第5話 OPERATION STARDUST
結局のところ、僕と真奈美は京都に引っ越し、綾崎の家に居候することとなった。綾崎がそう提言してくれたのだ。弓と矢を見つけだして破壊し、スタンド使いをこれ以上増やさないようにする、という僕らに降りかかってきた義務を遂行するには、やはり京都にいた方が楽である。そして僕には、今住んでいる東京という都市に思い入れはなかった。1人で生きていけるだけの年齢になって、各地を転々とする父のもとを離れたとき、たまたま東京という土地が利便性が高そうに見えた、というだけのことだ。住む場所なんて、別に京都でも札幌でも広島でもかまいはしない。それに、引っ越しは慣れている。かくして、学生の街京都に学生が新たに2人増えたのだった。若菜の通う学校は女子校なので、さすがに机を並べるというわけにはいかなかったが。
真奈美は、大都市にしては比較的自然の残っている京都で生活できることを歓迎しているようだった。時折体の不調を訴えることもあったが、深刻な事態にまで至る兆しはこれっぽっちも見えなかった。仮に真奈美が体調を崩したとしても、京都には京大病院をはじめとして十分な医療機関がある。その点においては安心でき、その安心が真奈美の体に好影響を与えているように思えた。時折、町中で高松では考えられないほどの人混みに出くわし、キレかけることはあったが、真奈美の健康状態はかなり良好といえた。
むしろ問題は若菜の方にあった。若菜はスタンドの一部、日本人形の1体を常に出しっぱなしにするようになった。美由紀の遺品のメガネをかけさせ、「ミユキ」と名付けた。そして時折語りかけるのである。あたかも胸に抱くその人形が本物の美由紀であるかのように。
「ミユキさん、今すれ違った殿方をどう思われます?」
「髪を3ヶ月に1回しか洗わねえ不潔なクソオタクだぜキシャーッ」
ミユキ人形は口元をきこきこ動かしてそう叫び、首をぐるぐると回し続けるのだった。なんだかんだと言いながら美由紀の死は若菜にかなりこたえたようだ。腹話術を使って精神的健康を保とうとしているのか、精神的健康が壊れたからこうなったのか、あるいは精神に負担がかかったために死者の口寄せをするという新たなスタンド能力が開花したのか、判別しがたいところである。端から見ていると不気味なことこの上なく、然るべき場所に相談すべきかとも思ったのだが、通常の生活には支障がない程度なので、なかなかきっかけがつかめないでいる。若菜もほっとけない、というのが京都に居残ることを決めた理由の1つである。
僕は――スタンド能力を身につけたこの僕はというと、いまだに己の能力を把握し得ないでいた。スタンドとは個人の精神力が形になって現れでるもの。けれども、どう気張ってみたところでそれらしいものは全く姿を現さない。それでも僕がスタンド使いになったのは確かなようで、1人で歩いているときに突然真奈美や若菜と出くわすことが多くなった。成年コミックを物色しているときふと顔を上げたらすぐ向こう側にいた若菜と目があったとか、レンタルビデオ屋のアダルトコーナーを出る瞬間を真奈美に見られるとか。スタンド使い同士は引かれ合うという。少なくとも、スタンド使い同士が感応し合う電波を僕も出しているらしい、と考えざるを得ないので、僕は自身のうちに潜む正体不明のスタンドに「サムホェア・ファー・ビヨンド」と名付けた。
ともあれ、僕たちの生活はおおむね平和だった。弓矢を持つスタンド使い、無用の殺人を犯す脅威がどこかに潜んでいる、という緊張感も、毎日の生活が平凡であれば、少しずつとはいえ埋没していかざるをえない。あれ以来、春を過ぎ、夏を過ぎても、美由紀を死に追いやった電気スタンドも姿を現さない。これっきり騒動は終わってしまったんだ、と僕は信じたかった。けれども、美由紀の死のみで幕が閉じられるはずはない。第1幕が降りただけである。この幕間に、何者かが第2幕の準備をしているということは疑いの余地がなかった。
ただ、その間何もなかったかというとそうでもなく、1つだけ特筆すべきことがある。ある夏の日、僕は七瀬優との再会を果たした。
