第5話 顕 現


 ノリスケは居間のソファの上で目を覚ました。
「ここは……」
 身を起こそうとした途端、全身に電撃が駆け抜けるような痛みを感じ、半端な体勢で硬直する。
「ダメだよノリスケさん、まだ寝ていなきゃ」
「カツオくん……そう言えばウキエさんは。ウキエさんは……」
「大丈夫。ウキエさんは助けたよ」
「そうか」ノリスケは安堵の表情を見せた。「私は……イクラーロボでタラオンに特攻をかけたところまでは覚えているのだが……」
「爆発に巻き込まれてノリスケさんは半死半生だった」カツオは悲しげに言う。「でも、長谷川同盟の人が紋章の力でノリスケさんを救ってくれたんだ」
 カツオはノリスケの左手を取る。手の甲に輝くのは「い」の文字。
「……い?」
 ノリスケはカツオを見上げた。
 カツオはうなずく。
「そう。『犬も歩けば棒に当たる』のい。ちなみにボクの紋章は『花より団子』のは、さ。新たな長谷川同盟として選ばれてしまったわけさ。……ってノリスケさん何やってるの」
 ノリスケはちり紙で「い」の文字をぬぐい取ろうとしていた。しかし泥のように綺麗に取り払えるはずが無く、かえって紋章は輝きを増す。
「全然取れないぞ!」
「取れるはずないよ! 名誉ある長谷川同盟の紋章を取らないでよ!」
「だってダサダサじゃないか!」
「長谷川同盟の方々が命とひきかえにノリスケさんを救ってくれた証をダサダサなんて呼ばないで」
「オレはこれから一生『奥様ご存じ? あの旦那さん左手にでっかくいの字が書いてあるんですのよ』『あーら奥様そんなことを大声でおっしゃってはいけませんわオホホホホ』とか陰口を叩かれ続けるんだぞ。オレの青春は終わった」
「ノリスケさんの青春は10年前に終わっているでしょ」
「そういやウキエさんは。ウキエさんも紋章を受け継いだのか」
「そうだけど。ウキエさんも瀕死の状態だったんで意地悪婆さんから『論より証拠』の紋章を……あっ」
 ちょうどウキエが居間に入ってきた。が、単に居間を通り抜けたいだけらしく、カツオやノリスケと話をするでもなく、自分の部屋に戻っていく。
 ウキエが部屋を出る瞬間、彼女が左手にぐるぐるとタオルを巻いているのにカツオは気づいた。
「まさか」
 カツオはウキエが入ってきた扉から出て、洗面所に向かった。
 思った通り、洗面所の洗面器の中には、真っ赤に染まったぬるま湯が一杯に入っていた。側には真っ赤な石鹸が転がっている。
「血が出るまで手を洗うとはよほど嫌だったんだろうな。紋章のありがたみを知らぬ愚か者め。このような輩のために命を失ったとあっては、長谷川同盟も浮かばれまい」
 とコメントしたのは、カツオではなかった。反射的に飛びすさる。
「……マスター世田谷! いつの間に他人の家の、しかも洗面所に!?」
「フフフ……ノリスケのアパートに身を隠しているとは意外であったわ。だが追いかけっこもここで終わりだ。カツオよ、おまえには2つの選択肢がある」
「選ばせてくれるっていうのか、アンタがボクに」
「無論。1つはすべての抵抗をやめ、我らとともに世田谷の住人として平和に生きていく道。もう1つは今この場でワシに倒されるという道だ」
「いいや!」カツオは拒否した。「ボクたちは、世田谷に永劫輪廻を持ち込んだ悪魔を倒し、本当の平和を取り戻す!」
「何故我々の有りようを否定する?」波平は問いかける。「あのお方の持ち込んだS細胞があって初めて我々は永遠を手にすることができたのだ! 我々は死も老化も超越したのだぞ! このような素晴らしき姿を何故否定する?」
「もう嫌なんだよ! 毎回0点を取ってきて父さんや姉さんに殴られるのは! 普通ならば学力向上の望みがある……でもボクらは永遠の代償に学習能力を失っているんだ。そもそもS細胞ってなんなんだ!?」
「自己忘却、自己退化、自己再現という3大理論を兼ね備えたS細胞があってこそ我々は永遠に生き続けることができるのだ。自己忘却によって精神的な進歩を阻害、自己退化によって肉体的な進歩を阻害、そして自己再現能力によって、自らの体のスペアを作り、今の肉体が滅んだ際、新たな体へ精神を移し替える。キサマも我が家の物置の地下で見たであろう……あれが我らの体のスペアよ。こうして我々は永遠に生き続けることができる!」
 ずごごごご……
 遠くで地鳴りがした。
 カツオは本能的になにかを感じ取った。物置の地下深くで感じたあの奇妙な危機感。背中に汗が流れるのを感じる。
「あれを見よ!」波平が言う。「あれぞS細胞3大理論を兼ね備えた究極の形!」
 窓の外、世田谷の街のど真ん中に急に小さな山がメリメリと生え始めていた。
 カツオは外へ飛び出した。

