ジャン‐ジャック・フィシュテル

Jean‐Jacques Fiechter

私家版(創元推理文庫)

評価:☆☆

 自分の成功のためにオレの人生を台無しにしたヤツが許せねえので罠にかけて社会的に抹殺してやる〜、という倒叙もの。結論からいうと、良くまとまってはいるが、物足りない。倒叙ものでもっとも大事なのは、オチだ。些細なミスから犯行がばれたとか、犯行はやりおおせたものの罰を食らうことになった、とか運命の皮肉を感じさせるブラックユーモアで倒叙ものは締めくくられるべきである。しかし「私家版」の主人公は途中経過でちょっとドキドキするだけで、最後にはごく普通に勝利を勝ち取ってしまう。つまらん。主人公のヘッポコぶりは読んでいて心温まる、というかステキにダメ人間であるが、かような人間には運命の車輪による罰が与えられるべきである。その点が最大の欠点。主人公が最後にひどい目に遭っていればもうちょっと評価はあがるのだが。
 ただし「Mrクイン」は例外な。アレは全編爆発的にブラックなのでオチがことさらブラックである必要がない。「おれはハッピーエンドが大好きなんだ」。イカす。

ロバート・L・フィッシュ

Robert L. Fish

懐かしい殺人(早川文庫HM)

評価:☆☆

 英国ミステリ作家クラブの創設者である三人の老作家は、もはや原稿の依頼もなく経済状態は逼迫していた。そこで三人は考え出した――三人のミステリ作家としてのノウハウを実地に適用してみてはどうだろう、と。三人は殺人同盟を結成、クライアントから1000ポンドで殺人を請け負い、犯罪に関する知識を駆使して標的を始末するという仕事を開始した。はじめはうまいこといっていたこの稼業だったが、彼らは十件目にヘマを犯してしまった。被告として法廷に立つ羽目となった同胞を救うため、彼らは辣腕弁護士パーシヴァル卿に弁護を依頼する……という話。
 殺人同盟シリーズ第一巻。再読なのだが内容はほとんど忘れていた。三人の老作家に現代のミステリ小説の批評をさせ、かつその批評の正しさを証明するために実地で殺人を行うという趣向が楽しい。さすが、シュロック・ホームズシリーズという輝かしいパロディものをものしているだけあって、安定して面白い。このままシリーズ二巻三巻も読むべ。

お熱い殺人(早川文庫HM)

評価:☆☆

「懐かしい殺人」でのすったもんだで二万ポンドの収入を手に入れた殺人同盟の三老人は、豪華船サンダランド号に乗り込み周遊の旅に出かけた。船上でイカサマ夫婦にカモにされかけるものの、その辺はミステリのトリックを知り尽くした三人のこと、逆にカモにしかえしてさらなる収入を得る。ところが、そのイカサマ夫婦の妻の方が刺殺体で発見され、容疑が降りかかってしまった。三人は、偶然船に乗り合わせていた弁護士パーシヴァル・ピュー卿に助けを求めざるを得なかった……という話。
 殺人同盟第二弾。愉快だ。前作の方は裁判シーンがかなり長くてやや閉口したのだが、今度はかなり短めで楽だった。今回は、殺人そのものはそれほど重要でないということもあるのだろう。なにしろ今回は、老人達は潔白なのだから。殺人に至るまでの課程が非常に楽しい。相手をイカサマに引っかけるつもりで実はこっちが引っかけられていました、というイカサマ夫妻が哀れでならない。

スコット・フィリップス

Scott Phillips

氷の収穫(早川文庫HM)

評価:☆☆

 簡単に言うと強盗団の仲間割れ話であるのだが、話の全容は最後の方になるまでつかめない。前半は、とあるストリップバーの経営者、チャーリーが街を出ていくので知り合いに別れを告げて回っている、という程度なのだが、第二部に入るといきなり強盗仲間同士の殺し合い、出し抜きあいが始まる。殺し合いの最中に少しずつ事態は語られていき、過去のいきさつが読者にすべて明らかになる頃には、チャーリーは見事に殺し合いを勝ち抜いて逃亡。だがその逃亡先には意外なオチが待っていた……という感じか。
 情報の出し方がかなり妙だ。なので前半はややたるいが、後半はあっという間にことが進む。サスペンス十分。そしてオチがかなりアホ。でも現実ってこんなモンだよなあと思わないでもない。よくできた中編だ。というかこの本字でかすぎ……