若菜は健康維持のため早朝に散歩する習慣があった。早朝の人のいないところを見計らって、弓矢で人を射ていたらしい。たとえ早朝でも弓矢を持って出歩いたら、いやむしろ早朝だからこそ目立つのではないかと思うのだが……。弓矢を失った今でも散歩は続けており、僕もそれにつきあった。若菜自身は「おつらいとか、朝起きるのがおっくうだというのなら、無理なさることはありません」と笑いながら言ってくれたのだが、その直後ミユキ人形に「ついてこねぇと夜中にこっそりテメーのタマ◯ン噛み切ってやるぜメェェェェン」などと言われては、選択の余地はない。真奈美も散歩につきあうといったので(彼女は「健康」という単語に弱いらしい)、僕たちは3人で毎朝結構な距離を歩くようになった。
散歩のコースの途中に京都御苑がある。さるやんごとなきお方のまします場所なだけに無用にだだっ広く、北から南に抜けるだけで結構な距離になる。その途中で、七瀬に出くわしたのである。
はじめはホームレスのオッサンが寝ているのかと思った。しかし、御苑のど真ん中で夜空をふり仰ぎつつ、砂利を背にして一晩寝て過ごすようなホームレスなんているはずがない。僕が一歩踏みだそうとすると、真奈美が僕の腕をつかんだ。
「待ってください……砂利がおかしくありませんか……!?」
言われて、僕は踏み下ろしかけていた右足を引っ込めた。寝転がる人物を中心にして、砂利が何重もの同心円を描いていた。寝転がる人物から5メートルくらい離れている僕たちの足下まで、それは広がっている。
「まあ」若菜が右手に頬を当てて驚く仕草をした。「これはいわゆるミステリーサークルというものではないでしょうか?」
「京都市中には田んぼがねぇから砂利で代用ってわけかキシャー」
ミユキ人形が首を回転させる。寝転がる人物はどうやって真ん中まで行ったのだろう、と僕は疑問を抱いた。サークルを1周してみたものの、同心円模様はどこまでもきれいで、誰かが踏み入った様子はない。とすれば、このサークルの製作方法はただ1つ。真ん中にいるあの人物が外側から円を描き始め、段々環を狭めていった、としか考えられない。でも、一体なんのために?
ひどく興味をそそられ、僕は環の中に侵入した。恐る恐る後ろから真奈美と若菜もついてきた。そして円の中心に至ったとき、僕はその人物の正体を知った。
僕たちの気配に気づいてか、七瀬は薄目を開けていたが、しばらく身を横たえたままでいた。僕たちが立ちつくしていると、やがて七瀬はむくりと上半身を起こし、ちょっと僕らの顔を不思議そうに眺めてから、
「……ここは地球かな?」
と言った。
一拍間をおいてから、真奈美と若菜は大爆笑した。
「こ、こんなくだらねーギャグのためにミステリーサークル作ったのかよおめーはッ! くだらなさもここまでくると感服するぜメェェェェン」
と笑いすぎて喋ることもできない若菜を代弁してミユキ人形がいう。
だが、僕は、これがギャグでもなんでもないことを知っていた。
「七瀬、どうして君がこんなところに?」
僕は尋ねた。七瀬は僕の顔を見、それから僕が何者であるか気づいたようだった。
「やあ、キミか。ここに来ればキミに会えるような気がしていたんだ」
特に再会を喜ぶでもなく淡々と語るその口調は、昔と少しも変わっていなかった。僕は中1の夏休みの1ヶ月の間だけ、広島に住んでいたことがある。そこで偶然七瀬に出会ってしまったのだ。家の近所の高台で初めて会った時、彼女は夜空を見ていた。流星群の降りしきる美しい夜空を。僕も流星群を見に来たのだが、気がつくと神秘的な雰囲気を醸し出す女の子の方に見とれてしまっていた。僕の視線に気づいてか、彼女は僕の方に振り向くと、にこっと笑い、開口一番――
「私の名は七瀬優。キミは地球人だね」
と言った。僕は「はあ」としか答えられなかった。
七瀬はドすげぇ奇行少女だった。暑い日は夜中にこっそり小学校に忍び込んでプールに服を着たままドボンと飛び込んでみたり(警備員が巡回する時間を知っていたところを見ると常習犯らしい)、滝に飛び込んで水を思い切り浴びてみたり、草原のど真ん中に寝ころんですこーと一晩中眠ってみたり。なんでそんなにワイルドなことばかりするの、と僕が聞くと、七瀬は涼やかな瞳を向けてこう答えるのだ。
「父が生まれたこの星を、私も身体で感じてみたいんだよ」
大宇宙的発想に基づいた返事は僕を大いに当惑させた。だがそれはそれ、僕は雅量を発揮して七瀬の話に合わせた。
「父が? キミのお父さんが生まれた星はすなわちキミの生まれた星だろう?」
「そうじゃないんだ……残念だけどね」
じゃあキミはどの星で生まれたんだ、と問うと、七瀬は首を振って何も答えてくれなかった。
