ジャック・ケッチャム

Jack Ketchum

地下室の箱(扶桑社文庫)

評価:★★

 現実にあった事件(「完璧な犠牲者」の事件)を元ネタに書かれた話。現実の事件との最大の相違点は、さらわれた女性が妊婦、という点であり、読者に生理的嫌悪感を植え付けることには成功しているが、中編という短さが悪影響を与えており「完璧な犠牲者」「隣の家の少女」のどちらも越えられなかった、という感じ。基本的に箱詰めプレイ一辺倒であるからな。アイロン、縫い針、熱湯風呂と次から次へとあの手この手を繰り出してきた「隣の家の少女」には、劣る。というか訳者あとがきの、「隣の家の少女」にも元ネタとなる事件があった、という文章が一番ショッキング。アメリカは恐ろしい国だ。

隣の家の少女(扶桑社文庫)

評価:★★★

 やながわさんが「イヤな話らしいノデ」と掲示板に書いていたので読んでみたこの作品。要約すると、悪の神尾春子が観鈴ちんを地下室に監禁して、折檻して折檻して折檻しぬいて虐待児オブ虐待児に仕立て上げる話だった。  おォれッのぶ〜きをォ♪ 知ってるか〜い?
 アイロン!
 熱湯風呂!
 近親相姦!
 ギャア――――ッッ!! ひ〜ど〜す〜ぎ〜る〜! な〜ん〜で〜も〜できるは〜ずだわ〜そこ〜に〜あ〜るもので〜♪ というプリサミOP的プレイを実践しておりすごくイヤ話だッ! このような状況はエロゲをさがせばいくらでもありそうな気がするが、決定的に違うのは、加害者(悪の神尾春子)はただ加害衝動によってのみ虐待をくわえている、という点だ。その加害衝動の原因となるものはほのめかし程度にしか触れられない。泥沼の奥底で蠢いているような「それ」が水面上に浮上しかけるたびに、喩えがたい恐怖を読者は感じることになる。そして主人公は隣の家の少年。虐待の一部始終を目の当たりにするものの子供が大人に逆らえるはずもなく見てるだけ〜でありその傍観者ぶりといったら往人さんをはるかに上回る。彼の目を通して読者は絶えず怒りと無力感に苛まれることとなる。本当にイヤな話だ……
 あとスティーヴン・キングが序文を書いている(ただしネタバレなので巻末に回されている)のだが、この作品を「内なる殺人者」を引き合いに出して褒めている。そんなに内なる殺人者が好きなのかキング。

トニー・ケンリック

Tony Kenrick

俺たちには今日がある(角川文庫)

評価:☆☆

 広告会社に勤めるハリーはある日、突然医者から余命一ヶ月との宣告を受ける。打ちひしがれた彼はしかし、同じ境遇にある女性、グレースを紹介された。同病相憐れむ二人は即座に意気投合、二人で一ヶ月を生きていこうとしたその矢先、二人はゴロツキに痛めつけられている一人の男を救う。何でもその男、ギャングのボスに自分の店を地上げされているのだという。ハリーとグレースは残り短い余命で何らかの善行を為すため、ギャングと対決することを決意する……という話。
 設定はシリアスながら内容はスラップスティック。ケンリックらしいアホ話で安定している。まずまず面白く、特に言うことなし。

三人のイカれる男(角川文庫)

評価:☆☆

 三人の病院仲間、ディブリー、スワボダ、ウォルターはそれぞれ突発性健忘症、幻覚、多重人格という精神的な問題を抱えてはいたものの、一般の人間として普通に暮らしていた。ところがある日、三人の乗る車が道路にあいた穴にはまりオシャカになるという事態が起きた。責任は穴を放置したニューヨーク市にある。しかし彼ら三人の訴えを聞いて市当局が然るべき賠償金を払うまでには数百年かかるという事実を突きつけられ、三人は怒った。そして市に対するとんでもない復讐プランを実行することにした……という話。  三十年前は中古の車一台が百五十ドルで買えた、という話。百五十ドルを市から巻き上げるためにこんな大騒動をやらかすという発想がすごいよな。バカな話で楽しかった。