初公演の前日、主演俳優が死んだために解散を余儀なくされたかつての劇団が、今蘇ろうとしていた。パトロンは死んだ俳優の妻にして往年の名女優マージョリー・ヴェイン。ところが初公演前夜、かつての演目ロミオとジュリエットの通し稽古の最中に再び悲劇が襲った。ボックス席から稽古を眺めていたマージョリーが、何者かの放った石弓に胸を貫かれたのだ……という話。
昔ハードカバーで買っていたんだが、読まずに田舎に送り返してしまったので文庫で読了。コアになるトリックはシンプルなんだが、まわりの修飾物があまりにゴテゴテしていて話がわかりにくい。良くも悪くもカー末期の特徴がよく現れた作品というところか。
裕福な老婦人テイラーが毒殺された。犯人として逮捕されたのは秘書のジョイス・エリス。証拠はエリスに対して圧倒的不利だったが、弁護を引き受けた勅撰法廷弁護士パトリック・バトラーは持ち前の腕で無罪を勝ち取ってみせる。ところが無罪宣告の直前、夫人の甥もまた毒殺されるという事件が起きた。バトラーはフェル博士の助力を得て捜査を進めるうち、背後に組織的な悪魔崇拝の殺人者集団の影があることを突き止めるのだが……という話。
有罪の人間を無罪にするのが弁護士の腕の見せ所だ、と主張するスーパー弁護士バトラーの冒険譚。なんか本当に龍騎の北岡弁護士みたいな奴。こいつを主人公にもう一作品書いたカーの気持ちもよくわかる。話の方は、バトラーの立ち回りあり、影で糸を引く謎の組織あり、と後年の歴史物っぽい。組織を利用した毒の調達法など、推理小説としてはやや犯則気味な手を使っているような気もするが、冒険ものと考えればそれほど問題はあるまい。
どうでもいいけどカーの作品って殴り合いとか剣戟とか立ち回りが多いよなー。誰か同人で格闘ゲームでも作ってくれんかのう。キャラクターは結構揃えられるぞ。歴史物の主人公連中を始め、バーモンジーの恐怖とかペンブルック伯爵とか九つの答えの主人公とか。剣士とボクサーに偏るから、ファーンリ家の自動人形とかも出そう。当然バトラーさんの必殺技はビリヤードボール投げ。
第二次世界大戦中、アメリカからイギリスへ向かう商船エドワードディック号は、大量の軍需物資と九人の乗客を乗せていた。航海中、乗客の一人の女性が船室で喉を掻ききられて殺されているのが発見される。現場には明らかに犯人のものと思われる血染めの指紋が残っていた。全員の指紋と照合すれば犯人は一発で判明する、と船長達は乗務員と乗客全員の指紋を採取する。ところが驚くべき事に、現場の指紋と一致するものが一つたりと見つからなかったのである。犯人は十人目の謎の密航者なのか? ドイツの潜水艦にいつ狙われるとも知れぬ船上でただならぬ空気が醸成されていく中、この謎に挑むのは船に乗り合わせていた英国陸軍省情報部長ヘンリー・メリヴェール卿だった……という話。
1940年作品。この頃のカーはトリックも内容も非常にシンプルで読みやすい。指紋トリックをうまいこと扱った傑作の一つだ。戦時下という情勢をトリックとサスペンスの両方に取り込んでいるあたりが非常にうまい。「爬虫類館の殺人」とかラジオドラマとか、この時期の戦争ネタを盛り込んだカー作品ってのはある種の熱気がこもっている。カーのことだ、ナチスドイツという巨悪に対しペンという名の剣で立ち向かえることを悟って勇み立っていたんだろうなあ。戦中と戦後の作品を読めば、カーのテンションの乱高下ぶりがよくわかる。
いかにもカーの40年代的作品、トリックはあっさり目で人間劇のほうに重点を置いていた時期の小品、という感じ。この時期の作品だと個人的には「猫と鼠の殺人」、「テニスコートの謎」あたりが好きなんだが、「囁く影」は今ひとつ、ストライクとまではいかない。犯人の来歴がちょっとご都合的すぎるかなあ、と思われる。6年前の殺人の扱いはうまいんだけどね。ま、カーのコレクションがまた1冊増えたのでそれで十分うれしい。
だがカバーの文庫リストを見ると「死者のノック」「火よ燃えろ!」がすでに再絶版の模様。さすがは早川、売れない本には情無用。
