| 虚空の城 | |
−−−−−−クラークの第三法則 ぱんっ! 軽い銃声が、偲の構えた小型のリボルバーから吐き出される。 すでに狂気に捕らわれた悪霊レギオンだが、本能的にこれを回避した。だがそれは承知の上。 「疾ッ!」鋭い気合の息吹とともに、梓が突進する。 ひゅおっ。 刃鳴りの音を残して一瞬で抜き放たれた日本刀が、巨大化した思念体を切り裂く。瞬時、裂傷に火がつく。七星火炎正宗は、確実にレギオンからマグネタイトを削り落としていた。存在を消される感覚に、レギオンが怨念の声を上げた。 レギオンがお返しとばかりに、聞き取りづらい魔界語で詠唱を始める。 [……ブフラオン!] 空気が突然身を切る冷気を帯びる。レギオンの側に凍てつく氷の霧が巻き起こり、一直線に偲を襲った。その瞬間、高い魔界語の叫びが割り込む。 「マカラカーン!」 それに呼応して現れた銀色のカーテンが冷気の塊に立ちふさがり、それをはじき返す。麗の魔界魔法だ。はじかれた冷気はレギオンにびっしりと霜を降ろしたが、レギオンはそれを体をゆすってふりほどいた。 「こりゃ、骨だなぁ……」 データよりも強力なレギオンの姿に、偲は顔をしかめた。巣鴨の怨念を取り込み、悪霊の集合体であるレギオンは予想以上に肥大化していたのだ。 仕方なく節約を諦めて、偲はうなじのコネクタに腰のデッキ”キャリバーン”から伸びるカラフルなコードを繋ぐ。 「燕返しッ!」 前にステップを踏むのをフェイントに使って、梓が素早く二回刃を振るう。ぞばッ、と嫌な音を立てて、レギオンが切り裂かれた。 が、その切り裂かれた傷から触手のように悪霊がしみ出し、彼女につかみかかる。それを後ろにとんぼを切ってかわすと「早く出せ! 馬鹿!」と叫ぶ。 「わかってるよ!」叫び返して、偲はDDSを起動した。視線で出現座標を指定して、召喚をパンチする。彼のそばに魔法陣が現れ、ラインフレームで人型を描き出す。細かいテクスチャが施され、醜く歪んだ髑髏の顔を持つ紳士の姿が現れた。その手には燭台を構えている。堕天使ビフロンス。偲の契約している中では古参の部類に入る悪魔だ。 ビフロンスは現世で力を振るう許可を得た喜びに口元を歪めながら、魔界語の呪文を呼ばわった。 [……マハラギオン!……] 燭台の炎が爆炎と呼べる程に大きくなる。炎は歪んだ球に集束し一直線にレギオンを焼いた。 多くの悪霊は炎で焼かれることを恐れる。炎の持つ「浄化」の意味を恐れるからだ。 レギオンを構成する悪霊たちも例外ではない。炎とともに多くの怨念が消滅させられていた。 「アギラオ!」 とどめ、とばかりに放った麗の魔界魔法が最後となって、レギオンはその存在を現世から消滅させた。 ビフロンスに与えたかりそめの肉体を奪い返して彼を魔界に送還すると、偲はため息をついた。 「ったく、なんなんだよ! ここは!」 麗に傷の手当をしてもらいながら、梓が毒づく。 「本当。出てくる悪魔は雑多だし……ここに何があるって言うのかしら……」 「さてね」 麗のつぶやきを聞き流しながら、マグネタイトを回収していた偲はいらいらと指を鳴らした。 ここは巣鴨プリズン。それは古い呼び名だし、正確には場所も違うが、その呼び名が最もしっくりくる。1999年からの動乱。「覚醒期」と呼ばれる時期において、ここはカオスに属するガイアーズのたまり場となり、それはメシア教団員の処刑場を意味した。 「覚醒期」のもたらしたもの。それは、概念としてではなく、存在としての「神」の復活。 政府機関は存続しているものの、そこには天津国津の介入があることは、知っている人は知っている事実である。実際、人の生活はそれほどには変わらなかった。ただ、悪魔という存在が身近になり、危険が増しただけで。それに対抗する手段として、自治体の武装化や警察の重武装化、フリーランスの対悪魔専門の傭兵・デビルバスターの出現などがあり、一応の秩序を保っている。 極めて危ういバランスの上に成り立っている秩序ではあったが。 極めて危ういバランス。 覚醒後の世界秩序は、すべて神族同士のパワーバランスによって成り立っている。 もしこれが崩れれば、恐らく信じられない破壊と混乱……ハルマゲドン、ラグナロク、呼び名は様々だが、独立した「人」という種は壊滅的な打撃を受けるだろう。そして中つ国、いわゆる現世は、神々の戦場となるのだ。 