第7話 DEAD END


 ベットの上に転がるその物体は、包帯にぐるぐる巻きにされた丸太も同然だった。それが人であることを示すのは、口元のあたりにあいている黒い穴、ただ一つのみだった。
 僕たちは病院のとある一室、入院患者の個室にいた。患者の名は――
 永倉えみる。
「取引だ。えみるには、若菜を探してほしい。探してくれるのなら、五島勉の直筆サイン入り『ノストラダムスの大予言』全シリーズを進呈する」
「いやりゅ〜ん」
 普段の陽気さからは全くかけ離れた陰気な声でえみるは答えた。
「えみりゅんをこんな目に遭わせた人とは取引できないも〜ん」
 その点に関しては言い訳のしようもない。事態は一刻を争う以上、えみるの説得に時間を割いてはいられない。「わかったよ。じゃあ他をあたる」と言って僕はきびすを返そうとした。
「えっ? もう行っちゃうの?」するとえみるは慌てたような声を出した。「もっと映画とかみたいにかっこよく駆け引きとかしてほしいりゅ〜ん」
「ということは」僕は足を止めた。「力を貸してくれるのか?」
「別にダーリンのこともう恨んでないしぃ。ダーリンを襲おうとしたえみるの方がどうかしてたりゅん。そんなことにこだわるより五島勉の方が大事だよっ」
「あ……そう……。じゃあ契約成立だな。でも、そんな格好で動けるのか?」
 えみるは予想外の重傷であるように見えた。が、えみるはひょこっと飛び起きると、白ずくめの体を元気そうに右に左に揺り動かした。
「大丈夫だよっ。体を動かすのは問題ないからぁ、この上に直接服を着ればいいりゅん」
 本当に大丈夫なんだろうか。ここはえみるの言葉を信じるより他にないのだが。
「でも、顔はどうする? 顔が包帯ぐるぐる巻きなのはめちゃめちゃ目立つぞ」
「大猿さんを調教していたら爪で顔をひっかかれた、とか言い訳するりゅん」

