フレッド・ヴァルガス

Fred Vargas

死者を起こせ(創元推理文庫)

評価:☆☆

 引退したオペラ歌手、ソフィアがある朝目覚めると、庭にブナの若木が生えていた。これを無気味に思ったソフィアは、最近越してきた隣人三人組に若木を掘り返してもらうことにする。しかし下からは何も出てこなかった。この奇妙な話を三人組は不思議がったが、やがてソフィアが失踪するに至り、これが何らかの陰謀であると考えざるを得なかった。マルク、マティアス、リュシアンの貧乏歴史学者三人組は、マルクの叔父で元刑事のヴァンドスレールの力を借りて捜査に乗り出す……という話。
 第四の扉と同じく、昨年訳出されたフランスミステリである。第四の扉がこのミス四位なら、こっちももう少し注目されて然るべきではないのか? 面白かった。が中身がやや薄な気もする。意外な方向に話が転がるのはいいんだが、目まぐるしく展開するんで局面局面にあまり深みがないような感じ。各局面でもう少し引っ張ってくれればもっと面白くなったのではないか? タイトルの「死者を起こせ」的局面が一瞬で終わってしまっているのが悲しい。

フレッド・ウィラード

Fred Willard

ヴードゥー・キャデラック(文春文庫)

評価:☆☆☆

 CIAをリストラされた老スパイ、シラーが復讐作戦を編み出した。秘密工作をでっち上げ、CIAから資金を巻き上げるのだ。頭の悪い実業家をカモに、600万ドルをゲットする作戦は着々と進みつつあったが、やがてコトに関わる人間たちすべてが600万ドルを掠め取るべく独自に行動を開始しはじめ……という話。
 バカだ! 超バカだよこの話! サイコー! 個人的には今年度最高傑作と言い切ってしまってもいいね。どうしようもないバカどもが繰り広げるコンゲームは、登場人物たちがあまりにもバカなので想像もつかない方向に転がるのだが、混沌きわまった話にもかかわらずそれほど破綻をきたしていない。すごーい。トレースシリーズに匹敵するギャグ連打も素晴らしい。電車で笑いをこらえ切れなかったのは久しぶりだ。周りに変な目で見られたことだろう。

「そのピーナツという男はきみのアパートに侵入して、なにも盗まなかったが、ベッドに小便を引っ掛けた。それはなぜだ?」
「おれを憎んでるんです」
「憎む理由があるのか?」
「やつの悪さを当局に通報したんで」
「で、服役した?」
「ええ、大将。ムショに入って、お稚児さんにされて、みんなにカマを掘られたんでさ」
 シラーはさっと立ち上がり、ゴードンの顔を思い切り張った。ゴードンは唇を切り、床に倒れた。
「きさま寝小便を告白するのが嫌で、でたらめをいってるんだろう」
「ち、ちがうっすよ」ゴードンが憐れっぽい声を出す。
「夜尿症は病気だ。大人にもある。恥ずかしいことじゃない。子供じみた真似はよしてちゃんと話せ」
「寝小便なんかしてないっすよ」

ナイジェル・ウィリアムズ

Nigel Williams

毒殺魔の十二ヶ月(早川ポケットミステリ)

評価:★★

 前作「ウィンブルドンの毒殺魔」の数年後。妻を毒殺することに大失敗したヘンリー・ファーは相変わらずのダメオヤジっぷりを内外に発揮しつつ一年を過ごしていくのでした、という話。実は前作はヘンリーを犯人とした倒叙ものであるのだが、その続編をしれっとして出すところがステキである。一月に一つの話、という十二の短編で語られるのは、倦怠期のまっただ中にある冷え切った夫婦仲、愛称が「ジャバ・ザ・ハット」の娘の狷介っぷり、嫁姑の激突、近所との見栄の張り合い等、すさまじく生活臭にあふれた笑い話である。イギリス流のねじくれたユーモア、「あなたは生まれたときから45才だったのよ」「どうして人は、普段から信用ならないという理由だけで人を信用しないのだろう」「あの職人の棺桶に入れるのなら死んでもいい」といったステキな言い回しが楽しめる一品だった。イギリスはいいなあ。大好き。

