ぬくもり


 「……というわけだ。明日の戦いは絶対に負けられない。皆、心してかかってくれ」
 セリスは台を取り囲む兵士達を見回して言った。
「はっ!」 
兵達から声が上がる。
「よし、今日の作戦会議はこれで終了だ。明日も早い、武器の点検を済ませたら見張りの兵以外は休んでくれ」
 セリスの横に座っているオイフェが立ち上がって言った。
兵士達が会議室を出ていくと、部屋に残っているのはセリスとオイフェだけになった。
「セリス様、正直言って……」
とオイフェが言うと、
「うん、正直厳しいだろうね。レンスター城にいるリーフ王子達の救出を最優先に考えるとしても、
  アルスター城から進撃してくる敵兵を相手にしながら進撃、同時にこのメルゲン城の防備……」
 セリスは台に置いてある地図を指差して言った。
「先発隊の情報によると、アルスターは名うての魔道士を多数有しているといいます」
「そう、我々は騎馬兵や剣士が中心だから小回りは利くし、騎馬兵の大部隊相手には有利なんだけど、
  魔道士に対しては実戦経験がほとんどない。私を含めてね……」
と言うと、セリスは表情を曇らせた。
「何にせよやるしかありませんな。グズグズしているとトラキアの方から援軍が来るかもしれません」
そう言うオイフェの表情も暗い。破竹の快進撃を遂げてきたセリス達の前に初めて立ちふさがる脅威に対し
明らかに狼狽していることが伺える。
「さあ、オイフェももう休んでくれ。明日のために……」
そう言うと、セリスは地図を閉じて立ち上がった。
「はい。セリス様もお早く…」
オイフェは立ち上がると、軽く会釈して部屋を出ていった。
 オイフェが出ていくと、セリスは再び椅子に座った。台に肘をついて頭を抱える。
(やるしかないのか……。勝てる保証はどこにもない、もしかしたら誰かが命を落とすかもしれない。
  そうなったとき、私は普通に剣を振るえるだろうか、的確な指揮がとれるだろうか……)
そんな思いがセリスの頭をよぎる。無意識のうちにあふれる溜息。
 セリスは顔を起こすと、燭台に立ててあるロウソクの炎に目を向けた。
不規則な運動をする炎を見ていると、ゆっくりと瞼が下りてくるのにセリスは気づいた。
瞼が閉じると、セリスは眠りの世界へゆっくりと引きこまれていった……。

 カタン…
ドアが開く音にセリスは目を覚ました。会議室でいつのまにか眠ってしまったらしい。
ロウソクは半分ほどの長さになっているものの、炎はゆらめきをそのままに煌々と燃えている。
 頭を振って意識はっきりさせると、セリスはドアの方に目をむけた。
ドアを開けたのはセリス軍では数少ないシスターのラナであった。
「セリス様、まだお休みになっておられないのですか?」
ラナはそう言うと、ドアを後ろ手に閉めた。
「会議が終わった後、ここで眠ってしまったらしいんだ」
と言うと、セリスは苦笑いを浮かべた。
「まあ、砂漠の夜は冷えますから、風邪でもお召しになったら大変ですよ」
ラナはクスッと微笑んで言った。
「はは、気をつけるよ。ところで、ラナはこんな時間にどうしたの?」
と言うと、セリスは向かいの席を指差してラナに椅子を勧めた。
「明日のことを考えると眠れなくて……。ちょっと外に星を見に行ってみようと思ったんです。
  そしたらドアの隙間から光が漏れていたから、誰かいるのかな、と思って……」
眠っているものに気を遣ってか、音を立てないようにラナは椅子に腰を下ろした。
 セリスは微笑むと、
「星か……、そう言えばしばらくちゃんと見たことがなかったな。ティルナノグを出立してから
  ここまで走りっ放しだったからね」
と言った。
「……セリス様、何か悩みでもおありなんですか?」
と、ラナは言った。
「え……?」
ラナの唐突な質問にセリスは少し驚いた。
「いえ、違っていたらいいんです。ただ、表情が暗そうに見えたものですから……」
 セリスは正直びっくりした。平静を装って話していたわけでもないのに、自らの心の内を見透かしてしまった
ラナの洞察力にである。
 「セリス様、外に行きましょう。私、星には詳しいんですよ」
 ラナはゆっくりと立ち上がると、セリスの腕を引いて半ば強引に外に連れ出した。
「ちょっと、ラナ……」
ラナの意外な一面にびっくりしつつ、セリスはラナについて外に出た。

