第4話 BLACK GION SABATH
ずるり。
ずるずるずる。
僕は体ごとお蔵の中に引きずり込まれていた。多量失血のため息も絶え絶え、抵抗するだけの力は残っていなかった。しかし、だからこそ、弓矢の持ち主の顔を確かめることができた。
……やはり。
「……わか……な……?」
暗がりに慣れた僕の目に映ったのは、美しく成長し、両目に邪悪な炎を燃やす17才の女の子の姿だった。若菜は僕の喉に刺さった矢を引き抜こうと手を伸ばした。それを制止することもかなわず、僕は「そんなひどいことはやめて〜」と目で訴えることしかできなかった。
「……この矢は」それに若菜はめざとく反応した。「大切な物で1本しかありません。わたくしの大切な目的です……回収しないと」
「矢を抜かないでください! 出血が激しくなります……!」
蔵の扉から差し込む光がかげったかと思うと、真奈美が立ち塞がっていた。
若菜は右手で矢を握った。
「……美由紀さんが」首をねじって真奈美を見つめる。「……マヌケだからあなたをこのわたくしがバラさねばならなくなりました……となると、この方の体をこのままにしておいてこの矢になにかあったらまずいでしょう? 近所のオバサンに見られるとか、もしかして折れたりしたら大変です……。几帳面な性格なもので、あなたをバラす前にちゃんと矢を抜いてキチッとしまっておきたいんです。……あなた、図書館の本を読み終わったら、キチッと図書館に返却してから次の本を借りるでしょう? 誰だってそうします。わたくしもそうします」
そして、容赦なく矢を引っこ抜いた。
同時に真奈美は床を蹴った。
「バード・メイデ……!」
「姉御! オレはまだ負けちゃいねえ!」
さらに声が重なった。
「そいつへの攻撃は待ってくれ! オレと真奈美との勝負はまだ……!」
真奈美の背後に、気絶していたはずの美由紀が姿を現した。
攻撃、という単語に反応したのか、真奈美は突然真横に飛んで身を床に投げた。
何かが風を切って走った。
ビスビスビス、と音がした。
蔵の中に突っ込みかけていた美由紀がぴたりと止まった。
赤い模様が生まれた。
顔に無数の小さな穴が開いているのだった。
プシューとすべての穴から血を噴き出させながら、美由紀は仰向けに倒れた。
「美由紀ィ〜〜ッ」
若菜は顔色一つ変えず、ただ不満を漏らすのみだった。
「どこまでもバカなメガネっ娘ですわね……。あなたがしゃしゃりでてこなければ、わたくしの『ブラック・ギオン・サバス』は完璧に真奈美に襲いかかりました。しかも攻撃の軌道上にあなたが入ってくるとは……アナタのようなメガネっ娘は早いとこそうなるのがふさわしかったようですわね!」
恐怖の面もちで、真奈美は倒れた美由紀の顔を見た。
「どんな攻撃をすれば……こんな傷がつくの……!?」
蔵の奥からきりきりきりきりと音がした。
小人らしき影が現れた。その正体はからくり仕掛けがほどこされ、自走可能な日本人形だった。唯一、小さくかわいらしい両手にM16カービンライフルを抱いているというのが猛烈な違和感を醸し出していたが。そいつらはドリフのコントのごとく次から次から出てきて、北朝鮮のマスゲームみたいな幾何学模様を作るように整列していった。
「……あなたをこの蔵から決して出しませんよ……」
「これが……あなたのスタンド……!?」
真奈美はたらりと汗を流した。
若菜は不敵な笑みを見せた。
「わたくしのスタンド『暗黒祇園祭』はいかなる観光客をも生きて返しません! 全隊〜〜〜〜ッ! 止まれッ!」
歯車の音が一斉に止んだ。同じ顔をした人形がウン十体も並んでいる光景はものすごく不気味だった。
「狙えぇ〜〜〜〜筒!」
がしゃ、と全ての日本人形が銃口を真奈美に合わせた。
真奈美は音もなくバード・メイデンを発現させた。
「撃てぇぇぇぇ〜〜〜〜ッ!!」
無数の鳥達を真奈美は防御陣形に展開させた。
そこへ若菜が大きく身を乗り出した。
「と見せかけて山鉾アターックッ!!」
横手からミニチュア山鉾(祇園祭に出てくる山車)が突撃してきて真奈美の足下をすくった。完全に不意を打たれて真奈美はこてんと倒れて尻餅をついた。よく見てみたら、周辺の暗がりにミニチュア山鉾が隠れているではないか。油断無く真奈美に狙いを付けていたようだ。
「うわ……なんて卑劣な!?」思わず真奈美は口走った。
