第9話 WHITE GELANDE


 京都市内を走る市バスは、路線毎にナントカ系統と番号があてがわれている。僕たちが乗り込んだのは59系統、四条京阪から河原町を北上、今出川通りを西に折れるというルートを取る。これこそ、同志社に行くという僕たちの目的に合致するバスである。運のいいことにバスはすいていたので、僕たち5人全員とも着席することができた。
「ねえ、若菜」僕は何の気無しにたずねた。「京都のバスっていつもこんな風にすいているの?」
 その問いに、若菜は眉根をよせた。
「実は、よく知らないんです」
「どうして? 若菜はあまりバスに乗らないの?」
「実は、そうなんです。いつも家の者が車で送り迎えしてくださいますから。正直なところを言うと、今日までバスの料金が220円だってことすら知りませんでした」
 視線を落とし、若菜はテレ笑いした。
 そのかわいげな仕種とは裏腹に、僕の心の中を冷たい風が吹き抜けた。庶民の出たるこの僕と、深窓の令嬢たる若菜の間に一本、決定的な線を引かれたような気がした。京都市内はどういうわけか、ボンネットにベンツのエンブレムを誇らしげにかざしたでっけえ黒い車がそこかしこを走っている。
「決定的な線」より「深いクレバス」といった方がいいかもしれない。
 心の中に吹き荒れる嵐に気づく風もなく、若菜は後部ウィンドウからバスの後方に続くアスファルトの路面を見やった。
「それにしても、こんな昼間に車が見えないとは珍しいですね。このあたりは常に渋滞しているものなのですが」
 市バスはスムースに動いていた。しかも、後続車が不気味なくらいに、全くない。反対車線、河原町通り南行はいつも通り混雑しているのに、だ。
「事故でもあったのかもしれませんね……南の方で」
 真奈美がしごくもっともな意見を述べた。
 えみるは、背負ったリュックからラジオを取り出した。
「じゃじゃ〜ん☆ 交通情報を聞くならラジオが一番手っ取り早いりゅ〜ん」
「なんててまわしのいい。でもどうしてこんなもの持ってるんだ、えみる」
「ラジオはぁ、実り大き入院生活を送るための必須アイテムだからだよぉ」
 答えつつ、えみるはチューナーをいじりはじめた。ほどなくして聞き取り可能な音声がスピーカーからこぼれでた。そのラジオ局は、ちょうど交通情報の時間のようだった。
「……河原町通りは、四条河原町での玉突き事故のため現在渋滞しております。これからお出かけの人はお気を付け下さい……」
 僕たちがバスに乗車したのは河原町御池。四条河原町はその南の方である。見えるはずがないとわかってはいながら、僕は思わず後部ウィンドウからバスの後方に目をやった。
「……何も見えませんね」
 同じく後部ウィンドウに目をやった若菜が事実を指摘した。何も見えないのは現場が遠すぎるから、ではなかった。なぜかウィンドウが曇って真っ白くなっていた。若菜は手を伸ばして曇りを拭き取ろうとした。
「窓を開けようか? 外気を取り込めば曇りは勝手に収まると思うよ」
 その様子を見ていた七瀬が親切心からかそう進言し、バスの窓を押し上げた。
 途端、すさまじい風圧の冷え切った風が車内に吹き込んできた。勢いで七瀬が椅子から滑り落ちるほどだった。乗客全員(といっても僕たちのほかに2、3、人しか乗っていなかったが)が、異常に気づいて思わず腰を上げた。晴れた秋の日にそよぐ風ではなかった。シベリアの雪嵐のように身を切り刻む痛さがあった。実際にシベリアの雪嵐を体験したわけではないが。
 べこん。
 何かがへこむ音がした。僕たちは頭上を見上げた。べこんべこんとまた音がして、同時にバスの天井がへこんだ。体重が300キロくらいある人物が屋根の上を歩いているかのようだった。
「敵だなッ!? いつのまにか屋根の上に乗っているッ!」
nyu-subannguminannkadeokinawabennnijimakugatukuttenohawakarusuge-yokuwakarru
 はじめ、それは風が吹きすさぶ音のように思われた。
「蜂の巣にしてやるぜメェェェェン!」
 若菜のスタンド、ミユキ人形がライフルで天井にぼこぼこに穴を開けた。通常ならばこれで戦闘は終了、敵スタンド使いはバスの屋根から転げ落ちるはずだった。が、それらしい影はまったく見えず、かわりにさっきの妙な物音が再び聞こえた。
nanisirookinawahamukasiryuukyuuoukokutteiunihonntohabetunokunidattanndakaranaa dagaxtu!  tugarubennnijimakusu-pa-wotukeruttenohadouiukotodaxtu!?  tugarubennharippananihonngodaro-ga!  onajinihonnjinnnaranihonngoworikaisirottu-no!  nameyagattetoukyounoterebikyokumetyouiratukuze-xtu!
 そして、怒ったようにバスの天井をガンガンと殴るような音が連打した。
 誰もが目を点にした。この妙な物音は、真上にいる姿の見えないスタンド使いが発音しているのだということを全員が悟った。
 が。
「一体……上の人は何を言っているんですか……!?」と真奈美。
「我々のまったく預かり知らぬ未知の言語のように思えましたが!?」と若菜。
「私の母星の言語にちょっと似ているようだけど」と七瀬。
「朝鮮語かもしれないりゅん」とえみる。
「いや……」僕は彼女たちの意見をすべて否定した。「今のは、『ニュース番組なんかで、沖縄弁に字幕スーパーがつくってのはわかる。スゲーよくわかる。なにしろ沖縄は昔琉球王国って言う、日本とはべつの国だったからなあ。だがッ! 津軽弁に字幕スーパーが入るってのはどういう事だッ!? 津軽弁は立派な日本語だろーが! 同じ日本人なら日本語を理解しろっつーの! なめやがって東京のテレビ局め、超いらつくぜーッ!』と言ったんだ」
「……どうしてわかるんです……?」
 真奈美の問いに、僕は一つため息を吐いた。
「僕は小さい頃、青森に住んでいたんだ。津軽弁は発音もヒアリングも完全なのさ」
 だからこそ、新手のスタンド使いの正体が、僕にはわかってしまった。安達妙子、幼年期をともにすごした幼なじみの妙子であるに違いなかった。