コニー・ウィリス

Connie Willis

ドゥームズデイ・ブック(早川文庫SF)

評価:☆☆☆

 21世紀中ごろ、ついに時間旅行を行う技術が確立された。歴史研究家たちが直接過去に飛び、過去を実際に目で観察できる時代がやってきたのだ。オクスフォード大学の女子学生キヴリンは実習の一環として前人未到の14世紀に飛んだが、到着したとたんに熱病に倒れてしまった。キヴリンは無事現代に帰還できるのか……という話。
 ヒューゴーネビュラのダブルクラウンに加えローカス賞も取ったこの作品、筋立てはいたって簡単だ。キヴリンは黒死病大流行の時代に送りこまれ、自身はワクチンを既にうっているから感染はしないけれど、まわりの人間は次々やられる。キヴリンは世話になった人々を救おうとするが、ペストの力に抗うことはかなわずバタバタ死んでいく。そんだけ。時間ネタにつきもののタイムパラドックスすらない。そもそもタイムパラドックスは起き得ないという設定だ。しかし決してつまらないわけではなく、主眼はペストの大流行を前にしてなす術を持たないキヴリンが心を苛まれていく過程におかれる。特に最後、ローシュ神父の告戒のシーンは圧倒的なクライマックスだ。SF的な要素は薄いかもしれないが、SFというジャンルの立派な一つの成果だと思います。

ヴァーナー・ヴィンジ

Vernor Vinge

最果ての銀河船団(創元SF文庫)

評価:☆☆☆

 250年周期のうち35年間だけ光り輝く変光星、オンオフ星の惑星アラクナ星には、非人間型生命体、通称蜘蛛族が生息し、文化を築いていた。ここからもたらされるであろう莫大な資源と権益を求め、人類の二つの小船団が到来する。しかし二つの船団は軌道上でにらみ合いを続ける内に抗争に突入、お互い航行不能な状態に陥ってしまった。もはや彼らには、蜘蛛族が冬眠から目覚め、高度な文明産業を築くのを待つしかなかった……という話。
 面白い。宇宙艦隊とか謎の宇宙生命体とか(の割には思考様式が果てしなく人類と似通っているのだが)いかにもSFという感じの作品である。レンズマンシリーズはいかにもスペースオペラである、という感覚に似ている。全体的な流れとしてはホーガン「創造主の掟」に似ていると言えなくもない。いずれ「遠き神々の炎」も読むことにしよう、と思った。

ドン・ウィンズロウ

Don Winzrow

カリフォルニアの炎(角川文庫)

評価:☆☆☆

 カリフォルニア火災生命の火災査定人ジャック・ウェイドはとある豪邸の焼け跡に派遣された。そして、この火事は失火ではなく放火であるという確信を得る。だが相手は事業家にしてロシアン・マフィアの元締め。ジャックはあれやこれやと方々から圧力をかけられるものの、持ち前の正義感をもって絶望的な闘いに挑んでいくのでありました、という話。
 このミス第19位。おもしろい。火災の現場検証の方法、消防学校における消防士育成の過程、保険会社の内幕などディティールが猛烈にしっかりしているのが一つ、「ボビーZ(以下略)」でも見られたテンポのいい淡々とした文章が愉快でオモシロエピソード満載なのが一つ、義憤に燃えるジャックがやたらかっこいいのが一つ。これなら順位がもっと上に上がってもいいと思うのだが。
 もっともオモシロであったエピソードとして、マフィアの元締めのベトナム人尋問の話を挙げたい。ベトナム人の村民を三人ほど縛り上げ、一人目と二人目の喉をかっ切り、三人目にはお茶を振舞う。するとたいていの相手は聞きたいことを言ってくれるそうです。「ボビーZ(以下略)」のサボテンプレイinメキシコといいよくまあこんなオモロイ話を思いつくものだ。

