第2話 STEPPEN WOLF
僕たちは宿泊している宿の住所と電話番号を交換した。
「そういえば、坂崎さんはどうして京都にいらっしゃったんですか?」
メモを手渡しながら、真奈美は聞いてきた。僕は返答に詰まった。綾崎を訪ねに京都にやってきた、とバラしてしまっていいものだろうか。教えた瞬間に「私以外に好きな女の人がいたんですね……!?」とキレられでもしたらコトである。
僕は曖昧に答えた。
「知り合いに会いに来たんだ」
「そうなんですか……じゃあ、さしあたりこの場はお別れですね」それから何かを思いだしたように目を大きく見開き、「あ、……渡しておきたいものがあるんです」
カバンの中から真奈美は1枚の写真を取りだし、僕に手渡した。ピンぼけした映りの悪い写真だったが、何が写っているか程度のことはわかった。まっすぐ立っているロウソクに似た白い棒は京都タワー。そして、京都タワーとほぼ同じ長さくらいがある、人の顔。見たところ心霊写真以外の何物でもない。
「これは?」
「京都に来る直前に、ちょっと念写をしてみたんです」
「念写」
「ええ、そうしたら京都タワーと一緒にこの人の顔が写ってて……この人を見かけたら気を付けてくださいね。写真を通して邪悪な気配が漂ってくるような気がするんです。差し上げますから、持っていてください」
「……ふーん……って、これを僕に?」心霊写真を押しつけられるなんて冗談ではない。「真奈美はどうするんだい? 写真が手元になかったら、目的の人物にあったとき判別できないかもしれないよ」
「いえ……大丈夫です。私、10枚くらい念写しましたから」
カバンからさらに10枚くらい写真を取り出す。そのことごとくに巨大な顔が写っていた。だがすぐに僕を気遣ってか、
「それとも……ご迷惑ですか……?」
と目に涙を溜めた。
「いやいやいやちっとも迷惑じゃないよウン」すぐさま僕はフォローした。「この写真を君だと思って肌身離さず持っておくことにするよ」
「それはそれで嫌ですけど……じゃあ、またいずれお会いしましょう」
「そうだね。じゃあ」
真奈美は一礼すると、二条城方面に歩いていった。
僕は改めて写真を見た。冷汗がダラダラと流れ出るのを感じた。真奈美言うところの邪悪な気に気圧された、とかいう問題ではない。僕はその巨大な顔に見覚えがあった。
……えみる。
僕がかつて仙台に住んでいた頃、一人の風変わりな女の子に出会った。その名を永倉えみる。自分のことを「えみりゅん」と呼び、常に語尾に「……りゅん」とつけるしゃべり方をする子だった。どういうわけか僕はえみるに魅入られてしまった。あまりに奇妙なしゃべり方をするため、まわりの同級生からつまはじきにされていたのだろう。1人とて知り合いのいない転校生の身ということでひかれあったのか、僕とえみるはすぐに親しい口をきく仲になった。その結果、僕はたったの3日でまわりの同級生達と同意見を持つようになった。
うるさい(東北弁風に言うと「やがます」)。
だがえみるは1度捕まえた友達を手放そうとはしなかった。あまりにうっとおしかったので僕は一計を案じた。
僕たちはよく旧校舎で遊んでいた。えみるに教えられた秘密の遊び場だ。なんでも戦前に建てられた校舎らしいのだが、何故か取り壊されずに物置として使われていた。うち捨てられていた、と言ってもいいかもしれない。入り口には厳重に鍵がかけられていたが、えみるは秘密の入り口を知っていた。「2人だけの秘密だりゅん」とえみるは僕にだけ入り口の存在を教えてくれたのだ。
ある日、2人で散々遊んだあと、旧校舎から出ようとしたとき、僕は「財布落として来ちゃった」と嘘をついた。えみるが「じゃあえみりゅんが拾ってくるりゅ〜ん」と言ってくれるのを見越してのことだ。果たして、えみるは僕の言葉を信じ、1人で後者の奥へ向かっていった。その隙に僕は1人で外に出て、入り口を椅子のバリケードで覆い、逃げた。一晩くらいほっとけば、もう僕につきまとうのもやめるだろう、と思って。
ところが、家に帰ると家族が荷造りをしていた。明日にでも札幌に引っ越す、ということだった。小学生だった僕にはいやもおうもない。僕は仙台を去ることになった。僕とえみるしか知らない旧校舎の中に、えみるを放置したまま。その後彼女がどうなったのか、僕は全く知らない。
春だというのにものすごい汗が流れ出るのを全身で感じた。とてもこんな話は真奈美には聞かせられない。さっき写真を見たとき彼女に気取られなくて良かったなあ、と真剣に思った。彼女の後ろ姿はまだ見え、少しずつ少しずつ小さくなっていく。
奇妙な感覚にとらわれた。何かと思って目を凝らすと、僕の視線の高さに真奈美の腰のあたりがある。目の高さに腰? 自分の手を見る。指がやたらと短く、太くなっていた。まるで子供の指だった。
子供。
カーブミラーに駆け寄った。遙か頭上にある鏡面には子供の姿が映っていた。僕の5才の頃の写真にそっくりだった。つまり。
「僕の体が! 子供になっちまってるりゅん!」
黄色い声で僕は叫んでいた。意図せぬ言葉が口をついて出たのに気づき、その場で硬直する。りゅん!?
