第8話 NATURAL PANISHER
「彼女から話を聞きましょう」
と賢明な意見を述べることによって、若菜は真奈美の攻撃を止めさせた。
御池地下道の入り口の柱に上半身をもたれる形で、晶はぐったりとしていた。顔は血まみれで真っ赤、傍目には死んでいるようにしか思えないのだが、どうやら呼吸はしているようである。あのバード・メイデンを喰らって生きているとは、タフとしかいいようがない。
「……そうですね……」すっかり正気に戻った真奈美は、若菜の言葉にうなずいた。「この人なら私たちの敵についてしゃべってくれるかもしれませんね……」
「いいえ。必ずしゃべってもらいます」若菜は断固として言った。「もはや手をこまねいている猶予はありませんもの。あの電気スタンドを倒さない限り、わたくしたちに安寧の日はありませんわ。それにしても、かなり恐ろしいスタンドですわね、この方のは……」
有無を言わせぬ強い光を宿す目を、若菜は晶に向けた。それを敏感に感じ取ったのか、晶は瞼をぴくぴくと微動させた。
七瀬が一歩進み出た。
「気がついて反撃されるとやっかいだから、当分気絶したまんまでいるように、一発きつーく首を絞めとこうか。この人の心に敗北感ってやつが植えつくだろうし。せーの……」
「人の話を聞いてください!」
若菜が慌てて七瀬に飛びつき、首を絞めるのをやめさせた。
「……あの……せめて顔を拭いてあげませんか? この顔はひどすぎます」
真奈美が控えめに言った。晶をこんな血まみれにしたのは真奈美自身なのだが。
「賛成。このままじゃ見た目にも気持ちが悪い」
晶の血で真っ赤になった両手を見ながら、七瀬が同意した。
「傷の手当てをするんだったらぁ、えみりゅんが包帯もってるよぉ」
顔を真っ白い包帯で完全に覆い隠しているえみるが、ポケットから包帯の束をつかみだした。入院患者だからといって包帯を携帯しているものだろうか、と思ったりもしたが、何も言わないことにした。代わりに僕は、
「コンビニでなんか買ってこようか」
と提案してみた。
「じゃあ、タオルと絆創膏と消毒液を買ってきてくださいません?」
若菜が注文をつけた。
「あと……お水もあった方がいいんじゃないでしょうか……」と真奈美。
「氷で傷を冷やしてやるのはどうかな」と七瀬。
「あとぉ、ジュースも買ってきて欲しいりゅ〜ん」とえみる。
一人だけ勘違いしているヤツがいるようだが、敢えて突っ込まないことにした。
買い物から戻ってみると、彼女たちは市役所前の広場の植え込みの陰に移動していた。世界遺産の街並みに血まみれの女の子は似合わない、ということに気づいたらしい。彼女たちは談笑していた。まったくもって平和な光景だった。ただ一点、気絶していたはずの晶が両目をぱっちりと開いている、という点をのぞいては。
「おい! 晶が目を覚ましてるぞ!」
僕は叫んだ。
晶は僕を見つめているように見えた。だが、その様子がおかしい。放心したように空中の一点を凝視しているようだった。やがてその瞳にはおびえの色がともり、体が小刻みに震えだした。
僕の叫びで警戒態勢を取った真奈美たちも、晶の奇妙な態度に気づき、何も行動できないでいる。
「……何故おまえがここにいる!」晶の震える唇が言葉を紡ぎだした。「ワタシがガブリエル様の秘密をしゃべったとでも思うの!?」
全員が晶の視線を追った。
僕は背後を振り返って、驚いた。そこにはさっき僕が行ったコンビニでレジを打っていた女の子の店員が、腕組みをして立っていた。茶色の髪の女の子は、かけていた眼鏡をはずし、僕たちの方に向き直った。
その顔にははっきりと見覚えがあった……
「ああああ」
漏れ出るような奇妙な声は、晶が発した物だった。顔が奇妙な形にゆがみ、隆起した。皮膚を突き破って、中から何か、きらきらと輝く物が飛び出した。同時に、再び鮮血も吹き出す。
何が起こっているのかよくわからなかった。