マリオ・プーヅォ

Mario Puzo

ゴッドファーザー(早川文庫NV)

評価:☆☆☆

 面白い面白い。映画にはなかったエピソードが多々あって実に面白い。カポネが送り込んできた2人のガンマンを逆にとっ捕まえて処刑して死体を送り返す話とか。1人を輪切りにしたら、もう1人は恐怖のあまりさるぐつわのタオルを自ら飲み込んで窒息死。ってそれはソルベとジェラート。あとミスタがパッショーネに入団するエピソードに似たくだりがある。ジョジョの第5部ってこんなにいろいろパクってたのね。別にいいけど。あと映画でわからなかったことがいろいろ解明された。この間テレビで見たやつは放送時間の都合で一部カットされていたようだが。その1、コルレオーネのもとに魚が送られてくるエピソード。コルレオーネの面々は、これを見て、部下のルカ・プラージが殺されたことを悟る。海の底にいる、という意味合いを持つらしいのだが、なぜ全員が魚を見ただけでそれと悟ることができたのか疑問に思ったものだった。が、小説にはこの疑問が瞬時に氷解する台詞が一個添えられていた。「シシリーの古い挨拶なんだよ」。さすがシシリー島。その2、ソロッツォとマクなんとか警部を殺したマイケルがやたらあっさり帰ってきて「判事か誰かを買収したのだろうか」と思ったのだが、どうやらニューヨークの別のファミリーと取り引きし、別件で死刑を宣告されたファミリーの一員が警官殺しの罪を引っかぶったらしい。死刑囚の家族を援助するという条件で。ちなみに、そのファミリーの名はボッキッキオ一族。このような名前ではとてもオンエアできまいね。納得。それにしても小さいッの入った名前が多いこと。小説だとソロッツォがソッロッツォと表記されている。著者がマリオ・プーヅォという表記なのは、どうも訳者が小さい「ッ」マニアであるかららしい。世の中にはいろいろなマニアがいるものだ。三山木には自転車のサドルマニアがいたし。油断大敵。

ザ・シシリアン(早川文庫NV)

評価:★★

 ゴッドファーザーと同じ時系列の話で、シシリアでティターニアが爆殺された直後の話。ドン・ヴィトーはマイケルの身の安全を図るため、シシリアのマフィア、ドン・クローチェにマイケルの安全を取りはからうよう依頼した。その見返りとしてドン・クローチェが要求したのは、義賊と名高いトゥーリ・グイリアーノをアメリカに亡命させて欲しい、というものだった……というストーリーが底辺にあるのだが、紙幅を割かれるのは、グイリアーノ青年が山賊として大活躍する話。グイリアーノはごく普通の農民だったが、ある日汚職警官を殺してしまい、やむなく山賊になってしまった。持ち前の人徳と策謀能力を発揮して当局と対決、農民達から英雄として慕われるが、力が強くなれば強い敵が現れるのが世の常。グイリアーノはやむなく地元マフィアと手を組まざるを得ず、そのことがきっかけとなって組織は崩壊の一途をたどっていく……と書くとまるでシシリア版水滸伝。グイリアーノは宋江の人徳と知多星呉用の(Gロボの呉先生じゃないですよ?)頭脳を兼ね備えた英雄だ。解説では、作者は実在の山賊サルバトーレ・ジュリアーノをモデルにこの話を描いた、としているが、水滸伝もまた念頭にあったに違いない、と思われる。特に、一度山賊団に襲撃されたものの、その立派な態度に免じて命を救われた警官が、当局から疎まれてやむなく山賊団に身を投じる、というくだりなど。山賊団話が非常に面白いので、別にゴッドファーザーとのつながりを持たせる必要はないんじゃないか、とも思うのだが、これは商業的な理由というヤツですか。映画化名「シシリアン」ということだが、小説が先か映画企画が先なのか。ともかく、シシリアは恐ろしいところ、ということがよくわかった。

エリザベス・フェラーズ

Elizabeth Ferrars

細工は流々(創元推理文庫)