 「うわぁ……」
空は晴れていた。数え切れないほどの星の瞬きにセリスは思わず感嘆の声を上げた。
「砂漠の夜は冷え込みますけど、星を見るのには最高の環境だとお母様から聞いたことがあります」
ラナは微笑んで言った。
「ふぅん…、いいことを教えてもらったよ。今度オイフェにも教えてあげよう」
と言うと、セリスは腕を上げて軽く伸びをした。
「まあ、セリス様ったら……」
ラナはクスッと笑った。
「……ねえ、ラナ。もしもラナの大事な人が突然死んでしまったら…、ラナはどうする?」
セリスは視線を前に向けたまま言った。
「……そうですね。泣いて泣いて、泣き尽くして…、それから……」
「それから?」
「それから…、その人の分まで力いっぱい生きます」
ラナは砂漠の砂の上にゆっくりと腰を下ろした。
「……ラナは強いね。私なんかそんな考えの前に悩むことしかできないのに……」
セリスはラナの横に腰を下ろした。
「そんなことはありませんよ。私とセリス様とでは『大事』の重みが全然違いますから……。
  だからその、上手く言えないんですけど、結果が出る前に悩むのではなく、結果が出た後で悩んだ方が
  ずっといいと思います」
そう言うと、ラナは目を伏せた。
「そうだね、確かにそうかもしれない。でも不安なんだ、私の采配のミスで誰かが死んでしまったら、
  大事な仲間を死なせてしまったら……」
 セリスは頭を抱え、絞り出すような声で言った。
「……」
 ラナは無言のうちに立ち上がると、頭を抱えているセリスの後ろから首に両腕を回し、抱き込むような体制をとった。
「ラ…ナ?」
ラナの突然の行動に驚いて思わず声が上(うわ)ずる。
「私の音、聞こえますか?」
ラナは瞼を伏せたままセリスに尋ねた。
「音……?」
「そう、私の心臓の鼓動です。ドキドキしているでしょう?」
トクトクトク……、確かに普段より速く打っているように感じられる。
「偉そうなことを言っちゃいましたけど、私も不安なんですよ…、実は」
つぶやくようなラナの声だが、接近しているセリスの耳にはちゃんと聞こえてくる。
心なしか、ラナの声も上ずっているように思われた。
「……そうだね。みんな不安でしょうがないのに、私一人がウジウジしていてもどうしようもないよね」
 セリスは首に巻きついているラナの腕を取った。瞼を閉じてその心地よさに身を委ねる。
それはおぼろげにしか覚えていない母のぬくもりのように感じられた。
「セリス様…」
ラナもセリスに体の重みを預け、心地よさに身を委ねた。
 
 しばらくの沈黙の後、
「ラナ……、ありがとう」
セリスはつぶやくような声で言った。
「……」
ラナは首を振ってそれに応えた。
「明日、きっと勝てるよね…?」
とセリスが言うと、
「……」
ラナは首を縦に振って答えた。
「よし、そろそろ中に戻ろう。風邪をひいちゃたまらないからね」
セリスは微笑んで言った。
「はいっ!」
ラナはセリスの首に回していた腕をはずすと、あふれんばかりの笑顔で言った。
 セリスは立ち上がると、もう一度満天の星空に目を向けた。
その目に、もはや迷いの色はなかった。

 翌朝……、
セリスは自室で武器の手入れをしていた。
昨夜は驚くほどぐっすりと眠れて疲れもすっかり取れている。
コンコン…
ドアノックの音がして、扉が開いた。
「セリス様、出立の準備が整いました」
オイフェがドアの隙間から顔を覗かせて言った。
「わかった、すぐ行く」
セリスは銀の剣を鞘に収めると部屋を後にした。
「昨日の会議通り作戦を展開する。各自無理はせず、自分の判断で行動してくれ」
セリスは皆に向かって言った。
「よし、出撃!」
オイフェが号令をかけ、隊の先頭をきって進みだした。剣士、騎馬、弓兵と後に続く。
「ラナ」
セリスは魔道士隊の中にいるラナに声をかけた。
「はい」
ラナが顔を向けて応えた。
「……がんばろうね」
セリスは微笑んで言った。
「はいっ!」
元気いっぱいの声でラナは応えた。あふれんばかりの笑顔で……。

                                                           (完)