アーサー・コナン・ドイル

Sir Arthar Conan Doyle

まだらの紐 ドイル傑作集1(創元推理文庫)

評価:☆☆

 ドイルの手になるホームズもの戯曲二本、ドイル自身によるホームズパロディ二本、ホームズがその名を出さずに登場する短編二本、ホームズとは無関係の短編二本、ホームズもののプロット一本、雑誌のインタビュー記事をまとめた短編集。ドイルはホームズもの以外にも色々短編を書いており、こういった諸作を全五巻にして刊行するとのこと。以前に新潮から出ている「ドイル傑作選」と内容的にかぶるところもあるのだが、新訳で読めるのは嬉しいね。なにしろドイル傑作選の方は旧訳で読んだので。戯曲上演中の写真や挿絵が入れてあるのもちょっとステキ。

北極星号の船長 ドイル傑作集2(創元推理文庫)

評価:☆☆

 ドイルの短編、主として怪異譚を集めた短編集その2。半分は新潮文庫のドイル傑作選で読んだやつだったが、訳が新しくなっているので読みやすかった。
 話は超自然を扱ったものと超自然と見せかけて実は物理法則で説明しうるもの、の二種類に大別される。理性の権化と言うべきシャーロック・ホームズという男を創造しておきながら晩年は心霊学に傾倒したドイルという人物を象徴するかのようなアンソロジーとなっている。こういった諸作を見ると、ドイルは心霊学を狂信的に信じていたのではなく、心霊現象という非科学的だと思われているものも理性の光を当てれば必ずや解き明かしうる日が来る、という風に思っていたのではなかろうか、という気もする。

スティーヴン・ドビンズ

Stephen Dobyns

死せる少女達の家(早川文庫NV)

評価:☆☆

ニューヨーク州の田舎町で中学生くらいの少女達が次々さらわれていく話であるのだが、メインとなるのは、田舎町故に住人達が疑心暗鬼になって恐慌をきたしていく様子である。真に読者の同情をかき立てるのは、誘拐犯に捕まって絞め殺される少女達より、むしろ事件とは何にも関係ないのに容疑者扱いされて殺される人たちの方である。事件を通して描き出されるのは人の心に普遍的に潜むイヤーンな部分であり、従って作品そのものもイヤーンな感じなのである。面白かったけど。この作者の別の作品を読んでみるのも、いいだろう。ドビンズという名前がどうも気になるが。面白い名字だなあ。

トレヴェニアン

Travanian

ワイオミングの惨劇(新潮文庫)

評価:☆☆

 19世紀末、舞台は州に昇格したばかりのワイオミング。寂れた鉱山町20マイルに、三人の脱獄囚がやってきた。愛国者としての使命を神より与えられた、と自称する頭目リーダーのもと、三人組はやりたい放題。20マイルの住人達は連中を排除するため、必死の抵抗を開始するが……という話。
 筋立ては非常にシンプルで、語り口も古い時代のホラ話、という具合。トレヴェニアン作品は「バスク、真夏の死」「夢果つる街」と読んでいるが、それらとノリが全く違うんでびっくりしますね。さすがトレヴェニアン。描写は対決する二人、20マイルの新参者マシューと脱獄囚リーダーの性格描写に重きが置かれている。特にリーダーが道中で巻き起こす残虐ファイトが、残虐すぎて笑うしかないのがユカイですね。

ジム・トンプソン

Jim Tompson

アフター・ダーク(扶桑社)

評価:☆☆

 かつて一斉を風靡したボクサー、キッド・コリンズは、今はわけあって放浪生活を続けていた。ところが、立ち寄ったバーで美しい未亡人と出会ってしまったことから、営利誘拐の片棒を担ぐ羽目になってしまう。サルサコフ症候群という病を抱え暴走を続けるキッドの明日はどっちだ。という話。
 この間「ジム・トンプソンはポップ以外に面白い話がない」とかいたけど、アレは嘘です。たしかにポップ以上のオモシロ話はないが、その筆が描き出す無慈悲な狂気はいつだって圧倒的だ。常に世界に対する畏れに苛まれ、暴走していくというトンプソン作品の主人公の例に漏れず、キッドも他者に対する猜疑心から暴走していく。暴走していく自分を知覚しながら、しかし突っ込んでいくしかないというかなしみが、ここにはある。ポップほどじゃないが、佳作。

内なる殺人者(河出文庫)

評価:☆☆

 なるほどポップ1280そっくり。主人公は保安官補。痴情のもつれとかいったものから人殺しを犯し、人殺しの罪を暴かれぬようまた人を殺し、ずるずると泥沼にはまっていく、という筋立て。と書くとポップ1280と区別が付かない。街の人口が45000人だからポップ45000。これをアーキタイプとしてポップを書いたのではなかろうか、と思うくらい似ている。ただ、やはり後から書かれたポップの方が筋立てもすっきりしてるし面白いです。「残酷な夜」のときも思ったが、どうも落としどころが弱い。そして内なる殺人者の主人公ルーよりポップ1280のニックの方が冴えている。「だから、わからないんですよ。そうしてあんな噂が立ったのか」の顛末に匹敵するようなエピソードは、無かった。ポップが大いに評価されたことを考えると、内なる殺人者は傑作になり損ねた作品というところか。序盤中盤の、ルーがどんどん深みにはまりこんでいくくだりはよくできていて面白すぎる。

