もない。
「その通りさ。オレの主張に賛同していただけないようであれば、殺すよ? ……と、おまえが杉原真奈美か」
それから僕の方に向き、
「坂崎、おまえ女の趣味が悪くなったんじゃねえか? またダッセエおさげぶらさげてんなあオイ」
なめきった態度で、千恵は言い切った。そして、スタンドの左手小指を見せつけるように突きつける。
「おまえのバード・メイデンに対してはこの小指一本しか使わん……この小指一本でてめーの腕をふっとばすと予ぎええェェ――ッ!!」
千恵が言い終えるより早く、真奈美はつかつかと歩み寄ると拳を一閃、千恵の小指をポキンと叩き折った。
「てめえ今なんつった! オレの髪型がリスターみてぇだとォォ――ッ!?」
「テメェ! なんてことしやがるんだァァ――ッ!!」
千恵は小指を押さえて絶叫した。指はギタリストの命だ、千恵が血相を変えるのも当然だ。
一方で、指をへし折った真奈美のほうはといえば、泰然自若としたものだった。
「指をへし折るとかいったよなァ〜? ガブリエルの大将?」
「テメェブッ殺す!」
「それはこっちの台詞だドアホ!」
叫んで真奈美は怒りに任せ、バード・メイデンを繰り出した。
数多の小鳥たちは千恵に襲い掛かり、皮膚を食い破り血を啜る――はずだった。ところが。
「…………!?」
いつの間にやら、千恵は真奈美の背後に回りこんでいた。
「なんだと!?」
はじめて真奈美は焦燥の色を見せた。傍から見ていた僕にはすぐわかった。正確には、千恵が真奈美の背中に回りこんだのではない。真奈美が自分から千恵に背中を見せたのだ。
今出川キャンパスは既に無人で、出店がむなしく残っているばかりだった。その出店の一つ一つには、電線が通り、照明用のソケットが配置されている。そのソケットの一つから千恵のスタンドが現れ、真奈美の体の向きを強制的に変えたのだ。
その旨を真奈美に告げると、真奈美は無言で表情を険しくした。
「見ろよ」千恵は無人の出店の列に向けて手を広げた。「電球のソケットも、線を引くドラムもこの周りには山ほどある。どっからオレのスタンドが出てくるかわかんねえだろォ?」
言って、余裕の笑みを浮かべた。
真奈美は黙ってバード・メイデンを展開した。スタンドの小鳥を数羽ずつのグループに分け、ソケット、あるいはドラムのコンセント口のそばにホバリングさせる。
近くのやきそば屋の屋台のソケットから、電球を突き破りブラック・ヘブンが飛び出た。その拳が真奈美の後頭部を狙う。が、拳が届くより早く、待ち構えていたバード・メイデンがすごい勢いでブラック・ヘブンをつつき始めた。
「ブゲェーッ」
千恵の頭部から血が噴出した。あわてて千恵はブラック・ヘブンを引っ込め、反対方向のドラムのコンセント口から出し直した。しかしそこにもバード・メイデンは待ち構えていて、やはりブラック・ヘブンを激しくつつく。
「ゲバァーッ」
またしても千恵は噴血した。
「馬鹿かおまえ? オレのバード・メイデンは群れなんだよ。近くの電気の出入り口を全部ふさぐ事ができるんだよこのアホンダラ!」
真奈美は勝ち誇るように叫んだ。
千恵はとめどなく流れ出る血を両手で押さえ、息も絶え絶えといった様子で立っていた。殴るどころか、ちょっと強い風が吹いただけでも今に倒れそうだった。
「ひょっとして、私たちの出番は無いのかな……」
あらぬ方向からの声。振り向くと、七瀬が若菜の肩を抱え、生け垣のそばに立っていた。若菜もまたやっとのことで立っているように見えるが、しかし意識ははっきりしているようだ。血まみれの顔を力強くもたげ、千絵を睨み、ミユキ人形を動かしている。
「今なら棒でつついただけで倒せそうっシャー」
僕たち四人が全員勢揃いし、前後から千絵を囲む形になっていた。こちらも少々怪我をしているとはいえ、形勢は圧倒的にこちらに有利、あとはとどめを刺すだけという状況だ。
が――
「フフフ……ハハハ」
絶対的な窮地にあって、あろうことか、千絵は笑い出した。一瞬、千絵がトチ狂ったかのように見えた。しかし、両目に宿る光がそれを否定していた。あの輝きは、勝利を確信した人間の輝きだ――
「オレはよぉ……おめえに対してかなりふざけていたような気がするよ……」
ふざけているというよりはただのマヌケという気もするが。まあ、そこは千絵の名誉のために黙っておいてやるべきだろう。
「自分のふざけていた考え反省して改めなくっちゃなぁーッ! 必死になるよぉ〜ッ!」
叫んだ瞬間、ブラック・ヘブンが激しい光を放った。思わず手で視界を塞がざるを得ないまぶしさだった。
「京都中の電力をブラック・ヘブン・ババンバンに集中させるッ! 今までこのパワーを使わなかったのは、これをやるとエネルギー源である京都一帯の電力がしばらくゼロになってしまうからだ……! だがもうかまわんッ! この場に全員が揃ったってことは、後のことを考えずに全員この場でブッ殺せばいいんだからなァ――ッ!」
すさまじい輝きの中心にあって、なるほどブラック・ヘブンは力を蓄え、漲らせているようだった。誰もが思わず後じさりしてしまうような迫力をまき散らしていた。
「先手必勝ッシャーッ!」
気圧されるものか、とミユキ人形が銃を掃射しつつ突撃した。銃弾で敵の動きを止め、急所に銃剣を突き込む、という必殺の戦法だった。
アルティメットウェポンは手のひらで銃弾をはじき返すと、その手でミユキ人形の頭をつかんだ。大きく振りかぶって、七瀬に向かって投げ返す。
飛んできたミユキ人形は剛速球並みの速度で戻ってきた。七瀬はオペレーション・スターダストを出し、すんでの所で防御した。
次の瞬間、ミユキ人形の後を追いダッシュしてきたブラック・ヘブンが手刀を繰り出し、七瀬の胴体を貫いた。
「……な……?」
七瀬の目には、ブラック・ヘブンがほとんど瞬間移動してきたようにしか見えなかったのだろう。何が起きたのか理解できていない表情を見せつつ、なおブラック・ヘブンに反撃を加えようとバスーカを振り下ろした。
ブラック・ヘブンはバズーカの砲身を避けつつ、七瀬の背後に回り若菜ごと蹴り倒した。二人がもつれて倒れたところに、とどめとばかり全体重を乗せた蹴りを打ち込む。
若菜は一瞬体を痙攣させ、そのまま動かなくなった。同時に、ミユキ人形もぺたりと倒れた。スタンド使い本体の意識が消えたのだ。
二人を踏んづけ、上に乗っかったまま、ブラック・ヘブンは僕たちの方に振り向いた。横に千絵がやってきて、右手人差し指を突きつけて言う。
「今使った電気料金はてめーの家のメーターにつけといてやるよ。百万円くらいかな?」
そして、ブラック・ヘブンは再度跳躍した――

スタンド名-ブラック・ヘブン・ババンバン
本体−松岡千絵
| 破壊力−A | スピード−A | 射程距離−A |
| 持続力−E | 精密動作性−D | 成長性−D |
能力−電力をエネルギーとする。
コンセント口から電線に潜り込む込むことができるため、
電線網が張り巡らされている地域では事実上射程距離が無限大である。