小説サードクロス

 序曲A キュマイラピュア>UGN

 実戦だ――
 塚元美智は鳩尾のあたりに手をやった。
 これまでも、UGNの協力者として手伝いをすることはあったけれど、連絡係とか運搬係とかで、前線に出されることはなかった。高校生だとか、新米だとか、女子だとか、そういう配慮もあったのだろう。
 けれど、今回はかなり大規模な作戦になるから東京近郊の能力者をかき集めたらしい――と、同期の代々木小夏が教えてくれた。
 ちなみに代々木の能力は完全に支援系なので、今回も前線への招集はかからなかったが、いつもながら噂話には敏いのである。
 で、初顔合わせのUGNメンバーと簡単なブリーフィングをして、物資の貸与があり――塚元に武器は必要なかったが――作戦案通りに三隊に分かれて建物に潜入することとなった。
 目的は研究データの奪取で、その辺の詳しいところは教えられなかったのだけど、漏れ聞いたところによれば、FHはその建物で人体実験を含む非人道的な研究を行っていたらしい。そのやり方に嫌気がさしたエージェントからの密告で、隠されていた施設の状況がわかったということだった。
 ともあれ、塚元の任務は、そのデータ奪取のための人員を護衛して速やかに潜入、撤退を行うこと。それならば、本気で頑張れる。

 序曲B ブラム=ストーカー/エグザイル>FH

 エマージェンシーレベル、レッド。
 確実に襲撃があるという警戒態勢だった。
 大林あすかは自分の小隊を迎撃ポイントに送り込む。
 セルなどという大層なものではなく、後輩とかそんな類いの数人の部下。FH上層部の戦略など知るべくもなく、ただ指示されたポイントに赴くだけの兵隊。
 それでも、<力>が使えるだけ、並みの人間よりはましだ。
 それを支えに大林はこれまでFHでやってきた。いつか、力も人も権力も使いこなせるその日まで戦い抜くのみ。
『三階西棟に抵抗勢力あり。C-8小隊、D-3小隊、移動』
 一方通行の無線に流れた声に従って走る。
 戦闘の痕跡と人間の残骸を踏み越えてたどりついたポイントに見つけたのは、さらなる屍の山と、たったひとり立つ男。
 とりあえず、見覚えのあるエージェントだった。
 “血刀”咲間――キルジョイ(殺人嗜好症)だとFH内ですらも嫌悪する者の多い彼は、この作戦においては相当に活躍しただろうが、床に倒れ伏すFH迎撃隊の中にも刀傷が認められるのを、大林は見逃さなかった。
「あんた――」
 怯んだ大林を遮って、咲間は足元の死体に日本刀を突き立てる。
「惜しかったなぁ、後1分、早ければ苦しまずに済んだのに」
 そして、その宣言とともに、地響きがした。
 連鎖的な爆発音が近づいている。
 建物が崩壊する、圧倒的なまでの予兆。
「生き延びられたら伝えるがいい――これがオレたちの宣戦布告だ」
 何を言う余裕もなく、大林には逃げるしかなかった。それすらも成功するかわからなかったけれど。

 序曲A変調

 作戦開始からわずか10分足らずで、進攻失敗が明らかになった。
 FH側の迎撃が早く――いや、むしろ、待ち伏せていたとしか思えない速やかさで――部隊長はデータ奪取を諦めて撤退を指示。自分には力技しか取り柄がないと自認している塚元は持てる限りの力で味方の撤退を援護した。
 気がつくと、周囲には自分以外に誰もいなくなっており、敵中に取り残されたかと覚悟も決めたが、戦線が拡散したせいかFHの追撃も次第に統制のとれていないものとなってきたので、なんとか隙をついて動くことができた。
 疲労のたまった身体をひきずって通路を移動していたとき――彼女を見つけた。
 薄手の防弾ジャケットは、突入前に貸与されたものとは違う。結論は単純。彼女はFH側の人間。
 塚元の反応に、相手もすぐに塚元がUGN側の襲撃者だと気付いたのだろう。
「ダメ。攻撃しないで」
 両手を上げられると塚元はつい攻撃姿勢を解いてしまう。オーヴァードなら丸腰でも充分危険だと頭ではわかっているのだが、まだ身体には馴染めない部分がある。
 塚元の反応にほっとしたような表情で、少女は早口に言った。
「私、二七月沙那といいます。UGNのアンダーカバーです」
「塚元美智。UGNのサポート要員だけど――」
 反射的に名乗ってから、塚元は眉根を寄せた。
「アンダーカバーってなに?」
「ええっと、それを説明すると長いんですが――とにかく、助けてください。一緒に連れていって」
 二七月が塚元に手を伸ばしたとき、不意に戦場の喧噪が戻ってきた。やってきたのはFHの部隊。
「沙那、伏せろ」
 警告と同時に塚元に銃口が向けられる。
 塚元がとっさに飛び退くのと同時に、天井から隔壁が降りて来た。
 区画封鎖をして爆破する気だ。
 <力>を使って破るのは無理だ。すでに限界近くまでレネゲイドが活性化している。
 ――逃げるしかない。
 自分に助けを求めた少女のことが気になったが、この時点で他に選択はなかった。
 崩壊を始めた建物から、塚元は満身創痍で脱出した。
 
