第7話 亀 裂
| 「お引き取り願いたい」 石田共栄丸(仮)の返答はにべもなかった。 「そこをなんとかお願いします」とノリスケは食い下がってみる。「どうしても自動車が必要なんです。責任を持って必ずお返ししますから」 「だめなものはだめだ」フネの兄は視線を逸らし、拒絶の意を示す。「家にある車はちょうど全部出払っておる。ないものは貸せんよ」 さて、とカツオは考えた。石田共栄丸の歯切れの悪さはなんだろう。カツオの記憶によれば、この大叔父は農家特有の頑固さ、意志の強さを持った人物だったはずだ。だが、今日のしどろもどろぶりは、そのイメージにそぐわない。 「どうしたんです、おじさん。おじさんがたくさん車を持っていることは知っています。それが全部出払ってるだなんておかしいじゃ……」 カツオは追求しようとした。が、ノリスケがカツオの肩に手を置き、それを制した。 「わかりました。無理を言って申し訳ありません。それでは、私たちは先を急ぎますので」 「うむ、そうか」 石田共栄丸は頷いた。だが一瞬、「うまくやり過ごせた」という笑みがこぼれるのを我慢できなかった。 「もてなすこともできずにすまなんだな」 「次に会う時を楽しみにしてますよ。それでは」 カツオたち三人は立ち去った。その後ろ姿が門の外に出て、見えなくなったのを確認してから、共栄丸は胸をなで下ろした。玄関を閉め、家の内側に向き直る。 「……これでいいのか」 「結構です。さしあたってのところ、ボクはあの三人を討つよう命令されてはいませんから。無用なトラブルはあなたも好まないでしょう。ボクも与えられた任務を果たすのみです。……サザエドライブを引き渡していただきたい」 じん六は、いつもの飄々とした口調で言った。 共栄丸は唇を噛みしめた。 「どうして止めたのさ、ノリスケさん」 カツオの糾弾に、ノリスケは答えようとしない。 三人は、視界一面の田んぼの中にどこまでも長く伸びている農道を横一列になって歩いていた。フネの兄共栄丸が継いでいる石田家は、農地改革以前はここ一帯の大地主だったそうで、現在でも非常に広大な農地を有している。 このようなだだっ広い土地では、カツオの大きな声も、空に吸い込まれ消えていくようだった。 「ねえ、ノリスケさんったら」 「不自然だったろう、共栄丸さんの態度は」 ノリスケは立ち止まった。 「そうね」ウキエがそれに和する。「私はあの人にあったのは初めてだけれど……なにかに怯えているような目をしていたわ」 「だからこそ」カツオは譲らない。「もう一押しすればボロを出してくれるとふんで問いつめようとしたのに」 「ボロを出したあと、どうなる」ノリスケの声は厳しい。「あの人が何に怯えているのだと思う?」 沈黙。 「……まさか、磯野波平」 「おそらくは。すでに波平の手の者の接触があったに違いない。我々の福岡行を邪魔すべく、な。あの人には守るべき地位や財産がある。それを盾に取られればどうすることもできまいよ」 「はじめから共栄丸さんには頼れなかった、という事ね」とウキエ。「じゃあ、どうしましょう。私たちはもう公共の交通機関は使えないわ」 「困ったな」 その時、遠くからの叫び声に三人ははっとして振り向いた。短いが、はっきりとした悲鳴だ。声の発生源は今来た方向、石田家の方角だ。 「まさか!?」 「波平の手の者がすでにいたのか!?」 三人は無言で今来た道を駆け戻った。 苦悶の表情を浮かべながら、じん六は腕に刺さったビール瓶の破片を引き抜いた。 「なぜおまえ達がこんなところに……?」 甚六の睨む先には二つの人影があった。 「愚問だな。君は何をしにこんな静岡の片田舎までやってきたんだ?」 言って、アナゴはせせら笑った。 「それにしてもじん六さん、腕が落ちたんじゃないですか? 昔はボクのビール瓶をたやすくかわせたと思うんですけど」 隣のサブが慇懃無礼に笑う。 「そうか……おまえ達はフネの命令で動いているんだなッ」 「ま、今更隠してもしょうがないよなあ」とアナゴ。「我々はフネ様の命令でサザエドライブを受け取りに来た。が、どうやらじん六君、君も目的は同じようだなあ。命令を下したのが誰か違うだけで」 じん六は内心の焦りを隠せない。フネが組織内の反主流派をとりまとめ、なにやら策謀を企てていたのは知っていた。だがこうも露骨な形で行動に出てくるとは。じん六は一応波平派ということにはなっているが、自身としては派閥争いに加わる気は毛頭ない。むしろうっとおしいばかりである。そして、二対一のこの状況。取る手は一つしかあり得ない。 じん六は背を向けて逃げ出した。 「逃がしませんよッ」 呼応してサブがビール瓶ファンネルを六本放つ。 「やらせるかッ」 じん六は刀を抜いて三本を叩き落とし、二本を避けた。が、最後の一本が頬をかすめて薄皮一枚の傷を付けた。だがじん六は反撃には移らず、瞬時にして亜空間の中に消え去った。 「逃がしたか」アナゴはそれほど重要には思っていないようだった。「さて、共栄丸さん、サザエドライブを出してほしいんだが」 「冗談ではない!」語気荒く共栄丸は反論する。「サザエドライブを集めてはならんのだ! 