いつもと違う日〜Letter For You〜
  ふと、手紙を書きたくなるときがある。
差し込む陽光が心地良いから?口で伝えるのが恥ずかしいから?
それとも……―――――。
  ううん、違うよ。私が手紙を書くことにキッカケなんてない。
何かが私を駆り立てる。無意識のうちに筆が走る。そんな感じなのかもしれない。


  大学生になって初めての夏、私は手紙を書くのを止めてしまった。
それまでは数人と文通していたのだけれど、ある一枚の手紙が私の筆を止めるキッカケになった。 
  高校生になって始めた文通。1週間に何度も筆を執り、ペンパル達と会話を交わした。
雨が降ったとき。風が吹いたとき。雪が降ったとき。日常のほんの些細な出来事を文章にして伝えた。
  受験で辛かった日々。勉強に追われるだけの日々の中で、ペンパルからの手紙は私に力を与えてくれた。
辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと。溢れ出す感情を文章にしてペンパルと共有し合う日々。
そんな楽しい日常を砕くのにそんなに大きな力は要らなかった。

  たった一言、「さようなら」。それだけでよかったんだ……。


  電話という、ダイレクトにレスポンスが帰ってくる便利な物で大抵のことが済んでしまう昨今、手紙というものは意外です。
そして「紙に手書き」という媒体の需要の縮小に拍車をかける電子メール。
  便利な物が増えてゆくにつれ、古く扱いづらいものは淘汰されてゆく。手書きの手紙とて例外ではないでしょう。
一つの封筒の中いっぱいに詰まった感情。封を切ると同時に、洪水のように溢れ出す。
そんな感情の宝箱が完全に淘汰される日がいつか来てしまうのだろうか。私はそうなることを憂いてやまない。

  そんな時代だから、たとえ心が拒否しても私は筆を執るのだ。
ありったけの想いを白い紙にぶつける。何とも言えない心地良さがそこにはある。


  春の陽射しが南向きの窓からゆっくりと差し込んでくる。時間は午後3時を回ったあたり。
  私はレポート用紙を開いて浮かんだままを文章にして書き込んでいく。BGMはカントリー系の音楽。
気が付いたら何かを口ずさんでハミングしていた。ペンを持たない左手は指を立てたままくるくる回っている。
自分でいうのもなんだが凄く変だと思う。お世辞にも可愛いとは言えまい。

  空いている西側の窓から吹き込む風が、時折私の髪をなびかせ頬をくすぐる。
ゆっくりと流れてゆく午後の時間。うららかな春の陽射し。部屋に流れる音楽。意味不明な指の動き。コーヒーの匂い。
全てが渾然一体となって素敵なメロディを奏でる。私の筆はその音の上を滑るように進んでゆく。
  誰も止めることのできない、そんな午後のひととき。気が付いたらレポート用紙3枚がビッシリ文字で埋まっていた。
まったく、おかしな話である。


  文字は人の心を表す、と言う言葉がある。だが、その言葉は誤りだと私は思う。
私流に言わせれば「文字は書き手のいまを表す」。それもリアルに。手に取るように分かるくらい正確に。
嬉しいときは生き生きとヴィヴィットに。悲しいときは雨が降るようにしっとりと。同じ手紙の中でも
時間の移り変わりをはっきりと感じさせてくれることもある。それくらいリアルだと言うことができると思う。
  そしてその上に、初めてその人の個性、性格とかそういった物が乗っかってくる。
おっとりとした人は滑らかに。激情家は攻撃的にツンツンと。もちろん若干の個人差はあるのだけれど。

  私は今まで色々な種類の手紙を書いてきた。年賀状に始まり、暑中見舞い、寒中見舞い、近況報告、愚痴、恋文。
そしてそれを色々な人に送った。儀礼的なものから半文学的なものまで。自分で言うのもなんだが読めたもんじゃない。
  あるペンパルからの手紙の中で「この前の手紙、凄く悲しそうだったよ。どうしたの?」という文章があった。
記憶をさかのぼってみたところ、ちょっとしたことで深く落ち込んでいたときに書いた手紙だということを思い出した。
もちろん「悲しい」とか「辛い」というフレーズを入れた覚えはない。その人を心配させるのが嫌だったから。
しかし、私の心境が知らず知らず便箋の文字に反映されていたことだけは確かだったと思う。後から気がついたのだけど。