 序曲C オルクス/ソラリス&モルフェウス/サラマンダー>UGN

 空港からのリムジンでマンションに戻った朝倉北斗と朝倉南は、ようやくリラックスした。
 スーツケースは明日、宅配便で届くことになっていたので、まだ片付けはできない。南はシャワーを使うことにして、一応、先に使っていいかと兄に断りを入れた。部屋に入るやいなや、さっそくネットにアクセスしていた北斗は気にしないだろうと思ったが、案に相違して呼び止められた。
「UGNから非常召集のメール来てるよ」
 覗き込んだ文面によれば、集合時間は本日14時。とっくに過去の時間だが、「能う限り参集せよ」と強い語調で書いてある。指定されたK市ならば2時間もあれば行くことができるだろう。
「一報くらい入れておいた方がいいかもしれない」
 提案してみると北斗はすぐに連絡をとってくれた。フライトアテンダントが付ききりのファーストクラスで飛行機内は相当、退屈していたのだろう。普段ならこんな素直ではない。
「70人くらい集まった? へぇ――たった10分で。すごいね」
 電話を切った北斗はベッドから滑り降りて、南に肩をすくめてみせた。
「行こう。まだ僕らの仕事ありそうだよ。呼び集めたメンバー、壊滅しちゃったって」

 現場は相当に混乱していた。
 サングラス型のレネゲイドチェッカーを装着した北斗は、小声で不謹慎な声をあげている。肉体的にだけでなく、精神的にも損傷を受けている者が多いということだろう。
 メンバーの収容を手伝いつつ耳にした情報を整理してみると、FHの研究所へ潜入したはいいが、組織的な抵抗にあって犠牲を強いられたという。
「あ、吉ちゃん支部長だ」
 北斗の声につられて目を向ければ、隊員に支えられて戻ってきたK市の主任は半身がまだ変形したままだった。彼自身、突入部隊を率いていたらしい。
 駆け寄るふたりの姿を確認すると、枝島長吉はひび割れた唇から声を絞り出した。
「おまえらが無事で助かった。ここからは地区支部の立て直しに専念しろ。朝倉北斗君――」
「わかりました。後は僕が引き受けます。お楽しみに」
 有無を云わせぬ勢いで歪に節くれだった手を握り、主任を後方に送り出した北斗は傍らの南を振り返りざま、大声で告げた。
「非常事態宣言。臨時支部長・朝倉北斗は朝倉南を臨時支部長補佐に任命します」
 なんの冗談だ、と南は食ってかかろうとしたが、周囲から向けられたのは、むしろ縋るような視線だった。誰も彼もが疲労困憊して、自分たちを治療してくれる場所すら見つけられないでいる。彼らのために動けるのは自分たちしかいないようだ。インチキ臭い肩書きは別として。
「田町公民館を臨時本部として接収します。突撃チームは3つ? ならバックアップチームAが通信を担当。Bは用品調達。Cはメンバーの誘導と治療に当たって」
 北斗の指揮が妙に自信ありげに見えるのは、半年ほど前にドラマで似たような役をやっていたせいだろう。いつもながら、なりきるのが巧い。
 ともあれ――UGNは復旧に向けて動き出した。

 主旋律A&D-1

 塚元が辿り着いたとき、臨時本部はほとんど撤収しかけていた。
 頭上を何度かヘリが行き来していた気配があったから、重傷者はもうUGN関連の病院に運ばれたのだろう。
「塚元さんですね」
 いきなり見知らぬ少年に声をかけられて塚元は返答に困ったが、相手はすぐにそれを察したのだろう、応援部隊の南だと名乗る。
「先に収容された人たちから、あなたのことを聞いてます。あなたのおかげで助かった、と。勇敢な行為でした」
「ああ…うん」
 撤退指示に従わなかったことを責められているのではない、むしろ褒められているのだとわかったが、塚元は素直に喜べなかった。
 最後まで現場に残ったのは「助けてください」と言った、あの少女を探すためだった。そうして彷徨ううちに、何人かを追撃から守ったり、瓦礫の下から助け出したりしたのは事実だけれど――肝心の彼女は見つからなかったのだ。
「ねぇ、南君。UGNの隊員でミナズキさんって知ってる? あたしたちと同じくらいの女の子なんだけど」
「いいえ――」
 今度は南の方が少し困ったような顔をした。
「おれはUGNの普段の活動にはあまり関与していないから、その名前には聞き覚えがありませんが、戻ったら調べてもらいます。それでいいですか?」
「うん。頼むよ」
 調査とかは苦手なのだ。それに、南ならば真面目に探してくれそうな気がする。
 南とは初対面だけれど、研修期間中にUGNの施設を案内してくれた鍬形武士にどこか似ていると思った。落ち着いていて、クールだ。
 南も「チルドレン」なのかな。
 そんなことを考えながら渡されたお茶を飲むと、煤と血の味がした。
 きっと顔も真っ黒なのだろう。
 自分は確かに戦火を潜り抜けてきたのだ。

