第1話 覚 醒


「……そこにいるのはうきえさんだね」
 公園の滑り台の陰に、うきえは立っていた。あきらめとも哀しみともつかない複雑な顔つきで。
「とうとう気づいちゃったのね、カツオちゃん」
 深く、カツオは頷いた。
「海山商事」あさひが丘の地図を取り出し、指さす。「かもめ第三小学校、あさひが丘駅、波野家のアパート、そしてマスオ兄さんの勤め先を線で結ぶと」カツオの指は巨大な円を描いた。「……五芒星になる」
「遠い昔、誰かが罪を犯したのです」静かに、感情を押し殺した声で、うきえは語った。「永遠の命を求め、悪魔との契約を結んだのです。悪魔は約束通り、あさひが丘の住人全てに永遠の命を与えました。永遠に成長しない肉体、永遠に成長しない精神を……! その時から私たちは永劫輪廻の罰を背負うことになりました。毎週毎週同じ失敗を犯し、しかし決して学習することの出来ない悲しい罰です。そう、私たちは学習能力を持ち合わせていないことすら知らないのです」
 がば、とカツオはうきえの肩をつかんだ。
「誰なんだ!? 悪魔に魂を売って、僕たちを地獄に突き落とした奴は!?」目を背けようとするうきえを揺さぶる。「タラちゃんを見ろ! イクラちゃんを見ろ! 彼らは数十年もの間、その魂を幼い肉体に封じ込められて、しかもそれがどれだけ不自由なことであるかさえ知ることが出来ないんだ! 僕は、僕は……許さない。絶対に許さない。あさひが丘を地獄そのものにした奴を! 悪魔と手を結んだ奴を! 教えてくれうきえさん、誰なんだ!?」
「知らないのよ。確かに、私は何かのはずみで、永劫輪廻の檻に捕らわれていることに気づいたわ。背後に悪魔が存在していることも。でも、誰が旭が丘に悪魔を呼び込んだのかは……本当にわからないの。信じて」
「そうなのか……ならば、この手で探し出して、捌きの鉄槌を下すのみ……!」
「おまえにその覚悟があるのか」
 声はカツオの背後からやってきた。ふりむくと、そこに立っていたのは、見慣れた親しい人物。
「……ノリスケさん」
「あなたも……気づいたのですか」
 うきえの問いは、むしろ確認だった。突き刺すような鋭い視線、一文字に結ばれた口、どれもうきえの見知っているノリスケとは別人だった。彼もまた永劫輪廻に気づいてしまったものなのだ」
「覚悟だと!? どういうことなんだノリスケおじさん」
 足取りも力強くノリスケは歩み寄り、カツオの持つ地図を指し示す。
「この五芒星をよく見てみろ。中央に位置するのはどのあたりだ」
 ノリスケの言わんとすることを理解し、カツオは唇を噛んだ。
「……僕のうちだ」
「そうだ。磯野家の一族の誰かが悪魔を呼び込んだのだ。君の裁くべき相手は君の家族なんだ。どうだカツオ君、それでも戦えるのか?」
 沈黙が降りた。カツオの視線は星も輝かない闇の空を彷徨っている。
 ノリスケもうきえも、答えを強要しようとはしなかった。いや、できなかった。
「……いや」カツオの口が開いたのはしばらくしてからのことだった。「だからこそ、僕は戦わなければならない。同じ家族でありながら、タラちゃんを幼き肉体に閉じこめた奴は、許せない。そいつこそ悪魔じゃないか」
「いいだろう」ノリスケは腕を組んだ。「ならば、我々は同志だ。ついてこい。事実を知ってしまった以上、家には戻れないだろう?」

つづく


第2話 狼煙

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