評価:☆☆

 ある晩トビーのところに知り合いの女性がやってきて、何も聞かずに15ポンド貸してくれ、と頼み込んできた。トビーはその頼みに快く答えたが、翌日、彼女は毒殺された。調査すべくトビーが乗り込んだ屋敷からは、奇妙な仕掛け――飛び出る毒矢とか外から部屋に鍵をかける細工とか――が多数発見された。推理小説に出てくるようなトリックを試している奴が屋敷の中にいるらしい。果たしてその正体は? という話。
 安定して面白い。「猿来たりなば」に比べるとやや構成がすっきりしてはいないが、でも十分面白い。やはりアレだ。女性が書く女性キャラクターってのは男が書くより生っぽくて、いい。

さまよえる未亡人たち(創元推理文庫)

評価:☆☆

 スコットランドの島へ旅行に出かけたロビンは四人の有閑マダムと知り合った。数日後、有閑マダムの一人が酔い止め薬の中にまぎれていた毒をあおって死ぬ、という事件が起きる。その死は他殺とも自殺とも事故ともとれた。その前日に、その被害者が他のマダムから酔い止め薬を譲ってもらった、という事実があるからだ。ロビンはにわか探偵となって謎を解くことにした。旅先で知り合い、ほのかな思慕を寄せるようになった一人の女性を冤罪から救うために。という話。
 決して話の分量は多くないのだが、次から次へと押し寄せる新事実で事態は二転三転する。表か裏か、的な単純な問題をいいように転がすフェラーズの手腕はこの作品でも存分に力を振るっており非常に面白い。これで創元文庫のフェラーズ作品を全部読んだわけであるが、総じて面白い。一番面白かったのは最初に読んだ「猿来たりなば」だが、他の作品も決して劣るわけではなく、なんでこんなに面白い作品の翻訳が50年もほっとかれていたのだろうと首をひねらずにはいられない。創元はこの調子で新訳を出してもらいたい。それまでは「私が見たと蝿がいう」でも探してみる。

猿来たりなば(創元推理文庫)

評価:☆☆☆

 犯罪ジャーナリストトビーとジョージは、異邦人からの手紙に応え、謎の連続誘拐事件を解決すべくとあるイギリスのド田舎までやってきた。ところが待っていたのは、誘拐されたのは実はチンパンジー、という衝撃の事実。それでもまあ誘拐事件だし調べてみようか、と捜査を開始した途端、チンパンジーが他殺体で発見された。調べ始めたら遺産相続、保険金、恐喝、あるいは嫉妬、と村の住人達にチンパンジーを殺す動機がわさわさ出てくるわ出てくるわ。このかなりばかげた状況でトビーとジョージは真実を見出すことができるのでしょうか? という話。珍妙すぎる状況、上品なユーモア、「てめェ今ワシのチンパンジーのことを猿と呼んだなーッ!」という具合の動物心理学者をはじめとした妙にキャラが立っている登場人物達、とオモシロ小説の衣を被ってはいるが中身はまさに本格ミステリ。猿の誘拐、という変化球が実に黄金期末期らしい秀作である。まさしくモンキーパズル。というか殺害方法でモンキーパズル(バナナを天井からぶら下げて台と棒を使って取る、というアレ)が重要な役割を負っている。1942年作品なのだが、そのころからモンキーパズルってあったのね、と妙な感慨を抱いたりした。とても面白かったのでフェラーズは重点爆撃目標の一つとしてみたい。もっと読もう。

自殺の殺人(創元推理文庫)

評価:☆☆

 トビーはある日、自殺を試みようとしていた男を救った。無事家に送り届けたものの、翌日男は植物園で死体となって発見された。はじめは拳銃自殺と思われたものの他殺と考えられないこともない証拠も出てきて事態は妙なことに。自殺に見せかけた他殺なのか、他殺に見せかけた自殺なのか? 相も変わらず頓珍漢なトビーの推理が冴え渡る。という話。
 つまるところそれは自殺だったのか他殺だったのか、という単純な問題に終始するわけであるが事態は二転三転、単純ゆえに奥深く話は転がっていく。豆のさやがどうとか秘書が主人の手紙を勝手に処分してクビになったとか、一見どうでもよさそうな事実が実は一枚の絵を描く重要なピースだった、と本格らしい手堅いつくりでありこの人の作品は安定しておもろいなあと思った。
 あと登場人物の一人ティンギー警部が妙に面白かった。「人の名前が思い出せなければ、誰も彼もマクラスキーと呼ぶことにしていた」という人生哲学は、範とするに値する。