主旋律B-2

 UGNの撃退に成功した――などと言える成果ではなかった。
 FHの研究施設はあらかた破壊されてしまったのだ。それも、迎撃側の行為で。
 もっとも、咲間の言葉を聞いている大林には、FHのミスや自爆ではなかったとわかっている。内通者がいたのだ。FHとUGNを共に潰そうと考えた奴が。
 咲間を追うのが手っ取り早い方法だとわかっていたけれど、この騒ぎで残った部下はひとりきりという有様では、あんな殺人狂に向かっていっても返り討ちにされるのが関の山だ。仇も討ってやれないのは悔しいけれど。
「あー、こちらD-5小隊ですが、うちの二七月を見ませんでしたか?」
 通りすがりの男に声をかけられる。
「知らないわ」
「そうですか――じゃ、報告にはMIA(作戦中行方不明)だな」
 つぶやきながら去る男のおかげで、報告書もあげなければならないことを思い出した。
 そこに咲間のことを書いておけば、なにか手を打ってもらえるだろうか?
 溜め息をついていると、唯一残った部下の“ゲオルグ”が戦闘糧食を持って慰めにきてくれた。
「あんた、よく気がつく子よね。いい主夫になれそう」
「やめてくださいよ〜、主任。ボクは主夫志望じゃありません。いいFHのエージェントになるんですから」
 いいFHって何だろう――とか思いつつ、大林はレポートの作成にかかった。
 とりあえず、そんなことでも気は紛れる。

主旋律A&C,D-3

 戻ってみると、支部の拠点であるビルはUGNに接収されていた。
 正確な描写をするならば、UGNジャパンの地区支部事務局であるところのビル(むろん表向きは一般企業の看板をあげている)が、UGN中枢評議会から派遣されてきたエージェント・鹿目幸也に徴用されていた、ということになる。
 そして、FH研究所攻略失敗の報を受けていた鹿目の機嫌はすこぶる悪かった。
「誰が撤退しろと言いました。その指示を出した無責任な責任者は誰ですか」
「枝島支部長は病院で、僕が臨時支部長の朝倉だ。君こそ誰だ」
「私はUGN中枢評議会から派遣されてきたスーパーバイザーですよ?!」
「君の出番は終わりだ。追って沙汰あるまで謹慎せよ」
「地区支部の人間ごときに指図されるいわれはありません」
 不毛な争いを横目に、南は女性事務員を手招いて塚元の身柄を託した。
「慌ただしいところすみませんが、彼女をシャワールームへ案内してください。予備のトレーニングウェアかなんかあれば、着替えにそれを用意していただけると助かります。
 塚元さん、あなたにはミーティングの場で、現場の状況を報告してもらいます。あまり身支度の時間を差し上げられなくてすみませんが、30分で大丈夫ですか」
「余裕です! 報告の方はその…巧くしゃべれるかわかんないですけど」
「答えやすいように、おれが司会します。あっちのふたりに任せておくのはおれも不安だ」
 南の発言に塚元もついにやけてしまった。
 やっぱり南は鍬形とは違う。南の方がずっと、親切に振る舞うことに慣れていると思った。
「あたし頑張るから、南君も「アンダーカバーのミナヅキさん」の調査よろしくね」
「北斗に念を押しときます」
 南の約束に安心して、塚元はシャワーブースへ向かった。

