3話 EYES WIDE SHUT


「立派なお屋敷ばかりですね……」
 真奈美が感想を漏らした。僕も全く同感だった。
 僕たちは2人で、京都のいわゆるお屋敷街を歩いていた。「昔京都に住んでいた頃の知り合いがいるんだ。京都のことは京都人に聞くのが一番だよ」と真奈美を説得し、綾崎若菜の自宅を探すのにつきあってもらっているのだ。知り合いの女の子同士を引き合わせる事に身の危険を感じずにはいられないのだが、どうもそんなことを言っていられる状況では無さそうだ。真奈美はなにかとんでもないものを相手にしようとしている。とあれば、些かなりと助力になってあげるのが僕の役割だ。実際のところ、「真奈美1人で頑張ってね。じゃ」と手を切るにはもう深く彼女に関わりすぎた。
 彼女の機嫌を損ねようものなら一瞬後には鳥のエサ。
 3人の学生が、えみるが、無数の鳥に肉を裂かれ血を吹き出す光景を思い出し、僕は身を震わせた。
「えっと……ここじゃないんですか……坂崎さん……?」
 というわけで、真奈美が袖を引っ張っているのに、僕はしばらく気づかなかった。真奈美はおずおずと人差し指を伸ばし、その屋敷の門の表札を示していた。そこにはたしかに「綾崎」とある。
 見上げると、大きな蔵がそびえているのが目に入った。そうそう、こんなお蔵があったっけ、と僕は懐かしさを感じた。よく若菜と一緒にこっそり忍び込んで遊んだものだ。厳格な祖父の目をかいくぐりつつ。若菜との最後の思い出もこの蔵の中だ。面白半分で若菜を蔵の最奥部にあった長持の中に押し込み、鍵をかけ、1人で逃げ出したんだ。ところが家に帰ると例によって例のごとく父親が「明日すぐに名古屋に引っ越すぞ」と言い出して……
 …………
 ……また……嫌なことを思い出した……
「……どうかしたんですか?」
 気がつくと、真奈美が心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。
「……いや、昔の思い出に浸っていたのさ」僕はごまかした。「どうかしたの」
「あの……蔵の2階の窓に人影が見えたと思って……」
「えっ?」
 すぐさま僕も窓に視線を投げた。が、その時には人影は見えなかった。
「……本当にいたの?」
「……ひっく……」真奈美がぐずりだした。「さっき本当にそこにいたんです……信じてください……!」
「いやもちろん真奈美が嘘をついただなんてこれっぽっちも思っちゃいないさウン」僕は早口でまくし立てた。「今この家に誰かがいるって事だね。入ってみようか」
 とは言ってみたものの、これだけ巨大な屋敷だと、その迫力に足を踏み入れることすらためらわれる。鉄柵の門が開いていたので、僕はそこから首を突っ込んで中を窺った。芝の生えた広い庭はよく手入れされているのは、遠い昔に建てられたこの家が今もなお栄華を誇っていることの証明だった。そして……
 門柱の影に人の足が見えた。
「あっ」と叫んだ瞬間にはもう遅かった。その足が飛んできて、鉄柵を蹴った。
「グゲェェ!」
 首が門に挟まって、僕は情けない悲鳴を上げた。
「……どうしたんです!?」
 真奈美の声が後方で聞こえた。が、とてもそっちに首をねじることはできそうにない。僕にできるのは、門を押し込み僕の首を締め上げている足の持ち主を見るべく目を動かすことくらいだった。
 すると、そいつと目があった。
「……勝手に人の家のぞいてんじゃねぇぞオラ!」
 そいつはセミロングの髪を髪留めで後ろに流し、メガネをかけていた。メガネっ娘の典型と言うべき容姿で、その口調と裏腹だった。
 その姿にも見覚えがあった……
「美由紀!?」
 美由紀。昔金沢に住んでいた頃仲の良かった女の子、保坂美由紀だ!
「なんでキミが綾崎の家にいるんだ!?」
 至極当然の質問をしたつもりだったが、喉を圧迫されているので、ごぼごぼという奇怪な音が漏れ出るばかりである。
「やめてください……! なにをするんですか!?」
 真奈美が叫んだ。
 美由紀はメガネをずり上げ、門の外に立つ女の子の姿を見た。
「人にものを頼むときの礼儀を知らねえようだなあ?」
 口調がまるでチンピラである。メガネ越しに美由紀が叫ぶと、真奈美はびくっと震え上がった。潤んだ瞳が光を反射して輝いた。
 ひゅん。
 風を切る音が聞こえた。
 次の瞬間、僕の首に矢が刺さっていた。
「!?」
 その場にいた全員(美由紀でさえも)が驚いて、それが放たれた場所を見上げた。
 蔵の2階の窓、さっき真奈美が人影を見た場所で、誰かが弓を構えていた。
 残念ながらそいつの顔はお蔵の暗がりの中にあって見えない。しかし、奴こそがえみるにスタンド能力を与えた奴だ、と僕は直感した。間違いない。そいつが綾崎邸のお蔵にいるということは……奴は若菜なのか……!? そういえば若菜は弓道やってたっけ……。