理解できたのはただ一つ、晶はスタンド攻撃を受けている、ということだ。
「何故アナタがこのワタシを殺しにくるのッ!?」
断末魔の絶叫をあげながら、晶はコンビニ店員に問いかける。
対照的に、コンビニ店員の声は平静なものだった。
「ガブリエル様は誰にも心を許さない方だ……お命頂戴いたします」
上空で白い鳥が舞っていた。白い鳥といえば白鳥であるが、白鳥が旋回しながら飛ぶ姿を見た試しはない。そもそもフォルムが白鳥のものとは明らかに違う。白い鷹のように見えた。青い空のせいで錯覚で白く見えるのだろうか、などと考えるうちに、鳥は急降下してきて、コンビニ店員の肩に降り立った。
奇妙な光輝に包まれた白い鷹だった。それもそのはず、鷹の体は氷でできていた。氷の鳥だ。
「私の名は沢渡ほのか……お見知り置きを」コンビニ店員は自己紹介した。
小学五年生の時、僕は札幌の学校に通っていた。ほのかはそのときの同級生だ。遠足で牧場に行ったときのちょっとした事件で僕たちは近しい間柄になった。乗った馬が突然暴れだし、ほのかを振り落としたのだ。だが、僕が下敷きになったおかげで、ほのかは怪我一つせずにすんだ。僕は入院するほどの大怪我を負ったが。表向きには、僕はほのかを助けるために進んでクッションの役を務めたということになっている。真実はちょっと違う。気がついたらほのかの尻が目の前にあったのだ。いい迷惑以外の何者でもなかったが、しかしクラスのみんなは見舞いにくるたびに僕の英雄的行為を褒め称えてくれたので悪い気はしなかった。中でもほのかは負い目を感じてか、毎日のように見舞いにやってきた。そして決まって1冊のノートを置いていった。ノートにはその日一日の学校での出来事、ほのかが思ったことなどが書き記されていた。
そんなある日、ほのかは僕に「何でもいいから、あなたも何か書いてくれないかな?」と言ってきた。そこで僕も思っていること、「おまえのせいで入院する羽目になったんじゃこの馬女」とかなんとかいう内容を、子供故の無思慮に任せて延々とノートに綴り、返却した。
その翌日から、ほのかは見舞いに来なくなった。
……また一つMY黒歴史を掘り返してしまった……
「晶さん!」
若菜の叫び声で僕は現実に引き戻された。死に瀕し、地面に仰向けになっている晶の耳元に若菜が呼びかけていた。
「ガブリエルさんとやらがあなたのことを信頼していなかったというのがわかったでしょう!? ガブリエルさんの正体を教えて欲しいんです! お願いです、言ってください!」
惚けたように晶は空中を見つめていた。だがやがて、
「……ガブリエル様は……」
唇がわずかに動いた。
「ワタシのことを信頼してくださっている。言えるか」
そして、首が力無く落ちた。
「OH! GOD!」
若菜は無念さをアメリカ人的オーバーアクションで表現した。
「くっくっくっ……どこまで哀れな女なんだか」
ほのかは植え込みを囲うブロックに腰掛け、余裕の笑みを張り付かせていた。
若菜は口を一文字に結び、ほのかの前に立ちふさがった。
「立ちなさい」
殺気に臆する様子もなく、ほのかは余裕綽々の体でポケットから「白い恋人ドリンク」を取り出すと、プルタブを引き口を付けた。いくら北海道人とはいえ白い恋人ドリンクなどというブツを携帯しているとは恐ろしい、という重いが瞬間僕の頭をよぎった。
若菜は両手に抱いていたミユキ人形を足下におろした。
「余裕ブッこいてんじゃねえぞオラ! さもないとてめーを今すぐ噛みちぎるぜメェェェェン」
「どうぞ。しかしあなたはこの私に指一本触れることはできない」
ミユキ人形がM16カービンライフルを乱射した。
「『継母』ッ!」
ほのかの肩に止まる氷の鳥の背後、空中にいきなり6本の氷柱が現れたかと思うと、若菜に向かって射出された。空中で弾丸を相殺しつつ、同時に若菜本体をも狙う。
「そぉはさせないりゅん! ステッペン・ウルフゥ☆」
