侠と孝と義と 華元化 作
「‥‥ヒマだなあ‥‥」
呂牙は丘の上に寝そべり、空を見上げながらそう呟いていた。
世は大陸を3つに分け、覇権を賭けて争う戦国の時代である。
しかし、呂牙はそんな人々の争いに興味が無かった。それは、自分自身が人狼という、人成らざるものであるからという事もあるが、呂牙自体はもっと単純なもの‥‥すなわち、個人の「武」というものに興味をもっていた。
しかし、この時代に三国無双と言われた「武」の持ち主である呂布・奉先はおらず、ましてやその呂布と戦った武人達もこの世にはいないか、いても高齢であった。
呂牙が今いる「呉」の国にも、甘寧という海賊上がりの「武」の持ち主がいた。
その甘寧と手合わせしようと、この国に来てみたものの、沙摩柯という蛮族の族長に討たれた後だった。仕方なくその族長を訪ねると、丁度入れ違いで呉に出向いていた(後から話を聞くと、どうやら蜀軍に加勢していたらしい)。
その帰りを待っていると、今度はその沙摩柯が、呉軍の(甘寧と同じく、海賊上がりらしい)周泰という武将に討たれたという報が入った。ならば、その周泰という武将と手合わせしようと、この呉の国に戻ってみると、その周泰は病で倒れたという事がわかった。
無論、病の人間を叩き起こして「俺と手合わせ願おう!」と言うわけにもいかない。
‥‥呂牙は途方にくれて、ここ呉の国でなにをするでもなく時を過ごしていた。
「‥‥いっそ海賊退治でもしながら、強い人間を探すか‥‥」
「お前は海賊なのか?」
突然あらぬ方向から声をかけられ、呂牙は跳ね起きた。いくら気を抜いていたとしても、こうまで気配を感じさせずに近づくとは、只者では無い‥‥どんな武人かと、呂牙は期待を込めて改めて相手の姿を確認する。が、そこにいたのは呂牙が期待をしていたような武人(あるいは山賊)の姿では無かった。
歳は(人間で言う所の)20代位の男で、武器や鎧などは身につけてはおらず、身なりからして、近所の町人という風体であった。
「‥‥いや、別に俺が海賊じゃなくて、その海賊を退治しようと思っただけだが‥‥」
「そうか。それはすまない事を言った。」
そう言って、その男は表情も変えずに頭を下げた。
「そう言う、あんたは何者なんだよ。」
「私は李白雲。この近くの町で料理人をしている。」
只の町の料理人に不意をつかれるとは、よほど気を抜いていたのか、あるいは相手が身分を偽っていて、実は只者では無いのか‥‥変化の乏しいその表情からは読み取ることはできなかった。
「それでは、私は日が暮れるまでに町に帰らなくてはいけないので、失礼する」
白雲と名のったその男は、何事もなかったかのように町へと歩きはじめる。
「料理人か‥‥」
そういえば、そろそろ腹が減ってきたような気もする。当然、人狼といっても人間と同じように食事もすれば酒も飲む(特に酒は好きで、よく飲んでいた)。
「‥‥まあ、あいつが何者でもいいか」
呂牙は、白雲の後を追うように走り出した。
「ん?海賊退治はいいのか?」
「ああ。まずは飯を食わなきゃ、力も出ないしな‥‥それより、あんたの作る飯は美味いのか?」
「さあ、どうだろうな」
その表情からは、冗談とも本気とも読み取れない‥‥ある意味、只者では無いと呂牙は妙な感心をしながら、このつかみ所のない男と共に町へと歩いていった。
白雲が町に入ってから案内したのは、軍に属する者などが住む小さいながらも立派な屋敷であった。てっきり、小さな店勤めの料理人か何かと思っていたので多少面を食らった。
もっとも「実は軍属でした」というわけでもなく、普通に料理の準備をし始めたのだが。
「そういえば、お主の名前をまだ聞いていなかったな」
「ああ。俺は呂牙。しがない旅の侠者だ。」
‥‥実際、人間では無い呂牙に「侠」のなんたるかなどわかるはずもないのだが、とりあえず人にはそう言っていた。
「そうか。」
白雲がそれについてどう思ったのか、表情からはわからなかった。
「ところで、あんたはここで一人で住んでいるのか?」
「いや。そもそもここは私の家ではない。兄上の為に料理を作りに来ている」
まあ、よくよく考えればわかる事だ。いくら軍属とはいえ、一介の料理人が住める所ではない(そもそも、軍属の料理人がいるのかも呂牙には分からなかった‥‥)。
それにしても、この白雲という男の兄というのはいったいどんなやつなのであろう。弟と同じように感情を表に出さない人間なのか、あるいは(呂牙は苦手とする)弁を弄する学者のような人間なのか、そもそも武官なのか文官なのか‥‥呂牙は少し好奇心が沸いてきた。
「何をそんなに楽しそうな顔をしているのだ?」
「そりゃ、あんたの兄貴がどんなやつか‥‥ん!?」