主旋律A&C&D-4

 ミーティングが予定どおりだったのは開始時間だけで、その後はことごとく荒れた。
 鹿目は作戦の経過を聞くよりも先に失敗の責任を押しつける相手を決めようとしているのが明白だったし、北斗は「こいつは馬鹿だ」と見なした相手には決して従わない我が儘さをもっている。
 突入に参加していない人たちは黙ってろ――と言いたいところだが、南自身も後から駆けつけただけに(そして上記のふたりほど傍若無人でないだけに)肩身が狭い。
 それでも言葉の飴と鞭を使い分けて、ようやくこの場に集まった全員が今更ながら作戦の概要を掴むにいたった。
 UGN中枢評議会へ、“サードクロス”を名乗る者から、FHの秘密研究所の情報がもたらされたのは数日前。
 “サードクロス”はUGNのエージェントではないようだったが、情報の信憑性は高いと判断されて、該当物件が日本にあったということもあり、日本人の鹿目が全権を任されて派遣された。
 鹿目はその特権を振りかざして、近郊地区のUGNエージェント(塚元ら、非正規を含む)を突入要員として招集。その派手な動きがFH側に漏れたか(むろん、鹿目はその可能性を認めなかったが)、FHは研究施設自体の爆破を含む徹底した迎撃でUGN側に多くの被害を出した。余勢をかってこのビルを襲撃してきてもおかしくはない状況であった。
 それを聞くと、鹿目は「悠長に会議などしている場合じゃない。早急に対処しなくては」と云って部屋を出ていったが、おそらく脱出用のヘリでも要請しに行ったのだろう。誰も止めはしなかった。
 空になった椅子を押しのけつつ、北斗が残ったメンバーに告げる。
「応援を寄越してくれるよう、霧谷さんに僕の名前で頼んであるから、本庁のスーパーバイザーさんのことは気にしなくていいよ」
 つまり、鹿目の権限が本物かどうか、UGNジャパン代表の霧谷雄吾に問い合わせというか泣きついてみたんだな――と南だけは気付いたが、何も言わずにおいた。
「あと、突入要員を助けてくれたFH研究所の人が「アンダーカバーのミナヅキ」と名乗ったことについてだけど――UGNの資料には該当がないんだ。誰か、知ってる人いる?」
 おのおの、顔をみあわせて首を振る。
「名前じゃなくてコードネームってのはないですか?」
 塚元は挙手して云ってみる。
「それも調べてみた。アンダーカバーだからいろいろと隠されていることは多いんだろうけど――」
「あのぅ、アンダーカバーってなんですか?」
 塚元の発言に皆の動きが止まる。
「あんた、知らないの?」
「塚ちゃん、新人だから」
「いや、でもさぁ、映画とか見ないのかな」
「日本じゃ禁止されてるらしいですから」
「でもやってんじゃんUGN」
 ひとしきりのざわめきが収まった後で、親切な南が教えてくれる。
「アンダーカバーっていうのは――簡単にいうとスパイです」
「えっ、スパイ!」
 塚元がようやく理解したとき、新たな報告が飛び込んできた。
「襲撃です!」

主旋律B-5

「あなたのレポートを興味深く読ませていただきました」
 回りくどい話はしないらしい。
 FHの日本トップと呼んでも過言ではない都築京香から、そんな個人的なレベルで接触されて、大林は当惑した。
 下読み職員でも抱えてるんですか――と学生の頃に文学賞の新人タイトルに応募した恥ずかしい過去など掘り返したりして思考は彷徨ったが、相手は泣く子も黙る都築女史である。恐縮して拝聴することにした。
「咲間さんが裏切ったのは確かなようですね。死亡したエージェントの多くに刀傷があったとの報告も受けています。
 実は、咲間さんはあの研究所での被験者で、普通のオーヴァードよりも肉体的に強化されています。彼がその力を制御しきれないのであれば、取り上げるしかありませんね」
 大林の沈黙を、唇で触れそうな都築の息づかいがやんわりと問い質した。
「なにか、ご意見が?」
「私のレポートを読んでくださったのであれば、お気付きでしょうが――咲間は「オレたち」と…」
「そうです。被験者は彼の他にもいました。
 ですから、それに気付いた聡明なあなたに、お願いすることにしましたの――プランの修正を」