1999年にそのバランスを崩そうとした、「大破壊」計画は、ある覚醒者たちによって未然に防がれた。大使トールマン、陸将ゴトウは死亡し、ロウ・カオスの両属性は大くその力を減退させた。 現在は、各神族がいかに他を出し抜くかを虎視眈々と狙っている状態なのである。 「都ちゃんが先行してるはずなんだけど……」 「大丈夫なのかよ。あいつ、もう《メギド》使えないんだろ?」 「どうしても調べたいものがあるって……。こんな見捨てられた監獄に、こんなに悪魔がいると思わなかったからなぁ……」 彼らの知り合いであり、元メシア教団員である榊都が、この建物で消息を絶った。彼女は、はっきりとは言わなかったがここに重要な何かがあると考え、先行して進入したらしいのだ。が、消息絶った。 そこで、北海道にある彼女の教会を訪れた拳一が慌てて連絡を寄越した、と言うわけだ。 「心配よね」 会話を聞きながら麗がつぶやく。暗い地下通路を歩きながら、偲はある程度、彼女がすでに死んでいる可能性を考えていた。 不意に視界が開ける。広間のような場所に出たのだ。 倉庫のような印象を受けたが、違った。壁にはいくつもの扉があり、それらは冷たい鉄でできていて格子がはまった窓があった。いくつかは扉が壊れて開け放たれており、狭く陰惨な内部を除かせていた。 「プリズン、だね」 見回して、偲が呟く。「行き止まりかな?」 「そうみたいだけど……。!」 部屋を調べていた麗が小さく息を飲む。その部屋には、拘束具と一緒に一体のミイラが、くぼんだ目でこちらを見つめていた。見に行った梓が短く口笛を吹く。「こりゃひでぇな」 「こっちの血は、少し新しいね」 偲が別の部屋にライトを向けて告げた。「見せて」と、麗が調べ始める。彼女には医術の心得もあったし、魔力的なものを感じる能力もあるので、こういった鑑識には欠かせない人物である。 血は、血塗れの何かを引きずったように床にこびりついている。客観的に見て新しいとは言えない。早くとも数週間は前のものだろうが、ここの他の血痕から見れば、相当に新しい。 「?」 麗が何かに気付いて奥の壁面を指さす。ひきずったような跡が、その壁で消えていた。壁には血の跡はない。 「……」梓が刀に手をかけながら、その壁を蹴飛ばす。ごとっ、という音がして、壁がどんでんがえしになり、奥に通路があらわれた。 「どうやら……」偲にライトを寄越すように仕草で指図して奥に視線を走らせる。「ガイアーズの連中、まともに見張ってなかったみたいだな」 捕らわれていたメシア教徒が掘ったと思われる通路は、狭い上にかなりでこぼこしていて歩きづらかった。所々に、木を削って作ったと思われる十字架が飾ってある。おそらく、これを心の支えにして掘り進んだのだろう。 「これ、脱出路だろ? だとしたら、外に繋がってるんじゃねぇの?」 「かもね。でも、どのみち血の跡の方は確認したいし。たどれる所まで行って見ようよ」 「穴掘って逃げ出すなんて、”ショーシャンクの風に抱かれて”って映画思い出すわよね」 「麗、観たの? どうだった?」 「うん。主人公の青年が監獄で男にあんなことやこんなことされるシーンが……」 「……もういい……」 向こうに明かりが見える。偲のデッキに外付けされたエネミィソナーが耳障りな警告音を上げた。 「悪魔かっ?」梓が光の中に目をこらす。 人影があった。奇妙な甲冑をつけたような人影。天使アークエンジェルだ。そしてその足下に、血を流した都が横たわっていた。 「あれ、都ちゃんの守護天使じゃない?」偲が驚く。「そんなことよりっ」麗が偲を押しのけて都に手当するために駆け寄った。 アークエンジェルは彼らの姿を見ると、その金属質の顔に安堵の色を浮かべ魔界へと帰還した。その途端、止まっていた都の出血がひどくなる。麗は慌てて包帯での治療を諦め呪文を詠唱しはじめた。 「どういうことだよ」梓が聞く。「何があったんだ?」 「さぁ」のろのろと都の方に歩きながら辺りを観察した。そのあたりは予想に反して行き止まりで、ちょっとした広間……言うなれば、坑道の一番奥、と言った風になっている。 「多分、負傷した都ちゃんにマグネタイトを送って生命維持装置代わりになってたって所だと思うけど……」 「それ、ヘンだろ。なんでそんなことができる? 悪魔が現世に現れるのは、それだけでマグネタイトを喰うはずだろう? ましてあいつはお前のデジタルデビルと違って主人が直接マグネタイトの供給源にならないと存在できない守護天使だぜ?」 