ジョン・ウィンダム

John Wyndham

トリフィド時代(創元SF文庫)

評価:☆☆

 ある晩、地球は緑色の大流星群の中に突っ込んだ。それは一大ページェントだった……が、翌朝、流星群を見たものは皆視力を失っていた。突然の社会的恐慌に人類は文明を急速に失っていく。しかも、トリフィドという凶悪な三本足の植物が野放しとなって人類を襲い始めた。運良く流星を見なかった人々はカタストロフを生き残ることができるのだろうか? という話。
 モヒカンの怖い人の代わりに三本足の歩行植物が徘徊するようになった北斗の拳的世界と思っていただければ結構。基本的には制御できないほど発達した科学が人間にしっぺ返しを食らわせる、という話であり科学万能主義に疑問を唱える破滅ものというジャンルの嚆矢として位置付けられるべき作品なのだろう。科学万能科学万歳というSFのほうが好き、という方は大勢いるだろうが、これはこれで面白いと思う。1951年という戦後の暗い世相が反映されているのか?  トリフィドはソ連が食糧問題解決のため生み出した植物なので、倒せば食えるじゃんというオチがちょっと面白かった。科学万歳。

ヘンリー・ウェイド

Henry Wade

死への落下(現代教養文庫)

評価:☆☆

 タンドリングズ荘の女主人ケイトが自宅で転落死を遂げた。ケイトには夢遊病の気があり、事件は単なる事故で済まされようとしていた。しかし主人チャールズに金と女の両面からの動機があることから、警視ハントは殺人の線で事件に食らいついていく。決定的な証拠が見出せぬままに時間が過ぎていったが、やがてケイトの秘書が睡眠薬の飲みすぎで死に、事件は新たな展開を見せ始めた……という話。
 国書刊行会で二冊刊行されているヘンリー・ウェイドをまず文庫から読んでみようか、と買ってきたのだが、そこそこ面白かった。犯人と目されるチャールズの視点と警視ハントの視点の二箇所から話が語られる。ハントはチャールズの行動を遠巻きに眺めることにより推理を重ね、彼が犯人である確信を強めていくのだが、その推理が実のところまったく間違っているというのが面白い。二つの視点が写す事実は同じなのに、解釈がまったく異なっているというのは、さながらバークリー作品を見るかのごとくだ。オチにも一ひねりがあってなかなかいい。最後の一行がステキだ。

うえお久光

Ueo Hisamitsu

悪魔のミカタ(電撃文庫)

評価:☆☆

 高校生堂島コウはある日悪魔に出会った。その悪魔は「契約履行によりあなたの魂をいただきます」といきなり言い出した。悪魔と契約した覚えのないコウは面食らった。事情を聞くと、どうやら過日、通っている高校のとある教師が変死したのが、契約履行であったらしい。使用されたのは被写体を呪い殺す「魔法カメラ」。一体誰が魔法カメラを使用したのか、探し出さないことにはコウは魂を奪われてしまうのだ……という話。
 読んだときは特にどうとも思わなかったが、こうやってあらすじを書いてみるとなかなか妙な話であるな。悪魔と契約したのに誰が契約したのかわからないってどういうことじゃい! まあ、この話の前提であるからして突っ込むだけ野暮というものではあるが。内容はそれなりだった。サクサク読めるのは、いい。

悪魔のミカタA インヴィジブルエア(電撃文庫)

