ジョゼフィン・テイ

Josephine Tey

時の娘(ハヤカワ文庫HM)

評価:☆☆

 グラント警部は犯人追跡中にマンホールにはまって骨折、入院生活を余儀なくされた。暇つぶしに十五世紀の版画を眺めていたところ、心惹かれる肖像画に出くわした。一見立派な人物と印象を受けたが、その裏にはリチャード三世の名が記されていた。二人の甥をロンドン塔に幽閉、殺害したとされる、イギリスでは悪名高い王である。警部の目から見るに、その肖像画から受ける印象と、一般的に知られている事実とは、まったくそぐわないものだった。死ぬほど暇を持て余していた警部は、リチャード三世という人物の正体を知るために、病床からばら戦争時代のイングランド史の調査をはじめる、という話。
 古典であるところの本作品を唐突に読んでみたのは、以前読んだ「殺さずにはいられない1」の中に「リチャード三世の無実を証明するために殺人を犯す」という短編があったのを本屋で唐突に思い出したからである。まあ、今更ワタクシが言い出すまでもない傑作だ。ミステリというジャンルの成果の一つといっていいだろう。一点文句を言うと、ヘンリー七世が開いた王朝名をチュードル朝としているところにえらい違和感を感じた。そんな王朝あったっけ、と一瞬本気で悩んでしまったではないか。一般的にはチューダーもしくはテューダーではないのか? この本初版が1977年とあるから、そのころの一般的呼称はチュードル朝だったという可能性もないではないが。

ジェフリー・ディーヴァー

Jeffery Deaver

悪魔の涙(文春文庫)

評価:☆☆

 ワシントンで無差別乱射事件が発生した。同時に市長に2000万ドルを要求する脅迫状が届く。金を払わなかったら殺戮を繰り返す、というのが犯人の主張。手がかりは手書きの脅迫状ただ一通でありこれに筆跡鑑定の第一人者パーカー・キンケイドが挑む。という話。なんか話の流れが猛烈にハリウッド映画くさかったです。いや面白かったけど。筆跡鑑定の第一人者さんが裏をかかれてばっかりで「このリハクの目をもってしても見抜けなんだわ〜!」というところが特に。

D・M・ディヴァイン

D.M.Devine

兄の殺人者(現代教養文庫)

評価:☆☆

 弁護士サイモンは夜遅く、事務所に詰めていた兄オリバーから呼び出しの電話を受けた。しかしそこで待っていたのは兄の射殺死体だった。警察の調査の結果兄が複数の人物を匿名でゆすっていたらしいという証拠が発見され、やがてゆすりを受けていた女性、サイモンの知り合いが逮捕された。兄が恐喝屋であったこと、女性が殺人者であったことを信じられないサイモンは、オリバーの秘書、事務員と手を組んで調査を開始した。という話。
 古きよき黄金時代の本格もの、という感じで楽しめた。61年作品だが。複数のシンプルなトリックを組み合わせることで見た目に複雑な事件に仕上げている。主人公の個人的な家庭事情がからんでくるあたり、ゴダード作品をシンプルにしたような印象を受ける。次の週末はジュンク堂に行って、もう少しディヴァインを保護してこようと思った。面白いよコレ。

五番目のコード(現代教養文庫)

評価:★

 ケンバラで高校の女教師が夜道で襲われ、殺されかけるという事件がおきた。幸い襲撃は未遂に終わり、女教師はたいした怪我を負うこともなかったが、現場には棺の絵が書き込まれたカードが残されていた。その後やがて地元の医師の病床の妻が絞め殺されるという事件がおき、そこにもまた棺の絵のカードが残されていた。新聞記者ビールドは殺人犯の嫌疑をかけられながら、連続殺人の謎を追いかけるのだが……という話。
 しがないストッキング売りのアレクサンダー・ボナパルトさんがひどい目に遭う某クリスティ作品のようなミッシング・リンクものである。一見不特定多数を狙っているとしか思えない犯人の真の目的はなにか、というのが肝だが、ぱっとしないできだ。一ひねり加えてあるのは確かだが、その一ひねりが作品としての面白さに寄与していないように思える。ちょっと期待はずれだったかな……

フィリップ・J・デイヴィス

Philip J.Davis

ケンブリッジの哲学する猫(ハヤカワ文庫NF)

