聖戦の結末

  ほんの一瞬の出来事であった。
ユリウスを貫いたかと思われた天槍グングニルが宙を舞い、
ロプトウスの直撃を受けたアリオーンが地面に叩きつけられるまで……。
そう、確かにアリオーンはユリウスめがけてグングニルを振るったのだ。
ユリウスはよけようともせず、ただ立っていただけだった。
にもかかわらず、一瞬のうちに立場は逆転していた。

「ふっ、主人に噛みつく飼い犬ほど可愛くないものはないな」
とユリウスは薄笑いを浮かべながら言った。
「何…を言う…か、貴様も…ただ…の…飼い…犬では…ない…か」
 そう言うと、アリオーンはグングニルを杖代わりにして立ち上がった。
しかし、その顔に生気はほとんどなく、とても戦える状態ではなかった。
「死にぞこないがよく喋る」
とユリウスが吐き捨てるように言うと
「死に…ぞこない…は貴様の…方…だ、ユリウス。ユリウスと…いう…人間…の存…在は
  もはやな…い。そこ…に…いる…のは、人…間の皮…をかぶ…った悪…魔だ…」
とアリオーンは言った。
「言いたいことはそれだけか……、では死ね!」
 ユリウスが右手を振り上げると、手から黒々とした妖炎が立ち上った。
それらは空中で収束すると強大な竜を形作った。
 ユリウスが合図のように腕を振り下ろすと、暗黒の竜はアリオーンに襲いかかった。
アリオーンの体が宙を舞い、再び地面に激しく激突した。
「…す、すまぬ……、アルテナ」
アリオーンの身体はそれきり動くことはなかった……。

  アルテナがバーハラ城に到着したのは、そのわずか数刻後のことであった。
アリオーンが単身バーハラ城に向かったを聞くやいなや、アルテナはバーハラ城に向かって
飛竜を飛ばした。ただひたすらにアリオーンの安否を祈りながら……。
バーハラ城に到着したアルテナの目に入った光景は、バルコニーに横たわるアリーンの身体と
グングニルによって貫かれたアリオーンの駆る飛竜の死骸であった。
  アルテナはバルコニーに飛び移ると、アリーンの元に駆け寄り、肩を抱いて身体を
前後にゆすった。しかし、その目が開くことはなかった。
「兄上、兄上、しっかりしてください、兄上!」
涙を流しながら、アルテナは必死にアリーンの体をゆさぶった。
無駄なことだということは十分にわかっていた。しかし、こうでもしないかぎり
アルテナは溢れ出す自分の感情を押さえることができなかったのである。
止めど無く涙は流れつづける。
しかし、その空気はある一声によって打ち破られた。
「……あやおや、騒がしいと思ったら貴様か」
 アルテナは声のした方向に視線を向けた。
そこには冷ややかな目で二人を見下ろすユリウスの姿があった。
「主人に刃を向けた結果がそれだ。まったく親子それって役立たずな奴等だ」
 アルテナはユリウスの身体を取り囲む不穏な空気の流れを感じた。
戦士としての本能が無意識にアルテナに戦闘の構えをとらせる。
 アリオーンの遺体を静かに横たえると、アルテナはゲイホルグを手に取り、間合いをとった。
「ユリウス、貴様だけは絶対に許さない。私の命に代えても貴様は倒す」
と言うと、アルテナは槍を構えた。
「命に代えても、か。しかしまだ足りぬな……」
と言い、ユリウスはドラゴンに突き刺さったグングニルを引き抜いた。
そして、二人の間に横たわっていたアリオーンの胸に突き刺した。
「ユリウス、貴様ァァァ!」
アルテナは飛竜にまたがると、はるか上空に飛びあがった。
アルテナの気合に呼応してか、飛竜の声が空気を揺らし、その羽ばたきは突風を巻き起こした。  
「そうだ、怒れ、俺を憎め。その負の力がロプト神に活力を注ぐのだからな」
 ユリウスは上空から猛スピードで迫り来るアルテナと正面から向き合った。
アルテナのゲイホルグが唸りをあげてユリウスに襲いかかる。
 しかし、ユリウスはアリオーンのときと同様に身動き一つせず立ったままアルテナの一撃を
受け止めた。
ゲイホルグはユリウスの眉間数ミリ手前から何かに遮られたように動かなかった。
「ぐっ……」
 アルテナはゲイホルグを握る手に力を込めた。しかし、槍はピクリとも動かない。
「所詮はこの程度か……。そろそろ兄の元へ送ってやろう」
 ユリウスは右手をアルテナに向けて突きつけた。
その瞬間、アルテナの体はドラゴンごと地面に叩きつけられた。
全身の骨が砕けるような激痛がアルテナを襲う。四肢に力が入らない。
 それでもアルテナはゲイホルグに向かって必死に手を向けた。
「兄妹そろって最後までしぶとい奴等だ。止めを刺してやる、死ね!」
 ユリウスは再び右手を振り上げた。暗黒の妖炎が立ち上り、アルテナに襲いかかる。
(これまでか……)
アルテナは瞼をきゅっとつぶった。