その死者の名は(創元推理文庫)

評価:★★

 アンナ・ミルン未亡人は深夜、人を轢いたと警察に飛びこんだ。現場に行ってみると、死んだ男は泥酔しており、道のど真ん中で寝ていたらしい。しかしこの男、どこの酒場に寄った形跡もなく、酒瓶も持っていなかった。そしてそもそも身分を証明するものを一切持っていなかった。車に踏んづけられて顔を潰されており、かろうじて近所の者ではないらしいということが分かる程度。これは本当に単なる事故だったのか? 当惑しつつ捜査を続ける警察に、とある二人組がしゃしゃり出る。犯罪ジャーナリストトビー・ダイクとその相棒ジョージは勝手に捜査を開始した――という話。
 フェラーズのデビュー作にしてトビー&ジョージの初登場作品。邦訳済みのシリーズ三冊に比べると、さすがに劣る。しかしそれは発表年別に並べていくとどんどん面白くなっていっているということであり、唯一未訳のシリーズ最終作には期待が持てるというものである。伏線の張り方に後年の特徴の萌芽が見られる。特に冒頭のシーンとか。

私が見たと蠅が言う(早川文庫HM)

評価:★★

 ロンドンのとある安アパートの一室の床下からピストルが発見された。その部屋はつい最近入居者が変わったばかりだったが、元の入居者が殺され、しかも武器にそのピストルが使われていたという事実が発覚するに及び、アパートの人間はお互いを疑い始める。ピストルを床下に隠したのはアパートの住人の誰かに間違いなく、そしておそらくその人物こそが殺人犯に違いないからだ……という話。
 ハヤカワミステリで出ていた奴の復刊。読みたかったので、ありがたい話だ。フェラーズらしいトリックの扱い方、意外な展開と安定して面白い。アパートの各部屋の住人をうまいこと書き分けて、彼らのさぐり合いをうまいこと話の展開に織り込んでいるあたりがかなりよくできてるね。イヤな人たちばかりだけど。この辺もフェラーズらしいユーモアですね。

ジュリー・M・フェンスター

Julie M. Fenster

エーテル・デイ 麻酔法発明の日(文春文庫)

評価:☆☆

 一八四六年十月十六日、ある特殊な手術がマサチューセッツで行われた。患者にあらかじめエチルエーテルを吸引させることにより、麻酔をかけての手術を行ったのだ。これは見事に成功、無痛手術というセンセーションがアメリカを駆け巡ることになった。しかしこの日をきっかけに、麻酔手術の発明に関わった三人の男は人生を狂わせていくのだった……というノンフィクション。
 実は華岡青洲の40年後の話ではあるのだが、現代の麻酔技術の元祖はこっちなんだそうです。そもそもある種のガスが人間を麻痺状態に追いやることは18世紀末の時点で知られていて、笑気ガス吸引による狂態を見世物にするショーすらあったそうで。麻酔手術の発明とは、いってしまえば周知の事実を医療の場に応用してみたらどうか、という程度のものであり、それゆえに麻酔手術の発明に関わった三人の男は「我こそが発明者である」という決定的なステータスを勝ち取ることができず、人生を破滅させたそうな。面白かった。

トニー・フェンリー

Tony Fennelly

おかしな奴が多すぎる(扶桑社ミステリー)

評価:☆☆

 事業家ヒューバート・ルーミスの惨殺死体はオカマの溜まり場、ラムロッド・ラウンジのトイレで発見された。ペニスを切り取られ、かつ肛門から苛性ソーダをぶち込まれるという苛烈な死体だった。被害者がオカマなら犯人もオカマに違いないと判断した警察はオカマの調査員を起用することにした。そこで出番となったのが元凄腕検察官のマット・シンクレア。オカマ自警団に貞操を狙われたりオカマの殺し屋に命を狙われたりしながらも、マットは真犯人を探し出すべくニューオーリンズを駆け回る。という話。
 冒頭の惨殺死体発見シーンこそグロテスクではあるが、内容はユーモア小説だ。訳者が田村義進ということもありなにやらトレースシリーズ風味である。何が一番面白かったかというと作者は男性名ながら実は女性、ということであり、ジョイス・ポーターといいタガの外れた女性はすげえ下品なの書くよなあ、と思った。

