第6話 3-1-0 MISONIUM
クラスメイトからしょっちゅううらやましがられたものだ、「3人の同い年の女の子と同居してるなんて」と。その通り、僕はまるっきりラブラブひなた荘の主人公だった。彼らが僕をうらやましがる気持ちは分かる。なにしろ、他の連中は表面的なことしか知らない。同居している女の子の3人が3人とも尋常ならざる人物だということを、彼らは知らないからこそ、羨望の目を僕に向けるのだ。僕は半年の間、彼女たちと寝食を共にし、彼女らを理解してきたつもりだ。
ひとたびキレると、目に入る有機物全てを鳥のエサにしてしまう女の子。
人形を死んだ妹と信じ込み、腹話術を駆使して会話を延々と続ける女の子。
自分は外宇宙から来た宇宙人であると主張する女の子。
…………
駆け抜けるような6ヶ月だった。
こんなどスゲェ女の子しか存在しないギャルゲーはやりたくないなあ、と僕は度々思ったものだ。
よく晴れた11月のある日、僕たち4人は京都の街、四条河原町のあたりを歩いていた。別に示し合わせていたわけでもないのだが、スタンド使いのサガと言うべきか、偶然出くわしてしまったのである。聞けばそれぞれ別段用事も無し、せっかくなので4人揃って適当にぶらつくことになった。
僕たち4人が街に出かけるときの行動パターンはかなり画一的である。若菜がネイティブ京都人ぶりを発揮して、京都の街並みやら風習について説明する。真奈美がそれを興味深そうに聞く。七瀬はそれをまったく無視し、己の好奇心を満たすものを探し歩く。そして僕は夢中になっている七瀬を監視し、はぐれないようにする。半年も顔をつきあわせていれば、お互いの性格、役割というものがわかってくる。僕たちは、若菜がやたらと蘊蓄を垂れたがるのも、真奈美がやたらと引っ込み思案なのも、七瀬がやたらと無軌道なのも、笑って許せる仲になっていた。だからこの日、七瀬の好奇心の対象が生八つ橋に向かった時も、僕たちは「ああ、またか」と軽く受け止めた。
「八つ橋は京都名物というけれど、これをかじりながら街を歩く人は見たことがないね」
「やってみたいのですか?」
言ったとき、若菜は既に財布をとりだしていた。若菜は深窓の令嬢だけあってやたらと気前がよい。金銭に対する感覚が一般の庶民とずれている、と言っても良いが。
ところが中からお金を取りだそうとしたとき、道の向こう側から男が1人ものすごいスピードで走ってきた。若菜のそばを駆け抜けると同時に、若菜の財布を強引に奪い取る。あまりに急なことだったので、それと気づいたときには、男はすでに手を伸ばしても届かない範囲に逃走していた。
「誰かそいつを捕まえてくれッ!」
と僕は叫びかけた。
ほんのちょっとだけ早く若菜が動いていた。少しの間財布をとりだした右手をじっと見つめていたのだが、彼女は左手に抱いていたミユキ人形を歩道に放りだした。着地した途端、ミユキ人形は逃げていく男を狙撃した。
ぽふんぽふん。
若菜のブラック・ギオン・サバスの銃は音はヘボいが殺傷能力は充分だ。男は足に2、3発食らってもんどりうって倒れた。何が起きたのかわからなかっただろう。すぐ身を起こしたのはいいが、足に力が入らないらしく、がくりと膝をつく。足を撃たれたことに気づいていないようだ。
その間に、若菜は男の正面に回り込んでいた。
「……オレから財布を盗れると思ったのか? このビチグソがァァッ」
およそ若菜とは思えぬ発言に僕たちははっとして顔を上げた。
若菜の膝蹴りが男の顔面に炸裂していた。
「ヘドぶち吐きなッ!」
奇妙な音は、鼻の骨が折れる音だったかもしれない。ヘドは吐かなかったが鼻血があふれ出た。男はもう戦意喪失気味だったが、若菜は男の髪の毛をわしづかみにして容赦なく持ち上げた。