黄金期の作家たちによるリレー小説である。「漂う提督」のような。二篇収録されているのだが、どちらともあまりぱっとしない。一つの話を違う作家から違う作家に渡す、という試み自体は面白いにしても、船頭多くして船山に登るという結果は避けられない。それとも雑誌連載かなんかで一話ずつ掲載されて、話が妙な方向に転がっていくのを楽しむというのが眼目なのか。どっちにせよ、ひとまとめに読むとあまり面白くない。
1927年、歴史小説家ジェフ・コールドウェルは、旧友デイヴの手紙に誘われ久しぶりに故郷ニューオーリンズに戻ってきた。デイヴの住む館「デリーズ館」には二つの伝説があった――スペインの沈没船の財宝が隠し部屋に眠っているという噂、そして十数年前に怪死事件が起きたという事実が。そして今、デイヴの妹が十数年前の事故と似た状況で死を遂げた……という話。
カーの最後から二番目の作品。カー末期の作品群の例に漏れず、色々と問題がある。何を置いても、殺人が起きるまで200ページも読み進む必要があるという時点でかなりダメな感じ。我慢を重ねて読み続けてやっと殺人が起きたと思ったらあっという間に解決、トリックもなんだかなあという代物。末期はホンマダメやったんやなあカー先生。泣ける。
モートレイク判事が自宅の離れで射殺された。密室の中には、以前判事に有罪判決を言い渡された男が銃を手に立っていた。室内からはもう一丁銃が発見され、いずれかの銃によって判事は射殺されたものと思われたが、解剖で摘出された銃弾は、そのどちらでもない第三の銃から発射されたものだった。という密室不可能犯罪を描いた中篇。
アメリカで長らく幻の作品となっていたものを(理由はカーが「書いたことをすっかり忘れていたから」らしい。テキトウな話だが、カーらしくはある)フレデリック・ダネイ(エラリー・クイーンの片割れだ)が発掘したのだが、発掘した際にダネイがかなり内容を刈りこんでしまった。最初に日本で訳された本作品(創元推理文庫カー短編全集3に収録)はダネイの抄訳版のほうで、これはこれで長らく幻の作品だったのだが、21世紀になって何故か突然出版された、という来歴のある作品である。
抄訳版に比べると、人物描写、何点かの手がかりが増えているだけで内容に大きな差はない(あったら驚きだ)。が、改めて読みなおしてみても、面白い。不可能犯罪の巨匠としてのカーがもっとも脂の乗っていた時期だけあり(1937年といえばかの傑作「火刑法廷」をものした年だ)、完璧に決まっている。章の最後に衝撃的な事実を明らかにする手法(「判事はどちらでもない第三の銃弾に撃たれて死んだのです!」ギャギャ〜ン「犯人は鍵がかかって開かない筈の窓から出ていったとしか思えません!」ドッギャ〜ン、という風に効果音でもつけたいところだ)、事件の全容が明らかになるにつれその犯行の不可能性が浮き彫りにされていくというストーリーテリング、等々猛烈にカーらしさがにじみ出ている。傑作。
だがやたら字がでかいのは辟易した。ダニエル・キイス文庫創刊以来早川の新刊ってことごとく字がでかいんですけどォ。
アメリカ南部のメイナード邸に招かれたフェル博士は、メイナード家当主ヘンリーの殺人事件に直面する。鈍器で頭部を潰された死体の周辺には、ヘンリー以外の足跡が残っていなかった。その死に様は奇しくも、メイナード家に伝わる百年前の当主の変死の伝説と同一のものだった……という話。
フェル博士最後の事件、1967年作。カーの他の60年代作品の例に漏れず、この頃の悪いところがかなり出てしまっているという印象を隠すことはできない。なんだかカーという作家の老いを感じるようで悲しいよ。なかなか事件は起きないし、謎の要点は今ひとつはっきりしないし、事実の隠し方にも難アリである。南北戦争時代の提督の変死事件とか犯行の不可能状況とか、あくまでかねてからのテーマにこだわっているあたりは、カーファンとして安心できるものがあるけれど。あとは悪魔のひじの家さえ読めば、フェル博士ものを全部読んだことになるのかな。読もう。カーに出会ってから既に10年超。長かった。