呂牙に声をかけたのは白雲ではなかった。そこにはまた別の男が立っていた。呂牙は一度ならず二度までも人に不意を衝かれたのに驚いた。
「兄上、また町中にお出かけでしたか」
「ああ。軍医といえど、戦争がなければ町の医者となんら変わらないからな」
呂牙は、白雲が兄と呼んだ男を改めて眺めた。歳は白雲とさほど変わらない‥‥いやむしろ若くも見えた。軍医と言っていたように、体格も武官のそれではなく、一般的な文官に近い細身な感じがした。そしてなによりも、兄弟であるはずの白雲とは、顔つきなどまったく似てはいなかった。
「ところで、この者はいったい‥‥」
その細身の男の当然の疑問に、白雲が今までの経緯を淡々と語った。
「なるほど、旅の侠者ねえ‥‥君にとっての「侠」とは?」
男の半ばおもしろがるような突然の質問に、呂牙は目線を逸らした。実際「侠」について、まじめに考えたこともなかった。
「ま、まあどうでもいいじゃねえか。それより、あんた‥‥えーと‥‥」
「私は、周永空。この呉の国で軍医をしている。」
よくよく話を聞くと、永空と白雲は本当の兄弟ではないらしかった‥‥いわゆる義兄弟というやつである。人間ではない呂牙にとって、血のつながりの無いものが兄弟を名乗るという感覚はよくわからなかったが、人間世界では珍しくはない事は呂牙も知っている。
「この国に昔いた、孫策と周瑜ってやつの関係みたいなものか」
「ふふ。侠者という人種は、義兄弟といえば桃園の三兄弟を引き合いに出すものだとばかり思っていたのだがな。」
「そ、そんなの誰でもいいじゃねえか。」
この永空先生(医者なので、勝手にそう呼ぶ事にした)といい、先ほどから淡々と料理の準備
をしている白雲といい、この二人と話しをしてていると、どうも調子が狂う。
「まあ、とにかく料理でも食べて、ゆっくりとしていけ。」
永空は、呂牙の心を知ってか知らずか、笑いながらそう言った。
「そういえばお主、海賊退治をすると言っていたが、いったいどこに行く気なのだ?」
3人で食事をしながら、他愛も無い話をしている時に、白雲が何気なく聞く。
「ああ。それはもうやめだ。なんか面倒臭くなった‥‥」
そもそも呂牙自身、はじめからそれ程やる気はなかった。たまたま口にしたつぶやきを、この「通りすがりの料理人」であるところの白雲に聞かれただけである。
「‥‥なら私の手伝いをしないか?」
今度は、早々と食事を終えて、茶を飲んでいた永空が話をきりだした。
「いや、悪いが先生、俺は役人とか軍人とかそういう面倒な事は好きじゃないんだ。」
「そうか‥‥」
永空は少し考えてから、思いもよらぬ事を言い出した。
「それなら、私と白雲の義弟にならないか?」
それを聞いた呂牙は驚きのあまり、食べていたものを対面で座っていた白雲に吹き出した。
「な、な、なんでそうなるんだよ!?」
「いや、お前のような者を見ると放ってはおけないからな。」
「そ、それに、なんで俺が一番下になるんだよ!?!」
「なんだ、末弟なのが不満なのか?」
呂牙は、自分が人間では無いという事は(ばれると面倒なので)隠していた。だから、実は
見た目よりは歳をとっている事を、言いたいが言えなかった。
「ふふふ。呂牙、お前は「孝」という言葉を知っているか?」
「先生、突然なにを‥‥」
「孝とは、親や兄や姉など、目上の者を敬い守る事を言って‥‥」
最初はあっけにとられていた呂牙だったが、いつのまにか永空の話を聞き入っていた。
「‥‥で、もしお前が一番上の兄になったとして、お前より弱い私と白雲がお前を守れるのか? ん?」
「い、いや‥‥」
「私はただの医者だし、白雲はただの料理人だぞ?」
そう言って、永空は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いや、まあ、そうだけどよ‥‥」
「なら、この3人の中で一番強いお前が末弟になって、我等を守らなければ、孝の道に反する
というものじゃないのか? それとも、腕に自信がないか?」
「ば、ばか言うなよ先生。そんなわけないだろ!」
「なら決まりだな。白雲も異存は無いな?」
「まあ、兄上がそうおっしゃるなら。」
呂牙が吹き出したものを払い落としながら、白雲はそう答える。
「‥‥先生には負けたよ‥‥わかった、今日から俺たちは義兄弟だ!」
呂牙は、今日会ったばかりのこの二人と、成り行きで義兄弟となったが、それも悪くないと
思い始めていた。
「よし!そうと決まれば、朝までとことん飲もうぜ!」
「おいおい‥‥明日から早速、私の手伝いをしてもらうから、ほどほどにしておけよ。」
「やれやれ、先生‥‥いや、兄貴にはかなわないなあ。」
後に「江陵の三義兄弟」と言われる義兄弟は、こうして出会ったのだった。
終