「うん……」 その通りである。この世界に悪魔が現れる方法はいくつかあるが、転生して適当な人間の肉体を奪う以外はどんな形であれ”生体マグネタイト”と呼ばれる物質を大量に消費する。”生体マグネタイト”とは、あらゆる生命体の”存在”を構成するために必要な不可視のエネルギーであり、いわば生命そのものである。 存在力を意味するマグネタイトを使えば、その量に応じてあらゆる法則を無視することができるのだ。 現世の物理法則に従っている普通の生物も、存在を維持するためにマグネタイトを消耗するが、それは代謝によって生じるマグネタイトで充分補填できる程度の消耗である。が、この世界の物理法則を無視した存在である悪魔は、その存在自体に大量のマグネタイトを消耗する。これには、世界自体の反発・異物排斥の現象であるとか、いろいろ説はあるが、とにかく、悪魔が存在し続けるには、代謝以上に大きな方法でマグネタイトを獲得しなければならない。 その方法の一つが、都とアークエンジェルのように人間と契約してその人間に臣従する代わりにマグネタイトを受け取る方法であり、偲のように電子の肉体を形成してもらいデッキのMAGバッテリーからマグネタイトの供給を受ける方法であり、そして、他の生き物を喰らうなどして強制的にマグネタイトを奪う方法である。 ゆえに、アークエンジェルが都の生命を維持するためにマグネタイトを送り続けることは、事実上不可能なのである。なぜなら、アークエンジェル自身が都によって「生かされている」状態だからだ。 「……」漠然と考えながら、偲は足下に目を落とした。穴掘り用具……意外な程”まともな”つるはしやスコップ……の側に、何か鉱物の破片のようなものが落ちている。見ればあたりには破片が散乱しており、また坑道の奥にはその鉱脈と思われるものが露出していた。 拾い上げてしげしげと眺める。黒ずんだそれは思った以上に軽かった。 「なんだろ」軽く目を閉じてスキルワイヤを起動させる。流れ込む知識の中に検索をかけて、偲は鼻を鳴らした。 「なに? それ?」と、のぞき込む梓にその破片を渡す。 「なんだと思う?」 「……鉄……いや、銀かな? 妙に軽いけど……」 「伝説に語られる、エルフたちの真の銀。生命を持たずに生体マグネタイトを含有するレアメタル……ミスリル銀さ」 歌うように偲が言った。 「ここでメシア教徒が何をしていたか、想像つくな」 その時ちょうど、麗の呪文のかいあって都が目を覚ました。 「止めなきゃならない……噂は本当だった……」 都がうめいた。 巣鴨プリズンで捕らわれるメシア教徒は、減少することを知らなかった。 普通の神経の組織であれば捕まらないように対策を立てるだろうから、ある程度すれば捕まる可能性は減っていくはずである。 しかし、そうはならなかった。 メシア教会は、教徒救出のためと無謀な攻撃を巣鴨プリズンに仕掛けることこそあれ、捕まることには無策であった。ガイアーズの築いた巣鴨プリズンは難攻不落であったし。日本国内に限ればメシアよりもガイアの方が勢力自体が上だった。ガイア教団は日本政府、特に自衛隊ゴトウ派とつながっていたし、天津国津の援護もあったからだ。で、あれば交戦を避け、棲み分けを行った方がいいはずだが……。 「東京メシア教会はそれをしなかった」 再び巣鴨プリズンを歩きながら、都が語った。 そこは相変わらず暗く、湿っていて、怨念の叫びが感じられた。 「なぜか。この場所にどうしても欲しいものがあったから」 「それがこの……ミスリル銀?」 後を引き取った麗に、都は黙って頷いた。 「確かにここまで純度の高いミスリルは珍しいけど……。ミスリルの鉱脈はここだけじゃないでしょ?」 「それに、こんな堀りかたじゃ、まとまった量は手に入らないしね」 「さぁ?」と都は肩をすくめた。 「そもそも、どうやて運び出したのか……案外トラエストやトラポートで輸送してたのかも」 「トラエストあるんなら、なんでさっさと脱出しないんだよ」 片眉を上げる偲に、都は吐き捨てた。「それがメシア教徒よ」 「それで」と、梓が話を戻す。「噂ってのはなんなんだよ」 「それは……」 都は、以前聞いていたという”噂”について話しだした。 ”覚醒期”のはじまりのころ。まだ彼女がまっとうなメシア教徒として北海道で教会と神族の利益のために動いていたことに聞いた話である。 