評価:☆☆

 猫がケンブリッジ大で哲学する話。猫がしゃべるという時点でなんでノンフィクション文庫やねんという気もするが、まあ気にしない。猫の視点から哲学(哲学と題うっておきながら、話の中で語られるのは主として古典数学だが)をやさしく教えるニャー、という話だろうかと勝手に想像していたらまったく違ったので驚いた。猫が大学の学者と意気投合して数学上の難問を解いてみたり友情を確かめ合ってみたりとかいう感じで話の焦点が一点にびしっと定まっているわけではないのでつかみ所が内容にも思えるが、しかし挿絵などがあいまってなにやらほんわかとしたお話になっている。なんつうか、表現するのが難しいな。
 なんでももともと社会思想社から単行本として出ていたそうで。本社倒産後拾われた幸福な本がまた一冊。カドフェルシリーズが光文社に拾われたのはよくわからぬが。もっと他にも拾ってほしい本はあるので出版社各位にがんばっていただきたいところだ。デヴァインとかイネスとかレオ・ブルースとかブレナンとかウォーハンマーとか。

カーター・ディクスン

Carter Dickson

青ひげの花嫁(早川文庫HM)

評価:☆

青ひげとは「殺人鬼」の意味であって、結婚した花嫁は実は髭ッコだった、という話ではないのであしからず。戦前、ロージャー・ビューリーという殺人鬼がいた。女性をたらしこんでは次々殺害、財産を根こそぎ奪う、という手口なのだが、死体がみつからないために警察はどうしても彼を逮捕することができなかった。そして戦後、とある俳優の元に劇の脚本が送られてきた。その脚本には、ロージャー・ビューリーその人しか知り得ないはずの、事件の詳細が描かれていた……という話。
 トリックはあっさり目、むしろ人間同志の感情の対立に紙幅を裂く、というカー40年代の典型的作品。まあ普通作やねえ。この時期の作品だと「猫と鼠の殺人」「死者のノック」あたりが好きなんだが、この作品はぱっとしない。正直言ってこの時期のHMものはHMの暴走っぷりが唯一の見所、という作品が多くて困る。今回はパンチングマシンを粉砕して酒場で大乱闘、だった。でも「五つの箱の死」の「寝巻き姿で果物売りの屋台を引っ張って鍛錬しているところを車にはねられる」ほどのインパクトはない。すなわち、読んでてつらかった。カーの良作はもうこっぺり読んでしまっているだけに、全作読破への道は果てしなく厳しい。

赤い鎧戸のかげで(早川文庫HM)

評価:☆

 H・M卿は休暇のため、隠密にタンジールにやってきたつもりだった。だが空港に降り立った彼を待っていたのは大歓迎の人の列だった。最近ヨーロッパを騒がせている怪盗アイアン・チェストがタンジールに入国したらしく、タンジールの警察はH・M卿に救援を要請したのだった。果たしてアイアン・チェストは宝石店に現れたが、しかし衆人環視の中で怪盗は姿を消して見せたのだった……という話。
 評判の悪いこの作品だが、たしかに推理小説としてはかなりデキが悪い。最後に明かされる真相は、少々やけくそすぎる。怪盗の正体、怪盗が常に鉄箪笥を抱えている理由、怪盗とロシアのボクサー、コリアーの関係等々あまりにも不自然すぎる。さらに、H・Mが追いはぎを逆に刺し殺すシーンとか入れる必要があるのか、と首を傾げたくなることばかりだ。ただし、これをカーの歴史冒険もの風に捉えて読んでみると結構面白く、個人的には結構楽しく読めた。明らかに作劇がカーの歴史もの風味なのよね。

パンチとジュディ(早川文庫HM)

評価:★★

 さきの「一角獣殺人事件」で知り合って一年。ケンとイヴリンは結婚式を翌日に控えていた。ところがケンの元にかつての上司、英国情報部のH・M卿からの電報が届く。元ドイツスパイのポール・ホウゲナウアが、これまで正体が謎とされてきたブローカーLの正体の情報を売る、と言ってきたので、真贋を確かめろというのだ。かつて戦時中、情報部の人間としてケンはホウゲナウアに接触しており、今回の適役として白羽の矢が立ったのだった。やむなくケンがホウゲナウアのもとに行くと、老人は自分の屋敷で毒殺されていた……という話。
 再読。さすがに、読みやすい。ホウゲナウアという単語は相変わらず人の名前とも思えないが、文章は読みやすい。カーの作品としてはあまりたいしたことはないが、発表が1937年と一番脂ののっている時期だけあって、最後まで読ませる。ドタバタあり、事件も極めて奇妙なもので飽きさせない。しかしなんで今頃このような作品が文庫落ちするのかはよくわからない。さきの「読者よ〜」とか、近いうちに出る「剣の八」とか。そんなんする暇があったら、先に「コナン・ドイル伝」を文庫にしてくれ。