評価:☆☆

 四ヶ月前の事件がきっかけで、堂島コウは、悪魔と契約した者の魂を回収する代理人、「悪魔のミカタ」となった。しかし「悪魔に魂を売ってもいいほどの覚悟を持った者のもとに、目的に適した能力を持つ悪魔のアイテム<知恵の実>が転がり込む」という困った契約形式のため、誰が悪魔と契約を行ったのかについては、いちいち調べる必要がある。いわば悪魔の為に探偵みたいな真似をすることになるのである。かくしてコウのもとに依頼が舞いこむ。インヴィジブルエアという、噴霧を浴びたものは全て透明になるいう<知恵の実>が使用されているらしいのだが……という話。
 ん〜。まあまあ。大理石像消失トリックはおもしろかったが、それを話にすっきりと生かせてないような気がいたしました。あと後半の対決シーンもやや冗長。あらかじめ超常能力に関するルールを決めておいて、そのルールの中で敵味方が知恵を絞るというスタイルはジョジョ風味でよいと思いましたけど。

ドナルド・E・ウェストレイク

Donald E. Westlake

斧(文春文庫)

評価:☆☆

 珍しくも文春から出たウェストレイクの新刊は、シリーズものとは一切関係のない話。主人公のデュボア元製紙会社のライン監督官。失職中なのだがいつまでたっても次の職をみつけられない。世の中に自分と似たような失業者がたくさんいるから悪いんだ、と彼は考え、画策した。自分の様なスキルを持つ人間を求める偽の求職広告を出し、彼は片っ端から履歴書を集めた。その中から厳選に厳選を重ね、おそらく自分のライバルとなるであろう人間を6人リストアップする。彼らを片っ端から殺し、そして今職に就いている人間を殺せば、どう考えたって自分の所に就職の口が回ってくるじゃあないか! 犯罪に関してはまったく素人のデュボアさんは孤独な戦いに果敢に挑むのでありました。という話。
 ドートマンダー的なユーモアは、一切無い。それどころかリストラされた夫婦の悲哀とかダメな子供を持った親の悲哀とかがこれでもかと描写されており、どちらかといえば暗い内容だ。だが、だからこそこれはオモシロ話である。なぜなら、「就職したいので人を殺しま〜す」という大前提が激しく間違っているからだ。ノワールとオモシロノワールの境界線をさまよう妙な作品であり、このラインを意図的に創作するウェストレイクは、さすがバカミスマイスターとして認められるだけはある。と思った。
 あと参考までに言うとオモシロノワールとはワタクシが提唱するミステリの一ジャンルである。ノワールとは重犯罪者を主人公とするミステリ作品であるが、中には、主人公のあまりの倫理観念の欠如ぶりが不気味なユーモアを醸し出しているケースがある。Mrクインとかポップ1280とかダーティホワイトボーイズとか。そういう作品を個人的にオモシロノワールと読んでみたいのだが、どうか。

鉤(文春文庫)

評価:☆☆☆

 離婚訴訟のプレッシャーから、書けば即売れるにもかかわらず書けない有名作家がいた。能力はあるのに、出版社を見つけられないでいる中堅作家がいた。そんな二人が出会ったとき、有名作家ブライスは中堅作家ウェインに話を持ちかけた。俺は作品の売り手はいるが作品がない。おまえは作品はあるが売り手がいない。もしおまえが俺の妻を殺してくれたら、おまえの作品を俺名義で出版社に売り、契約金の半分をやろう。ウェインは妻に相談し、熟慮した上で、この契約に乗った……という話。
「斧」の姉妹編とある。アレはアレで面白かったがこれはこれで痺れた。最後の最後まで途切れることのないサスペンスにサクサクと最後まで一気に読めた。よく読むと、殺人が全体の1/3時点あたりで起きたきり、あとは特にどうという動きもないのだが。五件だか六件だかの殺人があった「斧」とは好対照。たった一回の殺人シーンも鮮烈で、それでいてあとから読者の心にボディブローのように効いてくる。ウェストレイクの芸の広さを見せ付けられる一冊だった。傑作。

ジュール・ヴェルヌ

Jules Verne

詳注版月世界旅行(W・J・ミラー注、ちくま文庫)