 天井の銃弾跡から流れ込んできた冷え切った風に、僕たちは殴られたような痛みを感じた。
「ブラック・ギオン・サバスの銃弾は間違いなく敵を捕らえたのに……どうしてなんともないのですか!?」
 両手をかざして風を遮りつつ、若菜が必死に叫んだ。
 すると意外にも、屋根に張り付いたままの妙子は返事をよこした。
「弾丸の無駄だね。私の能力『ホワイト・ゲレンデ』は、極低音で空気中の水分を凝結させて、装甲のように身にまとっている……!」
「標準語……立派に話せるじゃないですか……」
 控えめに真奈美は指摘した。
「ホワイト・ゲレンデ、ジェントリー・スピークス(礼儀正しくしゃべる)! スタンドのパワーはかなり使うけど、流麗な日本語を話すことだってできるのよ! 青森県民をバカにしないでッ!」
「運転手さん、バス止めてよぉッ!」
 えみるがバスの前方に向かっていったが、運転手は体が半分凍り付き、既に絶命していた。スタンドを駆使して運転手の遺体を押しのけ、ペダルを踏んでみるものの、ペダルまで凍り付いていて、踏み込むことができない。
「ホワイト・ゲレンデで凍らせられない物はないッ! 空気はマイナス210度で固体となって凍りはじめる! 私のホワイトゲレンデはあらゆる物体をマイナス10000度まで冷却できるッ!」
 どうも、妙子は科学知識に疎いようだった。
 ミユキ人形が再度が銃を乱射した。
「あんたの弾丸ごときでは撃ちぬけねえっていってるでしょおがーッ!」
 妙子の嘲笑は、しかし事実を正確に捉えていなかった。銃弾は、天井の妙子が乗っていると思われる個所を囲むように、丸く撃ち抜いていた。
 よく晴れた秋の陽光が僕たちの目にさしこんだ。妙子の体が風にあおられ、天井ごと持っていってしまったのだ。巨大な氷の中の妙子の体が、バスのはるか後方に飛んでいき、アスファルトに叩き付けられるのが見えた。通常であればグシャグシャの肉塊になっていたところだろう。だが、2回転くらいで妙子は再び起き上がった。
「あの人……ああやってこのバスの乗り移ってきたんですね……追ってくる!?」
 真奈美が驚きの声を漏らした。
 装着型スタンドを、妙子は発現させていた。毛糸の帽子、ゴーグル、風除けマスクで顔を隠し、ピンク色のスキーウェアを装着、足にはスキー板を履き、両手にはストックを持っている。完全武装のスキーヤーが河原町通りをものすごいスピードで北上していた。
 そして、怒りのあまりか語気も荒々しく絶叫する。
takoyakinitakogahaitteirunohawakaru suge-yokuwakarudagaennzerupainiennzerugahaitteinaittenohado-yu-kotodaxtu!?  ennzerugahaitteneenaratannnarupaidaro-ga!  bakanisitennnokakonoorewo!?」
「『タコヤキにたこが入ってるってのはわかる。すげーよくわかる。だが、エンゼルパイにエンゼルが入ってないってのはどーゆーことだっ!? エンゼルが入ってねえならただのパイだろーが! 馬鹿にしてんのかこのオレを!?』……だそーです」
 興奮するとお里の言葉が出てしまうようだ。
「た、大変りゅ〜ん!」
 運転手席からえみるが叫び声をあげた。
 すぐさま若菜が駆け寄った。その後ろをミユキ人形がぴょこぴょこ椅子の背を飛びながら追っていく。
「どうなさいました!?」
「えみるの鼻からエクトプラズムが出てるよぉっ」
 キルリアン写真のごとき白い固まりがえみるの鼻から生えていた。その正体は、鼻から発せられた呼気が瞬間的に凍り付いたものだった。
 ミユキ人形は、一発で氷の固まりを撃ち抜いた。
「次にくだらねーギャグを言ってみろ! 今度はてめーの顔を撃ち抜くからな!?」
「……えみるさんはここにいて、ブレーキを踏んでくださいね? 敵スタンドが離れているから、スタンド能力で凍らされた車体は、いずれ解けるはずですから」
 ミユキ人形はえみるを食い殺さんばかりの勢いで、若菜は不気味なくらい穏やかな調子で、同時に言った。
 えみるは黙ってうなずいた。
「超低温は静止の世界だ……」妙子はじわじわと距離を詰めつつある。「マイナス10000度の世界で動ける物質は何もなくなる、すべてを止められる……! 私の『ホワイト・ゲレンデ』が完璧なのはそこなのよ! 爆走する青函連絡船だって止められる! 未処理の核廃棄物だろうとまったく無害な存在にできる!」
 自分の能力を説明するという妙子の行為は、少なくとも、真奈美を青ざめさせることに成功していた。
「……マイナス10000度まで冷やすだなんて……なんてスゴい能力なの……?」
 バカは、ここにも一人いた。
 若菜の言うとおり、巨大な氷の立方体となっていた市バスは、秋の平常の気温の中で急速に解凍されていった。が、それはそれで妙子の利用するところとなった。解けて垂れ落ちる水のしずくを瞬間冷凍、氷のロープを伸ばして前を行くバスを捕まえた。さながら水上スキーである。
「バード・メイデンッ」
 両手を塞がったところを狙いすまし、真奈美が攻撃を仕掛けた。だが、妙子はステッキを一振りして小鳥をはねのける。そもそも、妙子の完全武装は小鳥ごときには打ち破れそうにはない。
 妙子はロープを手繰り寄せ、一気に距離を詰めてくる。
「止めろえみる! バスを止めるんだッ! またブレーキペダルが凍って役に立たなくなるぞッ!」
「もう一度ッ! バード……!」
 真奈美がもう一度スタンド攻撃しようと腕を伸ばしたのと同時に、妙子も腕を伸ばした。スキー用の分厚い手袋をはめた妙子の拳はやすやすとガラスを破り、真奈美の腕をつかまえた。
「その必要はないよ!」妙子は僕の方を見て言った。「こうやって直に冷やすんだから。ブチ割れろ……!」
 妙子に握られた部分から、ピキピキと白い氷が真奈美の腕を這い上がっていった。
 確かに、妙子は真奈美を凍らせること(とジェントリースピークス)にスタンドパワーの全力を注いでいた。だから妙子が最接近しているにもかかわらずバスの車体は解け続けていた。だからこそ、えみるはこの瞬間にブレーキペダルを踏み込むことができたのだった。
 バスは見事にスリップした。道路をスムースに滑走できるよう、妙子は100メートルくらい先まで路面を凍結させていたのである。そこは河原町丸太町の交差点で、しかも赤信号だった。
 急に全身が無重力状態になったかと思うと、なにかにものすごい勢いでぶつかった。あとは何もわからなくなった。

