第2話 ソックスバトラー養成
| ダイアモンドは、夜明けまで時間をくれた。 防寒着を渡されたので、寒さで目が覚める心配はない。だが、眠れなかった。少年――バトラーは混迷の極みにあった。 逃げ出そうか、と考えてみる。見るところ、ここはかつて学徒兵を訓練する学校だったようだ。大きさからしてやや小規模な施設だが。戦時下という厳しい状況にあってこのような施設が何故使用されていないかといえば、理由はただ一つ。この地域は以前に幻獣に蹂躙されたことがあるのだろう。一時蹂躙されて、そして軍がまた取り戻した。だがそれでも最前線地域であることに代わりはないので、兵士の卵達を送り込むわけにはいかない。そこに目を付け、「ソックスハンター協会」とやらが利用し、今日一人の哀れな少年を一人で放り込んだ、ということだろう。 つまり、一人で逃げ出したら、幻獣に殺される可能性大だ。バトラーは逃走という考えを捨て、ベッドに横になった。代わりに、これからのことを考える。要は、簡単な二択だ。ソックスハンターとして生きるか、それを拒んで殺されるか。その理不尽さに、改めて怒りが沸く。 結論は簡単に出た。この怒りをぶつけるためには、生きていかなければならない。今は組織に従属し、ソックスハンターになってやろう。生きてさえいれば、復讐はできる。まずは、ダイアモンドとの戦いを後ろで見ていた二人の男女。そして背後に控える謎の組織、「ソックスハンター協会」。今は怒りを胸の内に隠し、それでも生きていかねばならない。 決心がつくと、少しは胸の支えが降りたような気がした。眠りの淵に陥るのにさして時間はかからなかった。 「決心、できたみたいですね」 「ああ」 翌朝、ダイアモンドの言葉に、バトラーは強い意志をもって答えた。 「じゃあ、これを着てください」 ダイアモンドは、学徒兵用の制服を投げてよこした。 「ルールは簡単です。これから私たちはこの廃校舎で生活します。そして常に私の指示に従うこと。わかりましたか」 「ああ……」 「では、始めましょう」 『影無きソックスハンター暗躍・目撃者は皆無』 『大物ソックス次々狩られる・組織抗争勃発か?』 という見出しの新聞を折り畳むと、男は感嘆のため息をもらした。 「素晴らしい。実に素晴らしい。君の『ダイアモンド』は最高のソックスハンターだな、ソックスバット」 「ふフフフフ。お褒めにあずかり恐悦至極であります、ソックスコロンビア」 ソックスバットは、深い一礼を男に返した。 執務室には、ソックスハンター協会の最高幹部二名が揃っていた。 ソックスバットを褒めたこの男は、ソックスコロンビアというコードネームで呼ばれている。先祖にかつてのコロンビアの靴下王を持つ、エリートソックスハンターとして通っている。もっとも現在、南米地区は完全に幻獣の支配する地区になっているので、その真偽を確かめるのは難しいことだが。金モールで飾られた軍服を着用しており、軍にあって高い地位にあるであろうことが推察される。やや小太り気味ではあるが、その細い目は常に油断なく光っている。 「これで七人目だな。年端もいかねえガキがやってくれるじゃねえか。こりゃプロ中のプロ、ハンター中のハンターのの手腕だぜ」 前髪にメッシュを入れた女が、コロンビアの意見に同意を示す。彼女は、熊本のソックス世界では知らぬ者のない、ストリートソックスギャングスターだ。神の靴下を持つ娘――ゴッドソックス、と人は呼ぶ。 「あんたが協会に加入してから半年しかたってねえが、こんな成果を上げるたァ想像もしてなかったぜ。アンタの連れには驚かされた。ダイアモンド様々だな」 ニタリ、と満足そうにソックスコロンビアは笑う。 「新参の、しかも年端もいかぬ少女に『ソックスダイアモンド』の称号を与えるのは問題かとも思ったが……今は確信を持っていえる。彼女こそ、協会最強のソックスハンターだ、とな」 「斯様な成果を上げられたのも、すべてはソックスマーチャントの後ろ盾があったからこそ、ですよ。ふフフフフ」 あくまでも慇懃な態度で、バットはかしこまる。 コロンビアは、バットの隣に立つマーチャントに目をやった。 「いい部下を持ったな、マーチャント。……ところで、例のジャーナリストの件だが、ずいぶん手間取ったそうだな」 「……いいえ、そのようなことは」 「ほお、そうか?」ゴッドソックスが口を挟む。「話によると、始末するところを部外者に見られたそうじゃねえか?」 「しかも、取り逃がしたと聞く。真偽のほどはどうなんだ、マーチャント」 「…………」 少しの沈黙をおいてから、マーチャントは答えた。 「どこからそのような話が伝わったんか知りませんが、事実誤認です。件の目撃者は捕獲しました。身元を確認の上、既に処分してあります」 部屋に沈黙が降りた。 ポーカーフェイスを貫くマーチャントの顔を、ソックスコロンビアは細い目の奥から、ゴッドソックスはそも愉快そうににたにた笑いつつ、観察する。 沈黙に幕を下ろしたのは、コロンビアの一言だった。 「……まあ、いいだろう」 「お口添え、感謝します」 退室後、ソックスバットはマーチャントに一礼した。 