主旋律-6

 ジャーム化――一種の脳症罹患者であり、姿形異常も併発することの多いレネゲイドの悪性発症例――を起こした群れがロビーに入りこんできていた。
 ジャームはゾンビと同じで、下手に戦えば自分もジャーム化してしまうと研修のときに習った。やっかいな相手だ。
 だが、この本部に残っている人間のほとんどは、オーヴァードでも非戦闘種である。
 あたしが行かなきゃ――
 身構える塚元を、妙なサングラスをかけた北斗臨時支部長が引き止める。
「塚元さんはまだ活性高すぎる。ここは南に任せておいていい。あ、でも応援はしてもらおうかな。支部長命令です」
 云い方は偉そうだが、この人なんだか楽しそうだ。
 ホントに一人きりでロビーに降りた南の手には、もぎ取った階段の手すりが握られていた。いや、よく見たら壊れた場所はなかったから、エフェクトで複製でもしたのか。
 南はまず戦場を一瞥して、二次被害を受ける者がいないことを確認してからジャームの群れの中に走り込んだ。銀色の棒を槍のように振り回し、ジャームをその場に叩き伏せてゆく。
「よしよし、南、ファイトー」
 率先して声援を送りつつ、北斗は安全な場所を動かない。
「南さん強いんですね」
「うん。僕が見ててあげれば」
 きっと、近くにいたら足手まといなんだろうな――戦闘できそうに見えないし。
 ジャームが無力化された後、南は慎重に受け付けデスクの方へ向き直った。
「――君は?」
 誰何されて、デスクの下から這い出してきたのは、あの少女――恩人でスパイで生き別れの彼女だった。
「水無月さん!」
 塚元の呼びかけで皆の注目を浴びた少女はデスクの天板にぶつけた頭をさすりながら目を潤ませる。
「二七月ですよぅ、塚元さん」
 道理でデータがないはずだ。
 そんなことはさておき、塚元は二七月に駆け寄った。
「よく無事で逃げ出せたね」
「ジャームに追っかけられて大変でした。でも、辿りつけてよかったです。後は頑張って持って来たこのデータをここの司令官さんに――司令官さんは何処ですか」
「それは…話せば長いんだけど」
 さっきと対称的な展開だと思い出しつつ、階上を振り仰いだ塚元たちの頭上に高い声が降ってくる。
「こ、ここ、こんなところにまでジャームが?!」
「えーと、あれがUGN本部のスーパーバイザー・鹿目さん」
「この人、自力で撤退もできないの? 誰か回収してください」
「あっちは臨時支部長・北斗さん」
「うう…どういうことですかぁ?」
「あたしもよくわかんない」
 頭を抱えた二七月に向かって、鹿目は指を突きつける。
「わかりましたよ! この女がFHに情報を流したのです。そうでなければ襲撃失敗の理由が説明できない」
「うわぁ、見事な責任転嫁っていうか濡れ衣っぽいよ〜」
 北斗は既に仲裁を投げている。
「ジャームを引き連れて私を襲いに来たのがその証拠!」
 鹿目の宣言と同時に、再びロビーに飛び込んできた人影があった。
「FHから和平交渉に来ました。大林と申します。お見知りおきを」
「FH!!」
 鹿目は絶叫したが、そのリアクションはあながち総意から外れたものでもなかった。
 UGNの研修では、FHは決して相容れない相手だと教えられているし、そもそもが数時間前まで戦闘をしていた相手である。それが地区統括事務局のロビーへ乗り込んできて仁義など切るのは相当に異常な事態だ。
「つきましては幹部にお目通りを――って、きゃあっ、《A×2》の南君がなんでこんなところにいるのーっ」
 FHの使者はおおよそ場違いな黄色い声をあげた。
「ファンなんですっ!! アルバム全部持ってますっ!!」
 あー、南くんってあのアイドル《A×2》のクールサウス・南クンなのか。 
 さほど芸能界に興味のない塚元でも《A×2》の名前くらいは知っていたが、本人はちょっと好感度の高い男子ってくらいの印象で、いやまさか本物だとは。
「そういうお話はまた落ち着いた時にお願いします。今は、和平交渉についてお伺いしたいのですが――」
 南の場慣れたファンあしらいを見てようやく、本物のアイドルなんだと納得。
「はいもう喜んで」
 舞い上がった大林の変容についてゆけない鹿目が――多分、彼は塚元以上にアイドル番組を見ないのだろう――ある意味、状況に取り残されたまま叫ぶ。
「やはりおまえが手引きしたかっ、スパイめ! FHまで案内してくるとは! おまえなど、私がっ」
 その目に殺気が宿るのに素早く反応した南が飛来した弾丸を手にした仗で防ぐ。
 とたんに前後から罵声が飛んだ。
「私の南サマに攻撃したー!」
「僕の許可なく南を虐めたー!」
 問題はそこではなかろうに。
「大丈夫? 二七月さん?」
 塚元に助け起こされた二七月を見た大林が、今度は黄色くはない声をあげる。
「あっ! 二七月沙那! 大人しく縛につきなさい」
 妙なところから加勢を得た鹿目がとりあえず便乗する。
「裏切り者を処罰するのです!」
 FHとUGN双方から責めたてられた二七月は蒼白になって頭を抱えた。
「どうしてですかぁ…わたし、頑張ったのに」
「…おまえの帰る場所はもうないということさ」
 不意に聞こえた低い声に、塚元は腕の中の二七月を見やる。その声は、確かに二七月の口から漏れたものだった。
「誰もおまえなど必要としていない。だから――眠れ」
 その言葉と共に二七月の身体から力が抜け、塚元が慌てて抱え直そうとした瞬間、別人のような力で大きく後ろに飛び退る。
「二七月さん?!」
 俯き加減の唇が楽しげに歪み、再び押し殺した声が答える。
「わたしは“サードクロス”――二七月はもはや消えた。諸君が願ったようにね」
 唯一、状況を把握していた大林が叫ぶ。
「止めて! そいつは二七月沙那の戦闘用人格よ」
 しかしながら、FHエージェントである大林の指示に従う者もなく、その隙にサードクロスは外へ向かって駆け出した。
「咲間、来い」
 呼びかけに応えて、待機していたらしい咲間が刀を抜いて立ち塞がり、追跡を牽制する。
 そして、再びジャームの群れが押し寄せてきて――掃討した時には、咲間もサードクロスもとうに行方を眩ましていた。