 気を失っていたのはほんのわずかの間のようだった。十数台の車が玉突き衝突を起こし、そのうち数台が黒煙を上げていた。ひょっとしたらガソリンに引火する恐れがある。必死の思いで僕は身を起こした。背中を打ち付けたらしく、体勢を変えた途端に痛みが走ったが、それだけだった。骨が折れた様子もない。幸運だったのか、はたまたまだ見ぬ僕のスタンド能力が無意識のうちに防御姿勢をとったのか?
「何も考えねーで思いっきりブレーキ踏むからこんなことになったんだッシャーッ! 少しは責任を感じろッ! メェェェエン」
「だってぇ、路面が凍ってるなんて思わなかったんだものぉ。京都の道路が凍結しているはずがないりゅ〜ん」
「東北人だろーがてめーはッ! 気合で止めろ気合でッ」
 交差点の北西側の角で、えみるとミユキ人形が事故の責任を巡り口論していた。ということは、と思い周囲を見回す。
 事故車の陰から若菜と真奈美が現れた。真奈美は妙子に握られたほうの腕をぶら下げ、若菜の肩を借りていたが、大事には至っていないようだった。
 弱々しくはあるが、真奈美は安堵の声を漏らした。
「みんな……事故の衝撃をスタンドで防げたみたいですね……」
「いや」僕は大切なことに気がついた。「一人足りないぞ……!?」