スーザン・プライス

Susan Price

500年のトンネル(創元推理文庫)

評価:☆☆

 とある巨大企業FUPは時間の行き来を可能にする技術を開発、実用化に成功した。タイムチューブの行き先として選んだのは16世紀、イングランドとスコットランドの境界地帯だった。FUPの目的はこの16世紀から資源を搾取し、あるいは観光地として人を呼ぶといった金儲け。イングランド王とスコットランド王をだまくらかして辺境地帯の支配権を手に入れることには成功したが、もう一つ、この地帯を縄張りとする蛮族スターカームという問題があった。FUPは研究員の女性を送り込み、蛮族との友好関係を築こうとするが、とある事件をきっかけに雲行きが怪しくなり始め……という話。
 複雑なパラドックスはなく、主眼は16世紀人と21世紀人の価値観の対立にある。16世紀の男と21世紀の女の恋も結局のところ価値観の相違により引き裂かれるあたり、なんとも物悲しいものである。あと蛮族連中が現代にやってきて大騒ぎするのがかなり愉快だ。
 解説によると、この作品、本国では児童文学のカテゴリーに入るらしい。マジかよ。たしかにFUPの重役ウィンザーをはじめ出てくる登場人物は非常にわかりやすい性格をしているし、21世紀側の技術やらなんやらについてはかなり描写がぬるいところが散見される。大企業の極秘事業であるタイムチューブになんでホームレスの男が入れるのよ。しかしその割には15世紀側の描写がやったらリアルだ。SFというよりはファンタジーかな、と思って表紙を見てみたらファンタジーレーベルだった。ヌムム。今までSF文庫だと信じ込んでいた。

トマス・フラナガン

Thomas Flanagan

アデスタを吹く冷たい風(ハヤカワミステリ)

評価:☆☆

 とある独裁国家、「共和国」の警官テナント少佐が活躍する短編四編をはじめとする短編集。舞台設定が結構異色である。大戦終了直後というご時世を反映するかのように密輸ネタが二編、亡命ナチネタが一編と非常に社会主義国家風味溢れる短編集だった。復刊時にのみ復刊するのではなく、普通に刷ればいいのに。まあ、初版が1961年ということもあって、単純に読みにくいのは確かだが。なんで古いハヤカワミステリの文章はひらがなの「っ」「ゃ」「ゅ」「ょ」が大きい字で印刷されているんだろう。カタカナは小さい字になっているのに。

クリスチアナ・ブランド

Christianna Brand

疑惑の霧(早川文庫HM)

評価:☆☆

 エヴァンス家にやってきた客人ラウールが、撲殺死体となって発見された。犯人として目されたのは家の主人のトーマスで、妻マチルダがラウールに寝取られたことを恨んでの犯行ということで逮捕される。しかしその妹ロウジーに助けを求められたコックリル警部は事件を別角度から見つめ直し、別の人物に狙いをつける……という話。
 ワタクシの苦手なブランド作品。良くできているのは間違いないんだが、どうしてものめりこめない。何が悪いんだ、と考えてみると、ブランド作品があまりにも技巧的すぎるからじゃないのかと思えてきた。話の内容、というか人間関係がかなり複雑なため、あらすじを容易に説明することができない。そういうわかりにくさがオレには受け入れられないのだろうか。短編なら複雑さにも限度があるが、長編となるといくらでも複雑にできるわけだし。この複雑さがトリックを構成するのに必要なものであるというのは理解できるが、オレにはつらいなあ。

レオ・ブルース

Leo Bruce

ジャックは絞首台に!(現代教養文庫)