フィリップ・K・ディック

Philip Kindred Dick

虚空の目(ハヤカワ文庫SF)

評価:★★

 カリフォルニアに建造された陽子ビーム変更装置が暴走事故を起こし、たまたま居合せた見学者一行が巻き込まれた。電子工学者ハミルトンは病院で目を覚ますが、やがて違和感に気づく。そこは、第二バーブ教という奇妙な宗教が支配する異世界だったのだ。事故にまきこまれた者たちは、協力して現実世界に帰還する方法を模索するが……という話。
 表向きには、ある人間の妄想世界からある人間の妄想世界へと渡り歩く羽目になるというドタバタ喜劇だが、底辺には明かに「人と人でないものを分かつのは何か」というディック的なテーマがある。1957年という世相を反映してか、この作品で語られるのは「アカとアカでない者を分かつのは何か」ということだが。「我々はAと非Aを見分けることができると思っている。だがその判断基準は実のところ、我々が信じているよりはるかにあやふやなものだ」というディックの主張は、初期作品である本書においても色濃く表れている。本質的なところはアンドロ羊と変わらんのだなあ。「あいまいな判断基準」をガジェットとして切り取り出したフォークト・カンプフ検査法とは実に優れたアイデアなことよ、とも思った。段々ディックの読み方がわかってきたような気がするぞ。

高い城の男(ハヤカワ文庫SF)

評価:☆☆

 戦勝国日本に占領されたので、アメリカ人は皆易経に頼るようになりましたとさ、という話。ナチスの圧制に抵抗すべくアメリカ人が反旗を翻す話、と勝手に想像していたのだが、それは全くはずれで、ドイツ勝利後の世界に生きる人々を淡々と描く話だった。山もなければオチもなし。並行世界における通俗小説、という趣か。アンドロ羊を読んだのはかなり前のことで、細かいことは覚えてないが、これもまた荒廃した未来世界において淡々と日常の生活を描く話ではなかっただろうか。自信ないけど。覚えていることといえばキップルキップル、のみ。

ボストン・テラン

Boston Teran

神は銃弾(文春文庫)

評価:☆☆

 保安官事務所の刑事ボブ・ハイタワーの別れた妻が新しい夫ともども殺され、娘のギャビがさらわれた。犯人はカルト教団「左手の小径」のリーダー、サイラスという男と判明したが、その行方は杳として知れない。そんなとき、ボブに一通の手紙が届く。以前教団に所属していて、今は麻薬中毒のリハビリセンターで過ごす女性ケイス・ハーディンからのものだった。ボブは彼女をパートナーとし、娘を取り戻すために南へ向かうのだった。という話。
 2002年度このミス1位作品だが、ポップや極大射程並に激烈に面白い、というわけではなかった。よく見れば2位「夜のフロスト」「アメリカン・デス・トリップ」と1点差。オレなら夜のフロストを1位とするところであるが、しかし「神は銃弾」は決してつまらないわけではなくそこそこ面白い部類に入る。育ちも性格もまるで違う二人が協力して悪と立ち向かう、と書くとひどくベタな話になってしまうのだが、それでもなおこの話が何故面白いかと問えば、旅路の果てにたどり着くまでの間、二人それぞれが己の価値観を揺さぶられる様子が書かれているからだろうか。カルトを追うメキシコへの旅は、あまりにも過酷である。あとケイスさんがやたらとかっこいい。ヒロインと呼ぶにはあまりに苛烈で、人を殺しすぎるが。イメージとしてはリズィ@PHANTOM OF INFERNO。「あんたはもう終わってるんだよ」(「ユー・アー・クロッシング・オーヴァー」とルビが入る)という決め台詞はあまりにもかっこいいので実生活におり込んでいこうと思った。