「勝てばよいのです!」若菜は断言した。「日本人形60体に山戦車7台鉾戦車4台! その体勢でブラック・ギオン・サバスの一斉掃射を受けて無事でいられますかッ!?」
それに和するように、全ての日本人形がチャッキー人形のように首をぐるぐると回転させはじめ、そして唱和した。
『てめぇのオモシロ三つ編み噛み切ってやるぜメェェェェェェェェン!!』
…………
…………
ぶつん。
「一斉掃射〜〜ッ!!」
全ての銃弾と山鉾ミサイルとが真奈美に向かって一直線に飛んだ。
それらは全て真奈美がいた場所の一点に収束、爆発を起こした。
数瞬早く、真奈美は座った体勢のまま大きくジャンプしていた。
放物線を描きつつ天井スレスレを飛んで着地する。
着地地点は若菜の背後だった。
「テメェ……っ」もちろん、真奈美はブチ切れていた。「オレの髪型がウキエさんみてぇだとォォォォッ!?」
トリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリ
どうも、キレた真奈美には誰も勝てないらしかった。
全く予想外なことだったが、矢を抜かれたあとを触ってみたら、傷が無くなっていた。血を拭ってから真奈美に見てもらったところ「きれいさっぱり、つるつるです」とのこと。どうも僕もスタンド使いになってしまったらしい。スタンド能力を身につけることが幸福なのか不幸なのかは微妙なところだが、少なくとも病院に行く必要はないようだ。とりあえずは弓矢をへし折っておこうと思ったのだが、血塗れになって倒れている若菜が、何故か矢を持っていない。
「矢……持ってないですね……」
「蔵の奥の方に閉まったのかな。あんなスタンドだったら、1体だけ別行動させて物を運ばせることくらいはできるかもしれない」
そこで、2人で蔵の内部を捜索することにした。そして、最上階で発見してしまったのである。壁に掛けられた弓矢と、謎のクリーチャーを。
肌の色は緑色、毛は生えておらず、気持ちの悪い肉の塊という体である。一応四肢は生えている。首輪をはめられ、鎖でつながれてはいるが、犬にしては太りすぎだ。見たこともない醜悪な生き物で、僕は嫌悪感を隠さずにはいられなかった。真奈美はというと今にも失神しそうである。
「ついに見ましたね……見てはならないものを……」
そこへ、足を引きずるようにして若菜が追いついてきた。壁の弓と矢を取り、僕たちから守るように両手にかき抱く。
「そこにいるのは……私のおじいさまです……」
「おじいさま!? こいつがキミのおじいさま!?」
記憶が過去へ飛ぶ。頑固で厳格な老人の姿を僕は思いだした。若菜と遊ぶときは、常にこの人の目をかいくぐっていたものだ。2人でいるのを見つかった日には雷が落ちるのが確実だったからだ。小学生の男子と女子が一緒に遊ぶことすら、あの人には異性不純交遊に見えているらしかった。どうにかしてあのクソジジイを鴨川にブチこみてぇなあと子供心に思うほどに、あの頃は憎く思っていたが、このような姿を見せられては……
「その……おじいさまを……治すスタンド使いを捜していたんですか……?」
真奈美がおそるおそる聞いた。
若菜は自嘲するように唇を歪めた。
「逆です……おじいさまを殺してくれるスタンド使いを捜しているんです! おじいさまは絶対死なないんです……頭を潰しても! 体を粉微塵にしても! 手足を削り取ってもッ! なぜなら……おじいさまはこの弓矢で自分を傷つけた結果ジョーカーウィルスを引き当ててしまったんですから……!」
僕は何も言えなかった。「そんなネタ、ワイルド・カード読んでいなきゃわかんないじゃん」と突っ込みたいのは山々だったが、今の若菜の前ではとてもそんなことは言えなかった。
「姉御……こんな事はもうやめようぜ……」
ふらりと美由紀が入ってきた。顔にそばかすのような穴がぽこぽこ開いていたが、しかし元気そうである。若菜が持つ弓に手をかけ、取り上げようとする。
「肉体は治んなくとも、記憶と心は昔通りに戻るかも……」
「何をつかんでいるんです」若菜はかたくなだった。「私は何があろうと後戻りすることはできないんです。スタンド能力のある方をみつけるため、この弓と矢で京都の人間を何人も殺してしまっているんですから……それに私はあなたをもう妹とは思っていません! 妹ではないからあなたを躊躇無く殺せるんですよッ」
「そもそも姉妹じゃないじゃん」僕はつっこんだ。