 河原町御池に位置する京都市役所前の広場はむやみにだだっ広く、市民の憩いの場となっている。この日は寒空故に見かける人影もまばらだが。その広場の一角に僕たちはいた。
「じゃじゃ〜ん☆ これがえみりゅん特製の失せもの探し出しマシーン、その名も『アダムスキー8号』なのだぁ」
 満面の笑みをもってえみるが差し出したそれは、針金で四角錐を組み、その頂点からひもでアダムスキー型円盤を模したと思われる粘土細工をぶら下げた、という代物だった。七瀬はいたく興味を引かれたらしく、不思議そうな顔をしてその粘土細工をつついて遊んでいる。
「……あの……コレってどう使うんですか……?」
 おそるおそる聞いてくる真奈美に対し、えみるは得意そうに説明する。
「これはねぇ、大宇宙から降ってくる天行力とぉ、大地からこみ上げるピラミッドパワーとを両方感知できる優れものだりゅん。2つの力が共振して、真ん中にぶら下がったUFOさんを動かしてくれるんだよっ」
 要はダウジングらしい。天行力というのが猛烈にアレな感じなのだが……
「とっととやってくれ。若菜の命がかかっているんだ」
「とっくにやってるりゅ〜ん」
 両手で針金を握り、えみるは精神集中し始めた。やり方はものすごい我流だが、彼女の能力には一目置くだけのものはある。なにしろ、彼女は失せ物のある場所をあまりにズバズバと言い当てたため、小学校で疎外されていたのだ。年をとったために神通力が消え失せていないか、それだけが心配だったのだが、この様子を見ていると問題ないようだった。
 えみるは黙ってじ〜っとアダムスキー8号をみつめていた。何も語らずにじ〜っと。エネルギーのありあまっているはずのえみるが沈黙を続けるというのは、これはこれで不気味な物である。集中を乱すとわかっていながら、僕は声をかけた。
「えみる、どうなんだい……」
「……いるりゅん」
 唐突にえみるは断じた。
「いる? 何処に?」
「えみりゅんたちはもうすでに見張られていたみたいりゅん」
 その一言は僕たちには電撃のように思われた。僕と真奈美はすぐさま背を向け、何処にいるとも知れぬ敵に対して身構えた。七瀬だけは相変わらずぼーっと突っ立っているが。
 えみるはゆっくりと顔を上げ、視線を御池通の歩道の方に向けた。
 長い髪をヘアバンドで留めた女の子がこっちを見つめていた。場違いなことに、女の子は左手にバイオリン、右手に弦を持っていた。まるでこの場がコンサートホールであるかのように。
「……遠藤晶……」
 またしても、僕の知っている女の子だった。
「さってっとぉ」明るさを取り繕ったえみるの声が聞こえた。「探してる人は見つかったからぁ、えみりゅんは病院に帰りま〜す」
「へっ?」
 僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ダーリンとの約束は、人を捜すだけでぇ、その後のことは何も約束してないもん。あとで病院の方に五島勉のサイン本持ってきてね〜」
「ちょっと待ってくれ! 一緒に戦ってくれないのか!?」
「あんな怖そうな人と戦うのはいやりゅん。そもそも、えみりゅんまだけが人だしぃ」
「ミステルヤオイのサイン入りUFO本もつけるぞ!?」
「うっ……心が揺れ動くりゅん」
「坂崎さん……どうしてそんな物をもっているんです……?」
 真奈美のつっこみは冷静だった。
 妙な均衡状態を打ち破ったのは「とぅりゅりゅりゅりゅりゅりゅん」という奇怪きわまりない「音」だった。何かと思って僕たちはその出所を確かめようと僕らはきょろきょろとあたりを見回した。
 答えはえみるが出してくれた。
「あ、お電話だぁ」
「電話?」
 意外きわまりない言葉に驚いて、僕たちはえみるに視線を集中した。その見ている先で、えみるは唇を動かした。
「とぅりゅりゅりゅりゅりゅりゅん! ……えっとお、お電話どこにしまってたっけ?」
 それは電話のコール音であるようだった。えみるはアダムスキー8号を足下に置き、携帯していたハンドバッグから例のラムネ瓶を取り出した。もしかして「ステッペン・ウルフ」を行使してでもこの場から逃げ出すつもりか、と僕は身構えた。
 えみるは取り出したラムネ瓶の真ん中を右手で握り、頬に押し当てた。
 いや、ラムネ瓶を携帯電話のように構えた。
「がちゃ。は〜い、えみりゅんで〜す☆ どなた様ですかぁ? ……ああ〜、…………ふむふむ。じゃあ…………は〜い。わかったりゅ〜ん。じゃあまたね〜☆ ……ぶつっ」
 ご丁寧にも電話を切る音まで口頭で発音して会話を終わらせてから、えみるは僕に教えてくれた。
「かっぱさんも病院に帰ってこいって言ってるしぃ、たとえダーリンの頼みでもこればっかりは聞けないりゅん」
「……つうかそれは何?」
 僕はえみるのラムネ瓶を指さした。
 えみるは口をとがらせた。
「見てわかんない? 携帯電話だよっ。かっぱさんがえみりゅんの携帯に電話かけてきたりゅん。最近の携帯は頑丈で便利だよね〜☆ じゃ、ばいばいりゅ〜ん」
 えみるはアダムスキー8号を引っさらい、僕たちに有無を言わせずその場を離れた。僕たちは何も言えなかった、というのが正確である。えみるの常軌を逸脱した行動は僕たちを凍り付かせるに十分だった。
 が、結果としてはそれで良かったのかもしれない。
 晶が一歩こっち側に近づいて、バイオリンを弾いていた。弾いていたのだが、不思議なことに音が聞こえない。聞こえなかったために、えみるが晶の横を通り過ぎようとするまで、僕は晶の行動に気づかなかった。
 2人の距離が一定にまで狭まった時、急にえみるの動きが止まった。
 直後、晶のバイオリンが変形、二足歩行の人間形態にトランスフォームし、その巨大な手で勢いよくえみるの体を挟み、すべてを包みこんだ。
 晶のスタンドが両手を開くと、そこにはえみるの姿はなく、かわりに1枚の紙切れが残っていた。5本のラインと音符が記され、折り畳まれた紙切れ。それは楽譜だった。
 晶は、底冷えのする暗い瞳で、僕を見つめていた。
「本当は全員まとめて始末するつもりだったんだけど……気づかれちゃったものね?」
「晶……バイオリン、続けていたんだね」
 僕は意外な思いに包まれていた。長崎の中学校で出会った彼女は、バイオリンの才能を認められながら、コンクールでは万年2位で悩んでいる女の子だった。晶はいささか親しくなった僕に「バイオリンをやめてしまいたい」と悩みをうち明けてきたものだ。しかしその一方でやめてしまっていいものかどうか判じかねているようでもあった。だがなんの答えも出せないでいるうちに、僕は待たしても引っ越しで長崎を去ることになってしまった。晶をほっとくわけには行かないと直感した僕はその直前、彼女の決心の後押しをした。すなわち、晶の愛用のバイオリンをこっそり持ち出し、ぼこぼこにたたき壊した挙げ句焼いたのだ。
 早まったかな、と僕は引っ越し先で思ったが、しかしそんな思いは新生活を送るうちに脳の奥の方に埋もれてしまった。
 晶がその行為に何を思ったか、僕はあまり聞きたいとは思わなかった。今こそそのチャンスだが。
「若菜をどうしたんだ!? 晶!」
「フフフ」晶は不敵に笑う。「ワタシの能力を教えてあげましょうか」
 晶は常に相手を自分のペースに引き込みたがる気の強い女の子である。そのことを思いだした僕は、質問に直接答えなかった晶を責めることはせず、その動向を見守った。
「ワタシの『デッドエンド』はバイオリンの音を聞かせることによって、有機物無機物を問わず、物質を楽譜という1枚の紙切れに変えるという能力を持っているの。だから」
 懐から紙切れを取り出し、びりりと裂いた。裂け目の陰から現れたのはどんぶりに入ったとんこつラーメンだった。晶が紙をばらまくと、それは空中で麺となり、とんこつスープとなり、ドンブリの破片となり、地面に落ちた。手に持っていたとんこつラーメンを落っことしたようだった。
「この通り、作りたてでうまそうな匂いのするとんこつラーメンも1枚の紙切れという形で全国どこにでも持っていけるのよ。もっとも見ての通り、紙を破いたら元の物もバラバラになっちゃうけどね」
「バイオリン、って」真奈美が口を挟む。「……さっきは音が聞こえなかったじゃないですか」
「射程距離が短いのよ。このバイオリンの音は半径5メートルの距離にしか届かないわ……でも、このバイオリンの音が聞こえたことを相手が認識したら、その瞬間にデッドエンドは襲いかかって対象を紙切れにしちゃうわよ。必ず」
 晶は自分のスタンド能力をさらっと説明した。己を恃むところ大の晶らしいやり方だ。そしてそれはすなわち「ワタシの能力はあなた達には破れない」という主張でもある。
「だから、若菜さんも今はこうなってるわけ」
 胸ポケットから、1枚の紙切れが取り出された。何の変哲もない1枚の楽譜だ。晶はそれをちらつかせながら、左へ5歩ほど歩き、ひらり……と車道に向けて放り出した。