メシア教会が、アメリカのプロテスタントや一部の企業を使って何か強大な魔法兵器を作っている。 そのために、各地で魔法金属……ミスリル銀やオリハルコーンなどを買い占め、強奪し、採掘しているという噂だ。 これだけなら、他愛もない噂と片づけられただろう。事実、彼女もここへ来るまではそれほど信じていなかったし、忘れ去ってもいた。 ところが、ここ数日で数人の科学者が死体で発見された。どれも、各国有数の科学者であり、数年前から行方不明になっていたと者ばかりである。 その殺され方は、都の知っているメシア暗殺部隊によるものによく似ていた。 「私は考えた。科学者をさらったのはメシア教会で、また、殺したのもメシア教会なんじゃないか。そして、殺したのは、もう必要なくなった、からじゃないかと」 都の表情は硬い。 「仮定に仮定を重ねているけど、私には、メシア教がなんらかの手を打っていて、そしてそれが完成に近付いているんじゃないかと思う。それが何かは解らないけど、”大破壊”を逃した遅れを取り戻すことができるものだったら……恐らく、メシアが最も必要としているのはそれ……だったら……大変なことになる」 「そうかもしれんけど……あくまで仮定だろ。ありそうだとは思うけど」偲は顔をしかめた。「ちょっと弱いんじゃないか? 理由が。そんなのいちいち全部当たってたら凄い手間だよ」 気にはなったが、偲はそう答えてみせた。 「あなたなら、裏を取れない? イモータルバスター。ヘブライ神族が現世に力を得るのは、あなたの本意ではないんじゃなくて?」 「……そりゃそうだけどさ……」うつむいて言葉を濁す。 「ま、いいや」梓が明るく割って入った。「とりあえず、この建物をもうちょい調べてみようぜ。何かあるかもしれない」 「気をつけて。ここ、悪魔が多いわ」都は、すでに塞がっている脇腹の傷に手をあてた。「しかも、結構強い」 「知ってます。でも、なんでかしら」と、麗は腕を組んだ。「悪魔って、そんなにそんなに出てくるものかしら」 「確かにそうだなぁ……。こんな所をうろついてたって、マグネタイト切れですぐ消滅しそうなもんだが……」 「後から後からわいてきてるってセンはどうだ?」 「どこからさ」 「さぁ」梓は肩をすくめた。そして、ふと足を止めて明かりを小さくするように手で合図する。 「?」 「みてみ」 指さした方から、ひたり、ひたりと足音が聞こえる。偲は、ネオクリアを起動させてデッキに接続した小型カメラを向けた。脳に映像を投影する。人影がひとつ浮かび上がった。人ではないだろうが。そのままDAS(デビル・アナライズ・システム)を起動して検索をかける。 「妖精シルキー。ま、額面通りならなんとかなりそうだけど……。レベル20だし」 「馬鹿」小声で言う偲に短く返答する。 「なんだよ」 「あ、解った。どこから来たか彼女に聞こうってゆうのね」 「そそ」 「……じゃ、なんで明かり消させたんだよ」 「だって何が来るかわかんねぇじゃん。よし。脅かさないように明かりつけて接触しようぜ」 いきなり光を向けないように注意しながら、ライトのスイッチを入れる。が、妖精シルキーは緑色のドレスをひるがえして走り去ろうとした。それを慌てて呼び止める。 「ちょ、待ってくれよ! 危害を加えるつもりはない!」 [……]シルキーは一応立ち止まりはしたが、警戒を解いた様子はない。[わたくしに……なにかご用ですか?]囁くような声で、シルキーが言った。 「ええっと……」偲が口ごもって呟いた。「弱ったな……」 「どうしたんだよ」 「このテの悪魔と交渉するの、苦手なんだよ」 「? 前、シルキー使ってなかった?」 「あれは合体で作ったんだもん」 「ぐだぐだ言ってないでとっとと聞き出せよ」 「っち。解ったよ。……ええっと……僕らは、その……」 [なにをやっておられます?]悪魔に先制される。 「悪魔狩り……じゃなくってぇ、知り合いが迷い込んじゃって、彼女を助けに来たんだ」 [みつかったのですか?] 「おかげさまで」 [それはよう御座いました。それでは、わたくしはこれで] 微笑んで、シルキーが立ち去ろうとする。 「わっち。ちょいまち」 [まだ何か?] 「えーっと。聞きたいことがあるんだけど……ですけど」 [……] シルキーは無言のまま一行を見つめる。品定めしているのだろうか。 