主旋律-7

「FHはあの施設で、戦闘用人格の実験を行っていたんです。咲間と二七月はその被験者だったわけですが、どうやら、植え付けられた戦闘用人格の方が強くなってしまったようで、FHを裏切って、独立しようと画策しています。FHとしてもこれ以上、放置しておくのはマズいというわけで」
 会議室に通された大林は、わりとあっさり状況を説明して、UGNの協力を求めた。
「そんなのって――ひどいじゃないですか」
 成り行き上、同席した塚元は声を震わせる。
 人体実験なんてした挙げ句、失敗したから処分するなんて。やっぱりFHというのは悪党だ。
「あら、UGNだって二七月さんをFHに潜り込ませておいて、そのまま見捨てたじゃない。あなたたちに否定されたことが引き金になって、最終的に戦闘用人格の方が表になっちゃったみたいだけど?」
 大林の指摘に塚元は反論できない。
 助けてください――そう云って取りすがってきた二七月の顔を思い出して唇を噛む。
 塚元が黙ったので、大林は話を続けた。
「サードクロスはUGNにあの研究所の場所を教える一方で、FHには迎撃準備をさせて、両者が争っている間に研究所を爆破して、共倒れを狙ったんですよ。UGNにも彼らを断罪する理由はあると思いますが? ここはひとつ手を組んでことにあたりましょうと――都築女史からの提案です」
「へぇ」
 大林の話の何処に惹かれたのか、北斗が不意に身を乗り出す。
「受けてもいいよ」
「北斗」
 たしなめる南に手を振って、北斗は笑みを浮かべる。
「どうせ今夜一晩の同盟でしょ? 今夜のうちは僕が支部長代理だからね。好きなことしていいんだよ」
「しかし――」
 南はなおも渋った――塚元も心情としては南に賛成である――が、北斗はもはや聞いちゃいなかった。
「一夜限りのことにしても、FHとUGNの同盟の前例が作れるんだよー。僕の名前がオーヴァード史に残るかもー♪」
 後半はともかく、前半部分は考慮すべきかもしれない。南は兄の深慮遠謀を(あると)信じて口をつぐんだ。
「じゃあ、さっそく――」
 腰を浮かせかけた大林を抑えて、北斗は満面の笑みのまま指を立てる。
「ひとつだけ、条件があるんだけど」
「なんですか?」
「二七月さんは生け捕りにして、身柄はUGNでもらうから」
「えー」
「咲間さんはそっち、二七月さんはこっち、で公平でしょ?」
 大林は考え込んだが、そんなに無理な要求ではないと判断したらしい。
「でも、戦いになったら手加減できませんから、それは堪忍してくださいね」
「大丈夫。二七月さんには塚元さんが当たってくれますから」
 突然、振られた役目だったけれど、塚元は大きくうなずいた。
「じゃあ、今夜はよろしくね」
 史上初のはずの同盟はそうして拍子抜けするほど簡単に結ばれた。
「北斗、霧谷さんに連絡を」
「しとくしとく。ところで、独立派がどこに拠点もってるかわかってるの?」
「それは任せてください」
 大林は胸を張る。
「サードクロスは人格を固定しておくために薬を使っています。ある場所に、その薬のストックがあると情報を流しておきましたから、そこに現われるはず。すぐに移動しましょう」
 席を立った大林に続いて、UGN側も部屋を出る。
「北斗支部長代理――その…二七月さんを保護すると云ってくれてありがとう」
 素早くかけた塚元の言葉に、北斗は微笑んだ。
「僕が支部長の間は、部下を見捨てたりしないよ」
 うわ。ちょっとファンになりそうだな。リップサービスか本心かわからないけど――
 いくらか冷静に分析しつつ、塚元は再び現場へと赴いた。