「ダ〜リィィィィン」
電信柱の陰から声がした。
僕は振り向いた。
後頭部の2個所で髪を結わえた、高校生くらいの女の子が立っていた。
「おひさしぶりりゅ〜ん」
とっさに僕は逃げだそうとした。だが5才の足ではたかが知れている。えみるに首根っこをつかまれ、軽々と持ち上げられた。
「どうして逃げるのぉ? ひょっとしてぇ、昔えみりゅんを旧校舎に閉じこめたことを思い出したのかなぁ?」
図星。慌てて話題を逸らそうと試みる。
「えみるもスタンド使いになったのかりゅん!?」
何故か語尾にりゅんと付けずにはいられなかった。
「そうなのだぁ☆ えみりゅんの『ステッペン・ウルフ』の影に触った相手はぁ、体がお子様になってぇ、しかもえみりゅん語を話さずにはいられなくなるんだよっ」
えみるの影が不自然な形を取り、うごめいていた。2つの目玉がくっついていて、不気味に僕を見上げている。
僕を目の前にぶら下げて、えみるはぼそぼそと話し出した。
「時々ねぇ、えみりゅんって変な人じゃないかな〜、って自分で思うときもあるんだよ? でも、よく言うでしょ、『自分のことを変な人だと思っている人は変じゃない』って! だからぁ、えみりゅんはえみりゅんのコト変だと思っているからぁ、つまりえみりゅんは変な人じゃあないのでしたぁ! りゅんりゅん☆」
僕は何も言うことができなかった。コメントのしようがない。
しばらくえみるは焦りまくっている僕の顔を眺めて楽しんでいたが、急にその顔に冷気が降りた。
「旧校舎においてかれた恨み、今こそはらすりゅん」
シャツの内側から、斧ならぬラムネの瓶を取り出す。
「ひょっとして、その瓶で殴り殺すつもりりゅん……!?」
「ピンポ〜ン☆ 正解りゅ〜ん」
僕はじたじたと暴れ出した。だが5才のガキの膂力などたかが知れている。えみるが瓶を振り上げるのを見て、僕は覚悟を決めた……
「……坂崎さん!?」
その時、真奈美の声が道路の向こうから轟いた。5才になっていても僕は僕だということを見抜き、赤信号をものともせず駆け寄ってくる。
えみるは不敵な笑みを浮かべて真奈美を指さした。
「行くりゅん! ステッペン・ウルフぅ☆」
影のスタンドが一直線に真奈美に向かって伸びた。真奈美は気づいて飛び退いた。が、ほんのちょっとだけ影に触れてしまっていた。
「ステッペン・ウルフの能力はちょっと触っただけでも発動するりゅ〜ん☆」
その言葉通り、真奈美の身長が縮み始めた。小さく、小さくなっていき、僕が知っていた中学生の時よりも小さくなり、最終的には7才くらいにまでなってしまった。
「こ……これは……!?」
自分の体に何が起きたのか、真奈美は理解できていないようだった。哀れにも動揺し、そしてまたしても目に涙を浮かべる。
えみるは邪悪なほほえみをたたえながら、左手で僕を締め上げ、右手でラムネ瓶を振り振り、近づいていった。
「きゃははははっ! 小さくなった小さくなった☆ 髪もほどけちゃってるしい。こんな髪じゃ三つ編みなんてできないよねぇ」
……あっ。
「……てめぇ」
真奈美の声が低くなった。こめかみの血管の切れる音が聞こえてくるようだった。
「オレの髪のことを今何つった……ッ!?」
「やめろ真奈美!」僕は叫んだ。「ここに僕という人質が……!?」
「バード・メイデンッ!!」
一瞬の後には、無数の鳥がえみるを食らっていた。あまりのスピードにえみるは反応できなかった。先の学生達同様悲鳴を上げながら苦痛のステップを踏んだ後、敷石の上にぱったりと倒れた。