「その……あなたたちがどこから来たのか聞きたいんだけど」 言いながら、デッキのMAGバッテリーから予備のMAGスティックにいくらかのマグネタイトを移し、かざしてみせる。 「教えてくれるかな?」 [ほう] MAGスティックのマグネタイト量を眺めて、シルキーは目を細めた。 [ところで……] 「はい?」 [悪魔でも、愛してくださりますか?] 「はぁ?」 すっとんきょうな声を出したが、まぁある程度予想できる質問ではある。女性型悪魔がよくする定番質問だ。これが嫌だから、彼はこのタイプの悪魔との交渉が苦手なのだ。 本音を言えば、彼は悪魔自体好きではない。悪魔が「彼」を見ることはほとんどないからだ。多くの悪魔は、彼の中に幻魔アイヌラックルの姿を見、そしてアイヌラックルに向かって話す。それが、彼にはたまらなく嫌だった。 かと言って、そう答えると悪魔を怒らせる。悪魔にとって、転生者と転生神はイコールであり、別の存在であることを理解することはできないのだ。最も付き合いの長い堕天使ビフロンスや鬼女ラ・リョローナなどでも、だ。ただし、彼らは偲をただの主人・現世で力を振るわせてくれる単なるパトロンとして見ており、忠誠の対象どころか便利な道具としか見ていない。むしろそっちの方が、彼には心地よかった。 かつて、彼がまだ自己の中の存在を認識していなかった時。彼の犠牲になって消えた悪魔がいた。悲しかった。ハイテクに覚醒してからずっとの長いつきあいだったし、彼をよくサポートしてくれていた。だが、悲しかったのは彼女を失ったことではなく。彼女が最初から最後まで、彼をアイヌラックルとして見ていたことだった。アイヌラックルとしてしか見ていなかったことだった。自分のために死んだ彼女を見ながら、彼は孤独感に震えた。 「いや……その……」偲は口ごもった。 「何やってんだよ! とっとと口説け!」 「っさいな……」梓にせっつかれて、慌てて付け加える。「もちろん、僕は悪魔でも愛することができるよ」ちょっと棒読みだったが。 [では、証をくださりませ]シルキーが構わず言った。 「そっちならそっちと最初から言えよな……」 [何か?] 「いや、なんでも」ポケットの袋から小粒ではあるが、サファイアを一つ取り出す。魔法をかけてマハブフストーンにでもしてもらおうと思っていた物だが。「これを」と差し出す。 シルキーは満足気にそれを受け取ってしばらく眺めたあと、やっと口を開いた。[あなたの気持ちは分かりました。それで、わたくしに何を望むのですか?] 「だからさっきから言ってるように、あんたたちがどこから来たのか聞きたいんだけど」 [あら]やや残念そうに、シルキーが返す。[では、ご案内しましょう。こちらです]と、先に立って歩き出した。 「ふぅ」と、偲はため息をついた。 「おっし。おっけー。ご苦労さん。行こうぜ」 「ねぇ、彼女、仲魔にしないの?」麗が尋ねる。 「しないよ。同じ回復タイプなら、聖獣マカラのがナンボも使えるもん」偲は小声で答えた。 案内されてたどり着いたのは、さっき通っていた坑道だった。 「ここ、さっき見たよ?」 いぶかしむ彼らの前で、シルキーはすっと壁をすり抜けて見せた。壁の一部が奇妙に歪み、かき消える。「これ、幻覚だわ」麗が驚いた。「なんて精巧な……」 奥は思ったほど長くはなく、ただ無造作に、やや大振りの転送ターミナルが置いてあった。そして、それはまだ動いている。 [ダヌーの魔界に開いた門をなにげなく通ったらここに出てしまって]と、シルキーは説明した。 「多分、ミスリルの輸送用に使ってたんだろう。でも、何らかの理由で壊れたか暴走して、魔界に繋がってしまった、って所じゃないの?」偲が分析した。 案外ガイアがここを放棄したのもこれが原因かも、と付け足して、ふと考える。 「こんな装置が必要なくらいには、派手に掘ってたのか……」 「あぁ。結構、信憑性が出てきたな」梓がのろのろとターミナルに近付きながら言う。「例の、メシアが何かやってるって話」 きんっ! 一刀でターミナルを切り捨てて破壊する。ばちんっ、という音がして、ターミナルは活動を止めた。 「うん。……少し、調べてみる必要がありそうだね……」 その後、彼らは都を伴って北海道へ飛んだ。そこには、アメリカメシア教会のエージェント、サースデイがいるはずだからだ。彼女なら、何か知っているかもしれない。 |
|