貴様、ドライブの正体を知っているのかッ」 「さてね。私が知っているのは、あなたがサザエドライブの一本を持っている、そのことだけだ。私はそれを取ってこいと命令された。もう一つ、抵抗するようならあなたを殺してもいい、との命令も受けている」 アナゴは共栄丸の膝を蹴った。「ぎゃあ」と叫んでその場に崩れ落ちる。 「ということは、だ。あなたが黙ってドライブを渡してくれるなら、こっちとしてもあなたを殺す理由はない、というわけだ。というわけで、ちょいと案内してくれませんかね」 「……いいだろう」 共栄丸は二人を邸内に招き入れた。 「安心しないでいただきたい。あなたがなにか不審な動きをすれば、サブのビールファンネルが黙っちゃいませんからね」 アナゴは付け加えた。 「血が落ちてるわ」 ウキエは事実を見たとおりに言った。 「共栄丸さんがやられたの!?」 とカツオはノリスケに問いかける。 「血の色を見ただけで誰の血か当てるなんて、医者にも不可能だよ」ノリスケは当たり前のことを言った。「だがなにかまずいことが起こっているようだ」 あきっぱなしの玄関に目を転ずる。 「行ってみようよ」 カツオの提案に、ウキエとノリスケは同意した。 それは屋根裏部屋に保管されていた。蜘蛛の巣以外には何もない殺風景な空間の中で、それは緑色の輝きを放っていた。 「……これが」 サザエドライブは台座の上に縦に置かれていた。長さ三○センチの円筒形で内部は緑色の液体で満たされており、その中心には赤い梅干しのような球体が浮いている。アナゴは左手でそれを取り上げ、右手で懐から銃を取りだした。腕を伸ばして、共栄丸の胸に照準を合わせる。 「フン! やはりな……」 「そういうことだ。ここまで連れてきてくれたことには感謝する。あなたを先に殺してしまったら、このでっかい屋敷全部を捜索しなければならないところだったからな。では、ごきげんよう」 アナゴは一発撃った。弾は共栄丸の右胸に命中。共栄丸はもんどり打って倒れた。 「任務完了ですね」 サブが笑顔を見せ、ビールファンネルを円状に動かして喜びを表現してみせる。 何かを制止するかのように、アナゴは広げた右手をつきだした。 「おまえか」 「何がですか?」 右手を口元に当て、「黙れ」のジェスチャーを取る。小さな音が、しかしはっきりと聞こえた。それはつぶやき声であるようだった。 「トゥルール・クルール・トゥレイロ・トゥレイラ……」 「共栄丸かッ!」 二発、アナゴは共栄丸の頭部めがけ撃った。共栄丸は沈黙した。 が、手遅れだった。 ドライブの中から赤い光が飛び出した。それは空中で一回転すると、ドライブめがけて急降下。アナゴは右手を強く打たれ、ドライブを取り落とした。赤い光は空中の一点で静止し、その姿を現した。 「……人形!?」 それはままごとに使うような人形と見えた。が、それも一瞬のこと、それはぐんぐん巨大化し、3才くらいの幼女の大きさになった。 そやつは3歳児にふさわしい声で高らかに叫んだ。 「ドールリカ、見ッ参ッ!」 「なんだかわからないが食らえッ」 即座にサブがビールファンネルで攻撃を加えた。が、ドールリカは右手のヨーヨーをブン回すことにより意図もたやすくその全てをはじき返した。おかえしとばかり、一撃サブの顔面にヨーヨーを叩き込む。サブは防御することもかなわず、正面から食らってダウンした。 その間にアナゴが取り落としたドライブを拾おうとする。だがドールリカは見逃さない。アナゴがドライブに手をかけようとした寸前、器用にもヨーヨーをドライブに巻き付け、一気に自分の手元に引き戻す。咄嗟にアナゴは銃を構えたが、引き金を引くより早くヨーヨーがアナゴの手を再び打っていた。銃ははじかれ、弾はあらぬ方向へとんだ。 「チィィッ」 不利を悟り、アナゴはサブを抱え、亜空間へと逃げ去った。 直後、カツオ達がバタバタと屋根裏部屋へ駆け上がってきた。カツオ達が見たのはドライブを持つ謎の幼女、そしてぐったりとして動かない共栄丸だった。急いで共栄丸のもとへかがみ込む。 共栄丸はカツオの顔を見るや、付けていた腕輪と鍵とを差し出した。 「これを……」 「共栄丸さん、しゃべらないで」 だが、もはや共栄丸に望みのないことは明白だった。 「ドライブを……波平に渡してはならない……破滅が……」 幼女のもつ緑色の円筒形を指さす。そこまでだった。腕は力無く床に落ち、共栄丸は絶命した。 「ドライブだって……?」 カツオはドライブを持つ幼女の前に立った。 幼女はにっこりと笑った。 「ドールリカです。お見知り置きを」 共栄丸から渡された鍵は、共栄丸個人所有の自家用車だった。 「これで福岡まで行けそうだ」 言いつつ、ノリスケがハンドルを握る。 「長い旅になりそうね」 とウキエ。 「波平を倒すその日までボクはへこたれないよ」 カツオは決意を新たにした。その腕には共栄丸から託された腕輪が巻かれていた。 松の木の陰でそんな3人の姿をこっそり窺う影があった。覆面にコートと爆発的に怪しげな出で立ちである。3人の乗った車が走り去ったのを見ると、男はマスクの下の口元をわずかに歪めてにやりと笑い、姿を消した。 |