評価:☆

 温泉町バディントンにて、二人の老婦人が絞殺されるという事件が起きた。共通点といえば考察という手口と死体のそばにユリの花が添えられていたことだけで、生前二人の間には面識すらなかった。精神異常者の仕業という線で警察は捜査を進めるが、この見方に疑いを投げかけたのが、たまたま病後の静養に来ていた歴史教師キャロラス・ディーン。なにか二人には共通項があるに違いない、と捜査を開始する――という話。
 今ひとつ。これじゃ、クリスティのとある有名作の劣化版だぞ。タイトルを言ったら丸わかりなので、「しがないストッキング売りのアレクサンダー・ボナパルトさんがひどい目に遭う話」とだけ言っておく。「ロープとリングの事件」が評判いいらしいのだけれども、ハードカバーにいきなり手を出すのもためらわれたのでまずは文庫を、と読んでみたのだがちょっと期待はずれだ。残念。

古橋秀行

Furuhashi Hideyuki

サムライ・レンズマン(徳間デュアル文庫)

評価:☆☆

 レンズマンの外伝的位置付けで書かれた作品であり、ワタクシレンズマンを一冊たりと読んだことがなくかつアニメも見たためしはないのだが特に問題なく面白かった。原作を読んでいればより面白いことになるのだろうが、まあそれは創元の新訳版を待つことにする。通称サムライ・レンズマン、シン・クザクの造詣が果てしなく誤った外国的サムライ観に拠っている、というのがなかなか愉快だった。もちろんサムライは喜びの感情を表現するのに「バンザイ!」って叫ぶよね。しかし軽くコーヒーでも一杯ひっかけるかのような感覚で「では私は腹を切ろう」というのはどうよ。あっというまに一族が滅ぶぞ。

ニコラス・ブレイク

Nicholas Blake

死の殻(創元推理文庫)

評価:☆☆

 第一次世界大戦における空の英雄、ファーガス・オブライエンのもとに、脅迫状が送りつけられてきた。殺害予告はクリスマス。私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズは彼の護衛を引きうけたが、クリスマスの翌朝、オブライエンが離れの小屋で射殺されているのが発見された。雪の積もった庭には、オブライエンのものとおぼしき足跡しかなかった……という白い僧院の殺人のような密室殺人なのであるが眼目は密室トリックではなく「過去の罪は長く尾を引く」というテーマである。ケチをつけさせていただくならば、殺人者があまりにも賭けに頼りすぎているところが少々違和感。たしかに十分勝算のある賭けではあるが、二つの殺人両方を賭けにゆだねるのは、どうかと。最終章で明らかになる犯人の正体と動機を考えると、それはそぐわないような気がするのだが。
 とはいえ、まずまず面白かった。オレが「過去の罪は長く尾を引く」テーマが大好きということもあるのだろうが。いずれ「野獣死すべし」も読んでおこう。

旅人の首(ハヤカワミステリ)

評価:☆☆

 ある夜、テムズ川の底から首のない死体が引き上げられた。警視庁の依頼を受け捜査に乗り出した探偵ストレンジウェイズは、死体の身元を割り出す事に成功する。その死体は、川のそばの農場プラッシュ・メドーの農場主の兄、オスワルド・シートンのものであるらしかった。しかしその男は、十年前に自殺した事になっていたのだが、検死の結果、死体は殺されてから間もないものだと判定されていた……という話。
 推理小説としては、まあ普通か。首なし死体といえば、被害者の取り違えのためのトリックに使用されるのが常套であるが、この作品ではそういうことはなかったのでちょっと意外。単に作品にグロテスクの趣を添えているだけだ。ただ、最終章のストレンジュウェイズの述懐部分は、いかにもブレイクらしいオチだと感じた。まあ結局の所、ブレイクの最高傑作は「野獣死すべし」かなあ、という評価は動かないのだが。

サイモン・ブレッド

Simon Brett

死のようにロマンティック(ハヤカワミステリ)

評価:☆☆☆

 そのコテージには惨殺死体が放置されていた。床に落ちていた黒い柄のナイフが、殺害に使われた凶器。だが、この死体は何者で、いかなる経緯で殺されるに至ったのか?……という話。
 冒頭に殺人現場のシーンが描かれるが、ここでは死者が誰なのか、男か女なのかすら明らかにされない。それから本編が始まり、語学学校の教師や生徒達が関わる三角関係が描かれていく。これらの登場人物のうち犯人は誰で、被害者は誰なのかというサスペンスが話の主眼である。構造も面白いが、ラストで物語の様相が大幅に変わってしまうのも面白い。何もないと思われていたところからひょいと連続殺人犯を取り出して見せたのには驚いた。傑作。