 半壊してボロボロのイクラーロボで、カツオは世田谷の大地に降り立った。
 なんと表現すればいいのだろう。尋常でなく巨大な芋虫というべきか、蜘蛛というべきか。異形の生命体が一個の山となってそびえていた。そしてその山頂部には頭部とおぼしきユニットが生えている。頭頂部と両側の側頭部にボールがくっついたような奇妙な髪型を模したようなその姿は、まさしく……
「コレがッ!」
 太陽を背に波平が高らかに叫んだ。
「S細胞の究極形態! サザエガンダムよッ!!!」
 きしゃああああ
 サザエガンダムが獣のごとき絶叫を放った。
「これが……サザエガンダム……」
 カツオはその圧倒的な迫力にひたすら息をのむばかりだった。
 波平ガンダムに搭乗した波平がさらに言い募る。
「そして見よ! あのお方のお出ましだ!」
 サザエガンダムの肩口に仁王立ちする一人の男がいる。
 もちろん、カツオのよく知る人物だった。
「マスオ兄さん!」
「どうだカツオ! あの方こそ世田谷にS細胞を持ち込んだ張本人よ!」
 スーツに身を固めたマスオは、波平の紹介に合わせるように、高らかに笑い出した。
「ふっふっふっふっふっふ…………ふはははははははは!」
「マスオ兄さん……いや、マスオ……! 何がッ! なにがおかしいいいいいッ!?」
 イクラーロボを駆り、カツオはマスオの目の前にまで接近した。びしっ! と指を突きつけ、怒りをぶつける。
「いいか! 貴様のせいでワカメはモンスターになるし花沢さんはキューティーハナーになるし中島はビーム出すし、そしてオレは貴様を追ってきてこのザマだ! だがッ! 貴様に笑われる筋合いなど無いッッ!!!」
 カツオはイクラートマホークを振り上げ、サザエガンダムの脳天にたたきつけた。
 が、その寸前、マスオがカツオに視線を向けたように思えた。
「兄さん……!?」
 わずかなためらいが、イクラートマホークの入り方を甘くした。
 アパートからウキエとともに出てきたノリスケが、声が届かぬ事を知りつつ声を張り上げた。
「いけないカツオくん! サザエガンダムはイクラーのエネルギーを吸い取っている!」
「何ッ!?」
 ぎょいんぎょいん、とトマホークを通し力が吸い取られていくのが、カツオにはわかった。ぐらり、とバランスを崩し、イクラーは地面へと落ちていく。存分にエネルギーを吸収したサザエガンダムは、再び地中にその身を隠そうとする。
「待て! マスオぉぉぉぉ!」
 けれども、幾ら叫んだところで、イクラーロボは膝をついたまま1ミリたりと動こうとしない。
「今が好機と見た! さらばだカツオっ!」
 そこを狙い澄まし波平ガンダムが攻撃を仕掛けた。
 カツオは逃げることが出来なかった。
 ばきぃぃぃぃん
 カツオはおそるおそる目を開けた。
 イクラーロボはやられていない。
 波平ガンダムの攻撃を、3体目の謎のロボットが受け止めていた。
「ワシの攻撃を受け止めるとはデキる奴! 何者だ!?」
 問いに答えることなく、謎のロボットは空いている手で煙玉を地面に叩きつけた。煙幕が立ち上り、視界が塞がれる。
 煙が風邪に吹き払われる頃、残っていたのは波平ガンダムだけだった。

 気がついたとき、イクラーロボは世田谷の外れに立っていた。危機を救ってくれた謎のロボットはすでにない。カツオがロボから降りると、ちょうどノリスケとウキエが駆け寄ってきた。
「カツオくん……?」
 カツオは少しの間地面に視線を落とし考え込んでいたが、ふっと顔を上げると、
「自分の未熟さを思い知った。修行のやり直しだ」
「修行のやり直し……どこに行くんだ」
「西へ。S細胞の正体を知る必要がある。そして波平がどうやってS細胞を手に入れたか……波平の正体も調べなきゃ」
「ということはつまり」
「福岡だ。ボクがかつて修行し、そして磯野家のルーツがある福岡で、オレは波平を倒す力を手に入れる。2人はどうする」
「当然ついていくさ。たった1人で世田谷を脱出するつもりか?」
 ノリスケは即答した。
 ウキエは口を閉じたまま、しかしカツオの手を取り目を細めることで意志表示した。ノリスケもそこへ手を重ねた。カツオは充足した笑顔を見せた。2人の手の温もりを感じながら。

 物陰でそんな3人の姿をこっそり窺う影があった。覆面にコートと爆発的に怪しげな出で立ちである。3人が手を取り合うのを見ると、男はマスクの下の口元をわずかに歪めてにやりと笑い、姿を消した。

 

つづく


第6話 襲撃

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