評価:★★★

 有名な古典という奴は存外読まれていないもので、実は月世界旅行自体が初読。さらに本文一に対し注釈一という段組で、砲弾ロケットの科学的検証から作品発表当時の科学分野の状況から社会情勢と風俗やら果ては作中に見られるヴェルヌ作品の特徴と性質、まで徹底的に注釈がつけられていて、うざったく思う人もいるではあろうがオレにとっては実に興味深く、存分に楽しめた。注釈が多すぎるので二段組の上と下が一致していないという不規則性も、詳注版シャーロック・ホームズで慣れている。砲弾に乗って月に行くというアイデアは、そもそも「軍事技術を平和利用する」というヴェルヌが一生抱えていたテーマから生まれたそうでなので、「重力加速度で中の人間は潰れてしまう」とか言っちゃあいけません。物語通りのことを現実にやったとすると、発射の瞬間28000Gになるそうですが。そしてなにより衝撃だったのは、「月世界旅行」というタイトルながら、実は月に辿り着いていなかったという事実。砲弾が月の軌道上に乗ってしまったことが確認されたところで物語は終わり、続編「月世界探検」へ続く、となっているのだ。知らなかった……。是非とも続編も訳出していただきたいものだが出てるのかね? フランス語の原作を英訳して注釈をつけまくったものを、日本語に訳しているというやや妙なスタイルになっているのである。

ジャン・ヴォートラン

Jean Vautrin

グルーム(文春文庫)

評価:☆

 このミス9位。だがどうもよくわからん話だった。簡単に言うと、自分を12才だと信じている25才の男が妄想垂れ流しで人を殺したり放火したり大騒ぎ、という話で方向性としてはジム・トンプソン的なのだろうが、トンプソンよりはるかにわけがわからない。どこまでが現実でどこまでが妄想なのかもはっきりしない。正直、これがこのミスで9位入賞するほど一般ウケするとは思わないが……。まあ正直、今年のこのミスは3位「わが名はレッド」、4位「第四の扉」とか首をひねりたくなるような順位だしな。

カート・ヴォネガット

Kurt Vonnegut

スローターハウス5(早川文庫SF)

評価:☆☆

 主人公ビリー・ピルグリムが、さながらCATCH=22の叙述のごとくそっちこっちの時系列に飛ばされては悲惨な戦争体験をしたりトラルファマドール星の動物園で見世物にされたり、という話。
 とりあえず、オレにはヴォネガット作品の感想は書けない。本当に分からない。なにかしら感じるところはある――戦争とかドレスデン爆撃とかいった巨大な出来事に対し人間は無力であり、So it goes.(そういうものだ)と呟くより他にないのだ、とかいった主張を読み取ることはできた(と思う)が、しかし難解だ。猫のゆりかごのほうがまだしもわかりやすかったか?

デッドアイ・ディック(早川文庫SF)

評価:★★

 ヴォネガット作品の例に漏れずあらすじの書きにくい話だ。やがて中性子爆弾で滅ぶ運命にある街に住んでいた人々の生き様を、デッドアイ・ディック、必殺射撃人と呼ばれた男が語る……というところか。語られるのは、人生を一個の物語と捉えた場合の「人生」と実際に産まれてから墓場に行く(作中の表現を借りると、「のぞき穴が開き、そして塞がる)、という意味での「人生」の間には齟齬があり、物語が終わった後のエピローグ部分を延々と生き続ける羽目になる人々がたくさんいる……というような内容であると思う。うまいこと表現できないが。ヴォネガット作品は、なにかしら感じるところはあるものの、つかみどころがない。オレには感想書けねえだよ。というかそもそもこれのどこがSFなんだ。

猫のゆりかご(早川文庫SF)