  日が沈み、町に明かりが灯る。家々から香ばしい匂いが上がり始める。程なくして夕食の時間である。
  母の手伝いで台所に立つ。卵を割ってボールに落とし、箸でとく。規則正しい音、無機質な動き。
まるで私の感情が卵に吸い込まれたかのようだ。でも、嫌いじゃない。

  夕食はオムレツだった。

  夕食を終え、私は再び机に向かう。レターセットの封を開け便箋と封筒を取り出す。
マリンブルーの便箋と封筒。これだけでお話がひとつやふたつできそうな感じさえする。深みがある色で、私は好き。
  鉛筆を執り、先ほど文を書いたレポート用紙を見ながら便箋にメッセージを書き記す。
不必要な部分を省き、思いつきで文を付加し、3枚の便箋にまとめる。レポート用紙に書いた分の半分書いたのだろうか?
下書きを終えた便箋を読み返しながら一人苦笑する私がそこにいる。  

  
  手紙を書くとき、私は送り先の主のことを考えている。
今何をやっているんだろう?風邪ひいてないのかな?ほんの些細なことが私の頭を駆け巡る。
当然そんなことは私には分からない。エスパーじゃないからね。
でも、考えているときは妙に楽しい。その原因がどこにあるのかは分からないのだけれど。分かりたくはないな。


  夜の静けさは私の感性を鋭くし、心をむき出しにする。
「この場に誰かがいたら私の心をさらってほしい、って感じかな?」とは私が以前好きになった人の受け売り。
これほど夜の私の心をリアルに表現した言葉は他にはあるまい。
  むき出しになった心は無意識のうちに私の筆の動きを加速させる。
先ほど下書きした便箋に、今度は細いペンで本書きをする。ここまでくれば後戻りはできない。


  ――――――静かにペンを置いた。便箋は黒い文字でいっぱいだ。
下書きに比べるといくらか文章が変わってしまったようである。私の性格が原因なのだろうか。気まぐれ?
  もちろん私の文章の最後に「さようなら」はない。あの時の思いを他の人に知ってもらいたくないから。
私は自分の心にこのときだけは蓋をする。「誰にも覗かれたくない過去」と「さらけ出している今」との葛藤だ。

  レポート用紙、便箋への下書き、ペンでの本書き。合わせて3回の執筆。
全体の内容に一貫性はあるのだけれど、それぞれの文章も文字の形も微妙に違う。
でも、相手に送るのは最後の分だけ。自分の想いをいっぱいに凝縮した便箋を封筒に入れ
一息ついてから封をする。相手の住所と自分の名前を書いて、封の中央に「×」印。

  あとはポストに入れるだけ――――――――。



  手紙は一体、私の何を伝えるのだろうか?
その答えは私の中にはない。だってまだ模索しているんだもの。
  これからも手紙を書くことは止めないだろうけど、歳を取って第2の人生を歩み始めるくらいまでには
答えが見つかってくれていると嬉しい。未消化のまま晩年を迎えるのも構わないけれど……やっぱり嫌だ。

  文字で自分の気持ちを使えることはたいへん難しいことだと思う。だけれども、手紙を書いてみると
そんなに難しいことではないと思えなくもない。書いてからポストに入れるまでの短い時間の間だけだけれども。
ポストに入れて一息つくと再び私は思うのだ。手紙って本当に奥が深いな、と。



  翌日、手紙をポストに入れた。私の心、届くといいな!


  最後に―――――、Letter For You.
これも誰かからの受け売りです。                            
                                                                    ー終ー

この物語はフィクション10%、ノンフィクション90%で構成されています。 作者の体験を元に文章化されたものです。作中の主人公は一応女性という形を取ってはいますが 元の作者は至って健全な男子でありますのでお間違えの無きよう(笑) はい、注意書きはここまで(^▽^) 実は最近FE系の創作の方が詰まっていて(いいフレーズが浮かばないぃぃ……(爆)) 気晴らしに、浮かんだ言葉を並べたらどんな話になるんだろうとか思って適当に書いたんですが これまたまともな文章になってないので自分でも笑えました(撲殺) はい、今度はちゃんとしたお話書きます……(ふかぶかと平伏)