第4話 ソックスハンター実技試験


 西日に顔を灼かれる感覚で、バトラーは目を覚ました。
 こんな時間まで眠っていたのは、はじめてだった。ダイアモンドが、施設に帰ってきている様子もない。どうも、今日の訓練は休みみたいだ。
 バトラーは部屋を出、プレハブ校舎の屋上に行った。座り込んで、果てなく続く青空を見上げる。
 ここに来て、一体どれくらいの時間が立ったのだろう。バトラーは考える。半年は立ってないとは思う。だが、自信を持って言えるのは、その程度だ。厳しい訓練についていくのが精一杯で、日を数えることすら忘れていた。バトラーにとっては、訓練とそれに伴う苦痛が生活のすべてであり、他のことなどまったくどうでも良くなっていた。自分の胸、腕に手を当て、皮膚の下で筋肉が盛り上がっているのを確認する。これが、この施設で過ごしてきた日々の、証だ。
 だが、これは本当にソックスハンターの訓練なのだろうか、と時々思うことがある。訓練が終了すれば、ソックスハンターとして任務をこなすことになるはずなのだが。
 どうしても、ピンとこない。
 ぼんやりと考え込んでいるうちに、西日は山の稜線の彼方に沈んでしまった。車のヘッドライトが近づいてくるのが見えたのは、すっかりあたりが暗くなってからだった。
 バトラーは屋上から降り、車を迎える。
 ハンドルを握っているのは、ダイアモンドだった。車を降りて、バトラーの姿を認める。
「どうか、しましたか」
 ぼんやりと立っているところを見とがめられた。
「いや……別に」
 バトラーは適当に言った。ダイアモンドが車を運転できるとははじめて知ったが、今更驚くには当たらない。それよりも気になるのは、不在の間、ダイアモンドがなにをしていたのか、ということだ。
 ……狩りを、してきたのか。
「手伝ってください。準備がありますから」
 だがバトラーの内心を知る由もなく、ダイアモンドはいつも通りの調子で語り、テントへと向かった。
「……準備?」バトラーは質問を口にした。「新手の訓練でもするのかい」
「いいえ。……試験よ」
 ダイアモンドの口調は、事務的とすら言えた。

「いやいや、災難でしたねェ、ソックスロボ」
 ソックスバットとソックスマーチャントは、ソックスハンター協会の事務室の一つに、来客を迎えていた。
 頭にゴーグルを装備した少年のコードネームは、ソックスロボという。
「約束通り身の安全を保証してくれるんだろうな。オレは、協会のためにベストを尽くしたんだぜ」
 その声には焦燥の色がにじむ。ロボは保護を求めるべく協会を頼ったのだ。今までの協会に対する貢献を考えれば、その程度、不相応な要求ではない。彼はそう考えていた。
 そして、その要求は受け入れられたようだった。
「ふフフフフ。もォちろんです」ソックスバットはいつもの薄い笑みをたたえている。「数時間後には関門海峡から日の出を眺めることになるでしょう」
 つまり、九州から本州へ逃がすという計画である。
「施設の飛行場にセスナを用意してあります。なんなら、今すぐにでも来るまでお連れいたしましょォか?」
「よろしく頼むぜ。こんな所に長居は無用だ」
「…………」
 そのやりとりを、ソックスマーチャントは冷ややかな瞳で見守っていた。