えみるがステッペンウルフを発現、スタンドの黒い腕で氷柱をたたき落とすと、ほのかの横に回り込むようにダッシュした。
が、その行動はほのかに読まれていた。
「甘いッ! 『死狂』ゥッ!」
ほのかのかけ声とともに、横合いから馬が突然飛び出してきた。逆にえみるの方が不意をつかれ、体当たりを喰らった。えみるの体は軽く宙を舞った。
「バカな!? スタンドは1人1体が原則のはずッ」
真奈美が叫んでいた。
白い暴れ馬には首がなかった。ほのかは地面を蹴って空高く跳ね上がり、白い暴れ馬の首の切断面にすっぽりとその体を収めた。馬の首があるべき場所に、ほのかの上半身があった。
「フフ! わたしのスタンド『ナチュラル・パニッシャー』は装着型スタンド! 氷の鳥はいわばオプションですッ!」
ほのかの顔の真上に氷の鳥が翼を拡げた。氷柱を乱射する。真奈美は地面を転げ回ってそれを回避、逆にバード・メイデンを数羽突っ込ませた。小鳥たちは氷の鳥の翼をついばみ、引き裂いていく。ダメージとして届いたらしく、氷の鳥は一旦後退、暴れ馬の背に止まった。
氷の鳥の傷に呼応する形で、ほのかの両腕の袖に赤い染みが広がっていった。
「『継母』に傷を付けるとは、さすがこれまで生き残ってこれただけのことはあります。だがこれしきの傷!」
ほのかは袖を破いて二の腕をむき出しにした。氷のスタンドでさっとなでると、傷口はきれいに凍り付いた。
「『バード・メイデン』などわたしの敵ではありません! …………?」
さらに口上を続けようとしたほのかの声がとぎれた。
真奈美がほのかに向かって歩いていった。スタンドも出さず、無防備に、ゆっくりと。命のやりとりをしている最中の常軌を逸した行為に、誰もが動きを止めてしまった。
手の届く至近距離に立つと、真奈美はほのかの顔を正面から見据えた。
真奈美のこめかみに血管が浮かび上がり、ぴくぴくと脈動していた。
「……よくもこの私に鳥さんの姿を破壊させたなァ――――ッ!!」
ほのかの顔を、真奈美は素手で殴った。勢いでほのかはすっ飛び、座っていた植え込みのブロックに思い切り体を打ち付ける。
プツン、と決定的な何かが切れる音がした。
「このッ! ド畜生がァァァァッ!! 思い知れッ! どうだ! どォだッ!!」
さらに真奈美は追い打ちをかけた。ダウンしている相手にものすごい勢いでローキックを繰り出す。相手が抵抗しようがしまいがお構いなし。真奈美の気が済んだ頃には、ほのかは赤いボロ雑巾のようになっていた。
真奈美がキレるのはいつものことだが、今回は彼女の心の中にドス黒いクレバスが存在するのを見せつけられたような気分だ。真奈美の持つ違った一面、と言っていいのだろうか。
幸か不幸かほのかは一命を保っており、僕たちは彼女から情報を引き出すことに成功した。
「イブ祭……ですか……?」
「ええ」地元民たる若菜が説明する。「同志社大学の学祭は一般にイブ祭と呼ばれているのです」
「で、ガブリエル松岡なる人物がコンサートを行うが、その人が弓矢を持ち去ったスタンドの持ち主であり、彼女たちのボスである、と」
七瀬は地面に横たわる晶とほのかに目をやった。
「学祭ってコトはぁ、おいしいものいっぱい食べられるかな〜」
えみるは陽気だった。意図的に僕たちを元気づけようとしているのか、それとも単に無思慮なだけなのか、判断しがたい。
「一緒に行こうか」僕は言った。「バスに乗っていけばすぐにたどり着くだろう」
僕たちはバス停に向かった。きっと良心にあふれる誰かが晶とほのかを病院に連れて行ってくれるだろう、と考えながら。
スタンド名−ナチュラル・パニッシャー
本体−沢渡ほのか
| 破壊力−B/A | スピード−B/B | 射程距離−B/E |
| 持続力−D/B | 精密動作性−C/E | 成長性−E/E |
能力−氷の鳥(継母)と雪の馬(死狂)の2体からなる。 雪の馬は装着型スタンドで防御担当、氷の鳥が攻撃担当。 なお能力表は左が鳥、右が馬である。