 刹那、アルテナの前でまばゆい光が広がった。
アルテナがゆっくりと瞼を開けると、そこには銀色の長髪をなびかせた少女が立っていた。
「ユリア……殿」
と、アルテナはつぶやくような声で言った。
「アルテナ様、遅れて申し訳ありません。さっ、楽にして下さい」
そう言うと、ユリアはアルテナに向かって手をかざした。
「慈悲深き神々よ、この者の傷を癒したまえ……」
ユリアの手から放たれた暖かい光がアルテナの傷を癒した。
「ユリア殿……、助かりました」
 アルテナは立ち上がると、再びゲイホルグを手に取った。
踏み出そうとするアルテナをユリアは手で制し
「アルテナ様、ここは私にお任せ願えませんか?」
と言った。
「しかし、ユリア殿、私は兄上の敵(かたき)を討たなくてはならない」
アルテナはひかない様子だった。
「アリオーン様なら大丈夫。シアルフィ城にいるコープルのバルキリーの杖で蘇生します」
「しかし……」
「アルテナ様。ユリウスは私の兄…、最後は私が決着をつけなくてはならないのです。
  ナーガとロプトの血をひく私たちには、この戦いを終わらせる義務があります」
そう言うと、ユリアはゆっくりと目を閉じた。
「わかりました。あなたにこの聖戦の結末を託します……。どうかお気をつけて」
アルテナはアリオーンの身体を自分の飛竜に乗せると、シアルフィ城に向かって
ゆっくりと飛び去った。

「さて、ようやく邪魔物は消え去ったようだな」
ユリウスはユリアの方に向かってゆっくりと歩を進めた。
「ユリウス……、私は全てを思い出しました。あなたが私を殺そうとしたこと、
  お母様が私を逃がして下さったこと、その代わりにお母様が殺されたこと……」
とユリアは静かに言った。
「ロプト神の再興にはナーガの血が残っていては厄介だったのでな」
と言うと、ユリウスはゆっくりと右手を振り上げた。黒い妖炎が収束し、竜を形作り、
ユリアに襲いかかった。
「ユリウス、もう終わりにしましょう。憎しみからは何も生まれないのよ……。
  もうわかっているのでしょう? ロプト神が体に宿ったのではなく、自分がロプト神に
  操られてるということが……」
ユリアは迫り来る炎をかわそうともしなかった。しかし、黒色の炎はユリアの体を
焦がすことなく、涼風のように横をすりぬけただけであった。
「ユリアよ、人間を駆り立てるもっとも強大な精神はなんだと思う? 
  答えは憎しみだ。憎しみの心を持つとき、人間は最も強大な生き物となる。
  ロプト神はその憎しみを総括する神、いわば人間の源も同然なのだぞ」
ユリウスはロプトウスを連発したが、ユリアには何の効力もなかった……。
「違うわ、人間の中で最も大きな感情は愛なのよ。
  とっても温かくて優しい感情。これがあるだけで人は幸せになれるの。
  イシュタルがあなたに抱いていた感情、それは愛そのものだったのよ」
そう言うと、ユリアはゆっくりと印を結び始めた。
「バカな……、イシュタルは俺の純粋な部下だったのだ。だったら愛などという感情を
  いだくはずはあるまい」
 ユリウスは印を結んで最大級のロプトウスを放った。
 ユリアはロプトウスを片手で受け止めると、黒竜を相殺するように光の竜を放った。
光の竜は黒竜を消し去り、ユリウスに向かって飛んだ。
「バ、バカな…、ロプトウスを消し去るとは……」
 ユリウスは光の竜を受け止めようとした。しかし、光りの竜はユリウスの手をすり抜け
その体を貫いた。
「こ、これがナーガの力か……」
と言うと、ユリウスはその場に倒れた。そしてそのまま意識を失った……。

 足元に温かい感触を感じてユリウスは目を覚ました。
「ユリア……」
ユリウスはユリアの膝を枕にして横になっていた。ナーガの魔法のダメージのためか
体は動かない。
「兄様、もう終わりにしましょう」
 ユリアはゆっくりと目を閉じて、ユリウスの額に手を置いた。
「こうしているとお母様のことを思い出すでしょう?」
 ユリアはゆっくりとユリウスの髪をなでた。不思議と抵抗はなく、ユリウスはその心地
よさに身を委ねた。
「……」
「お母様はいつも私たちに優しかった。私はその優しさを世の中に広めたい……」
心地よい風がユリアの髪を揺らした。
「なあ、ユリア……」
「なぁに、兄様?」
「……いや、何でもない」
「そう……」
そのときのユリウスの顔は少年の頃の、優しく安らぎに満ちた顔のままであった。

それきり二人の会話は途絶え、そして二度と再開することはなかった……。

                                                               (完)