時は第二次世界大戦直後、舞台はロンドン。連隊勤務を離れ、ドナルド・ホールデンは七年ぶりに故郷に帰ってきた。旧友ソーリィに会いに行くと、ソーリィの妻マーゴットは脳出血で死に、その妹シーリアも精神障害を起こしている、ということを聞かされ、衝撃を受ける。それもそのはず、シーリア・マーシュは七年前、ホールデンが恋していた相手だったからだ。ところが実際にシーリアに会ってみると彼女は少々神経質ながら正気そのもの、それどころかソーリィとは全く正反対のことを言う。マーゴットはソーリィの暴力に耐えかね自殺した、というのだ。旧友と昔の恋人の言、どちらの言葉を信じればいいのか? ソーリィには再婚の話が持ち上がっているが、しかし再婚相手の父はシーリアの話に興味を示していた。どうやらなんとかして真相を明らかにしなければならない、という段に至り、一人の男が探偵役として登場する。マーシュ家の旧友で、マーゴットの葬儀の際にも立ち会ったフェル博士だった……という話。
47年発表。「引き潮の魔女」とは全然異なり、話は最初から引き締まっていて最後まで面白く読めた。この頃はやっぱり、お話の進め方とか緊張感の保ち方とかしっかりしてるわ。あとタイトルの付け方がかなりうまいと感じた。「眠れるスフィンクス」とは謎めいたタイトルであるが、悲劇の原因となった被害者マーゴットの性質をよく言い表している。カー作品としては「曲った蝶番」なみにうまい題名だと思う。
時は1805年、イギリス侵攻に向けブーローニュに布陣するフランス軍の陣営は、夜な夜な現れる謎の殺人鬼に戦々恐々としていた。その名は喉切り隊長、姿も見せず歩哨を切り殺すという。既に被害者は複数に上り、看過し得ない事態となりつつあった。皇帝はフーシェに「一週間以内に喉切り隊長を発見して予の前に引きずり出せ」と命令する。そこでフーシェが白羽の矢を立てたのが、つい先日逮捕したばかりのイギリス側スパイ、アラン・ヘッバーン。フーシェの権謀の一環と知りつつ、フランス軍の機密を英国に送る好機ととり、アランは喉切り隊長捜索を開始するのだった――という話。
やっと読めた。カーの他の歴史ものとも一線を画す話である。何より残念なのが、カーの歴史ものの定番であるところの「悪漢との対決」があっさり終わってしまう点。ニューゲイトの花嫁みたいな決闘を期待していたのだが拍子抜け。あとあっという間に喉切り隊長の正体を暴いてしまうのも拍子抜け。真の謎は実行犯を操る黒幕は誰か、というところにあるのだが。とはいえ、カーファンたるワタクシ的には面白かったのでよしとする。
これでカーの傑作と呼ばれる作品は大体読み終わったかね? あとは凡作普通作が残るばかりでありややげんなり。だが読み進んでいくしかない。カーファンだから。
時は一九〇七年、エドワード朝の御代。売り出し中の精神科医ガースの元に、犯罪捜査部の警部トゥィッグがやってくる。彼は驚くべきことを口にする。ガースの恋人、ベティ・コールダー未亡人を恐喝常習犯として捜査中だというのだ。ガースは不吉な予感にかられ、ベティの別荘に向かう。果たして事件は起こった――海辺の脱衣小屋の中で、ベティとうり二つの女性が絞殺体となって発見されたのだ。しかも小屋のまわりに人影はなく、砂浜には足跡一つ無かった……という話。
カーの後期の典型的凡作である。ゴリゴリの怪奇趣味もスラップスティックも剣戟もなく、作品中頭の四分の一がどうでもいい人間関係の描写に割かれ、事件がいつまで経っても起こらない。展開が退屈なので話が頭に入らない、という調子。こんなんカーファン以外には耐えられないだろう。60年代以降で面白い作品といったら「深夜の密使」くらいか。仮面劇場も微妙だったしなあ。そういえば「悪魔のひじの家」「月明かりの闇」も手元にあるけど未読だぞ……
フリーのゲームデザイナー、ステップはかつてベストセラーになったゲームを書き、財を成した男だった。しかし不景気の到来とともに収入が激減、やむなく職探しを始める。やっとみつけたソフトのマニュアル書きの仕事のため、ステップは一家を伴いノースカロライナ州のストゥベンに引っ越した。新しい町での生活に、しかし長男のスティーヴィだけは学校に慣れないせいか、奇妙な行動を取り始めた。遊び相手として、見えない空想上の友達を作り上げたらしいのである。父ステップと母ディアンヌはこれを解決すべく東奔西走するのだが……という話。