「てめぇいい度胸してんじゃねえか……オレのサイフを! てめーのケツの穴拭いた手でギろうなんてよォォォォ」
男を両肩に担ぎ上げ、締め上げる。アルゼンチンバックブリーカーだ。
「どーした若菜!?」
「コイツはメチャゆるせんよなァァァァ!」
まわりの通行人が皆一歩引いているため、若菜のためのリングが形作られていた。ここは河原町のど真ん中である。男にアルゼンチンバックブリーカーをかます少女の図はメチャメチャに目立った。連れとしては恥ずかしいことこの上なく、しかもほっといたら警察を呼ばれかねない。僕たちは2人を無理矢理引き剥がし、若菜を路地裏に引っ張り込んだ。
「一体どういうつもりなんだ若菜」
僕が問いただすと、若菜は挑戦的な視線を正面からぶつけてきた。
「あいつはわたくしの財布をすろうとしたんですよ? 与えねばならないでしょう。然るべき報いを」
僕の不審の眼差しと若菜の挑むような眼差しが空中で衝突し、小さな火花を発した。
そういう空気に人一倍敏感な真奈美が割り込んだ。手にはさりげなく回収した若菜のサイフがある。
「やめてください……ひっく……悲しくなるじゃないですか……」
泣かれてしまっては僕としてもこれ以上どうこうすることはできない。男として生まれた以上仕方のないことだ。僕は目線を外して一歩引き下がった。
そこへタイミング良く七瀬が生八つ橋を放り投げてきた。
「サイフも取り戻せたし、いいじゃないか。一緒に食べよう」
腕を伸ばしてキャッチする。ビニールパック48枚入りの生八つ橋だった。七瀬は若菜、真奈美にもそれぞれ48枚入りを渡していった。
「七瀬、1人でこんなに食べられないよ。4人で1袋で十分だ」
「そうかな?」と聞き返す七瀬は早速開封して食べ始めていた。「1枚1枚が薄いからあまり食べた感じがしないね、コレ」
次から次へひょいぱくひょいぱくと食べていく。実に機械的で、特有の風味を味わっているとは言い難い。
僕はあきれ顔を若菜に向けた。
「別に京都の人間は朝昼晩と八つ橋を食べているわけじゃないだろうからね。若菜、七瀬に生八つ橋の正しい食べ方を教えてやってよ。そんなものがあればの話だけど」
若菜は背を向け、生八つ橋をむしゃむしゃと食べていた。
僕はずるりとこけた。食べているところを見せようとしないのは淑女の嗜みかもしれないが、背中を見ただけで激しくがっついているのがわかってしまうようでは意味がない。
「若菜! 君ももう少し落ち着いて食べろよ。子供の頃から食べ慣れているだろ?」
声をかけられて、若菜は一時手を休めて振り向いた。その口からはみ出ているものがあった。一度に生八つ橋を詰め込んだので口に入り切らないでいるのだ、と思って注意しようとした瞬間、僕は息を呑んだ。
口からはみ出たそれは浅黄色のだんだら模様をしていた。
新撰組グッズが土産物として売られている京都とはいえ、いくらなんでも新撰組の羽織を模した生八つ橋なんて売っていないはずだ。少なくとも僕は知らない。僕が混乱している間に、若菜は自分の粗相に気づいてか、それをつるりと飲み込んだ。
「大好きなんです。生八つ橋……」
咀嚼し終えた後、若菜は言った。
その時になって初めて、新撰組のれんかなにかじゃなかったろうか、と僕は思った。
それ以降ずっと若菜の様子はおかしかった。彼女が四条河原で七瀬を鴨川に突き落とそうとし、「ジョーダンですよジョーダン」と大笑いするのを見て、僕は「新手のスタンド使いの攻撃ではなかろうか」という可能性に思い至った。今の若菜はなにかに憑かれているとしか思えない。しかしそれをどうやって確かめよう。思索の末、僕は苦肉の策を思いついた。