1ヶ月後には例のごとく父の都合で長崎に向かうことになった。七瀬という巨大な謎を解明するのに、1ヶ月という期間はあまりに短すぎた。せめて七瀬がどこの星からやってきた(と思いこんでいる)のか知りたかったのだが、それはかなわず、僕は七瀬という「謎」を胸に抱えたまま広島を去ったのだった。新生活になじむにつれそんな疑問は風化していった。
今、懐かしい七瀬の顔を見て、そんなことが一挙に意識の水面上に浮かび上がってきた。
さんざん笑い転げた後、肩で息を整えながら、真奈美が尋ねた。
「……さ、坂崎さん……この方お知り合いなんですか……?」
「そうだよ」僕が答えるより早く七瀬が一歩前に進み出た。「私の名はアルバトロ・ナル・ユウ・ナナセ。七瀬と呼んでほしい」
ここらで真奈美の笑いが凍り付き始めた。「コイツはモノホンだ」と気づきはじめたらしい。
「思い出しました」若菜が目を丸くした。「この方……以前に弓矢で射たことがあります!」
「なにぃ!?」
「でも……矢はしっかり首の裏側を狙っていたのに、まるで鉄板みたいにはじかれてしまって。……もしかして、覚えてらっしゃいます?」
「さあ。覚えていないなあ」七瀬は首の裏側をさすった。「でも、多分それは私が既に……キミたち言うところのスタンド能力ってヤツを持ち合わせているからじゃないかな」
七瀬の言葉は衝撃となって僕たちの間を駆け抜けた。
「……あなた……スタンドを知っているのですか!?」
ものすごい勢いで若菜が手を伸ばし、七瀬の両腕を捕まえた。その頭上にミユキ人形が登り、ぴょこぴょこはねた。
「知ってること洗いざらい吐きやがれキシャーッ」
しかし七瀬は相変わらずの平板な調子だった。
「どうも、ストライクが取れたみたいだね……でも、重要な話をこんな場所でするわけにはいかない。どこかいい場所はないかな」
「わたくしの家などいかがでしょう?」
その時。どこからともなく救急車のサイレンの音が聞こえてきた。正確に言うと、七瀬の話に夢中になり、一言一句漏らすまいと集中していたので、聞こえているのに聞こえない、という状態だった。しかし突然聞こえるようになってしまったのである。七瀬が苦しみだしたので。
「ギャアアアアアアア――――――――ッ!!」人間のものとは思えない雄叫びだった。「サイレンの音は苦手なんだァ――――ッ!!」
七瀬は地面をじたじたと転がった。見れば皮膚という皮膚に無数のブツブツが浮き出している。じんましんかなんかだろうか? あまりのことに僕たちは七瀬の転げ回る様をぼーっと見ていたが、はっと真奈美が気づいて言った。
「……七瀬さんをどこか安静にできる場所に連れていかないと……!」
「救急車を呼ぶか!?」
携帯電話を持っていなかったので、僕はどっちにいけば公衆電話があるだろうと辺りをきょろきょろ見回した。
と、七瀬が苦しみながらも僕のズボンの裾をつかんでいた。
「救急車はダメだッ!! サイレンの音を聞かされたら、隕石が、隕石が…………ッ!!」
「……隕石?」
僕たち3人は揃って空を見上げた。まだ白みきらない西の空にひときわ明るく輝く星があった。明けの明星にしては明るすぎ……そもそも明けの明星って西の空に出るものだったか?
ずごごごごごごごご…………
その光は空に白い線を描きながらものすごいスピードで飛んできて、御苑の林の中に墜落した。ぼぐんとものすごい音がして、まるで爆弾が炸裂したかのように土が撒き上がった。3拍くらいおいた後にめきめきめきと木が倒れだした。僕たちのいる場所にまでばらばらばらと土が降ってきた。林に火が回り始めた。
僕たちはもう1度空を見上げた。
西の空にひときわ明るく輝く星が20個くらい見えた。
僕たちは全力で逃げ出した。
五万年の昔――
惑星を支配する暴君がいた。彼は、そこかしこであがる反乱の火をすべておさえつけるだけの力を欲しがっていた。長きに渡る研究の結果、彼は人工ウィルスを生み出した。宿主生物の遺伝組成と相互作用するよう設計されていて、ウィルスに対する「免疫」という形で宿主の精神力を高みに押し上げ、なんらかの力を付与するのだ。
いかにしてそのウィルスの効力を確かめるかが問題だった。ウィルスが宿主に死をもたらす可能性が大きかったからだ。身内に使って殺すわけにもいかず、敵にばらまいて力を与えるわけにもいかず。苦慮の末、暴君は実験場としてソル系第3惑星である青い星を選んだ。自分たちと最も近い姿形をした生命体の息づく星だったからだ。ウィルスを潜ませた隕石を送り込み、経過を待つこととなった。
