決別
カツカツカツ……
ティニーはクロノス城の階段を駆け上がっていた。
クロノス城主ヒルダと決着をつけるため、そしてフジージ家を裏切った
自分の過去と決別をつけるために……。
階段を駆け上がりながらティニーは胸元の魔道書を確かめた。
母の形見であるエルサンダーと顔を見たこともない父親の形見である
エルファイアーがそこにあった。
ティニーの父親であるアゼルはバーハラの戦いで母ティルテュをかばうように
死に、その母であるティルテュもバーハラの戦いの後、フリージ家に強引に
引き取られ、裏切者として手ひどく扱われた結果、若くして病死してしまった。
ティニーはフリージ家のやり方に不満を抱きながらも魔道士軍の一員として
戦闘に参加していた。その後、戦いの中で兄であるアーサーと出会い、
セリスの率いる解放軍の意志に心から賛同しフリージ家を裏切った。
クロノス城主ヒルダはフジージ家の中で冷酷無比な人物で、命乞いをするもの
はおろか、女子供まで平気で手にかける女であった。
ティニーは同じフリージ家の者として何としても自分の手で決着をつけたかった。
階段を駆け上がるとそこにはあのヒルダがいた。
「おや、誰かと思えば裏切者のティニーじゃないか」
そう言うとヒルダはゆっくりと玉座から立ち上がった。
「ヒルダさま、いいえヒルダ、あなたのやり方を私は許せない。帝国の愚かさに
気がつかず、愚行を繰り返すあなたのそのやり方が。わかっているのでしょう?
自分のしていることがいかに愚かということが」
と、ティニーは言った。
「ふん、親子2代そろって裏切った挙げ句、私に説教かい?
笑わせるんじゃないよ、フリージ家の恥さらしが!」
と、ヒルダは言うと、呪文の詠唱を始めた。
「誇り高き炎と大地の精霊よ、目の前の敵に大地の怒りと紅蓮の炎の鉄槌を、
ボル…ガノン!」
ティニーに激しい揺れと真っ赤に燃えさかる炎が襲いかかった。
「くっ……、これくらい」
ティニーは雷の魔力を放出して炎を中和した。
「へぇ、やるじゃないか。ちょっとは上達したようだねぇ」
と、ヒルダは笑った。
「誇り高き炎の精霊よ、一筋の炎となりて我が前に立ちはだかる者を倒す力となれ、
エル…ファイアー!」
ティニーは印を結んで炎の魔力を放出した。炎がヒルダに襲いかかる。
しかし、ヒルダは動じることもなく片手で炎の帯をかき消した。
「この程度の炎であたしを倒そうと思っているのかい、笑わせるねぇ……。
真の炎って言うのはこういうものをいうんだよ。喰らいな、ボル…ガノン!」
炎が再びティニーに襲いかかる。さっきと同じようにティニーは炎を中和した。
しかし、中和したその瞬間に新しい炎がティニーに襲いかかった。
中和する間もなく、ティニーは炎の直撃を受けて壁際に吹っ飛んだ。
「ど、どうして……、印も結んでないのに」
とティニーが言うと
「あたしくらいの魔道師になるとね、印を結ばずとも魔力を放出できるのさ。
あんた程度が相手なら、本気の魔力でなくとも十分なのさ。
全く親子そろって馬鹿だよ、あんたたちは。ティルテュも娼婦か何かに
しておけばよかったんだ。半端者で裏切者のあんたがこのあたしを倒そう
なんて考え自体が愚かなんだよ!」
と、ヒルダは吐き捨てるように言った。
ティニーはゆっくりと立ち上がった。その目には怒りの色が表われている。
「空を舞う雷の精霊よ、三筋の雷光となりて我が前に立ちはだかる者を倒す力となれ、
エル…サンダー!」
ティニーの手から激しい電撃がほどばしる。しかし、またしてもヒルダは片手で
電撃をかき消してしまった。
「ほう、さっきよりは随分とマシじゃないかい。けど、まだ甘いよ!」
ヒルダのボルガノンがティニーに襲いかかる。1つ目は中和したものの、先程と
同じように2つ目の直撃を受けて壁際に吹っ飛んだ。
体に力が入らない……、ティニーは自分の意識が薄れていくのを感じた。
「……ニー、テェニー、起きなさい」
ティニーの意識の中に優しい声が語りかけてきた。聞き覚えのある声だった。
(誰、誰の声? まさか、お母様?)