「申し訳ありませんが……どうしてあなたがスタンド使いになったのか……教えていただけませんか……?」
すっかり落ち着いた真奈美は、半死半生の体で電柱に寄りかかっているえみるに質問した。
対してえみるは頬を膨らませた。ぶーたれる、という奴だ。
「どーしてえみるがあんたなんかにそんなこと教えなきゃ……教えるりゅんりゅん☆」
急に態度が変わったのは、真奈美が1羽だけだがバード・メイデンをちらつかせたからだった。
「どーせあの方があんたなんかケチョンケチョンにやっつけてくれちゃうんだからぁ」
「あの方ですって」
「えみりゅんはねえ」とえみるは語りはじめた。
えみるはこの7年間、例の旧校舎の中に閉じこめられたままでいた(脱出することもかなわず、いくら叫んでも誰も気づかず、どうしようもないので旧校舎で決死のサバイバルを行ったそうだが、それは別の話)。ところが今年の春、すなわちつい最近、奇妙なことが起こった。外に出られることを夢見て暗闇の中でぼーっとしていた、ある日。
目の前に女が立っていた。
一体いつの間に目の前に!? とまず思い、次にどうやって入ってきた!? と思ったそうだ。暗闇の中だったので顔ははっきりと見えないが、ブレザーの制服、どこかの高校の制服を着た女の子だと見て取れた。
次の瞬間、女の手には弓と矢があった。女はいきなり弓矢を引き絞ると、えみるに向け放った。矢はえみるの口から入って喉の奥を貫いた。激痛が走った。が、致命的な一撃であるに関わらず、死への恐怖がわき上がってこなかった。むしろ、刺さった矢を引っこ抜こうとするくらいに元気だった。
「まあ。生きてましたわね」女は初めて口を開いた。「おめでとうございます。スタンドは無意識の才能……あなたはスタンド能力を会得なされたのですわ」
女は矢を思い切り引っこ抜く。えみるの全身に電流に似たものが駆けめぐった。その瞬間、スタンド能力を身につけたのだ。
「そうそう、京都にきてみませんこと? あそこはいい街ですわよ」
女はそういい残すと、去っていった。えみるは身につけたスタンド能力を駆使して旧校舎を7年ぶりに脱出、まっすぐこの京都にやってきた、というわけである。
「ま、その女の子が何をやるつもりかは知らないけどぉ、とりあえず楽しそうだから来てみたりゅん。こぉして、ダーリンとも会えたんだしぃ」
えみるはまたも凶悪な笑みを投げかけた。
真奈美も僕に涙で潤んだ瞳を向けた(えみるのサバイバル譚にすっかり同情してしまったらしい)。
「この方を旧校舎に放置したって……本当なんですか……」
ヤバい、と思ったものの、僕は極力平静なふりをした。
「嘘に決まってるよ。君は語尾に『りゅん』とか『☆』とかつけるようなバカの言葉を信じるのかい」
「……さすがにそんな言い方はないんじゃないですか」
「ふーんだ」えみるはそっぽを向いた。「いいもーん。あなたみたいな面白おさげ女に同情されても嬉しくないりゅ〜ん」
…………
ぷっつ〜ん(血管の切れる擬音)。
「テメェ……」と真奈美。「オレの髪型が保科智子みてぇだとぉぉぉぉッ!?」
トリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリ
哀れ永倉えみるは鳥のエサとなった。合掌。
スタンド名−ステッペン・ウルフ
本体−永倉えみる
| 破壊力−D | スピード−C | 射程距離−C |
| 持続力−A | 精密動作性−C | 成長性−A |
能力−えみるの影のスタンドに触れた相手を幼児化する。
幼児化されたものはえみる語をしゃべらされるようになる。