かなり読むのに苦労したが、面白かった。一見すると、アメリカの家庭を描く家族小説だが、裏にはローズマリーの赤ちゃん的なホラーが潜んでいる。ラストシーン、少年たちがクリスマスパーティに集合するシーンはあまりにも感動的だ。解説に「異色の家庭小説」とあるが、まったくもってその通り。人の親であるということは難しいことだなあと思い知らされた。傑作。内容的にはこれっぽっちもSFではなくNVレーベルで出すべきだと思ったが。カードだからしかたがないのか。
「エンダーのゲーム」を読んだときも思ったのだが、よくできた話だがオレの心の琴線に触れるところがない。いや……まあ……う〜ん。大草原の小さな家ではあるが、幻魔大戦というほどではない。そもそも幻魔大戦読んだことないし。おそらくは趣味の問題であるのだろう。
ただ、世界設定には大いに心惹かれるものがあった。時代は19世紀初頭だが、清教徒革命がジョンバール分岐点になっていて、チャールズ1世がサウスカロライナまで逃げ込んだため、アメリカ南部は王党派、北部は護国卿の支配地となっていて、その間にオランダ人やスウェーデン人の移民が大多数を占めるアメリカ合衆国、となっている。これは結構面白い。この魅力的な歴史背景が、メインストーリーとあまり関係ない、というのがモヤモヤの原因だろうか? 続刊でそのあたりが絡んでくるなら、続きを読んでもいい。
エンダーが昆虫型異星人バガーを殲滅してから三千年。人類は新たな異種族ピギーに出会った。惑星ルジタニアの森に住む彼らとの相互理解に努めるべく、人類は異類学者、異生物学者を送り込んで調査につとめる。ところがある時、異類学者ピポがピギー達の手によって惨殺されるという事件が起きる。今や<死者の代弁者>を生業としているエンダーは、依頼を受けてピポの人生の真実について語るため、惑星ルジタニアに向かう……という話。
「エンダーのゲーム」を読んだのは多分大学一回の時だから、もう十年前になるのかなあ。窩巣女王とか、いくつかの設定が初めのうちわけわからなかったのだが、だんだん思い出してきた。物語の軸は主として二つだ――一つは異生物ピギー達の奇妙な生態とその風習の謎、もう一つはそのピギー達の謎を解き明かすためにルジタニアに住み続けている家族の物語である。両者をうまいこと絡めて一つの物語に仕立て上げているのはうまいなあと思った。宗教色が結構強いというところに違和感を覚えたけれど。エンダーでもこんなに宗教色あったっけ? 覚えていない。当方不信心者故、どうもピンとこない。「消えた少年たち」とかだったら舞台が現代だけにまだわかるのだが、未来世紀にカトリックとか持ち込まれると不思議な感じ。もうちょっと宗教色の強いSFを読んでみよう……
10年前、フランスはアスニエールで若い男女が殺された。恋愛のもつれからお互いがお互いを殺したのだ、という結論に警察は達し、捜査は終結した。しかし実は第三者が殺人を犯したのだった。殺人犯は証拠をことごとく消し、うまいこと逃げおおせたのだ。ところが時効寸前のある日、殺人現場を押さえた8ミリフィルムを持った男がやってきた。男は、殺人者と被害者の母親を両天秤にかけ、より高値をつけた方にフィルムを売る、と言ってきた。殺人犯と被害者の母親は金策のために走り回り、そして……
話は、殺人者と被害者の母の独白を交互に繰り返しながらすすんでいく。
幻の名作と長らく呼ばれていたこの作品だが、なるほど名作だった。最後の1ページで訪れるフィニッシングストロークには誰もがやられたと思うに違いない。こりゃすごいわ。
旧訳版は誤訳のためトリックが割れている、という事実は海外ミステリファンの間では結構有名だが、オレは旧訳版を読んだことがなかったので、トリックが割れてしまうほどの誤訳ってどんなんやねん、と思っていた。だが、新訳を読んでわかった。これは誤訳した瞬間にすべてが台無しになる。というか作品全体に渡って誤訳の危険が潜んでいる。フランス語どころか翻訳ということをやったためしのないオレでも、断言できる。この危なっかしい綱渡りを行った作者、そして訳者にはお見事というほかない。お見事。
