予感 根古道 作
──それはきっと、江の使い…
執務室で端然と机に向かっている、いつもの背中。
「ねぇ、伯言」
その背中に声をかけ、隣にふわりと腰をおろす。
「どうしました?」
筆を止め、振り返った目は、少し困ったような色をしていた。
それもそう。執務時間中にはあまり入ってこないようにと言われていたのだから。
でもね、伯言。
「今日、変な人に会ったの」
「変な人、ですか?」
怪訝そうに首をかしげる仕草も、いつもと一緒。でもね、きっとあなたは驚くわ。
「ええ。城の水場で座り込んでいらしたの。真っ白な顔をして」
「水場に、ですか。流されてこられたのでしょうかねぇ」
のんびりと筆先を整えながら笑う顔には少しあきれたけど、別に不法侵入者の一人や二人で驚く人じゃないのは、わかってる。
でも、今日は私の勝ち。
「それでね、その人が教えてくれたの」
「なにをですか?」
あなたの正面に回って、会心の笑顔を浮かべてあげる。あなたが私の顔をよく見るように。私の言葉に、心の全部を集中するように。
「私にね、子供が出来たんですって」
………
「……はい?」
まん丸く見開かれた目。ほらやっぱり驚いた。
急に立ち上がって、私の手を両手で掴んで。
あらら。落とした筆が字の上に模様を書いちゃってる。
「それ、本当ですか?」
「ええ。その人、はっきり言ったもの。おまえは、十月十日の後に、子供を産むだろうって」
「十月十日?」
かくっと力を抜いたかと思ったら、いきなり笑い出す。それはいいのだけれども、そのあきれたような目は止めて欲しい。
「まさか、それを信じたのですか?」
「ええ。もちろんよ」
「どうして? まだ見ただけではわかりっこないでしょう」
諭すような言い方だって嫌いだと言っているのに、わざとしてくるし。
大体、私がそれを信じて何が悪いというのかしら。
「嘘をつくような人には見えなかったもの」
少なくとも、あなたよりは。と、続けようと思ったけれども、思わず言葉を飲み込んでしまう。
悔しいけど。急に浮かべた満面の笑みに、見惚れてしまった。
「じゃあ、今日はお祝いですね」
不意に言われたその言葉に、一瞬耳を疑って、反射的に聞き返す。
「ちょっと、今の話、信じるの?」
「ええ。信じますよ。だって、あなたが信じたのでしょう?」
なら、私も信じます、とあまりにもまっすぐな目で言うものだから、聞いているほうが恥ずかしくなってしまう。
急に早くなった動悸をもてあまして、曖昧な返事を返していたら、ふと気になることを思い出した。
「それとね。そのこは少し普通とは違うかもしれないのですって」
「ふぅん。そうですか」
あまりにもあっさりとした調子で相槌を打たれて、こちらのほうが調子が狂ってしまう。
「気にならないの?」
「あなただって気にしていないのでしょう?」
あたりまえのように笑って、付け加える顔には自信が溢れていて。
「それに、あなたと私の子供なら、どんな子でも構いませんよ。きっと、大切にします」
温かな腕に抱きしめられて、不覚にも涙がこぼれそうだった。普通と違うかもしれないと言われて、とっさに押し込めた不安が、素直に心の表に溶け出してくる。
でも、あなたの前では絶対に泣かないと決めているから。だから、笑って見せた。顔をあげて、とびっきりの笑顔で。
「ねぇ、伯言」
「なんですか?」
髪を梳く手が気持ちよくて、こてんと肩に額をつけてみる。とくん、とくんと伝わってくる、あなたの鼓動。
「きっと、あの人は江の神様のお使いだったのよ」
「そうかもしれませんね」
柔らかな笑顔に自信を増して、つい付け加えてしまう。
「だから、きっとこの子は、江の神様に祝福されるわ。わざわざお使いの人が知らせに来てくれたのだもの」
そのときはなんとなく、そう思っただけで、本気なんかじゃなかった。
だって、あんなところで、服を着たまま真っ白になっている男の人が、江の使いだなんて普通信じられないじゃない?
でも…。
──ひょっとしたら、本当の事かもね。
<了>
「江のほとりにて」を受けて根古道GMが書き起こしてくれた作品です。
GMお気に入りの陸遜、キャンペーン中ではもういい歳のおじさんですが、いまでも奥さんとはラブラブですね。
<付記>
孫瑛(そんえい)という名前は根古道が傾倒している、とある物書きさんの付けた名前をお借りしました。ちゃんと許可は頂いています☆
ちなみに、陸遜の奥さんが孫策の娘であったことは史実ですが、大喬の娘だったかということや、本当の名前などは、不明です。