クライマックス-8

 サードクロスと咲間。そして、彼らに加担する独立派――そのほとんどはすでにジャームだと、レネゲイドチェッカーを覗いた北斗が教えてくれた――が決戦の相手だった。
「二七月さん、今度は助けるから」
 塚元の呼びかけに、サードクロスは嘲笑を返した。
 その態度は自信に溢れ、やはり中身が違うと動きも違うものだと妙な説得力をもっている。
 それでも塚元は怯まず前へ出た。
「彼女はあたしに任せて」
「咲間は私が」
 大林が腕をまくりながら塚元の隣りに立つ。
「北斗。おれも前に出ていいね?」
「僕が危なくなったら戻ってねー」
 つまり北斗は出る気がない。
 まあ、戦い方は人それぞれだ、と塚元は指先に鋭い爪を生やしながら身構えた。
「短期決戦を目指してください。それが二七月さんに負担をかけない良策になります」
 南に囁かれて、塚元は強くうなずいた。
 二七月を確保したところで、ジャーム化していたら元も子もない。
「先に行きます」
 声をかけて、南は飛び出していった。塚元が二七月に近づけるよう、回りの敵を一掃してくれようというのだろう。
 その南とすれ違うようにして咲間が突っ込んでくる。
 北斗が狙われるかと南は一瞬ためらったようだが、その咲間の前には大林が立ち塞がる。
「来い」
「オレの刀が受け切れると思ってか」
 咲間はぬめりを帯びた刀を一閃した。
 血が撥ね飛ぶ。
「やるね。だけど、私もFHの強化人間だ――」
 さりげなく暴露した大林は咲間の腕を掴んで組み合った。
「部下の仇はとらせてもらうよ」
 南の仗が吹き飛ばした敵の隙間に走り込み、塚元はサードクロスと向かい合う。
「一対一の勝負であたしに敵うと思うな」
 それはUGNが与えてくれた誇り。自分への信頼。
 二七月はサードクロスに飛びかかった。
 ジャームが間に飛び込んで邪魔をする。塚元は腕の一振りで薙ぎ払った。
 両手を伸ばしてサードクロスを捕まえ、組み敷く。
「支部長代理――この後、どうすればいいの?」
「そっち行くまで押さえててー」
 どうやら咲間から逃げ回っているらしく、声の出所がデタラメに移動しつつやってくる。
「強いな、君は」
 二七月の筋力では足掻いても無駄と悟ったか、サードクロスは首を捻って塚元を見上げ、微笑む。
「だけど、今の君は目隠しをされた馬車馬だよ。UGNに好きなように利用されて、いずれ、この二七月のように切り捨てられる。
 わたしと共に来ないか。それしか真に二七月を救う道はないよ」
「あんたをその身体から追い出す方法は別の人が考えてくれる。あたしはあんたを生け捕りにするだけよ」
 悩んだらつけ込まれる。塚元は敢然と云い放った。
「あたしは馬鹿だから難しいことはわかんないけど、一生懸命な馬鹿だから諦めない」
「敵わないな。でも、もうちょっと力を緩めてくれたまえ、骨が折れそうだ。痛い…」
「あっ…」
 話術につい引き込まれ――理性を鈍らす<力>を使われていたと気付いたのは後のこと――腕を緩めた瞬間、サードクロスは塚元の束縛を解いて逃げ出した。が、南の投げた仗に足をとられて転倒する。
「しゃーっ!」
 つい本能的に威嚇の声をあげつつ、塚元はサードクロスに躍りかかった。
「よし、南。『コーリング フロム スカイ』」
 ようやく咲間の追撃から逃げ切ったらしい北斗が声をかけると同時に、高い声で歌い上げる。
 すぐに南の声がハーモニーを重ねた。
 そのメロディラインは塚元もよく知っている。確か、なんかのCMソング。
 こんなシチュエーションで難だけど、生で聞く《A×2》の歌はすごかった。
 ほーっと聞き惚れかけた塚元の耳に、小さな声が割り込んでくる。
「助けて…」
 サードクロス? いや、二七月が呼びかけているのだと思った。よくわからないけど、《A×2》の歌がサードクロスの自我を押さえているに違いない。
「あいつを…黙らせて。もう…今しか…」
「う、うん。任せて!」
 そして、塚元は二七月を抱え起こして唇を塞いだ。

終章-9

「だって、だって、きっと普通の精神状態じゃなかったんですよぉ。後ろで《A×2》が歌ってるし、口塞いでとか云われてとっさに思いつくことってー」
「塚元さんの人生経験、すっごく聞きたくなった♪」
「『コーリング フロム スカイ』――ラブソングじゃないんだけどな…」
 北斗と南の声も、バクバクいってる心臓の音で掻き消される。
「でも、魂消るってホントにあるんだねー」
「とりあえずショックで引っ込んだだけだと思うから、ちゃんと検査してもらわないとならないと思うけど」
 ショックー。ショックだってー
 やっぱり、いきなり女の子同士のキスはショックかー
 しかし、戦闘人格が引き蘢るほどのショックだと云われると、うわー、ますますどうしよう。
 頭を抱える塚元の肩を、咲間の身体を楽々と抱えた大林が、励ますように叩く。
「UGNにいたたまれなくなったら、いつでもFHにおいでなさい」
「そんな勧誘のされ方で行くもんか、絶対!」
 噛み付いた塚元を軽くいなして、大林は手を振った。
「じゃ、お疲れ様でした。私はこれで」
「職務質問されないように気をつけて帰ってねー」
「大丈夫。部下が下まで迎えに来てくれてるわ」
 仇を討てたせいか、それとも思いっきり力を解放したせいか、晴れ晴れとした表情で大林は退出してゆく。
「あの人――南君のファンだった割にはサインもねだらず帰りましたね」
「TPOを弁えたいい人だ」
 北斗はさらりと流したが、南は微妙な表情をしていたので、多分、ふたりは<力>を使って、自分たちの存在を空気のように相手に記憶させているのだろう。あるいは「いいファンでいましょうね」みたいな。そうでなければ、トップアイドルがUGNの協力者などしていられるはずもない。
「さて、同盟も解除されたことだし、我々も帰ろうか。僕の権限が残っているうちに、二七月さんの処遇は決めちゃいたいしね」
「お願いします」
 気絶している二七月に代わって、塚元は頭を下げた。
「じゃ、二七月さんを運ぶ係だけど――ついでだから塚元さんやる?」
「お姫様抱っこなんかしてる最中に目を覚まされたら、今度は二七月さんの人格まで吹っ飛びそうで怖いですー」
 塚元の悲鳴に明るい笑い声が唱和した。