 晶の狙いは露骨なくらいだった。楽譜を拾い上げるには、晶のスタンドの射程距離内へ踏み込まなければならない。それはすなわち自分の体を楽譜にされてしまうということだ。そして、放り出された楽譜はおそらくただの紙切れだろう。手元にある人質を簡単に手放すはずがない。だが、完全に「それは若菜ではない」と言い切れるだろうか? その可能性が1%でもある限り、晶の射程距離に突入せざるを得ないのだ。
 僕は覚悟を決めて、車道に飛び出そうとした。
 ところが。直前、後ろからものすごい力で引っ張られ、僕の体は投げ出された。
 犯人は優だった。無言で優が飛び出していた。
「ばかなッ! 優!?」
 僕は叫んだ。が、彼女の後ろ姿を見て、はじめて気づいた。優は若菜に言われて携帯している耳栓を詰めていた。音が聞こえて初めて発揮される能力は、今何も聞こえない状態にある優には通用しないはずだ!
 晶は無音のバイオリンを弾きはじめた。
 優は車にひかれる寸前の紙切れを拾い上げる。パフーと車がクラクションを鳴らし、飛び出した通行人をすんでの所で回避する。優は2つ折りの紙切れを開いた。
 白紙だった。
「…………!」
 えみるがそうだったように、優の動きがぴたりと止まった。
 優の顔には驚愕の表情が張り付いていた。
「……耳栓をしているのに……コンサートホールのようにはっきりとバイオリンの音色が聞こえる……!?」
「『聞こえた』と認識した瞬間を、デッドエンドは捕まえるッ!」
 晶が叫んだ。「デッドエンド」が優の体を挟み込んだ。
 抵抗する間もなく優は楽譜と化した。紙切れとなって、晶の足下に舞い落ちる。
「優ッ! ……どういうことだ!? 耳栓をしていたのに!?」
「ふふふっ」晶は楽譜になった優を回収した。「我がスタンドデッドエンドの音色は脳に直接響くのよ? 耳栓ごときで防げるはずがないじゃないの。たとえ耳を潰そうとも関係ないわ!」
「そうか……デッドエンドシンフォニーというわけですね……!?」
 真奈美は少々マニアックなことをつぶやいた。
 無音のバイオリンを奏でながら、晶はにじりにじりと間合いを詰めてきた。
 僕と真奈美は為すすべもなく後ずさるしかない。晶の言いたい放題に、僕たちは反論することができなかった。
「かかってこないの?」晶は余裕の体だ。「ワタシと戦わないと七瀬さんも若菜さんも助けられないわよ? デッドエンドを発動するより早くワタシを倒せるかもしれないじゃない。つまらないわねえ。……そうだ。かかってこざるを得ないようにしてあげましょうか」
 晶がぴたりと足を止めた。
「なんでも、そちらの杉原真奈美さん……髪型をけなされるのが大嫌いってのは本当?」
 空気が電気を帯びたかのようだった。おそるおそる真奈美の顔を窺うと、案の定、両目が殺人的な眼光を発していた。マジでブチキレ5秒前モードだ。
「本当なのかしら?」
「……けなしてみろよォ、試しによ――ッ」
 ……止めなければ。真奈美に悪いとは思いつつも、僕は真奈美を背後から羽交い締めにして押さえつけた。
 晶は公然と真奈美の髪型にケチをつけた。
「そのオモシロ髪型が楽譜になったらどうなるのかしら!? イモくさい三つ編みはさぞかしイモくさいメロディになるんでしょうけどォ!」
 何かに憑かれたかのような怪力を発揮して僕を振りきり、真奈美は目の前の目標につっこんだ。
「バァドッ・メイデンッッッ!!」
 瞬時に大量の小鳥たちが発現し、晶に襲いかかった。
 攻撃が達するより早く、晶はバイオリンを弾いていた。その口元には笑みがあった。
「ちょっと早かったかな? ……デッドエンドッ!」