ティニーは声の主に語りかけた。
「ティニー、立ち上がりなさい。あなたはそんなに弱い子じゃないでしょ?」
と、声の主は言った。
(ムリだわ、ヒルダの魔力は段違い。私の魔法も全然通じなかった……)
そのとき、別の声が聞こえてきた。
「弱音を吐くんじゃない、ティニー。お前の魔力はそんなものじゃないんだよ。
魔法戦士ファラと魔法騎士トードの血を受け継いでいるのだからね」
その声は優しく、そして力強かった。
(え、まさかお父様、お父様なの……?)
「さあ、立ちなさい。あなたたちの若い力で新しい世界を切り開いてくれ」
と言うと、声の主たちはティニーから遠ざかっていった。
(待って、お父様、お母様!)
ティニーは消えゆく声の主に向かって必死に手を伸ばした。
しかし、手は届かず2人は消えてしまった。
ティニーが意識を取り戻したとき、目の前ではヒルダが腕を振り上げ、今にも
魔力を放出しようとしていた。
ティニーは素早く起き上がり、ヒルダとの距離をとった。
「ち、死に損ないが!」
ヒルダは魔力を放出した。大地の振動と燃え盛る炎が同時にティニーに襲いかかる。
ティニーは素早く飛びのいて魔法をかわした。
「バカな、このスピードをかわせるはずが……」
ヒルダは再び印を結び始めた。同時にティニーも呪文の詠唱を始めた。
「誇り高き炎の精霊よ、一筋の炎となりて我が前に立ちはだかる者を倒す力となれ、
エル…ファイアー!」
ヒルダが全開のボルガノンを放出するのと同時にティニーもエルファイアーを放出した。
2人の炎が衝突し、中間でくすぶる形となった。
「ククク……、やるじゃないか、あたしのボルガノンと同等とは。
しかし所詮は中級魔法、上級魔法の敵ではない!」
ヒルダが力を込めると、炎がティニーの方に徐々に押されてくる。
(魔法戦士ファラ、魔法騎士トード、私に力を貸して!)
ティニーは片手でエルファイアを放出し、もう片方の手で印を結び始めた。
「空を舞う雷の精霊よ、輝く一条の光の矢となりて目の前の敵に雷光の鉄槌を、
トローン!」
詠唱が終わる頃にはヒルダのボルガノンが目前まで迫り、エルファイアーが押し切られる
形になっていた。
ティニーはエルファイアーを放出している手にトローンを結んだ手を重ね、
炎と雷を重ねあわせた。電撃を帯びた炎はボルガノンを切り裂きヒルダに向かって飛ぶ。
「合体魔法だと、バカな!」
直撃を受けたヒルダは跳ね飛ばされて壁に激突した。
「バ、バカな……、魔…道書もない…のに…上級魔法なんて……」
というと、ヒルダは息絶えた。
ティニーは体中から力が抜けて、その場に倒れこんだ。その目からは涙が流れていた。
(お父様、お母様、やったよ……)
柔らかい光がティニーを包みこんだ。ティニーの体に力がみなぎってくる。
ティニーはその力が魔法戦士ファラと魔法騎士トードのものであると判った。
「ありがとう、魔法戦士ファラ、魔法騎士トード」
ティニーは胸元にあるエルファイアーの魔道書とトローンの魔道書を抱きしめた。
そして軽快な足取りでクロノス城の階段を降りていった。
(完)