「なんで美由紀がここにいるの?」
しばらく前から抱いていた疑問をぶつけてみる。すると美由紀はその瞳に憂いをたたえ、
「実は……あなたが引っ越したすぐあとに呉服問屋が焼けちゃって……いろいろあって今は綾崎家の養子なんです」
と普通の女の子らしい口調で言った。
そういえば。僕が金沢にいて、彼女と仲良く遊んでいたあの頃、美由紀は常々言っていたものだ、「和服なんて大嫌い」と。でも彼女は呉服問屋の娘、跡を継がねばならないという運命が待っている。なんとかして美由紀を助けてあげたいと思ったものだが、そんなこんなのうちに、父の都合で金沢を去ることになった。しかし、1人で悩みを抱える美由紀を放りだして、はいサヨナラというわけにはいかなかった。お別れの挨拶代わり、ということで、僕はある作戦を実行した。
簡潔に言うと、美由紀の呉服問屋に放火したのだ。
…………
過去のごたごたで美由紀はすさんでしまったのか……
あの頃……僕は若かった……
「すいませんが……まだ身内がいるんですか……?」
急に真奈美がはっとした顔になった。
「どうしたの?」
「いえ……あそこに人影が見えた気がして……」
と、若菜が僕たちを見下ろすときに使っていた窓を指さす。
「ここは3階だよ? あっち側からのぞき込めるはずが無いじゃないか」
「……ひっく……」真奈美がぐずりだした。「さっき本当にそこにいたんです……信じてください……!」
「いやもちろん真奈美が嘘をついただなんてこれっぽっちも思っちゃいないさウン」僕は早口でまくし立てた。
若菜がくるりと振り向きその窓に注意を向けた。
それを好機とばかり、美由紀が弓と矢を取り上げた。
「…………あっ」
その直後。
美由紀の腹から手が突き出ていた。
すぐそばのコンセントから電気の火花が漏れ、その火花が小さい恐竜のような羽根の抜けた鳥のような姿を形取っていた。そいつの腕が美由紀を背中から貫いていた。
「この弓と矢はオレがいただくぜ……!」とそのスタンドがしゃべった。「利用させてもらうよ、綾崎若菜! あんたにこの矢で貫かれてスタンドの才能を引き出されたこのオレがな!」
美由紀はじたじたともがいたが、はやにえにされたカエルのように無力だった。なにしろ、彼女のアイズ・ワイド・シャットは前方にしか発射できない。背後にとりつかれてしまっては、もはやどうしようもない。
「たすけ……てっ」
美由紀が手をさしのべた。
僕と真奈美と若菜は反射的に1歩退いた。道連れにされ引き込まれるのを恐れて。
それを見て、光り輝くスタンドはククッと喉を鳴らした。
「綾崎若菜……スタンドは精神力と言ったよな? 俺は成長したんだよ! ……おおっとライブの時間に遅れちまう! バァーイ!」
光輝がさらに増したかと思うと、美由紀の体、弓と矢がスタンドと同じ色になっていった。スタンドの能力で体が電気と同化しているのだ。美由紀と弓と矢はあっという間にコンセントの中に引きずり込まれていった。
「美由紀ーッ!」
叫ぶ若菜に僕は問いかける。
「今のスタンドは一体!?」
「申し訳ありません……たくさんの人間をスタンド使いにしてしまったんで、誰がどういうスタンドを持っているのかいちいち覚えていないんです!」
僕は窓に駆け寄り、外の様子を確かめた。
「ということは、真奈美が見た人影ってのが今のスタンドの本体か……!?」
「坂崎さん……あれを……」
真奈美が苦しげに声を絞り出した。指さす先、電線の上に美由紀の体がのっかっていた。体は黒く焦げ、全身から煙が立ち上っていた。
もはや手遅れのようだった。
「美由紀は……ああなって当然の人でした……」
若菜は肩を震わせていた。
僕はそんな彼女の肩にそっと手をかけた。
「……メガネっ娘だから?」
「メガネっ娘はいじめられるのが宿命ですから……」
さもありなん。
綾崎祖父の問題は簡単に片が付いた。真奈美がバード・メイデンを発現、祖父の体に群がらせた。
5分後には首輪しか残っていなかった。
「……殺すくらいなら……小鳥さんのエサにした方がマシです……」
と真奈美はコメントした。
スタンド名−ブラック・ギオン・サバス
本体−綾崎若菜
| 破壊力−A | スピード−C | 射程距離−D |
| 持続力−D | 精密動作性−A | 成長性−D |
能力−60体の日本人形歩兵と7台の山戦車4台の鉾戦車からなるスタンド。
射程距離内に入ったものを射殺する。