ジルベールは婚約したが、別に愛人がいて、なかなか別れの言葉を切り出せずにいた。一念発起して決心したのはいいが、その矢先、愛人から「あなたの子供ができたので養育費がほしい」といわれてしまう。窮地に追いやられたジルベールは、非合法的手段に訴える覚悟を決めた。だが、愛人を殺すのは忍びない。せめて課長に昇進すれば婚約者と愛人、2人を同時に養っていくことができる。しかし直属の上司を殺すのもそれはそれで忍びない。悩んだ末にジルベールはあるアイデアを思いついた。社長を殺すのだ。すると、副社長が社長に、総務部長が副社長に、総務次長が総務部長に、課長が総務次長に、そして課長補佐であるジルベールが課長に、それぞれ昇進することになる。労働協約で、そういうことになるらしい。ジルベールはこの完璧すぎる計画を抱き、殺人のための工作を進めるのでありました。
というオモシロ話である。いやあ、アホでいいです。最後がちょっと弱いけど。ジルベールの知らないところで起きていた「連鎖反応」(具体的にいうとルビニャックの暗躍)についても、デウス・エクス・マキナ(でいいのか?)たる語り手に最後に語らせるのではなく、時系列順に織り込んでおけばよかったのではないのか? とは思う。殺人交叉点と読んで思ったことであるが、この人は殺人者の心理を書くのがうまい。倒叙ものを書くためには必須の才能であろう。特に、ジルベールが心の裡で自己弁護をするくだりは、素晴らしかった。一生に一度だけ嘘をついた奴を嘘つきと呼ぶことはできないし、一生に一度だけ盗みを働いたことのある男を泥棒と呼ぶことはできないし、たったひとりだけ女性を誘惑した男を女たらしと呼ぶことはできない。だから、一度だけ殺人を犯した者を殺人者と呼ぶことはできない、んですって。
私立探偵ヴィンセント・ルビオは恐竜だった。そう、6500万年前の絶滅危機をきりぬけ、今は人間の着ぐるみを着て人間社会にさりげなくまぎれこんでいる恐竜の一匹だ。今回の事件は、相棒アーニーの別れた妻の依頼だった。弟が祖竜教会なるカルトにはまったので連れ戻して欲しい、という頼みに、二人は潜入調査を開始する。という話。
クロムウェルもナポレオンもムッソリーニも実は恐竜でした、というヤケクソな世界を舞台にした「さらば愛しき鉤爪」の第二弾。前作は、一見ヤケクソな話に見えてしっかりハードボイルドになっており、しかも世界観がミステリ的ギミックとして働くという珍作になっており驚かされた。このミスにしっかり入賞したのも驚かされた。今作もまた奇妙な世界観を広げる作品になっており、恐竜カルトは出てくるわオカマの恐竜は出てくるわなかなかにやりたい放題。他にもゴア副大統領は実は恐竜でした、とかモルモン教は実は恐竜が開祖の恐竜のための宗派、とか言いきったりして愉快過ぎる。内容は前作よりもアクションの比重が増え、ミステリ要素が減っているのだが根底に流れる物は変わらず。教会潜入中のくだりがややタルいが、まずまず面白かった。次回作はルビオが恐竜マフィアと渡り合うという話だそうで、期待。
ロスの私立探偵、ヴィンセント・ルビオには秘密があった。実は彼は人間社会にまぎれて生きる恐竜なのだ。という話。
恐竜かよ! と本屋で思わず三村突っ込みをしてしまったので買ったこの作品、世界観がものすごい。大災害を生き残った24種の恐竜が、人間の着ぐるみを着て人間社会に多数紛れ込んでいるというのだ。「アメリカの人口の5%は恐竜」「クロムウェルもカポネも恐竜だった」「コスタリカは恐竜密度が高い」らしい。我々人間は、そのことを一切知らないのだとか。それはちょっと無茶苦茶ッすよ、と思わないでもないのだが内容は普通にハードボイルドだ。着ぐるみを着て本当の姿を隠さねばならない、というギミックが随所で利用されていて、なかなか面白くはあった。アホでよろしい。
久しぶりに再読。えーと、この話のあらすじを正確に書ける奴なんているのかね? 端的に言うならば、環境破壊とモラルの低下とでハチャメチャになった未来社会をスラップスティックに描いた作品ということになるのだろうが、作品自体がハチャメチャなのでなんといったものやら。ほとんど芝生モンスターのことしか覚えていなかったのだが、再読してみてサヤエンドウ型宇宙人の謎マーシャルアーツとかパワーマンとか深層冥界下りとか、くだらねえネタたくさんあったよなあ、と色々思い出してみた。しかし「デコイの男」と連続でイロモノ作品を読むのは脳が壊れそうになるので次はまともな作品を読もう。でも最近こういうイロモノ作品、少なくなったよなあ。早川も九十年代中盤までは「パパの原発」とか「フリーゾーン大混戦」とか頑張ってたのに。