「……ええように操られてるみたいやな、ウチは」 「あの少年は必ず一流のソックスハンターに仕立ててみせますよ。すべては協会の、ひいてはあなたの利益のためです。私はそれらすべてを捧げるために働くだけです。ふフフフフ」 言って、ソックスバットはきびすを返し、去っていった。 その後ろ姿を、冷ややかな視線でマーチャントは見送る。 「お疲れ、マーチャント」 入れ替わるようにして、一人の女がマーチャントのそばにやってきて、声をかけた。その姿を見て、マーチャントは顔をほころばせた。一見男に見まがうほどのショートヘアー、ヘビメタのバンドマンのようなコスチュームに身を包んだ彼女は、マーチャントのボディガードである。常にマシンガンを携帯しているところから、「ソックスマシンガン」という名で通っている。 「またあの電波野郎がなんかやったのか?」 「あいつは飛ぶ取り落とすいきおいやで。コロンビア達に気に入られてるようや」 「あいつ、オメーに成り代わろうって腹だぜ。先手を打った方がいいんじゃねえのか? 何ならオレが」 「今のところ、その必要はあれへん。アレはアレで、役に立つ男やからね」 マーチャントは首を振った。その頬に浮かぶ笑みは、彼女の計算高さを物語っていた。 一日は、お定まりの筋力トレーニングから始まる。体が動かなくなり、床に這いつくばるまで、鉄棒での懸垂、サンドバッグ叩き、グラウンドのマラソンを繰り返す。厳しく照りつける太陽は、汗を滝のように流させる一方で、喉を干上がらせていく。 日差しが耐え難いほど強烈になる頃には室内に移る。格闘技の訓練に入る前に、ダイアモンドはソックスハンターとしての心構えのレクチャーを行った。ソックスハンター式の格闘術の要点は、いかに早く相手の鼻面に靴下を押しつけるか、であって、拳法のような型や構えは意味がない、という。 「奇襲による電撃靴下作戦こそ狩りの理想です。もっとも、平穏裡に交渉で靴下をもらえるなら、それに越したことはないんですが」 夜は、「平穏裡な交渉」を成立させるための訓練が行われた。「異性の口説き方99」を読んで話術技能を身につけ、ふりふりエプロンを身につけて鏡の前に立ち、魅力的な笑顔を振りまく練習をする。 そして、頭も体も疲弊しきり、泥のように眠る。奇妙な、時の流れの止まったような毎日が続いた。 一週間もした頃、格闘技の訓練は始まった。 「その靴下で一度でも私に触れることができたら、今日の訓練はおしまいです」 いきなり靴下を使っての模擬戦である。危険の無いよう、靴下は一日ものを渡されている。 ダイアモンドとは一度靴下戦を行って、勝っている。体を鍛えた今ならば、彼女に触れることなど楽勝だ、とバトラーには思えた。 「本気を出していいんだな」 「どうぞ」 腰を落として、構える……と見せかけて突っ込み、靴下を横薙ぎに振った。 だが、ダイアモンドはそれが分かっていたかのように、軽く身をかわす。 「靴下は振り回す武器じゃありません。突き刺す武器です……!」 まだだ! ダイアモンドが言い終わるより早く、バトラーは体ごと突っ込んでいく。しかし、ダイアモンドを捉えたと思った瞬間彼女の姿はそこにはなく、気がついたら鼻に靴下を突きつけられていた。ダイアモンドは体を軽く揺らすだけで体当たりを避けたのだ。 バトラーは失神して、その場に倒れた。すぐさまダイアモンドが頬をひっぱたき、目覚めさせる。 「ソックスコンバットの基本は大振りを避け、すべての行動を最小限の動作ですますこと。いいですか」 言うが早いか、今度はダイアモンドが攻撃をしかけてきた。矢のように素早い一撃が連続で繰り出される。バトラーは自分の靴下で捌ききるのがやっとだった。反撃なんて、とてもそんなヒマはない。 「そう、その調子です」平静な口調でダイアモンドは説明する。「靴下は盾の役目もします。だから、靴下同士の戦いは、相手の靴下を外に追い出すことで決まる」 ダイアモンドは、バトラーの靴下に自分の靴下をひょいと絡めて握り、思い切り右側へ引っ張った。バトラーの体もつられ、無防備な右脇腹から背中にかけてをダイアモンドにさらす格好となった。マズイ、と思った瞬間にはダイアモンドの左拳が脇腹にめり込んでいた。そして追い打ちを駆ける格好で靴下が鼻に押しつけられる。 バトラーは悶絶した。気絶するより早くダイアモンドの平手を食らったので、倒れはしなかったが。 「靴下の役目は防御とフェイントが主です。だから靴下にとらわれず、打撃も有効に活用することです。今のように、右手の靴下で相手の靴下を右に追い出したときは、左のボディブローから靴下、が有効。逆に左側に追い出したときは」 右手をダイアモンドは左側に引っ張た。バトラーはなすがままに左脇腹をさらす。身構えたところへ右キックが埋め込まれた。そして靴下。 「右のサイドキックから靴下、が有効です。この辺は体で覚えてください」 バトラーは、再び平手で頬を打たれる感覚で正気を取り戻す羽目になった。前回のソックスコンバットの時は手加減されていたのだ、とふと思い至る。ソックスハンターへの道は果てしなく遠い、とバトラーは悟らざるを得なかった。 |