紅蓮とその主人の使い魔 Y's 作
すでに被害が出始めていた。
いずれも軽微なもので、まだ大事には至っていないが、実害が生じているのは確かである。
紅蓮は小さく息をついて執務室へ向かった。
望まぬ役目だが、これも怜芝の命じた任務だからと自身に言い聞かせて。
現場の確認はするまでもないだろう。まずは対象を確保するところからだ。
「刹!」
紅蓮は鋭くその名を呼んだ。
刹は城主・怜芝の飼い猫−−正確には<使い魔>である。
しかるに、時として主人の命令を無視して行動する困った魔獣でもあった。
今日も、議会への出立を促す怜芝の呼び声に応じず、どこかに雲隠れしてしまっている。怜芝は仕方なく、後事を紅蓮に託して出掛けていった。
吸血鬼の<使い魔>が単独で外界へ出て行く危険性は承知しているだろうから、おそらく城のどこかにいるとは思う。だが、この広い城で小さな猫一匹を捜し出すのはなかなか困難なことであった。おまけに刹は背中に備わったコウモリの翼で宙を飛ぶこともできるのだ。
探索は深更に及び、紅蓮はうんざりしている。
動物嫌いでこそないものの、元々、愛玩動物には関心を持たないタチだ。
たとえ勧められても非生産的な生き物を飼うことはないだろう。ことに猫は…論外だ。
猫の気質だといえばそれまでなのだろうが、刹は自分より新参者の紅蓮にてんで敬意を払わなかった。それどころかちょっと油断をすると飛びかかって噛みつき、血を吸おうとする。この使い魔は飼い主に似て、生き物の血を糧としているのだ。やたらと紅蓮を襲いたがるあたり、血の好みも飼い主に似ているのかもしれない。
怜芝が戻ってきたら叱られることがわかってはいても、吸血猫はあちこち飛び回ってイタズラするのをやめない。そもそも、誰かのために何かしようという意識の欠落した生き物であった。
猫など生涯、飼うものか。
刹を探して歩きながら、紅蓮は決意を新たにする。
「紅蓮。何をしておる」
廊下で行き会った張良の声と目には常ならぬ刺があった。
手には書状を掴んでいたが、その表をあからさまな猫の足跡が過っている。わざわざ、墨汁に足を浸してから歩いたようにくっきりと。
「アレのせいで、ようやく長に書き起こさせたものが無駄になったぞ」
「長は明け方には戻られます。飼い主に責任を取らせてください」
「それでは間に合わぬのじゃ」
張良の主張は偽りではあるまい。怜芝は気が向かないとギリギリまで仕事を先延ばしにするのが常だ。
「わしはこれから、外に出ねばならんでの」
「…わかりました。清書しなおしておきます」
紅蓮は溜め息とともに新たな仕事を受け取る。この城で一番立場が弱いのは自分だと自覚しつつ。
その瞬間にも、廊下の向こうで何かの割れる音がした。そして、皮翼のかすかな羽ばたき。
紅蓮は思わず瞑目した。
ふたたび目を開いたときには、その貌から観念の色は消えている。
辛抱強いように見えて、案外と紅蓮は気が短い。もう限界なのだった。
刹の居場所を探して回るのでは後手に回る。罠を仕掛けて狩り立てよう。
天性の狩人たる猫に人間の知恵がどこまで通用するか試してやる。
紅蓮は弓弦を鳴らして宣戦布告した。
やると決めたらとことん真面目で真剣な、むしろ直情的なくらい周囲が見えなくなる紅蓮の性格を知っている張良にはこの先の展開が容易に予測できたが、あえて警告はせずにおく。
「…ま、小呂が戻ってくれば収まるじゃろ」
刹と紅蓮の共通の主人の名をつぶやいて、張良はそそくさと己だけその場を離れることにした。
甚大な被害の及ぶ前に。
とりあえず<了>
Special Thanks!
<刹> ミニチュア (実寸1cmほど)
作製 : M.Fujino
HP『ビーストバインドー!』はこちら
(他にもミニチュア紹介中)