アンコール-10

 こうして、大同団結の一夜は終わった。
 二七月はUGNの病院へ送られ、FHの実験の後遺症を癒すための治療を受けることになるという。どこの世界でも、戦い疲れた者が日常生活に戻る道は険しいのだ。
 多忙な《A×2》の二人も一夜限りでいなくなっていた。芸能雑誌をめくれば彼らの笑顔を見つけるのは容易いけれど、次に会えるのはいつだろう。
 FHエージェントの大林とは、無論、音信不通だ。今回の事件で少し出世でもしただろうか。新しい部下がもらえるといいね――とは思ったけど、FHの勢力が拡大するのはやっぱりUGNとしては困ることなんだろう。大林さんこそUGNに来てくれればいいのにな。
 本部から来ていたスーパーバイザーの鹿目はその後、閑職に回されたと聞く。あまり人に迷惑をかけない部署にいてくれればいいと願っているけど、常に人手不足のUGNのことだ。どこかの支部長として降臨してくる可能性は0じゃない。できれば止めてほしいんだけど。
 今回の作戦で、地区支部が被った損害は大きいけれど、動かせるエージェントを出来るだけ回してもらい、立て直しを計るということだ。鍬形や代々木ともまた会えるかもしれない。それはそれで期待している。
 そして、塚元は支部長室に呼び出しを受けた――

楽屋-11

 呼び出した枝島支部長が部屋から出て来るのを見つけた塚元は慌てて走っていったが、枝島は顎で「中に入れ」と指示して去っていった。
 あちこちに貼られた絆創膏が痛々しいが、本人はわりと元気で活動しているようだ。
「失礼しまぁす」
 校長室に入るのとどっちが緊張するかな、などと緊張感のないことを考えつつ塚元が扉を開けると、中には青年実業家風の男が勝手にいれた紅茶を飲んで待っていた。
「初めまして。霧谷です」
「塚元です」
「忙しいところ、来ていただいてありがとうございます。どうぞ」
 席を勧められて腰を下ろした瞬間に、相手が誰だか思い出した塚元は飛び上がって霧谷を驚かせた。
「日本の一番偉い人だーっ」
 素晴らしく短絡的な反応にも笑顔を崩さないまま、UGN日本事務局長は紅茶を勧めた。
「さっそく本題に入りましょう」
 否定も訂正もしないあたり、日本で一番偉いかどうかはともかく、偉大な人物に違いあるまい。
 確かこの人のコードネームは“リヴァイアサン”だったよなー、と妙なところで感心しつつ、塚元は、忙しい霧谷の時間を節約すべく黙って本題とやらを聞くことにした。
「先日の事件での二七月さんの救出、ありがとうございました。
 あれから早急に調べさせたのですが、実は、まだ他にも、FHに潜入したまま、UGN側のサポートを断たれたエージェントがいることが判明しました」
 え…、と声をあげた塚元の前で、霧谷は言葉を続ける。
「まだあなたがUGNに加わる前の話なのですが、UGNが大きな打撃を受けた事件があり、その折りにアンダーカバー要員をサポートする部署も壊滅し、エージェントに関するデータが失われていたのです。二七月さんもそのひとりです」
 淡々と語ってはいたが、霧谷の目には苦悩の色がある。
 混乱に取り紛れたとはいえ、敵地に送り込んだエージェントたちを忘却したまま来てしまった。その責任を感じているのだろう。
「今回の事件で失われたデータの存在が明らかになったことは大きい。我々は至急、取り残されたエージェントの保護に当たることを決めましたが、それにあたって――」
 ひとつ呼吸をおいて、霧谷は云った。
「塚元さん、あなたを救出チームの一員に抜擢したいと思います」
「あ、あたしをですか?!」
 思わず声が裏返る。
「あたし、力押ししかできないし、まだよくUGNのこととか知らないですが、いいんですか?!」
「いいと思いますよ。実は、あなたの技量を見込んだ、さる方面からの推薦がありまして」
 《A×2》の仕業だー、と閃いた。
 北斗さんがおもしろ半分で話をしたに違いない。南さん、止めてくれなかったのか。意外と言いなりっぽかったしな。もしかすると、あのことまで話したのかー
 ひとりで赤面して慌てる塚元に笑みを向けつつ、霧谷は続けた。
「わたしも、あなたなら頑張ってくれると感じてます。なにか、びっくりするような力を出してくれそうだ、と。今までの経験を活かす意味でも、お願いできませんか。
 むろん、学生生活に支障のでないようにバックアップはします。UGNの真心にかけて」
 そんな風に云われたら断れるわけないじゃない。

 かくして、塚元は自分でも思いも寄らなかった未来へ踏み出すこととになる――

                      (完)
                          2008.2.12