しかし、その結果を洗い出すよりも早く、大規模な反乱が起こってしまった。暴君は核の力をもってすべてを収めようとし、失敗した。惑星は7日7晩炎に包まれ、全ての文明は瓦解した。全ての命が滅んだわけではなかった。悠久の時の流れのもと、星は己の身体を浄化し、やがて人々は新たなる文明を一から築き直していった。かつての文明の遺跡を掘り返し、参考にしながら。その過程において、かつての星を滅ぼした暴君の所行が明らかにされていった――
「――隕石はグリーンランドとキミたちが呼ぶ大地に落ちたが、誤算があった。この星の大気組成のもとでは、ウィルスは空気感染するだけの威力を持ち得なかったんだ。五万年の間、……もちろんキミたちが言うところのスパンで五万年だけど、隕石は雪の下に埋もれていた。けれど、何者かが、その岩がスタンド能力を発現させられる事に気づき、矢を作った。そのうちの1本が巡り巡ってこの京都に来て、今も人を殺している。私はこの星からウィルスを殲滅するためにやってきたんだ」
というのが、七瀬の語った話だった。
「御所炎上――隕石群落下の可能性」と1面トップに記された夕刊をぱたりと畳み、若菜は茶をすすった。
「まあ――そうだったんですか」
若菜も、傍らにいる真奈美も、愛想笑いを浮かべていた。内心、「コイツは重度の妄想狂だ」と思っているであろうことが如実に感じ取れる。
「少し相談をしたいのでお待ちただけませんかしら」
と若菜は僕と真奈美の手を取り、奥の間へ引っ張り込んだ。
「相談って何を相談するんだい」
僕が問うと、若菜は冷たい視線を投げかけた。
「あのような方とつきあってらっしゃったとは……あなたの忍耐力の強靱さには感服いたしますわ」
「あの電波ッ子をとっとと追い出してぇぜメェェェェン」
ミユキ人形も小声で叫ぶ。
真奈美はというと、自分で自分を抱くようにしてひっくひっくと肩を震わせていた。よほど怖かったのだろう。
「まあ待ってくれ」七瀬を弁護できるのは僕だけのようだ。「重要なのは、彼女が僕たちを手伝ってくれるということだ。そうだろう? 七瀬が自分を宇宙人を信じているとかいうことは関係ない。誰だって奇妙な性癖の1つや2つは持っている」
「アレは『奇妙な性癖』という言葉で片づけられるものではないと思いますが……でも、おっしゃりたいことはよく分かります。今は私情を交えるときではありませんわね……」
というわけで、真奈美−若菜−七瀬そしてこの僕という協力体制が成立することとなった。お互いの住所と連絡方法を確認しあったあと、僕は七瀬を泊まっているホテルまで送っていくことにした。
のだが。
ぱぱらぱらぱぱぱらぱぱらぱふぱふ
「ギャアアアアアアア――――――――ッ!! 暴走族の騒音は苦手なんだァ――――ッ!!」
ずごごごごごごごご…………
『……月月火水木金金〜♪』
「ギャアアアアアアア――――――――ッ!! 右翼の街宣カーは苦手なんだァ――――ッ!!」
ずごごごごごごごご…………
「……自自公による横暴が許されていいのか! 我々共産党は消費税率を3%に引き戻し……!」
「ギャアアアアアアア――――――――ッ!! 左翼の街宣カーは苦手なんだァ――――ッ!!」
ずごごごごごごごご…………
「京都市中に謎の隕石群落下 死者30名の大惨事」と1面トップに記された朝刊をぱたりと畳み、若菜は茶をすすった。
「七瀬さんには我が家に住んでいただきます。古都の住人の1人として、これ以上京都に穴ボコが増えるのを放っておくわけにはいきません」
「昔から七瀬は人混みが嫌いだったものね……」
少し悪化しているような気もするが、と思いつつ僕は弁護した。
「……若菜さんのおうちならとても奥まって静かですから……騒音に悩まされることはないと思いますよ……」
と言う真奈美の表情は硬い。
ぺこりと七瀬は頭を下げた。
「お世話になるよ。これからは耳栓を携帯することにする」
「耳栓を詰めて街を歩くの? 不便じゃない」
「大丈夫。角で風を感じるから」
なんとなく僕は納得した。かつて、七瀬は常々「自分の身体で風を感じたいんだ」と言っていたものだ……
…………角!?
スタンド名−オペレーション・スターダスト
本体−七瀬優
| 破壊力−A | スピード−A | 射程距離−A |
| 持続力−E | 精密動作性−E | 成長性−E |
能力−外宇宙から隕石を3分くらいで呼ぶ。
スタンドの外観は不明。