舌の上でレロレロと梅を転がす若菜を向こうに見ながら、僕は真奈美の背後に回り込んだ。
「どうしたんです……?」
不思議そうにする真奈美の耳元に、僕はそっと囁いた。
「ついさっきの話だけど、若菜が君の三つ編みを『ラーメンマンの弁髪みたい』と言ってたよ」
0.5秒後、真奈美の右ストレートが若菜の顎を完璧に捕らえていた。
若菜の口が裂け、下顎が不自然に剥げ落ちた。べろんと歯茎がむき出しになる。しかし、普通ならば再起不能の大怪我なのに、若菜の顔からは一滴の血すら流れ出ていない。
「てめぇッ!! オレの髪型がラーメンマンみてえだとォォ〜〜ッ!?」
キレた真奈美はあまり細かいことは気にしないようだった。
「若菜」は余裕の笑みさえ浮かべ、いまだに舌の上で梅をレロレロと転がしている。
「とりついているのとはちょっと違うなあァァァァ」
「……何者だ!?」
若菜の顔が爆発した。爆発した途端、血色のよい肌色は色を濃くしていき、茶色味を帯びていった。とけかけのアイスクリームのようなどろどろとした形状を維持しつつ、身体にまとわりついている。そして、下から出てきたもう1つの顔は――
「これが本体のオレ様のハンサム顔だがや」
「るりか! るりかなのか!?」
名古屋に住んでいた頃仲の良かった少女、山本るりかの顔がそこにあった。なにやら最後に会ったときから身長が大きく伸びているような気もしたが、それはスタンド能力のせいだろう。思い出に浸っている時間はなかった。
「ほォれほォれ坂崎先輩ィ〜! 彼女の手をよく見てみるがや」
るりかは真奈美の手を指さした。見れば、るりかがまとっている謎の粘液体がほんの少量真奈美の右手にこびりついていた。さっき殴ったときにひっついたようだ。それはジュウジュウと音を立てはじめた。鼻先に持ってきて匂いをかぐと、真奈美は片眉をつり上げた。
「ミソ……!? これはお味噌ですか……!?」
味噌の匂いで真奈美は正気に戻った。
「そうだがや」るりかは八重歯をひらめかせた。「我が、スリー・ワン・オー・ミソニウムは肉を食らって消化し全てを味噌と化すでら強ぇスタンドだぁがや」
僕は慌てた。このままでは真奈美の肉体全てが味噌と化してしまう。
「焼いてみよう。キミ、生八つ橋持ってて」
冷静にも七瀬が提案し、すぐさまライターを取りだした。10秒くらい火を真奈美の患部に当てていると、味噌の焦げる香ばしい匂いが漂い始めた。が、ミソニウムは活動をやめようとしない。それどころか棘を出してより深く皮膚にくらいつき、真奈美の顔をしかめさせた。
「クソッ!」
もはやなりふり構ってられなかった。僕は無謀にも、るりかに正面から殴りかかった。だが、るりかはまとっていたミソニウムを大きく広げると僕の拳を包み込み、スピードを殺した。これでは漫才師が相方に入れるツッコミ以下である。
「無駄だがや! ミソニウムは飛んでくる銃弾の弾すら受け止める優秀な緩衝材でもあるッ! 柔らかい鉄壁がある限り我がミソニウムは無敵だがや! ドゥー・ユー・アンダスタンドゥゥゥゥ!?」
僕は完全に味噌にからめ取られた。もがけばもがくほどより味噌はからみつき、身体から離れようとしない。むせ返るような味噌の匂いに僕は失神しかけたが、その寸前脳裏に閃くものがあった。離すことができないのなら離れなければいい。
「真奈美!」僕は叫んだ。「今からるりかと一緒に鴨川に飛び込む! 呼吸するためにスタンドを開くその瞬間を狙ってキツいのをブチ込んでくれッ」
「その必要はありません……バード・メイデンッ!」