イアン・フレミング

Ian Fleming

007/ゴールドフィンガー(早川ミステリ文庫)

評価:☆☆

 メキシコの麻薬組織を潰す任務の帰り道、007ことジェイムズ・ボンドはデュポンという男と出会った。カナスタ勝負で一方的に巻き上げられているのだが、相手のいかさまを見破ってくれないだろうか、という頼みを持ちかけられる。興味を持ったボンドは、ゴールドフィンガーという男に引き合わされた。見事いかさまを見破ったポンドだったが、その後帰還したMI6で驚くべき事実を聞かされる。ゴールドフィンガーは実はロシアの工作員だったのだ。辺を探るうち、ボンドはゴールドフィンガーがグランドスラム作戦なる計画を立てていることをつきとめたが――という話。
 007の小説は初めて読んだ。面白くかつオモシロでもある。グランドスラム作戦というのが、要は金塊保管所に安置されている時価150億ドルの金塊を強奪する、というものなのだが、その手順が「貯水池に毒を流して町にいる人間六万人を全員毒殺、原子爆弾を叩きこんで金庫を破る」とあまりにも豪快だ。あと金粉プレイとかあったりしてやたら荒唐無稽だなあと思った。しかしカナスタイカサマ勝負とかゴルフイカサマ勝負とか、ルールがさっぱりわからんでも手に汗握る駆け引きが伝わって来たりして、地味な部分は非常によくできている。さすがだ。固有名詞とか話の展開とか古臭いものを感じさせるが、まあそれはしかたあるまい。「ここはアイドルワイルド空港だ」というセリフが素で出てきてちょっと驚いた。1959年作品だものな。

ビル・プロンジーニ&バリー・N・マルツバーグ

Bill Pronzini and Barry Norman Malzberg

嘲笑う闇夜(文春文庫)

評価:★★

 アメリカの田舎町ブラッドストーンに連続切り裂き魔が現れた。三人の女を殺し、なお尻尾を見せないところから、犯人は余所者だと思われていた。誰もが顔見知りである田舎で、誰にも怪しいそぶりを見せないということができるだろうか? だが、新聞記者とともにニューヨークから乗りこんできた精神科医フェラーラは新説を主張した。いわく、心の闇に潜む人格が暴走し殺人を犯すため、表層の人格は自分が切り裂き魔であることを知らないのだ、と。誰もが切り裂き魔でありうる、という恐怖はやがて静かに街に広がっていく……という話。
 切り裂き魔の為に激しい強迫観念を持つに至った四人の男プラス切り裂き魔の独白、という形で叙述されている。四人のうち犯人は誰でしょう、というスタイルだ。解説で「木製ジェットコースターの如き作品」と形容されているが、これはいいえて妙である。サスペンス小説として十分に面白くそれだけでジェットコースター的であるが、この二人の合作というと「裁くのは誰か?」という反則技があるだけにいつ脱線事故を起こすやら、と別の意味でもはらはらさせられた。まさしく木製。心配をよそに普通の着地点に落ち着いたので安心したが。シンプルなオチでよい。少なくともこのミス20位以内くらいには入賞できるのでは、と思われる。

裁くのは誰か?(創元推理文庫)

評価:★★

 ニコラス・オーガスティンはアメリカ大統領の任期終盤にあって急速に支持率を落とし、再選どころか党大会での指名すら危ういという状況に陥っていた。ところが、大統領の身辺にいる何者かが、「大統領を陥れる陰謀に加担する者に正義の裁きを下す」と連続殺人を引き起こした。殺人鬼は一体誰で、どこに隠れているのか? 大統領の警護官ジャスティスはその正体を突き止めるべく右往左往するのだが……という話。  オチが、すごかった。ミステリのオチを語るのは七つの大罪の八番目にカウントされるべきことであるので言わないが(ヒント:マサルさん会議)、とにかく驚いた。フェアかアンフェアかと問われれば間違いなくアンフェアであるとは思われるが、でもこのようなアホな着想を、サスペンスあふれる一個の劇として仕立て上げているというのは実に立派であり、脱帽。バカミスマイスターと目されるだけ、ある。