「……koharubiyoritteyo-」(小春日和ってよぉ〜)
 救急車、パトカーが大挙してやってきた頃。
 市バスは横転していたが、半分氷漬けにされているため、今すぐ爆発炎上を起こす気配はなかった。かわりに、中から津軽弁が聞こえてきた。
nihonngodehakoharubiyoridagaeigodehaindiansummurtteiusositehonntounoimihaakinoyokuharetaattakaihinokotodakorettedouiukotonanndayoxo-orewonametennnoka! harunanokanatunanokaakinanoka hakkirisiyagarekonokusoyarouga-xtu!!」(日本語では小「春」日和だが、英語ではインディアンサマーという。そして本当の意味は秋のよく晴れたあったかい日の事だ。これってどういう事なんだよぉ〜。オレをなめてんのか! 春なのか夏なのか秋なのかはっきりしやがれこのクソ野郎が〜ッ!!)
 怒号とともに、ガンガンとヒステリックに鉄板を叩く音が轟きわたった。その何発目かがとうとうバスの壁を突き破った。拳が出て、次に頭が出た。真奈美、若菜、えみるは反射的にそれぞれのスタンドを発現させた。
 妙子は僕たちに背を向けたまま、動こうとしなかった。ホワイト・ゲレンデの能力で何かしかけるつもりか、と僕たちは警戒した。が、いつまでたっても何の動きも見せない。
「……どうしたんだ……?」
 僕は首を伸ばし、妙子の視線を追った。しかして謎は氷解した。妙子は視界の中のあるものに気を取られていたのだ。それは2本の腕を持った2足歩行型の生物だったが、いまは長い手足を折り畳み、不気味な具合に蠢かせていた。
「……なんの……つもり……なんだァァァァ」
 妙子が謎に思うのも当然だった。
 耐えられなくなってか、その生命体はついに叫び声をあげた。
「ギャアアアア――――――――――ッ!! 救急車やパトカーのサイレンの音は苦手なんだァ――――――――ッ!!」
 自分の影が南に伸びていることに、僕は気づいた。
 僕たちは一瞬目をあわせた後、全力でその場から逃げ出した。
 だが、妙子は七瀬の絶叫の意味を理解できなかった――最期まで。

 突然油田が吹き出たのかと思った。ここはサウジの砂漠か、と勘違いするほど、土煙の柱は高かった。好判断のおかげで、僕たちは隕石落下の直接の衝撃を回避することはできたようだ。が、少しすると、土砂やら砕けたアスファルトの破片やらが激しい勢いで降ってきた。スタンドで回避することはできたものの、常人であれば怪我は免れ得ないところだ。
 事故現場は土埃に包まれ、見通すことはできなかったが、とんでもないことになっているであろうことは容易に予測できた。土埃が去った後には、恐らく巨大なクレーターが口を開いていることだろう。
 しかし、七瀬がピンピンした状態で土煙の中から出てくる、ということも容易に予測できた。さすがに衣服はボロボロになっていたが。
「みんな――大丈夫だったかな」
 七瀬の第一声は、「おまえこそ大丈夫か」とつっこまずにはいられないものだった。が、誰もが七瀬の生還に喜ぶ前に唖然としていたので、誰も何も言わなかった。
 努めて平静を装い、僕はたずねた。
「妙子はどうなった……?」
 ちょっと背後を振り返ってから、七瀬は答えた。
「彼女は、星に還ったよ……」
 七瀬らしい返答に、僕は深く肯くより他になかった。

安達妙子-死亡


スタンド名-ホワイト・ゲレンデ
本体−安達妙子

破壊力−A スピード−B 射程距離−E
持続力−A 精密動作性−E 成長性−E

能力−超低温のスキーウェアを身にまとうスタンド。
あらゆる物質をマイナス10000度まで(本人談)冷却できる。

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