「姉御……?」
 美由紀が2階の人影に問いかける。
「お気をつけなさい。そいつは永倉えみるを倒した杉原真奈美でしてよ」
 2階の人物は透き通った声を発した。若菜の声のような、そうでないような……。死にかけている僕に、そこまで聞き分ける余力はなかった。
「ほへ〜っ、こいつが杉原真奈美……?」
 少し興味がわいたのか、美由紀は奇異の目で真奈美を見た。
 真奈美が叫んだ。
「……バード・メイデン!」
 同時に1羽の鳥が美由紀を襲った。
 不意を打たれ、美由紀はそれをまともに食らった。嘴が眉間に突き刺さり、赤い血が吹き出た。
「どいてください! 次は本気でやりますよッ」
 持ち合わせている勇気全てを振り絞っているのだろう、真奈美の声も体も震えている。
「ほおお。なかなか素早いじゃん……」
 だが、美由紀は流血しながらも余裕綽々だった。
「美由紀さん……!」
 2階から叱咤の声が飛ぶ。
「スタンドを操作するのは車やバイクを運転するのと同じなのです。能力と根性のないウスラボケはどんなモンスターマシンに乗ってもビビってしまってみみっちい運転をしますよね……!」
 美由紀は少し考えてから、その言わんとするところを理解した。
「姉御、あまりムカつくこと言わないでくださいよ。この野郎予想外のスピードだったもんでよ」
「お遊びじゃないんですよ! あなたが身につけたその『アイズ・ワイド・シャット』はこの私が思いだしただけでゾッとするスタンド……真面目に操作なさい! 永倉えみるを倒したその杉原真奈美は必ずブッ殺すのです! いいですね!?」
「わかっ……」
 美由紀が振り向こうとしたその瞬間を狙って真奈美は再びバード・メイデンを仕掛けた。意外と真奈美も卑劣だなあ、と僕は意識が遠のくのを感じつつも思った。
 鳥はさっきと同じ個所を突くように見えた。
 寸前、美由紀が眼鏡を外した。
 その瞳からビームが発射され、鳥の胴体を貫いた。
 スタンドへのダメージはすなわち本体へのダメージ。自分が胴体にビームを食らったような感覚を味わったのだろう、真奈美はがくっと片膝をついた。
「あなたのスタンド……そのメガネなんですね……!?」
 問いかけは苦しげだった。
 メガネをかけ直しながら美由紀は答えた。
「その通りだ……杉原真奈美! 正確にはこのメガネは制御装置なんだがな……おめぇX−MENって知ってるかぁ」
 美由紀がまた眼鏡を外した。
 真奈美はとっさにしゃがんだ。ビームは真奈美の背後、綾崎家の門柱を見事に砕いた。頭に食らったら、スイカ割りのスイカのごとく粉砕されてしまうだろう。
 真奈美は思わず後ずさりしていた。
「後ずさりして間合いをとってんじゃねーよタコ」
 一方美由紀はメガネを戻しながら前進して間合いを詰めようとする。
 ふと真奈美は気づいた。
「ちょっとタンマ。メガネ外したままにしてくれませんか」
 言って真奈美は、美由紀の真正面に指を1本立てた。
「何本に見えますか」
「2本」と美由紀は答えた。
「今度は何本に見えますか」真奈美は3本の指を立てていった。
「2本」と美由紀。
「今度は何本に見えますか」真奈美は指を1本も立てずにいった。
「2本」と美由紀。
「今度は何本に見えますか」真奈美は2本の指を立てていった。
「2本」と美由紀。
 真奈美はその2本の指で美由紀の目を突いた。
「痛ァ!」
 美由紀は目を押さえて悲鳴を上げた。
「あなた……」真奈美は驚きの表情を見せた。「ものすごいド近眼なんですね……!」
「その通りだ……杉原真奈美!」美由紀も涙目になりながら、何故か自慢げに言った。「眼鏡を外すと何も見えなくなるから、いちいちメガネをかけて標的を確かめないと、ビームがどこいっちまうのかわからねぇのよ〜!」
 再びビームを放つ美由紀。だが、半ばやけっぱちに撃っているとわかれば怖いものではない。真奈美はビームをしゃがんでかわしてからバード・メイデンを発射、2羽の鳥で美由紀の目を思い切りつついた。あまりの痛みに美由紀が悶絶している隙に、真奈美は砕けた門柱の破片のうち最も巨大なものを持ち上げ、美由紀の頭を殴った。
「えい」
 ごす。
 美由紀は気絶した。
「目からビームを出すとは……恐ろしいスタンドです……」どちゃ、と真奈美は破片を放りだした。「この人がメガネっ娘でなかったら負けてました……」


スタンド名−アイズ・ワイド・シャット
本体−保坂美由紀

破壊力−A スピード−A 射程距離−C
持続力−E 精密動作性−D 成長性−E

能力−正確にはメガネと眼球がスタンドである。
メガネをを外すと目からビームが飛び出る。
ガード不能だが相手にしゃがまれると当たらない。

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