 トリッ

 小鳥のくちばしが晶の眉間に突き刺さっていた。
「…………!?」
 僕だけではない。晶にも事態が飲み込めていなかった。

 トリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリ

 晶の体は宙を舞い、5メートルくらい吹き飛んだ。
 胸ポケットから楽譜が飛び出した。2つ折りの紙切れが空中で開くと、若菜、優、えみるが折れ目の中から抜け出てきたかのように姿を現した。
「どこ行きやがったッ!? オラアッ!」
 真奈美はなぜか足をぶんぶんと振り回していた。つま先が路肩の生け垣に触れたかと思うと、そちらに向かって蹴りを入れる。どうも晶が向こうに吹っ飛んでいるのに気づいていないようだ。
「こんなバカなことって……」晶は息も絶え絶え呟いた。「デッドエンドの能力は確かに発動したはず……バイオリンの音が聞こえたはずなのに……」
「聞こえた、と認識した瞬間を捕まえるんだろう?」僕は僕なりの回答を見出していた。「真奈美は『聞こえた』と認識してないんじゃないか?」
「オラァッ! どこに隠れやがったッ!?」
 叫びつつ手当たり次第にものを蹴っていく今の真奈美は、まるで目が見えていないようだった。
「キレてしまったものだから、外部からの刺激を認識できてないんだよ。なにかに夢中になりすぎると目が見えなくなる人がいるって話、聞いたことがあるだろ。とすれば、キレてなにも聞こえなくなる人間がいても不思議じゃない」
「そんなの……あり……?」
 がくり、と晶は崩れ落ちた。
 追い打ちをかけるように、真奈美がとうとう晶を再発見した。
「てめぇ! こんなところにいやがったなッ!?」
「ひっ、ひぃぃぃぃ!?」

 トリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリトリ

 今回の真奈美は妙に念入りだった。


スタンド名−デッドエンド
本体−遠藤晶

破壊力−E スピード−B 射程距離−C
持続力−B 精密動作性−E 成長性−D

能力−バイオリン形態と人型形態の2形態を持つ。
バイオリンの音色を聞いた相手を捕まえ楽譜にしてしまう。
音色は耳栓といった物理的障害は突破できるものの、
「他のことに夢中で何も聞こえない」状態の相手には通用しない。


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