取るに足りない殺人(扶桑社)

評価:☆☆

 ジョーは田舎の映画館経営を妻から引き継ぎ、違法すれすれの手腕でビジネスを伸ばしていた。だが、妻が新しい家政婦を連れてきたことから、ジョーの運命は崩れ始める。ジョーは家政婦キャロルと関係を持ち、そしてその関係はたちどころに妻の知れるところとなる。三人は結論を出した――すなわち、偽装殺人で保険金を受け取り、それを手切れ金とするのだ。ジョーは犯罪計画を推し進めるが、その一方で巨大映画館グループが田舎町へ進出を画策、ジョーを潰そうとしていた。ジョーは頭脳を駆使してなんとか生き延びようとするが……という話。
 初期作だけあって、ものすごく面白いというほどではない。普通に面白いことは面白いが、トンプソンの色がかなり薄目に感じる。犯罪者の目的が、普通に金を得ることだからだろうか。ジョーはあくまで理性の人だ――ルー・フォードやニック・コーリーみたいな狂気に取り憑かれていない。ここんところに決定的な違いを感じた。もっとも、次作が「内なる殺人者」であり、トンプソンはそれ以降狂気の物語をどんどん紡いでいくわけだが。

ゲッタウェイ(角川文庫)

評価:★★

 銀行強盗やって仲間を撃って金を独り占めしたはいいものの、妻の手際が悪くてトラブルには巻き込まれるし撃ち殺したはずの強盗仲間が実は生きていて追っかけてくるしでもう大変。果たしてドク・マッコイは逃避行の目的地エル・レイの王国に逃げ込むことができるのでしょうか? という話。やはりトンプスン作品の魅力は、主人公が他者をゴミのように殺していくそのあっけなさであり、冒頭帽子の中から銃をとりだして撃つところで大笑い。マッコイ夫妻の「お互いを熟知しているが故に、お互いを信用しきれない」ところが全編に緊張感を与えており、オチに至るまで笑ったものやら悲しんだものやらという具合。

残酷な夜(扶桑社)

評価:★★

 ポップ1280はこのミス1位に輝いたが、こっちは残酷のザの字も出なかった、という事実で語りきってしまって良かろうと思われる。ポップのような狂ったユーモアがかなり控えめであるため魅力減殺。終盤は山羊が捕まらないだのとなにやら妄想を語り出すし。面白くなかったとまでは言わないが、ポップにはかなり劣る。

死ぬほどいい女(扶桑社)

評価:★★

 訪問販売員フランク・ディロンはとある訪問先で「死ぬほどいい女」モナと出会った。モナは叔母と二人暮し、しかも叔母には虐待を受けているようだった。なんとか彼女を救い出そうとは思ったもの、それよりフランクは自分のトラブルで手一杯だった。売上は上がらない妻には逃げられる帳簿操作がばれて豚箱に入れられる、等々。人生に絶望したフランクではあったが、何故か唐突に保釈される。というのも、モナが保釈金を払ってくれたからだった。この金は一体どこから手に入れたんだ、と聞くとモナは「叔母が十万ドルほどためこんでいるのでそれをくすねた」と言った。フランクは一石二鳥の妙案を思いついた。叔母を殺して十万ドルをいただくのだ……という話。
 話自体は非常にシンプルだが、しかし面白かった。トンプスンの最高傑作はポップ1280、という点は揺るがないにしても、その次くらいに面白い。特に最終章のわけのわからなさっぷりが最高。ポップの最後のほうでニックが家に対するイメージをフラッシュバックさせるシーン並に強烈でした。トンプスン作品はさしあたり二作ほど刊行予定があるらしい。楽しみネ。

深夜のベルボーイ(扶桑社)

評価:★★

 父が職を失った影響で、ダスティは大学をやめ、ホテルのベルボーイとして働かねばならなくなった。医者になるという夢はあきらめざるを得なかったが、少なくとも新しい職は見入りについては申し分なかった。そんなある夏の暑い日の晩、彼の前に飛びきりの美女が現れた。そう、彼の人生を大きく変える女が……という話。
 相変わらず、先の展開をこれっぽっちも考えてないような話なのに、きっちりオチをまとめてくる。まあ、トンプソンの最高傑作はポップ1280であるという評価は揺るがないが、この作品も結構いい線いっている。ほんの一時の気の迷いが人間を破滅に追い込むという、実にトンプソンらしい内容でまことに結構。
 本の頭には、スティーヴン・キングがトンプソンへの賛辞を書いている。キングは本当にトンプソンが好きなのね。トンプソンを「肛門科の医者」に例えたこの文章は、非常に当を得ている。字面は悪いが、まったく持ってそのとおり。