真奈美はスタンドを発現、無数の鳥たちを繰り出した。
「無駄だっつってんのがわかんねえのかァ!? 攻撃されても痛くも痒くもないがや!」
るりかは自分の身体全てを覆い尽くすようにミソニウムを展開した。僕は味噌の奔流に巻き込まれて何も見えなくなった。ただ必死に瞼を閉じ、目に味噌が入り込んでくるのを防ぐ以外になにもできなかった。
3分くらいして、僕はうっすらと目を開けた。手足の感覚がある。しっかりと目を見開くと、るりかがすぐそこにいた。だが、その顔は青ざめている。そして何故かスタンドを解除していた。
「おまえのスタンド……なんだがや!?」
恐怖の眼差しは真奈美に向けられていた。
真奈美の頭上にはバード・メイデンが渦を巻くように羽ばたいている。
「鳥さん達は……飛び続けるためにたくさんのエネルギーが必要なんです……!」
理解できた。真奈美はバード・メイデンを使役して味噌を全て食らってしまったのだ。なるほど、スタンドでスタンドを傷つけられるのならば、スタンドでスタンドを食べることもできるはずだ。
多分。
「さぁて……」
防壁を全て取り払われて怯えるるりかの前に立ち、真奈美は目を光らせた。
「オレのおさげ2本がニコチャン大王の頭を思い出させるだとォォッ!?」
トリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリ
さすがにこじつけぽかったものの、名古屋弁つながりだからまあいいか、と僕は思った。
新手のスタンド使いを撃退できたのは良かった。が、若菜は何処へ行ってしまったのか、あるいは味噌の藻屑と化してしまったのか? どちらにせよるりかから聞き出す必要があった。キレた真奈美もその辺は分かっていてくれたようで、半殺しで済ませていた。尋問しようとるりかを叩き起こしにかかったとき、七瀬が突然言い出した。
「この人、男みたいだね」
「……えっ?」
「その通りだがや……」そいつは意識を取り戻し、苦しげに言った。「ワシはるりかの兄の山本紅一だぁがや」
思い出した。るりかには双子の兄がいたっけ。双子だけにうり二つの兄が。
「なんであんたがこんなところにいるんだ?」
「妹を捜しに来たがや」抵抗する気配は消え失せていた。「そんだら、恐竜みたいでピカピカ光りよるスタンドに『妹の命が惜しければオレに従ってもらおうか』っていきなり矢で刺されてなあ」
奴だ。美由紀を殺し弓矢を奪ったあのスタンドであることに疑いの余地はない。
「それより……若菜さんはどうしたんです……?」
「若菜? オレが化けてた奴? よう知らんけど、ピカピカ光る奴が『綾崎若菜は既に倒した』とか言っておったがや。だからワシが化けたってわけ。それより救急車呼んでくれんか? もうあんたらには危害を加えないって約束するから……ってどこ行くがや!? 怪我人をこんなとこにほっぽっといて! おみゃあらの良心は痛まないのか!? なあ!?」
そんなことは人に任せておけばいい。僕たちは色めき立って河原を後にした。もはや手遅れなのかもしれない。だがミソニウムに食われたのではない以上、若菜がまだ生きている可能性はある。低いかもしれないが、しかしあるのだ。僕たちは、その可能性に一縷の望みを託すしかなかった。
スタンド名−3−1−0ミソニウム
本体−山本紅一(←セングラ2に準拠)
| 破壊力−D | スピード−C | 射程距離−C |
| 持続力−A | 精密動作性−E | 成長性−B |
能力−分解者、建造者、赤味噌風味、白味噌風味、
そして統括者の5種からなるナノマシンの集積体。
あらゆる物質は分解者に分解され、建造者に味噌に作り替えられる。