評価:★★

 終末SFでいいのか? かつて遠い昔、「タイタンの妖女」を読んだときはさっぱりわけがわからなかったのだが、今同じ作者の作品を読んでみると、難解ではあるが面白いように思われる。面白いのは間違いないと思うのだがその理由を具体的に語るだけの言葉を思いつけない。その辺の筆舌に尽くしがたい不可思議性がヴォネガットの特徴であり魅力なのかなあ、と適当な感想をぬかしてお茶を濁してみたい。猫のゆりかごという題名自体かなり謎なのだが。猫のゆりかご(アメリカで言うところのあやとりの基本形らしい)には猫でもなければゆりかごでもない。真実はどこにもない、という暗喩なのか。神聖でもローマでも帝国でもない神聖ローマ帝国とか、コッペがなくともコッペパンとか、そういうことか。
 あとボコノン教徒の愛の儀式ボコマルは文で読むとなんともないが実際はひどくエロいような気がする。

ミネット・ウォルターズ

Minette Walters

女彫刻家(創元推理文庫)

評価:☆☆

 フリーライター、ロズは版元に命じられ、刑務所に向かった。面会の相手は、六年前母と妹を殺して切り刻み、台所に並べたところから「女彫刻家」との異名を持つ女性だった。しかし実際に会ってみたところ、女彫刻家は精神異常どころかまっとうな理性の持ち主だった。本当に彼女が犯人なのか? という疑いを抱いたロズは、事実を明かにすべく調査を続けるのだが……という話。
 面白い。意外な真相、火刑法廷風なエピローグとてんこもりである。解説者はこのエピローグをサプライズエンディング――すなわち、それまでの結論を覆し、実は犯人は○○だったと示唆するもの――と断じ、これを蛇足だと主張しているが、どうなんだろう。わざとどっちともとれるように書いてるんじゃねえの? とりあえず、前作「氷の家」よりは面白かった。と思う。

氷の家(創元推理文庫)

評価:☆☆

 イギリスの田舎の屋敷の氷室で男の腐乱死体が発見された。そこは10年前に屋敷の主人の失踪事件があった場所だった。警察は妻が夫を殺害し死体をどこかに隠したものとにらんでいたが、結局死体は見つからず事件は未解決のままに終わっていた。これこそ失踪した夫の以外に違いない、と警察は捜査を開始するが、腐乱状態があまりに激しく誰とも特定できない。果たして死体は失踪した夫なのかそれとも別の誰かなのか、そしてその死因はなんなのか? という話。
 どう評価したものだろう。真相はあまりたいした事がない。のだが、田舎の人間たちの悪意やらねたみやらといった渦巻く感情が捜査の過程で炙り出されていくにつれ、事件の全容そのものがゆっくりと形を変えていく過程は、面白い。これというポイントを上げることは難しいが、村の人々が隠していた側面を徐々にあらわしていくことにより事態が明らかになっていく、というところがよくできていると思った。こういうのは女性作家ってうまいね。マーガレット・ミラー「殺す風」とかキャロル・オコンネル「クリスマスに少女は還る」とか。

ジーン・ウルフ

Gene Wolfe

ケルベロス第五の首(THE FIFTH HEAD OF CERBERUS 国書刊行会)

評価:☆☆☆

 地球からはるかに離れた植民星、サント・クロワとサント・アンヌにはかつて原住民族が住んでいた、という言い伝えがあった。地球人類の植民団が原住民族を皆殺しにした、というのが一般の通説であるが、異端の説を唱える学者もいた。原住民族アボは何にでも姿を変える能力を持ち、最初の植民団を皆殺しにして自分たちが地球人類に成り代わり、自らがアボであることすら忘れ去って今も生きているのだという。そんな星に人類学者マーシュが降りたって研究を進めるのだが……という話。
 面白い。のだが同時に難解でもある。「きみの血を」とか「鏡よ、鏡」とかに似ているかな? 地球を遠く離れた半未開の惑星を舞台にすることにより、神話時代と現代を直接に繋げて独特の謎めいた雰囲気を作りだしているところが非常にいい。メインに据えられたテーマは「自分とは一体何なのか」という答え無き問いかけであり、この物語にはっきりとした解が与えられていないところに作者の主張が現れている――という風に解釈すればいいのかな? 全般的に謎めいており、他のサイトで解釈を読むと楽しいね。他にも明示されていない答えが色々と隠されていそうである。