 テントの中の倉庫には、山のように靴下が保管されていた。そのどれもが、殺傷力を秘めた匂いを放っている。ダイアモンドに言われるまま、バトラーは武装した。ポケットに盛り上がらない程度に靴下を詰め、ベルトにめいっぱい靴下を挟み込み、見えないように上着で覆う。念のため袖の中にも靴下を隠す。
 この様な完全装備をさせておいて、今からダイアモンドは何をしようというのか。だが、聞いてみたところでダイアモンドが答えてくれるとも思えない。バトラーは倉庫を出た。
 車がさらに二台、止まっていた。そのうちの一台から、見知らぬ男が降りてきた。金モールで飾り立てた白い軍服を着た、小太りの男である。軍の高官だろうが、それ以上のことはわからない。
 傍らには、マシンガンを構えた護衛とおぼしき人物が立っている。ヘビメタ風の赤いコスチュームに身を包んだ、男とも女ともつかない人物。女性のような気がするが、ヴィジュアル系のバンドの男性かもしれない。
 もう一台の方から降りてきたのは、ソックスバットとソックスマーチャントだった。さらにもう一人、頭にゴーグルを装備した男性。何故このような場所に連れられてきたのか理解できず、狼狽しているように見える。
「ソックスコロンビア」ソックスバットは、金モールの軍服の男に話しかけた。「ソックスロボを紹介します。長年、我が協会への靴下供給を行ってきた功労者です」
「おい! 空港に行くんじゃなかったのか」ソックスロボは声を荒らげた。「ここは一体何処なんだよ」
「ふフフフフ。あなたの最後の晴れ舞台とでも申しましょうか」
「……何だと」
「存在の秘匿、それは我が協会の至上課題なのです」ソックスバットは説明する。「当局にマークされてしまったあなたを野放しにするというのは、協会にとって存続の危機なのですよ」
「騙したなッ!」
 ソックスロボはソックスバットにつかみかかろうとして一歩踏み出す。が、護衛の女男が靴下を構え、それを押しとどめた。
 素早い……いつの間に抜いたんだ? バトラーは思った。でも、こういう場合普通はマシンガンの銃口の方を突きつけるものではないんだろうか?
 靴下に狙いを付けられたソックスロボは、口先でせめてもの抵抗をするより無かった。
「畜生! 軍の靴下を横流しするのがどんだけ難しいかわかってんのかよ!」
「あなたの功労については深く感謝しておりますとも。だが、取引相手を我々だけにしておけばいいものを、テロリストにまで靴下を横流ししたのはまずかった」
「ぐ……」
 痛いところをつかれたのか、ソックスロボは顔をゆがめた。
「ですが」ソックスバットは語を継いだ。「あなたをこのまま抹殺してしまうのは騎士道精神に反することです。いいでしょう、あなたにチャンスを差し上げます」
「…………?」
「今から十分、時間を差し上げます。十分後に追っ手を差し向けますので、無事逃げ切ったら見逃して差し上げる、ということでどォでしょう。ああ、テントの中には靴下倉庫がありますから、ご自由に靴下を見繕っていただいて結構ですよ」
「どういうつもりだ」
「騎士道精神ですよ。己の力で自由を勝ち取る、それこそ、ソックスハンター冥利に尽きるのではありませんか? ところで、カウントはもう始めておりますよ。無駄にする時間はないんじゃァ、ないですか?」
「……ノォ! くそッ」
 殺意に満ちた視線を全員に投げつけると、ソックスロボはテントに向かって駆けだしていった。
「さて」ソックスバットは、バトラーに向き直った。「事情は聞いての通りだ、バトラー」
 常に張り付いているはずの薄ら笑いが、この時はソックスバットの顔から無くなっていた。
「……最初の任務を与えます。あの男を狩れ」

 ……ちょっと待ってくれ。
 バトラーは逡巡した。たしかに、ここで過ごした訓練の日々は、ソックスハンターになるためのものだった。いつかはダイアモンド同様、ハンターとしての任務を与えられるとわかっていた。
 だが、何故今なんだ。急すぎる。心の準備ができていない。
 周囲の人間全員の視線が、重苦しくバトラーにのしかかる。サア行ケ、アノ男ヲ狩ッテコイ……そう言っているように、思えた。
「今の俺じゃ、無理だ」バトラーはダイアモンドに助けを求めた。「君からも言ってやってくれ……俺はまだ訓練の途中だ、って」
「訓練は終わりました、バトラー」予想外の答えが帰ってきた。「あなたはもう優秀なハンターです。安心して狩りに送り込めます」
「そんな……俺はまだ、君の足元にも及ばない」
「それは当然です、バトラー」ソックスバットが口を挟む。「彼女は他ならぬソックスハンター協会の『ソックスダイアモンド』なのですから。あなたこそ謙遜はやめなさァい。あなたはダイアモンドに育てられたエリートなのです。そんじょそこらの雑兵とはワケが違いますよ」
 ちらり、とソックスマシンガンに視線を投げる。
「……それは俺のことを言ってんのか?」
 ソックスマシンガンは鋭い視線で応じた。が、ソックスバットは一向に気にする風もない。
「行きなさい、バトラー」
 ダイアモンドが、再び言う。
「無理だ……俺にはできない」
「…………」
 一瞬地面に視線を落としてから、ダイアモンドは靴下を引き抜き、バトラーに突きつけた。
「ダイアモンド……!?」
「最初の晩に言いましたよね。もう一度選ばせてあげます。すべてを受け入れるか、すべてを拒んで死ぬか」
 ダイアモンドの黒い瞳が、怜悧に輝いた。
 そうだった。
 ソックスハンターとなること、それが、今まで生きながらえてきた命の代価。
「……わかった」
 バトラーはやっとのことで声を絞り出し、重い足を引きずって、テントに向かった。とめどなく出る汗で靴下を濡らしながら、心中「これは、悪い、夢だ……」と繰り返しながら。

前の章へ

戻る

次の章へ